第七十一幕 些細な日常の一ページ
今日という日は何と素晴らしく、なんと色褪せて見えるのでしょう。
様々な色を持った人たちが、カラフルな世界の上で踊る様に生きている。
それなのにどうしてこんなにも──
「私の世界はつまらないの?」
女は歩く、町を人を見ながらただひたすらに。
道行く人たちは笑顔に満ちている、勿論、女も。
「よう! ──ちゃん、新しいの入荷したら教えてくれよ!」
「ええ、サマナさん。お仕事頑張ってくださいね」
他愛のない会話、裏も表も何もない会話。
「──さん、これ、お裾分けです」
「あら、いいの?」
「ええ、その代わり、また美味しい物期待してますからね!」
「ふふっ、楽しみにしててね」
道行く人との会話は弾む、心の泥は、今日はまだ大人しくしてくれているみたいだ。
「──さん!」「──!」「──ちゃん!」
たくさんの人に声を掛けられる、その度に私は彼らをちゃぁんと見てあげる。
でも駄目、みんな私を満足させるには足りない、量も、質も、何もかも。
ただ街を歩くだけ、人を見てただ一日を過ごす。
そうするとインスピレーションが湧いてくる。
そして……。
「今日も見つけた……」
私の────を。
『号外!!
また現れた深夜の”赤い影”!
被害者は──氏。
下層・親睦の宿付近にて──』
朝一番、人が慌ただしく動き始めるころに一つのニュースが飛び込んできた。
内容は最近になって有名になって来た通り魔殺人についてのニュースだろう。
似たような事件は以前にもあった、だがつい最近になって関連性を見出した王国騎士団が同一犯として調査を行い始めた事で注目されている。
”赤い影”
その名は一瞬で下層に広まった。
現場に死体は無く、ただ致死量以上の血が町の路地を濡らしている。返り血がすべて犯人に付いて、犯行現場に残った血だまりに人影が残っていたことから赤い影と、そう呼ばれ恐れられている。
その内容は中層の人間を恐怖に陥れるとともに、興味を引き付ける。
聞き耳を立てるまでもなく辺りから様々な憶測や噂が聞こえて来る、どれも、的外れなものだけど。
ああ、今はそんな事を気にしている暇はない、やっと新しいのを仕入れる事が出来たのだ、これから忙しくなるだろう。
衝動は満たされた、昨日のご馳走はとても甘美な味わいだった、だというのにくるくるとお腹がなる。
嗚呼、私という生き物は実に食いしん坊だ、そして業突く張りだ、やはり彼、名前も知らない彼。
世界樹の枯れ枝を持っていた彼、あの時は私の興味を引き付けるものは一切なかった、でも彼の奥底にあるのはダイヤモンドの輝きすら凌駕する綺麗な綺麗な原石。
そんな物が見えたのなら気にしない方がおかしいだろう?
いつでも
いつまでも
どこにいても
どこを歩いても
心のどこかで彼を探している
水色の髪飾りを付けた少年を。
最近のユグレシアはやけに騒がしい。
週に一度貰える休み、僕は大抵ソラと出かける。
アルドルフの工房には最近行けてないから今度行こうと思っているのだが中々ソラとの都合が合わない、中途半端な時間では話し足りないから、アルベリが帰ってきた頃にでも顔を出そうと思う。
そして今日、僕の服を買うと言っていたソラについて行き下層まで来た時、”赤い影”という噂を聞いた。
丁度日がてっぺんまで登った頃、僕とソラはとある服屋に来ていた。
ソラが服屋で買い物中あまりにも暇だったので店主のオヤジさんに噂について聞いていた。
ちなみにソラはオヤジさんの家内と服について喋り出してかれこれ一時間ほどだ、否定するわけではないが良く服の話だけでそこまで盛り上がれるなと思う。
……いや、男の浪漫の話とかも女性からはそう見えるのかな……、良くわからないや。
「赤い影、ですか?」
「おうよ、現場に残った血の跡に人の形が残ってたんだとよ、そこだけ返り血が残ってないって事は犯人は人を殺しておいて微動だにしてないヤバい奴だって噂まであるらしいぜ?」
「それは……あんまり気分のいい話じゃないですね」
「ああ、そうだな。俺の嫁さんがそうなったらって思うと怖くなる、明日は我が身ってな」
「大丈夫、騎士団の人もいますし、そんなこと起きませんよ」
「……だと良いな、でも、絶対はこの世にないからな」
「そうならない事を願っておきましょう」
「おう、そうだな。っと、おめぇさんの彼女はもうそろそろ買い物が終わるみてぇだぜ、さっさと行って荷物もってやんな」
そう言ったオヤジさんの指さした方を見れば両手でギリギリもてなそうな量の服を抱えたソラが会計に向かったのが見えた。
今からアレを持つとなるとげんなりする。
「ははっ、そう嫌がってやんなよ、男ってのは惚れた相手の為ならなんだってできるモンだろ?」
「……僕、そんな風に見えますか?」
「いや? だが案外隠せないもんだぜ」
あっけらかんとそう言ってみせたオヤジさんは穏やかな表情をしている。
自分自身で自覚している、想いは既に凍らせた、表に出すようなこともしていない。
それこそずっと一緒にいたソラにすらバレてないのに、会って一時間くらいの人にわかるような物でもない。
けど、たった一時間でもわかるものだ、オヤジさんはきっと理屈とかじゃなく、勘や経験、年の功とでもいうのだろうか。
「……オヤジさんはこういうのキツイなーって思う事とかってあるんですか?」
「そりゃあるだろ、俺だって人間だ、辛いやら苦しいやらの感情はある」
オヤジさんはうげぇ、とでも言いたげな表情を作って肩をすくめた。
でも次の瞬間にはニカッと笑ってこちらに向かってくるソラの方を指さした。
「でもなぁ、ああいう顔見たら、そんな考え吹っ飛んじまうよなぁ」
……ああ、なんかわかる気がする。
凍ってしまった心すら溶かしてしまいそうな笑顔。
幸せそうな、いい笑顔。
「……そうですね、長い事雑談に付き合っていただいてありがとうございました、また来ます」
「おうよ、また来い!」
暖かい笑い声に背中を押され、僕らは服屋を後にした。
服屋のオヤジさん、名前が”オヤジ”さんです。わかりづらいと思ったし普通に気づくの無理なので捕捉をば




