第八十三幕 急襲/降臨
「マサミチ──」
鳳 晶、以前お世話になった”特別な人のために”のメンバーの一人なのだが、彼ら彼女らは国の外に拠点を構えていたはずだ。だからといって国内に居たらだめかと言われたらそうではない。ただ、この異様な怯えようと警戒心を見れば何かがあったのだと嫌でも察しが付く。
「び──」
「? どうし──「びびった──! まっじでおま、ほんとにやっばいぞ!?」お、ぇ?」
人気のない廃屋通りを絶叫が駆け抜けた。
思わず耳を塞いでしまうほどには声量が……それに記憶の中にあったアキラとは随分と違う様子に豆鉄砲ならぬ豆回転砲を食らったみたいに言葉が詰まった。目は大きく見開かれ、額には汗が滲んでいる。ただ事ではないように思える──ってより、ただ事じゃないようだ。
「とりあえず落ち、落ち着いてください」
面白いくらいに取り乱しているアキラ。胸を抑え青い顔で深呼吸しようとして咽ている姿は新鮮そのものなのだが、やはり荷物に眼が行く。
箪笥でも背負っているほど大荷物。いったい何が入っているのだろうかと、そう思ったのも束の間、荷物がごぞごぞと変形しただけで留まらず、布越しにくぐもった声が聞こえた。
「そうだよアッキー。そんなに大声出してたら魔力出す出さない以前の問題だよ」
んん? なんだか聞いたことのある声が聞こえたぞ。
「──っはぁ。他人ごとだと思いやがって。現役時代でもこれほど緊張してる時はないくらいなんだぞ! 反省しろテンカ!」
「平謝りー」
「おい!!」
アキラが不満を訴えた拍子に布が捲れる。そこには数か月前アルベリの家に行った時に一緒にいたアカツキ テンカがいた。
「アカツキさん──? テレイズさんの話だとまだ病院いるはずじゃ」
その言葉にアカツキはべ、と舌を出す。
「あそこに居たってなんにも変わんないよ。純人だからか記憶凍結? ってのが効かないらしくって……ってそういえば君は大丈夫だったの? 私立ち直るのに何か月かかかったのに」
「あ……まぁそこは……」
「愛の力ってやつだな」
「アキラさん!?」
言葉を濁そうとした所アキラにストレートに言われてしまい自分でも分かるほどに顔が熱くなる。
マサミチのソラへの恋心は凍らせて放っておいているだけでなくなったわけではない。勿論、記憶もそうである。
物が物なので溶かして消化しようにもできない。その欠片はいまもマサミチの無意識の狭間に残っている。
「って、そんなこたぁどうでもいいんだよ」
アキラは思い出したかのように手を叩いた。久しぶりの話を早々に終わらせる。その様子には焦りが見えた。ちらりと辺りを見回し、再度布でアカツキの身体を覆い隠す。
「そんなに急いでどうしたんですか」
「いや、実は────」
アキラは手短に、そして簡潔に状況を伝えた。
話を整理すると、現国王が純人排斥の動きを見せているという情報が入ったらしい。
そこで国内にいるアカツキとミレイを救出するために不法入国をしたところ、まさかのユグレシア王国騎士団の副団長がアキラの捜索を担当したらしい。それで魔力も使わず極力痕跡を残さないように一週間かけてようやく下層に着いたらしい。
「いや、なんで不法入国してるんですか」
「ごもっともすぎる意見はやめてくれ、オレだって不本意なんだよ」
「と、いうと?」
「数年前な、能力の練習している時に貴族のお偉いさんの頭にぶち当てちゃって怪我させちまったんだ。そのことで指名手配されちゃってて……へへ」
「へへ……って。笑い事じゃ──」
過去のやらかしを笑ってごまかそうとするアキラに突っ込もうとしたが、言葉が途中で途切れる。
何せ、喉が物理的に切り裂かれ、声が出せなくなったからだ。
「──ごぇ、ご……ぁ」
あまりに急な事に頭が追い付かない。ただこれまで何度も死にかけた経験が、この傷が命に関わるものだと警鐘を鳴らす。血が喉を押しつぶし、止めどなく溢れ出る。痛みより先に本能が溢れ出る血を魔力に変換し、強引に傷を押し潰す。
「マサミチッ!!」
驚愕の表情を浮かべ、血を噴き出した僕に手を伸ばすアキラ。その後ろから僕の喉を切り裂いた赤い影が迫る。
ブレる身体、大量に失った魔力、不意をうたれた。状況の羅列を即座に終えるが、状況があまりにも絶望一辺倒だ。僕じゃ間に合わない。
早鐘を打つ心臓は焦りを加速させ、思考の余裕を奪っていく。だが、ぐるぐると回る思考の渦の中、意識に何かが引っかかった。その引っかかった答えを手繰り寄せるように喉を震わせる。
「──ア”ガヅギざん”!!」
「──ッ! 瞳を閉ざせ! 暗感!」
黒い幕が平等に降りる。視界を実態のない闇に覆われる感覚は不思議だ。触れない泥が目を覆い続けている状態が続くのに他の五感は視界が塞がれた分だけ鋭くなるときた。感覚の違いに慣れるだけでも一苦労以上の労力を要する。
それが、敵から受けた技ならば。
「──ユイガ君!」
ペチリと額に衝撃が走る。それと同時に暗闇が晴れ、視界が開ける。
たった一言だったがアカツキは察してくれたようだ。結構前に視界を奪われる技を受けていたのと、サンガツとの色んな武器の修行での間合いの管理から考えついた策だった。
と、言ってもか。
アキラは肩を深く斬られたようだ。だが咄嗟に視界を奪っていなかったら首を斬られていたかもしれない。そう考えると軽傷だろうか。
「──ってぇな。何者だアイツ」
「わ”がり”ま”──ゲボッゴホッ」
「無理に喋んな。とりあえず敵ってことでいいんだな?」
視界を奪われフラフラと立ち上がる赤いフード。先程までマサミチも感じていた視界の違和感を受けているのだろう。そこに同情の念はない。とりあえず、アキラと同じで認識は”敵”だ。
片時も目を離さない。それくらいの気持ちで構えておかないと初撃の二の舞を踏むことになる。そう思い構えを取るのだが。
──グリン。
赤いフードが唐突にこちらを向いた。位置を完全に捕捉しているかのように。
「そんな事言わないでくれないかしら。傷つく心は私にもあるのよ?」
「なっ……見えないはずじゃ。おいアカツキ」
「ちゃんと発動中だよ! 見えてるはずがない!」
不敵に笑う赤いフード。声からして女性である事が窺える。
赤いフード、女性。ただそれだけの情報。その断片が少しの繋がりを見せた時、自然と声が漏れた。
「──”赤い影”」
その呟きが相手の耳に入った瞬間。フード越しでも分かるほど眼が見開かれた。
アカツキの能力の影響で、黒で上塗りされているはずの瞳に赤い光が灯る。
「あら? あらあら!? あらあらあら!! 私の事知ってくれてるのね! 素敵ッ! 素敵よ! ユイガマサミチ? マサミチユイガ? ううんどっちでもいいわ!」
身体の内側から溢れ出る衝動を抑えるように自ら身体を抱いて悶えている。
不意に水の音が聞こえた。「じゅるり──」唾を飲み込む獣の鳴らす水の音が。
その音は、食欲を抑えきれない化け物の理性を本能が壊した音に聞こえた。
「どうせ、お腹に入ったら一緒だもの────ね?」
「──ア”キラさ」
フードにこびりついている血の匂いすら振り切って、真っすぐアキラに突進していく。その速さは目で追うのが精一杯。何もかもを置き去りにした高速の一撃が放たれた。
白い火花が散った。
「────」
アキラは間一髪、地面から水晶を出して身を守った。僕の胴ほどもある太さの水晶の半ば、そこまで武器が貫通していた。
その武器は包丁。
どこからか取り出されていた包丁は見覚えのある物。それを見た事があるのは僕であり、僕じゃない。
琥珀に身体を渡していた時、ソラを殺そうとしていたあの時の……。
「おっらぁ!」
「きゃんっ。痛いじゃないの」
水晶に阻まれ行動を阻害された女にアキラは蹴りを放つ。それを軽く片手で受け止めた女はフードからもう一本の包丁を取り出し──
「あら?」
白い抜き身の刃がもう一本見えた瞬間、既に身体が動いていた。攻撃性を全て捨て、技自体の速さと性能を極限まで上げた技。
『四季・冬式 過冷却』
急激に冷やされた包丁は刀身が曲がり、自壊する。その状況にフードの女はさらに口角を釣り上げ嬉しそうに食欲を叫ぶ。
「うふっ。いいじゃないいいじゃない! それでこそ私のフルコースにふさわしいわぁ!!」
より一層眼の赤色に深みが差し、殺意が膨れ上がるのを感じる。水晶に刺さっている包丁を勢いよく抜き去ったままマサミチに向かって振り切られる。のをアキラが阻止する。
「はっ! 生憎のところコイツには先約がいるんだよ!」
「いいじゃない! 私、追われる食欲より追う食欲の方が燃える質なのよ」
「質悪い変質者かよ」
決定打を阻止でき、少しは苛立ってくれると思ったのだが全然冷静だ。むしろフードからちら見えする表情は恍惚としている。もしかしなくてもオレもタゲられたか? って、今はそんな事より……!
「アカツキ!」
「深淵より来たれ! ”大 黒 天 魔”!」
アキラの呼びかけの返答は大量の魔力の渦が肩代わりする。
アカツキの大 黒 天 魔は質量を持った闇で相手を包み込む圧殺と拘束に二つに特化したアカツキの中で一番の大技である。
使用時の環境で威力が変わる。暗ければ暗いほど押しつぶす威力が桁違いに跳ね上がる。その”暗い”の判定はアカツキ本人の感じている暗度に密接にかかわっている。だが、今アカツキは目隠しをしてないし、そもそもない。もしあったらいつでも最大威力で技を出せるが、今はその限りではない。
「押し出せアカツキ!」
「えぇぇぇい!!」
アカツキを荷物と誤認させる用で被せている布は、多少の光を通すがある程度の暗さは保証できる。棚ぼた万歳だ。
でっかくしたおはぎの様な暗闇がフードの女を押し出して絡めとることで、一定以上の距離が確保できた。なるはやのちょっぱや、だなんて蕁麻疹が出そうなほど恥ずかしい若者言葉 (?)が心の中に浮かんできたが頭を振って忘却する。そんなことよりも、早くマサミチに駆けよる。
「すまねぇマサミチ。急いでここを離れなきゃならんくなった!」
全部を説明している暇はない。オレも出来ることならここに残って一緒に戦ってやりてぇが、もう近くまで来てるんだよ!
「傷は治してやる、でもそのあとは何とかしてくれ!」
尋常じゃない速さで迫って来る気配を感じつつ、マサミチの喉に手を当てる。
魔力消費が激しすぎて多用できない治療技。傷を、水晶に移動させる技だ。
「創水晶・渡り鳥!」
声と魔力が重なり、アキラの身体から水晶が生え始める。膨大な量の魔力で水晶を生成し続け、その水晶に触れている部分の傷を伝え始める。原理は創水晶・伝と同じ。振動で何かを伝えるという部分を拡大解釈した結果できた新技だ。
「うぐぐぐぐ……」
魔力を大量に消費し続ける都合上、最後の方がキツイ。どんどん制御する力を失い続ける状態で暴れ馬の様な魔力を御しきれるのは簡単ではない。痛みや傷を振動に変換して水晶に肩代わりさせているのだが、一度自分の身体を経由しなければならないので滅茶苦茶に痛い。
でも途中で止めるのは論外だ。途中で止めたら傷が変な形で固定されて最悪治らなくなる可能性もある。
タイムリミットが刻一刻と迫ってる。もう数十秒もしないうちに”副団長”が来てしまう。オレが魔力を使ったから捕捉されてるのは確実。焦るな焦るな! 早く、丁寧に!
「よし! 成功──」
身体のいたるところから生えていた水晶が粉々に崩れ、マサミチの首からは傷の痕跡が消えた。
やることはやった、早くこの場を去ろう──そう行動に移そうとした。
「──うっ」
急ぎこの場を離れようとする進路に包丁が割って入る。鼻先を掠めたことにぎょっとしアキラは体制を崩してしまう。そこには確かな動揺と驚愕があった。それを好機と捉えたフードは容赦なくその首を狩り取りに掛かる。なんども決定機を阻止された怒りを込め、包丁が一閃される。
「────!?」
赤い閃光が走る。魔力を帯びたまま切り離された腕がアキラの目の前を通り過ぎる。
きっと魔力で防御しようとしたんだろう。ぼんやりとそう思って、顔にかかった血で現実に引き戻される。
「マサミチッ!」
その腕の持ち主の名を叫び、現状を理解しようと頭を回転させる。
なんだ、なんでだ。いくら完全な暗闇じゃないにしろアカツキの大 黒 天 魔から抜け出せるなんておかしいだろ。いや今はそれどころじゃない、マサミチの腕、ああそれより早く逃げなきゃ、でも腕の傷治してやらなきゃ……!
腕、逃げる、腕、逃げる、腕腕腕──
巡る思考の波、選択できない焦り。その渦から引っ張り出され、誰かに抱き寄せられた。
「四季・冬式 奥義 銀世界」
しん──と世界が止まった。今まであった焦りも何もかも、凍って止められた。
切り離され大量に出血した腕を起点に発動された白銀の世界は、自らの腕を切って大 黒 天 魔を抜け出した狂人すら止めてみせた。
そして────。
ドンッッ!!
激しい音が全員の耳を打った。
空から降って来た白い流星。最強の次席を担うユグレシア王国騎士団最高戦力が一人。
ユグレシア王国騎士団副団長 ”星墜” ライト・クロクアローが戦場に降り立った。
「──そこまでだ」
後書きは今回無しで──ってこれが後書きかーっつてね。はい、すみませんでした




