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異界のアイオライト  作者: アンディオス
七章 断ち切れない赤い影
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第七十三幕 理不尽

 チョーとの再会を終えた後、僕らは各々の自室に向かっていた。


「いやー、まさかチョーちゃんが騎士団に入るとはねー。ちょっと予想外だったな」


「そうだね、でも良かったんじゃないかな。騎士団ならご飯も食べれるだろうし寝る場所もある、あの時点じゃ僕らは自分たちの事でいっぱいいっぱいだったからね、チョーに居場所を作ってあげられなかったと思う」


 あの時点、グレイ、オーニアスを除いた全員が記憶凍結という処置を受けた時の事、僕はあの時ソラに支えて貰えてなかったら生きてないだろうし、アルベリは何か用があったみたいだ。

 チョーはギルとガッシュの影響で記憶凍結の掛かりが甘くって僕らよりも入院期間が伸びていた。

 タイミングが合わなかった……って言うのはただの言い訳だろう、みんな自分の事しか見れてなかった、仕方なかったとはいえ落ち度だ。

 でも、だからこそ。


「チョー、幸せそうで良かったなぁ、きっと友達もできただろうしずっと一緒にいてくれる仲間もいる。あの仕事の性質上危険とは隣り合わせだけど、なんだか少し安心したよ」


 その言葉に返答はなかった、ただ頷き返すだけ、それがすべてだった。



 バリオス邸に帰るまで、他愛のない会話を続けた。

「あそこのご飯美味しかったね、また行きたいね」

「そうだねー、今度はアレ頼んでみようかな? そういえば迷ったけど買わなかったあの服、次の機会に買ってみようかな」

「いいね、あの服とならあの帽子と合いそうじゃない? それと今日はちょっとだけ人が多くなかった?」

「そう? あっそういえば──」





 商人や人が活発に動き出す頃、僕達はバリオス邸に着いた。

 相も変わらず綺麗で大きな建物だと思う、街中で一際目立っているのに周りの景観を何も壊していないのも凄い事だ、朝も昼も赤金色が空を支配する夕時も。周りを引き立たせつつ、周りに引き立てられている。


「あれ……ねぇマサミチくん、マギャさんいなくない?」


 ソラに声をかけられ、建物から目を離す。

 マギャさんとは初めてバリオス邸を訪れた時に門前払いしてきた人だ、バリオス邸の正式な門番の立ち位置の人、外から見えない位置でいつも待機しているのだが気配すら感じられないのはおかしい。


「確かに、マギャさんに限ってサボりはないだろうしお客さんでも来てるんじゃないかな」


 深く考えること無く戸を叩いた。

 ”空間隔離”それは、空間という極めて稀有な事象そのものに干渉する能力だ。

 その力によって、この邸宅にはこの一つの入り口以外から侵入することができない。

 この正門だけがバリオス邸と外界を繋ぐ唯一の架け橋だ。

 だからこそ。


 門番であるマギャさんが、ここにいないことが少しだけ気になった。


「……出てこないね、どうしようか」


 何かトラブルがあったか、それとも……。


 頭の中に浮かんだそ(・)れ(・)が一番答えに近そうで……というか実際答え何だと思う。

 空間が途切れているせいで耳を澄ませても聞こえないが、この一か月で積み重ねられた経験によるデジャヴが……。


「──ふざけんじゃねぇ!! おい! アイツは何処だ! さっさとあのガキを連れて来い!!」


 声のした方、困った顔をして逃げるようにバリオス邸の外に出て来たマギャさんと──


「またか……エリシアさん」


 深い薔薇色をした血の気配を思わせる長衣。

 その衣を長身の身体へと無造作に纏い、肩から腰へと落ちる布地が地面に当たろうとお構いなし、頭に乗せられている赤くつばの広い帽子は傾いており、影が顔の片側を覆っている。その下から覗く海緑色の瞳には苛立ちの色が濃く表れており、辺りを物色するかのように見回している。

 衣服の下には象牙色のシャツを着崩しており、胸元にはユグレシア王国騎士団とは別の金色の徽章が留められている。

 そんな近寄りがたい雰囲気の彼女、エリシアは僕のこの一か月の仕事の半数以上の依頼主、言うなればお得意様というやつだ。


「あぁ? いるじゃねぇか、遅せぇんだよ愚図が」


 吐き捨てるようにそう言ったエリシアは眉間に皺を寄せ、ズカズカと近づいてくる。

 はじめの頃は怖かったが、馴れと言うのは怖い物だ。


「てめぇ何処ほっつき歩いてやがった!? 十四分だ、アタシはそれだけの時間待ったんだぞ! クソッタレの唐変木が、アタシが来てるのを察してとっとと来いっつうんだ!! これだから……まだ尻の青いガキは……おいコラ、禿頭。バリオスの恩恵にしがみついて無駄に年食ってるんだから青二才の教育くらいしとけ!」


 唾を散らしながら文句を垂れるエリシア、一通り言い切った後、懐から葉巻を取り出し火をつけた。

 辺りに子供がいようと何も気にせず煙を吐く。その煙が丁度僕の方に当たった。

 そこでようやく気付いた、エリシアから最初依頼を受けた時、そして今に至るまでにソラは居なかった。考えなくてもわかるだろう、彼女とソラは……エリシア的に言えば口先だけで反抗してくるクソ生意気なガキは、水と油だ。


「ちょっと、貴女が誰かは知りませんがいきなり怒鳴り散らして、常識という物がないんですか?」


「あ? てめぇ今アタシに言ったのか?」


「貴女以外に非常識な人がどこにいるんですか? 自分の事も俯瞰して見れない人に私のマサミチ君を悪く言われる筋合いはない!」


 ソラが語気を少し荒げた後、エリシアは短く息を吐いた。


「ははっ、アタシに歯向かうにしちゃあ品のねぇクソ雌だ、色恋なんざつまらねぇ物にうつつぬかして……この愚図に魅力なんかあるもんか。

 自分の価値観に溺れて、宝物(ゴミ)に価値があると思い込んで必死に泥を磨いてる程度の豚が! 身の程を弁えて物事を語れよ、これだから……大して辛い思いすらしてねぇガキは……。チッ!!」


「なっ!! マサミチ君はゴミなんかじゃ──!!」


「まぁまぁ、ソラもエリシアさんも落ち着いてください。周りの人たちが見てます」


 ソラの堪忍袋が切れ、掴みかかろうとしたところを間に入って止める。

 ソラの気持ちは嬉しいし、ソラの悪口を言ったエリシアには苛立っているが、それはそれ、これはこれだ。

 僕がバリオス邸に来る前からそこそこの頻度で来ていたから対応法とマニュアルを最初に渡された。

 心を冷静のままで保っておくのは得意だ、能力一つ、技一つで僕は従順な人形になれる。


「とりあえず中に入って話しましょう」


 これまで通り僕だけで対処すればいい、ソラに余計なストレスをかける必要なんてないから。


「はっ……必要ないだろうが。愚図、前と同じだ。そんくらい言わなくても理解できるだろうが、頭の悪い女とつるむと脳が腐るのか? 脳の病気でも移ったってのかよ、阿呆は何でも貰いやがるな、気色悪いったらありゃしない」


 小馬鹿にしたような態度のまま吸殻を地面に捨て、ぐりぐりと踏みつぶして消火する。

 態度は最悪、言動も最悪、挙句の果てには性格も最悪ときた。

 マギャの後に少し遅れてやって来た家族(ファミリー)の一人が痺れを切らしてエリシアの胸倉を掴んだ。


「お前、大概に──」


 言いかけたところで手首が落ちた。

 いつの間にかエリシアの手にあった剣に、少しばかりの血が付いており、手首を断ち切ったのが誰か示している。


「────!!」


 痛みが脳に伝わり、苦痛を逃がすために発する絶叫もまた完全に出切る事はなかった。

 ゴトリと落ちた首の断面からは噴水のように血が溢れ出している。

 そんな状態でも優雅に、落ち着いてエリシアはもう一本葉巻を吹かした。


「チッ、汚ねェ手で触んな、雑兵如きが何を思い上がったんだ? アタシは”永劫”のエリシア・ネスユノだ!

 本来てめぇら如き愚図が同じ目線で、土俵で! 物事を語る事すら烏滸がましいってのに? アタシの胸倉を掴むだぁ!? だから愚図は嫌いなんだ、温情を見せた瞬間自分が上に行ったかのように錯覚して調子に乗りやがる!!

 鬱陶しいんだよ!! 金があるからって我が物顔で指図してくるバリオスも! 身の程知らずで恩知らずのメグリジェも! 全部全部全部ゥ!!!」


 殺気の色が濃くなり、息をすることさえ忘れてしまいそうな圧が辺りを満たす。

 エリシアの怒号が町を揺らし、静寂が訪れる。

 いつ自分があの生首のようになってしまうかの恐怖に怯えるだけの時間が、静寂により引き延ばされる。

 何がトリガーになって殺気が爆発するかわからない、その恐怖が際限なく溢れ続けている。


「………………」


 誰も何も反応しない、唯一音を出しているのはバリオスの恩恵で命がギリギリ繋がっているだけの家族。その静寂を破ったのは。


「すみません、彼の非礼を詫びさせてください。元はと言えば僕の考えが至ってなかったのがいけないんです。今回の依頼の代金は結構です、ただ………彼を許してくれませんか?」


「はっ、わかってるじゃねぇか。やっぱり他の愚図よりマサミチ、てめぇの方がまだ物分かりが良い。

 だが甘い、このアタシに対する非礼の代償だ、今回だけじゃねぇだろう、こっから先お前はただ働きでこのゴミの償いをアタシにするべきだ。そうだろう?」


「………はい、わかりました」


 はぁ……給料が滅茶苦茶減るけど、この場を収められるならいいか。


 重い重い空気感の中、マサミチは誰に気づかれるでもなく小さくため息を吐いたのだった。

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