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異界のアイオライト  作者: アンディオス
七章 断ち切れない赤い影
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第八十幕 最年少の苦労

 琥珀。元の名を白虎。

 この世界に存在していない四季を司って生まれた”精霊”である。

 他の精霊、朱雀、玄武、青龍と主であるユイガトウヤに仕え、戦乱の時代を駆け抜けた記憶は今でも新しい。


 ”凍極の大賢人”の名の通り、ユイガトウヤが一番愛用していたのは冬の精霊である玄武だ。それはマサミチも同じ。やはり親子、血のつながりを感じる。


 ユイガトウヤの二番目に愛用していたのは白虎である自分だ。

 マサミチも適性の観点から見ればそうなるだろう。

 だが、当の本人はそうは思っていない。


 彼は、主の才能に何かを感じている──



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ふむ……ここが私に来て欲しかった場所か?」


「はい!」


「──ん。元気が良いな」


 私、バリオス・ワルプルギスは目の前にいる少年、ユイガマサミチへの態度がわかっていない。


 好青年以外の言葉が浮かばない彼に厄介人であるエリシア・ネスユノを押しつけた。そのことに対して負い目を感じていたある日、彼が数日間帰ってこなくなった。奴の仕事の無理難題で数日間帰ってこない事はあったが、今回は約一週間も帰ってこなかった。


 彼の人柄に魅せられ友人になった者もいる。そんな彼が一週間もいないとなると心配し相談してくる者が増えてくる。血の繋がりを辿れば生きている事はわかるがそれまでだ。

 手伝って早く家に帰してやりたいが、依頼主があのエリシアだ、安易な考えで行動は出来ない。

 どうしたものか………と考えていた時、彼の恋人? であるソラも相談しに来た。

 そこである考えが浮かんだ。ソラは家族(ファミリー)ではない。部外者による助太刀であれば文句は言われても口論で勝つ事が出来る。そう思い彼女にマサミチのいるであろう場所に向かってもらった。


 それで万事解決──と思っていたのだが、彼はとても変わって帰って来た。

 血の繋がりから本人であることは間違いなかったのだが、如何せん風貌や言葉遣いが違いすぎる。

 大いに混乱した。我が家族の中で唯一の純人であるツクモカミヒトが言うにはストレスかもしれないとのことだが…………。


 と、そう悩んでいたら悩みの原因が話しかけて来た。

 白くなっていた髪は黒に戻っているし瞳の色も青に戻っている。言葉遣いも勿論の事だが……。

 ”不思議人間”、ワルプルギスがそう結論付けるのに時間はかからなかった。

 だからこそ、ワルプルギスは彼への態度を決めかねている。


「さて、と」


 見回す必要もない。ここは限無の塵の入り口の前だ。

 彼は、この中に入れと言っているのだろう。

 彼が限無の塵からの脱出に成功している以上出られないことは無い。なんなら出て来た初めての人間が真横にいるのだから問題ないと思うのだが……。


「何故私にここに来て欲しかったのか。それを教えてくれないか?」


 心配は拭えない。彼に限って、トウヤの息子に限ってそうゆうことをするとは思えないが自分の立場を考えるとどうしても警戒してしまう。それに彼は人が変わったように豹変したのは限無の塵から出てきてからだ。精神に異常をきたす何かがあるのではと意識してしまう。

 彼が限無の塵内で何者かに入られた、という可能性も──


「考えだしたらキリがないな」


 脳内で行われている会議に一区切りをつけ、マサミチの方を向く。彼は私が何かを考えているのを見て話すのを待ってくれていたようだ。


「何かいろいろと考えてたみたいだけど……あんまり深い意味はないです」


「と、言うと?」


「ただ、多分この場所の本当の名前を知らないんだろうなって思って」


「──」


 彼が何を言っているのかは理解しがたい。理解するための情報があまりにも少ないからだ。だが、その何かを拒む必要はないだろう。彼は、”私たち(バリオス)”の事を考えて言ってくれているのだろう。

 本当の所がどうかなど知らないが、そう思った方が心地いいだろう。

 ん……? なら何故ヴァンではなく最年少の私を?


「まぁ、いいか。では、行こうか」


「はい! 行きましょう」


 いろんな貴族たちとの対談やいろんな区画への視察へ行った事はあるが、ここまで足が軽いと感じるのは初めてだ。やはりトウヤ、彼の子供だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「──む、冷たい」


 身体が引き延ばされ、歪み、水面に嘉荒田が落ちたような感覚が身体を撫で、世界が裏返った。

 感じた事のない違和感に眉を顰める間もなく、お尻にひんやりとしたものを感じる。

 いつの間に私は尻餅をついたのだろうか、というかまず私は限無の塵の中に入れたのだろうか。


「──ふぐっ!?」


 いつまでも座っているとお尻が冷たくて仕方ない。多分マサミチの能力で創られたであろう地面から立ち上がろうとしたのだが、急激に鼻の奥を刺激する腐臭が襲ってくる。

 今自分がいる氷の受け皿と形容できる足場、そこから顔を出した瞬間にこれだ。


「──っぶ」


 胃袋を圧迫する不快感を吐き出す為、胃液が喉にある不快感を連れ一切合切を流し出す。

 匂いに気を取られて外の様子を見る事が出来なかったが、とにかくひどい匂いだ。


「ぅえっ……、彼は……こんなところにいたのか……」


 喉が溶けるヒリヒリとした痛みがジグジグと再生する。それでもなお拭いきれない不快感。

 腐った生卵をカビている机に沁み込ませたような、腐ってしまい工業用の油のような異臭を放ちだした食用油のような、その全部が混ざり、溶け合い、調合されたかのような悪臭。腹の中身は先ほど空になったが、どうにも気持ち悪い。残った胃液を絞り出すようにしてえずいた。


 小一時間ほど居ただろうか。大分マシになって来た。


『少しだけ見直してやろうかな』


 赤黒い血で出来たマスクで顔を包み、くぐもった声を漏らす。

 ツクモに昔教えて貰った”ガスマスク”をアイツの話を基に再現してみたのだが格段に楽になった。お調子者だがなかなかどうして役に立つ。少しだけ評価を上方修正することにした。


『血粧(けしょう)、久しぶりに使ったが……まぁ、あまり鈍ってはいないみたいだ』


 コツンとマスクを叩き、その耐久性を確かめる。

 ”血粧”能力ではなく純血の吸血鬼の身体に備わっている身体機能の一環だ。最近は使う機会がなかったから下手になっているかもと思ったが、杞憂だったみたいだ。

 それにしても……。


「彼が来ないな」


 この空間には一緒に入ったはずなのだが……。

 ……ああ、そういうことか。


『空間に流れる魔力を見るに、ここは時間の流れ方が違うのかな? いや、空間の在り方も違うな……っと』


 考察する時に思考が口に出る。ワルプルギスの癖だ。

 マスク越しでも香る最悪の匂いから意識をそらすために思考に没頭していた時、空というにはあまりに低い、ほぼ真上の空間に波紋が広がった。

 そこから足が出てきて、腰が出てきて、最後には全身が現われた。


『大分遅かったじゃないか、マサミチ』


「あれ、そうですか? 一緒に入ったはずなの──うわぁぁあ!?」


 私とは違い綺麗に着地したマサミチは、私の方を見ると腰を抜かして驚いた。

 何故、と思ったが、多分理由はこのマスクだろう。


『あ、あ──。そんなに驚かないでくれ。私だ。バリオス・ワルプルギスだ』


「え」


『え』


 疑る目を向けてきている……!? そんなに怖いかなぁこのマスク……。

限無の塵は光源がほぼないから結構暗いです。そんな中ツクモから教えて貰ったマスク (般若の面をより凶悪にした見た目)を被った人がいたら怖いですよね。

ツクモ・カミヒト、罪な男……。

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