第七十五幕 死がありふれた世界で、それでも命を尊べたなら(2)
水面に飛び込んだような感覚だけがあった。
小石が落ちて、波紋が広がって……。
世界が裏返った。
「うわああああぁぁぁぁあぁぁぁあぁ?!?!!!?!」
掴んだはずの猫が手元から消えている、だがそれどころじゃない。
どこだここ!? 今の感覚……景色、別の場所に来たのか!? というか……!!
「落ちてる、落ちてる、落ちてるぅぅぅ!!」
風の抵抗が身体を押そうとし、風圧が身体を叩く。
だと言うのに身体は風を切って加速を続ける。
息が苦しくなる、全身が風を感じていた。
色とりどりの地面が近づいてくる。
何故地面がカラフルなのか考える暇もなかった。
本能、このままでは死ぬと言う本能が僕の身体を動かす。
「ししし四季きききき・ととと冬式きききき ゆゆゆ雪解一升・柔うううう?!?!!」
ぼちゅんっ! と音がした。
全身がふわふわの冷たい水に包まれているような感覚、そして反発の影響で外に投げ出されそうになる感覚。
スライムの様な弾力を持った雪解一升・柔から放出され、顔から地面に突っ込む。
「だばばばばば!???!」
魔力で強化していても痛い物は痛い、それに地面が不自然なほどに凸凹していて、形も不揃い、大きさも硬さもまるで違った。
「痛ったぁぁ……何? ここど……こ……」
涙目になりながら鼻血が出ている鼻をさする。
凸凹の地面に座っているだけでも何かが足に刺さって痛い。
本当にどこなのだ、そう思って目を開けると、そこには圧巻の光景が広がっていた。
見渡す限り山がある、それも自然の山などではなく人工物だと一目でわかる。
まるで砂山崩しの為に作られた山みたいな形だ、それも見える範囲全部がだ。
それによく見なくてもわかる、全部ゴミだ。
人形や脚の取れた木の机、照明器具、食べ残し、皿の破片。
ありとあらゆるゴミだ、それで全部の山が構成されている、勿論自分の足元も例外ではない。
「クマの人形……なにこれ、お皿の破片? もしかしたらこれに当たってたかもって考えると怖いな……」
辺りを確認する。危険は今のところ一切感じない、それと同時に人の気配……いや、生きている者の気配も感じない。
それなのに魔力だけは満ち満ちてる。
それに少しばかり不自然だ、山の形は同じでも微妙にだが山の大きさが違っている。普通ならそんなこと気にならないが、少し気にかかった。
考えても埒が明かないと判断してとりあえず歩いてみる事にした、やる事もなかったし自分の状況を調べる一環でもっとたくさんの範囲を散策する。
いくつもの山を越えたところである事に気づいた。
「やっぱり、最初に墜ちて来たあの場所だけゴミの量が少ない……それに」
山の形が他より汚い、ただ落下してきたのが雪崩れただけみたいな……。
今その違和感を確かめるすべはない、出る方法もわからない以上ここで死なないように過ごす方法を考えよう。
流石に追加で数日も帰ってこなかったらソラとかが救助に来てくれるはずだ。
一週間後──
「救助、こないなー」
生活自体は安定してきた、能力で創った水は毒だって聞いてたけど自分自身で飲む分には問題ないみたいだ。
食料は不衛生だけどゴミの山から調達した、これは昔の生活が功を奏したなと思う。蟲やゴミは食わされたことがあるからある程度抵抗感がない、気持ち悪いけど。
それにしてもどういうことかわからないが腐ってるものが無かった、腐った状態で捨てられているものもあったが蟲が湧いてるとかもなかったし、不思議だ。
空気は汚いし汚染されてるとは思うが”春”で十分中和が可能なくらいだ。
汚染が少ないのはどうにも腐ってない様な気がする。
他の違和感だったらお腹の減りも気持ち少ないし疲労もいつもより感じにくい。
この空間そのものに違和感がある。ジョルトの獄界に入っているみたいな……別の場所に転移されてんじゃなくて別の空間に来てしまったような……。
「ん?」
ふと、視界の端が歪んだ。
「んん??」
現在地は落ちて来た山から二つ先の天辺の場所に陣取ってるのだが、僕が落ちて来た場所の空間が歪んだ。
超上空、目を凝らしても良く見えない場所からバラバラとゴミが落ちて来る。
なるほど、そういう仕組みか。
もし穴が移動しているのならこのおびただしい数の山も説明がつく。
にしても……。
「間隔が長い……のに量は多い……?」
明らかに長い気がする、大体あたりを付けているがここはゴミ捨て場かそれに関係する場所だ。
僕がごみを捨てる時は細々と捨てたりはしない、手間だし時間もかかる。
まだ僕がわからない何かがあるのか?
捨てられているのは箪笥や折れた物干し竿、それと……何だアレ。
一つ、人間大ほどの大きさのもの……いや、アレは人間だ、絶対に。
赤い液体を撒き散らし落下してくる人を受け止めるために走り出す。
詠唱をしている暇はない、秋は反復してきてなかったから即座に出せる訳じゃないけど充分間にあう!
電気を纏い身体を酷使する。
「……っ、届く……か?」
全力疾走、凹凸の地面に足を取られそうになりながらもなんとか走る、そして……。
精一杯手を伸ばし雪解一升・柔を落下地点に生成する。
遠く過ぎるとイメージが鮮明でもそれを具現化するまでに時間もかかってしまう、だから出来る限り近づく必要があった。
ぼちゅんという音が鳴った瞬間に能力を解除する。
幸いな事に生きているようだ。
「大丈夫ですか!?」
いや、大丈夫ではないだろう。傷をみればいやでもわかる、これはそう遠くない時間には死ぬ。
鋭利な刃物での刺し傷が多い、それに……。
「指がない……お腹にも穴が……っ!?」
臓器がない。
思わず仰け反ってしまった。
彼はまだ生きている、それなのに……。
容易には想像できない苦痛を受けたであろう事を察し顔が強張る。
「さ……な…………あか……き……」
血を吹きながらも何かを伝えようとしている、でも今はそれよりも……!
「喋らなくてもいいです! ゆっくり……ゆっくり呼吸してください!」
何とか助かる道を模索する。
道が閉ざされているからと言って諦めるわけにはいかない、僕は手段を持っている人間なんだ、目の前にある命を見捨ててたまるか……!
自分の服を破り必死で傷口を抑える。
そこら辺にある布よりかは清潔なはずだ。
まずは血を止めろ、圧迫止血と並行して春好で傷口を塞げ……!
汗を拭う事すらせず、ひたすらに応急処置を行った。
一分ほど経った時、ふと僕の腕になにかが触れた感触があった。
今、助けようとしている男が僕の手を掴んでいるのだ。
「も……いい…………たす………からない…………楽に……してくれ……ころ…………してくれ……」
朦朧とする意識の中、男は言った。
呼吸もままならないまま、必死で言葉を紡ぐ。
俺の身体はもう駄目だ、肺も傷ついている、呼吸をするたびに痛むんだ。
身体の半分から下の感覚はもうない、それに……寒い。
けど、温かい。
見ず知らずのこの少年は全力で助けようとしてくれた、その気持ちがとても温かい。
こんな、こんな死ぬのは怖い。
けど、この子みたいな優しい子になら最期を任せられる気がする。
「そんな………! 諦めないで……くだ…………」
嗚呼、耳も聞こえにくくなってきた、視界もぼやける…………。
でも、苦しさだけは消えない、俺の為を思うのならどうか、どうか一思いに楽にさせてくれ。
「た……のむ…………」
はっ、何処に誰か分からないやつに涙を流せる奴がこの世界にいたなんてな。
ああ、そうだ。
そのままやってくれ。
責任を感じる必要はない、赤の他人なんだ、忘れて生きればいいさ。
どうせここに捨てられたんだ、元の世界に墓はたたない、だから……俺は最初からいなかったものとして…………。
殺してしまった。
助けたかった、エゴだって言われても、ただ助けたかった。
助けるために差し出したその手で、僕は命を一つ終わらせてしまった。
これ以上苦しませたくなかった……けど、それはただの言い訳に過ぎない。
薄く光を反射する氷の刃。
血濡れた凶器にはほとんど返り血はついていなかった。
それだけの血が既に彼の身体から流れていたのだ。
感触が……手に残っている、不快感が身体を駆け巡る。
刃を離しても手の震えが止まらない。
一つ、未来を潰してしまった。
一つ、希望を潰してしまった。
──一つ、命を奪ってしまった。
初めての人殺し……描写難しぃ……




