第七十七幕 死がありふれた世界で、それでも命を尊べたのなら(4)
危うく数千文字を飛ばして萎えかけた男ですどうも。
視界が、白く弾けた。
耳はキーンとしていて何も聞こえない。
ただわかることは……。
「生き……てる?」
確実に死んだと思った、あのフードの彼女からは身を竦み上がらせるほどの殺気を感じたからだ。
勝算や手段もなしに殺気を撒き散らす奴などいない。
すくなくとも、私は知らない。
身体には浮遊感がある。しっかりとした二本の腕が私を支えている。
目を開けて確認しようにも残光で薄っすらとしか見えない。
見えたのは白髪の──
──数秒前
はぁ……出てきてすぐこれか
マサミチは小さなため息を飲み込み、すぐに目標を定める。
立ち会ったのはソラがちょうどに蔓による拘束を緩めた瞬間だった。
傍から見ればソラが一方的に攻撃している悪者に見えるだろう。だがマサミチは匂いで理解していた。
速やかに魔力を高め、現実での一か月間で何度も反復した技を生成する。
四季・冬式 我流 白氷、八つに連ねられた氷の結晶がマサミチを押し上げる。
(なかなかどうして、いい命名センスじゃないかマサミチ)
元の名は虚構の英技、技は同じであれど、その使用者は……。
──一つで一艘、二つ重ねて二艘跳び。
ソラに女が迫る。
手には、禍々しい包丁が握られている。
──八艘跳べば。
あと僅か。
──越せぬもの無し。
誰にも聞こえぬ詠唱を口にする。
思い描くは牛若丸、その軌跡をたった一度の跳躍で再現して見せよう。
「虚構の英技 遮那王飛び」
幾重に重ねられた氷の結晶が内側から爆ぜ、内包した魔力によりマサミチの身体に爆発的な推進力を与える。
だが、だがこのままでは足りないだろう。マサミチの目が捉えているのは既にソラの目と鼻の先まで達しかけている凶刃だ。
まだ、速度が足りない。
だから。
(よく見とけよ、マサミチ、お手本だ)
身体に紫電が発生する。
纏う魔力が弾けて変わる。
身体が、光に引き延ばされる。
────の奥義。
唯我凍夜と考えた、────の奥義。
名を──。
『轟』
閃光、轟音。
その瞬間、ユグレシアに神の怒りが落ちる。
目が、慣れて来た。
パチパチと何度か瞬きをするごとに視界が鮮明さを取り戻していく。
私を抱えているのはマサミチだ。
それだけは確信した。
目つきは違うし、髪も白い。
まるで別人だが、感じる魔力の特徴は一致している。約一週間前にみた服装だし、ちょっと臭いけどちゃんとマサミチ君の匂いがする。
でも別人にしか見えないのは──
(瞳の……色)
黄色なのだ。
私自身マサミチ君の瞳の色を気にした事はほとんどない。
ただ、マサミチ君の虹彩は雲一つない快晴を思わせる水色だ。
だが正直、それすらも少し怪しい。
記憶に違いはない、そう自信を持っていうのなら、正確にはマサミチ君の目の色は水色でもなかった。
初めて彼と会った時から初めて離れた時まで、彼はずっと人と目を合わせていなかった。
俯き、視線を逸らして、自分の視界に人そのものを入れないようにと無意識で下を向いていたんだと思う。でも最初、本当に最初、神獣から守ってくれた時の彼の目は黒だった。
いつだ、いつ変わったのか。記憶を掘り起こすと出て来たのは現身でヒバナとい男との戦闘に呼ばれた時、その時にはもう変わっていた。
チョーと会った時に何かあったのか? それとももっと前? マサミチ君自身気づく機会がほぼなかっただろう。
考えろ、彼と離れた時、彼がなにをして、どう過ごしていたのかを……。
あ。
能力だ。
頭の中で点と点が繋がった。
離れてからの彼は能力を使えるようになっていた。
マサミチ君の能力は”四季”だとアイゾメから聞いた。
彼の適性についてもだ。冬、秋、春、夏の順番。
水色は、言うなれば冬の色だ。
ならば今は、秋の色だ。
だからどうしたと、私も思っている。
だが、これはマサミチのようであってマサミチでないように感じる。
この違和感と、瞳の色は無関係じゃないと勘が言っている。
身体は変わっていない、ならば心か? 記憶か?
「誰……なの、あなた、は……」
絞り出した疑念は届いていなかった。
彼は、敵を見据えていたから。
「……あはぁ。やっぱりあなたはいいわね、とっても」
「……………」
「今は退くわ。でも、またすぐに会う事になるわ。私、あなたのファンだもの」
マサミチが叩き落としたであろう肉切り包丁を拾い、濃い殺気を放つ。
身の毛もよだつ圧に、マサミチは微動だにしない。
「だから…………その首、洗って待っててね?」
そう言って、女は姿を消した。
女が消えた後もマサミチは警戒を解くことは無かったが、それも数分だけの事だった。
今気づいたがお姫様抱っこされていたみたいだ。
マサミチは、私を優しく降ろす。
「あ、ありがとう。マサミチ……君」
自然に声が出せなかった。
口ごもった声に、マサミチは僅かに目を細める
「やっぱ、気づくんだな俺とマサミチの違いにさ」
何も言い訳をするでもなく、ただそう言い放った。
彼は、私の疑念を理解しているのだろうか。
「お姫サマ。とっとと帰ろうぜ? ワルプルやら赤チビ、ジジイが待ってんぞ。数日帰らなかったんだ。早く顔見せに行かないとな」
軽口だ、ただの軽口…………。
「待って」
帰路につこうとしたマサミチに声をかける。
彼は身体の扱いに慣れていないかのようなぎこちない動きで振り返る。
「ん、なんだよお姫サマ」
彼は適当な声でそう言った。
”お姫サマ”なんてマサミチ君は言わない。
彼は”ソラ”と、優しい声で言ってくれるのだ。
やっぱり、”彼”は”マサミチ君”とは違う、別の誰かだ。
「さっきの、さっきの言葉が本当なら……私の感じた違和感が本当なら、あなたは誰なの?」
問いかける言葉はか細く、途切れそうな声だった。
自然と眉尻が下がり、うろたえているのが自分でもわかる。
もし、もしマサミチ君が消えて、別の誰かがマサミチ君の中に入っていたら……もし……。
嫌な予感だけが頭を駆け巡る。
こんな状況で楽観的な想像が、出来るはずもない。
不安を噛み殺すこともまともに出来やしない。
「俺は俺だ」
マサミチと目が合う。
「お姫サマの望む言い方をするのなら──」
真っすぐとこちらを見据えていた瞳の色が変わった。
薄く、透き通るような水色。
マサミチの瞳の色に。
「僕は僕だよソラ」
水色の瞳が揺れる。
そして──
瞬きの間に色が黄色に戻っていた。
「お姫サマには悪いけど、今のマサミチは喋る事が出来ない状態だ。だが、そう心配する必要もない」
「────」
「言うなれば二重人格って奴だ」
白くなった髪が風で靡く。
彼は、マサミチには、いったい何が起きているのだろうか。
ソラは、それ以上何も言えずにいた。
・遮那王飛び
噛み砕いていえばマリオの横向きバネを足元に生み出してバイーンって飛ぶ感じですね。
やっぱ早いってかっこいいんだよなぁ




