第七十六幕 死がありふれた世界で、それでも命を尊べたなら(3)
僕は、機械的に彼の死体を凍らせた。
ここは食べ物も腐らないから死体も同じはずなのに、僕は凍らせた。
出力を少し誤ってしまい、辺り一面も凍ってしまう。
ああそうだ、走って向かう時も地面に氷を張れば時間のロスを減らせたかな。
今となってはもう遅い、そもそも僕が間に合ったところで結末は変わらなかっただろう。
それなら……いっそ間に合わなかったら……。
考えようとして、やめた。
冷たくなった彼を背負って歩いた。
何がしたくて、何をやろうとしてたのかわからない、ただ何となくだ。
ゴミは今もまだ落ちてき続けている。
僕の方に棚が自壊しながらも転がってきている。
僕は、今ある感情に任せて、それを焼き切った。
「……っ」
火力がイマイチだった、焼き切った棚の破片が頭に当たり髪留めが地面に落ちる。
寂蘭華、毎日形を変える水色の簪。
拾おうとして顔が映る。
とうとうおかしくなってしまったのだろうか、口角が上がっている。
こんな状況で、何が可笑しいと言うんだ。
(おかしくなんかないさ)
そう自分が言い聞かせる。
「あっ……」
また、人が見えた。
ゴミ山の麓、何もない所に。
一分もしないうちに着いた。
そこにいた人は狐の嫁入りを思わせる長く純白の長衣と無垢を思わせるヴェールに身を包んでいた。
和を思わせる様相に見合わぬ歯車のような模様が右頬に大きく浮かび上がっている。
僕の記憶にないのに、どうしてか見覚えがある。
僕は……いや、俺は、この人を……コイツを──
同刻、バリオス邸にて──
「おい、くそ蝙蝠。こりゃどういうことだ?」
「あって早々どうした没落貴族、ぜひ座って話を聞かせたまえ」
バリオス邸の客室、エリシアとワルプルギスは互いににらみ合う。
「どうしたもこうしたもあるか! あのガキは何処に行った!? 確かに私の魔道具は無力化された状態で発見された。今もアタシの手元にある……だが! 依頼主にはきちんと手渡しが常識だろうが、ただでさえあの”限無の塵”の入り口近くに置きっぱなしだったんだ! 客を不愉快にさせるたぁどういう教育してやがるんだ!? ああ!? 今すぐあいつに詫びを入れさせるべきだろうが!!」
「残念ながら私たちもマサミチの居場所がわかってないんだ。魔力の痕跡も一日前に忽然と消えている。もしかすると”限無の塵”に墜ちてしまった可能性が高い」
「てめぇ責任逃れするつもりか!? 部下の仕事の補填は上がやるもんだろうが! あの愚図がもしあそこに消えたんならもう戻ってこれねぇだろうが! 誠意を見せやがれ!」
「ふん、私が責任を取る必要はないね。君はマサミチに無償でやらせたそうじゃないか、金が絡んでいない以上マサミチと君の個人間での契約になる。金を払うとは責任を負わせること、金を貰うとは責任を負う事。金が絡んでいない以上君が何を言っても私は動かないよ」
ヒートアップしているエリシアに対してワルプルギスはいたって冷静に対応している。
なにせマサミチにエリシア対応マニュアルを作って渡したのはワルプルギスだ。
だがワルプルギスは表面上は冷静ではあったが内面は気が気ではなかった。
(マサミチ、君がもしあそこに墜ちてしまっていたら……私たちでは助けようがない。どうか杞憂であってくれ……)
ただ、そう願うしかなかった。
限無の塵前にて──
どうして……どうしてなの!?
ソラは溢れ出そうな涙を気にすることもなく半狂乱で下層を走り回る。
水色の髪留めをつけた自分くらいの年齢の少年、その情報で待ち行く人に聞き込みをしていた。
来る人も来る人全員が見たと言っていた。
あっちにいったよ、と。
その指が指し示す方向、ぞれがすべて同じ位置を指し示していると感づいた時、冷や汗が止まらなかった。
一度入れば二度と出られない、二千年もの間、国中のゴミを全てをただ一つの空間として受け入れ続けている場所。
「……お願い……お願い……!」
気づけば口からは祈りの言葉が漏れていた。
杞憂であって欲しい、間違いであって欲しい、勘違いであって欲しい。
そう願うほどに現実は邪悪な笑みを浮かべる。
辿り着いたのはゴミの搬入路、人の気配が全くしない基本的に無人の場所だ。
「……っ、これ……!」
見つけたのは不自然に焦げている地面と、つい先程こびり付いたであろう血だまり。
予想していたよりも嫌な予感が沸き上がる。
戦闘の末の敗北……死……。
「いや、それは違う、そうじゃない」
今のマサミチ君にはバリオスの恩恵があるから死ぬことは無い。
今見えている血だまりからは引きずられたような跡が近くの廃屋に続いてる。
あそこ……血の気配が濃い。
もしマサミチ君を倒した人だったら厳しい戦いになる。
先手だけは、取らせてもらう。
「追憶の球根」
手の平にコロっとした球根を生み出す。
魔力という栄養を直接得た球根は様々な過程を飛ばし、立派な蔓となる。
モチーフにした植物はない、自分の魔力を通わせた植物を作りたかっただけ。
「行って」
魔力を与えるほどに伸びていく蔓。
拘束して話を聞く、敵だったらそのまま絞め殺せばいい。
シュル、という音がして何かに巻き付いた感触があった。
油断しないように少し離れてから建物の外に引っ張り出す。
黒いフード。
猛烈に怪しい姿の人が出て来た。
自分も顔を隠すためにフードを被っているが、こんな場所で黒フードは怪しいにもほどがある。
「余計ことを言ったらもっと強く締めるから、質問にだけ答えて」
そう言って少しだけ強く締めてみたのだが反応がない。
どちらかと言えば心ここにあらずって感じだ。
「水色の髪飾りをつけた男の子を見てない? 答えて」
自分でも冷たい声が出たと思う。
威圧的で、低い声。
「……あなたも狙っていたのね。でも残念、私もあなたももう二度と会う事は出来ないわ」
女性の声だ。だからなんだ。
「……っ! どういう事! 説明して!!」
足元にある血だまりも気にすることなく距離を詰める。
「あなた、品がないのね」
「何を言ってるの! 早く答えて!」
冷静じゃない、頭に血が上ってる。
それを理解しているけど止まれない。
冷静になったら嫌な現実が見えてしまう気がして、目の前の人にあたる。
「早く答えてって言ってるの!」
手に力が入り、傷ができるほど強く締めてしまう。
自身のイメージが反映され、ただの蔓は茨へと変容する。
食い込んだ黒いマントから赤い血が滲んでしまっている。
「あ……」
それを見て手が緩む、そこまでするつもりはなかったと、蔓を持つ手が開かれる。
それが間違いだったと、すぐに理解した。
茨の棘が抜け、蔓の拘束が緩んだ瞬間、フード女の身体が沈んだ。
正確に言うのであれば全身の力を意図的に抜き、重力に添うように身体を投げ出したのだ。
身体の緊張が解け、地面にぶつかる一秒前、女の身体が跳ねだされた。
スーパーボールを思わせる異次元の反発はすぐ近くにいるソラ目掛けて速度を高めていく。
ソラが反応できたのはそこまで。
フード付きの黒いマント、その内側には解体するための包丁が忍ばされている。
身体の力を抜くと同時に愛用している包丁を手にする。
魔道具 肉斬骨断。
他の物を斬る事ができないそれは、ただ一つの行為にのみ本領を発揮する。
生きている生命体の物理的硬度を無視し、断つことに特化している魔道具である。
「うふっ──」
歓喜するような艶めいた声が鼓膜を揺らし、視界が白に染まった。
さぁさぁ盛り上がってきましたよー!(私が)




