24. 異分子
午後3時、学校から帰って来た太智を伴い、田んぼの横にある農道を歩いた。午前中に降った雨で土は湿っており、特有の匂いが鼻孔をつく。農道の両側には雑草が生い茂り、その上をカタツムリが這っていた。日差しは強いが雨の名残でまだ涼しく、過ごしやすかった。
容が歩く後ろを、ちょこちょことついて来る太智はいじらしい。
「ぬかるんで危ないよ。横においで。ほら、手を繋ごうよ」
太智は少し悩んだ後、以前手にしていた幸せを取り戻すように、慎重に、手を伸ばした。それをしっかりと握り締め、容はまた歩き始めた。
「今度、天贖様と出かける機会があったら、手を繋いでもらいなよ」
「そう言うと、俺が手を繋いでもらいたがってるみたいじゃないかよ。今だって、しょうがなく……」
言葉通りでないことなど容にはわかった。太智は容のことを段々と受け入れてくれている。仕方なく手を繋いでいるのではない。
「多分、天贖様も手を繋いだら喜んでくれるよ」
「……そうかな」
「そうだよ。私にはわかっちゃうんだから」
胸を張って堂々と言うと、太智が暗い顔で俯いた。
「容は、すげえよな」
「何が?」
「まだお屋敷に来てそんなに経ってないのに、今日みたいに、天贖様と上手に話してた」
この子は弱みを見せたがらない子だ。容は太智の顔を見ないようにしながら、何でもないことのように呟いた。
「太智みたいに、話したいと思うことがあれば、仲良くしたいと思ってれば、大丈夫。そうして少しずつ自分のことを知ってもらって、相手のことも知っていこうとするんだよ。天贖様とも、友達とも、仲良くなれる、きっと。あと、天贖様は太智のことがちゃんと好きだよ」
太智は沈黙して、手を握る力を強くした。まるで、すがるように。今、容が言ったことは太智にとって難題なのだろう。
「ゆっくり行けばいいんだよ。――あ、私の家、あれだよ」
まだ距離があるが、茶色の瓦が見え、指差した。太智が目を瞬かせる。
「結構大きいな」
「もとは亡くなった義兄さんの家なんだよ。私は譲り受けたんだ」
「手! 離せよ」
突然太智に強い口調で言われて、容は残念に思った。
「え、もう?」
「容の友達がいるんだろ。手なんか繋いでたら、子供みたいじゃないかよ」
容はくすくすと笑って頷くと、手を離して、太智の横を歩いた。
家の前に、人影が見える。――浚地だ。
「浚地! 突然来ちゃった! 調子どう?」
「容! おかえり!」
太智を促しながら容は浚地に走り寄った。
「ごめん! 容!」
浚地に突然謝られて、容は面食らった。何か謝られるようなことがあっただろうか。
「君ん家、今俺以外にあと4人住んでるんだ」
「え、ええー! ちょっと、天贖様みたいにハーレム作ってるんじゃないだろうな!」
浚地ならあり得ない話ではない。天贖の時の怒りには及ばなかったが、苛立って浚地を睨む。
「ハーレム? 何だかわからないけど。男と女2人ずつ。なんか複雑な事情でさ。4人は父親が同じ異母姉弟なんだってさ。家がないって言うから、泊めてたら、居ついちゃった。ごめんな」
浚地は突然想像もしていなかったことを普通にしたりする。そのような浚地の性質を熟知している容は、頭の痛い思いをしながらも、了承した。
「今いるの? 家、上がるよ」
「いるよ。おーい、涼音。家主帰って来たから、挨拶しろー!」
玄関から上がろうとしていた容と太智の前に、物静かそうな――というより、無愛想な女が現れた。ロングボブの髪で、内巻きだ。20歳くらいだろうか。身長は平均並みだが、かなり目鼻立ちの整った美人で、思わず凝視してしまった。
「お邪魔しています。容さんですね。浚地から聞いています」
「おい、涼音がちゃんと挨拶してるから、君らも来いー!」
玄関で棒立ちしていると、男2人と女の子1人が現れた。
「優二です」
「秀二です」
同じ顔で、目の青さが澄んでいて、つい見入った。皆父親が同じはずだ。涼音という女性は父母共に日本人のように見えた。となると、父親は日本人ということになる。優二と秀二は母が外国人なのだろうか。全く同じ外見なので双子だろう。十代半ばの、流麗な顔立ちの子供だった。
「清良……」
「『です』だろ?」
浚地が女の子に言い聞かすと、彼女は「清良です」と言い直した。あどけなさの残った可愛らしい瞳で、双子より年下のように見える。
おそらく、年齢順に長女の涼音、長男次男の双子の優二と秀二、次女が清良といったところか。
「月島 容です」
「あの……山王司 太智です」
太智は緊張しているのか容の背後から顔を覗かせた。
挨拶し終わると、浚地が居間へと全員を促した。居間は障子を開けるとすぐに縁側で、泥棒の心配など全くしていない構造だ。
居間のテーブルは7人が座ると身動きのできない状態になる。一辺に2人座る計算だが、1人だけで座っていた浚地が、台所からお茶を出してテーブルに置いて行った。
容が膝立ちして浚地に顔を向ける。
「これ、土産。お屋敷の人が作ってくれたおはぎだよ」
恵が作ってくれたおはぎだ。恵が膳を下げに小広間に来た時、容の家に出かけると言って楽しそうにしていた太智を見て、作ってくれたという。容を可愛がって一緒に休憩したり、屋敷に不慣れな容を助けてくれたりと、よく面倒を見てくれるので、恵には頭が上がらない。
容が浚地にタッパーを渡すと、浚地は喜んで受け取った。
「ありがとう。皆で食べよっか。お茶菓子にしよう」
浚地はタッパーのまま、蓋を開けて、テーブルの上に置いた。
「見たことある? おはぎ。もち米と、あんこだよ」
4人は不思議そうにおはぎを見つめると、涼音が先に食べ始めた。
「美味しい……」
すると他の3人も食べ始める。
「私達も食べよう、太智」
太智も待ちきれないといった様子でおはぎを手にした。
そして容は気がついた。太智に手を洗わせることを忘れた。
「あのさ」
4人の警戒心が取れていないのか周りが沈黙する中、容が見渡した。
「おはぎ、見たことないの?」
涼音がおはぎを食べながら、「はい」と言って頷く。
「外国で暮らしてたとか?」
容の質問に、涼音がまた頷いた。
それを見て、浚地がおかしそうに口元を緩めた。浚地の見惚れたような視線に容は驚く。今まで付き合ってきた女性に対し、浚地にはこのような熱はなかった。相当惚れこんでいるようだ。




