第六十五幕 初めて彼はここに至る
人の視線が痛い
克服したと思っていたんだけど、毛色が違ってくるとここまで気になるものなのか
太陽が真上を通り過ぎた頃、涙で顔を赤くしたソラを抱えて宿に向かっている最中、道行く人に何とも言えない視線を感じる
微笑ましい物を見る目を感じるというか、羨ましい物を感じるというか、とにかく野次馬的な視線を感じる
街中、それも国内でも特に賑わっている場所で白昼堂々〝お姫様抱っこ〟をしている
注目の的にもなるだろう
だがそんな状況であるがいい事もあった
指名手配、厳密には違うが、ソラは人から追われている
その状況下で注目の的になっていて見つからない訳はないが、ソラがマサミチの胸元に顔をうずめているという極めて特殊な状態だったおかげでバレずに済んでいた
それともう一つ、野次馬達が干渉してこず、一定の距離を保っていたことだ
恥ずかしいと言う感情を代償にあまり騒ぎになることは無く宿に向かう事が出来た
宿に着いた瞬間、マサミチはベットに顔をうずめた
恥ずかしさから顔から火が出ているんじゃないかと思うくらいには顔が赤かった
今まで無視されることが当たり前だったからか、注目の的になっていたのが駄目だった
「あぁ~……」
枕で防音になっていたおかげて外に漏れた声は微々たる声量だったが、それでも大きな声を出したことに他ならない
声を張り上げた代償として喉が渇きを訴える
枕から顔を離し台所に向かおうとしたところで服に僅かながらの抵抗を感じた
今は泣き疲れ幼子の様な寝息を立てて寝ているが、その中でもソラはマサミチの服を離すことは無かった
マサミチもまた、ソラから離れることは無かったが如何せん喉が痛い
ここまで甘えてきたのは初めてだった、だからこそこの事態が自分のせいであることを忘れ、ただただ可愛いと思えた
だがやはり喉が痛い
後ろ髪をひかれる思いをしながらソラの掴んでいた衣服を優しく引きはがし台所へ向かった
「ぃぁ……」
不意に後ろから声が響いた
響いたとすらいえない程か細い声であったがマサミチとソラしかいない部屋ではしっかりとした〝音〟として聞こえた
その声に反応し振り返ったマサミチは、今まで感じていた感覚を探し求めるように空中に手を伸ばしている少女を見た
今まで培った彼女への印象は崩れ去った、とまではいかないが、がらりと変わったことは間違いない
喉の痛みを忘れ、比喩ではあるが疾風の如き速さでソラの元へ戻った
二人の人間が大の字で寝ても川の字で寝ても、その全てを余すことなく包み込めるほどの大きさのベット
そこに寝かされた少女の傍らにマサミチは腰かける
マサミチは今しがた自分で引きはがした手を優しく握る
その感覚に安心したのかソラは目じりに浮かべていた涙が嘘のように健やかな顔になる
数秒もすれば魘されていたような先程までの時間が嘘のようにすっきりとした寝顔になった
「すぅ……すぅ……」
一定のリズムで寝息を立てているソラの顔を少しの間、眺める
眺めてるうちに、少し前の事を思い出す
ソラが思いの丈を教えてくれた日、そして今日のついさっきの出来事、サンガツに殺された時
どちらもソラは泣いていた
わかってる。ソラが泣いていたのは全部僕のせいだ。
最初からためらいなく戦えていたら結果は違っていたのかもしれない。
そう思うと自分が情けなく感じる
わかっている。ずっと前からたくさんの人に言われてきたじゃないか。
僕は甘すぎるんだ。その甘さは僕だけじゃなくて、みんなに迷惑をかける。
初めもそうだった。ソラと戦ってた最初の時も僕は〝攻撃〟と言う選択肢が取れずにソラに怒られた。
最初から明確だったんだ。僕の課題は
『甘さを捨てる事』
言うは易く行うは難し、だなんて考えてる時点で駄目なんだろう。でも仕方ないとも思ってしまうのは、その甘さが自分に沁みついているものだと自覚しているからだろう。
……この考えが浮かぶのは、この世界に慣れてきたからなのかな?
数秒ほど、自分の中でいろんな事を反芻してみると、一つの答えにたどり着いた
『甘さを捨てる』それを可能にするのは僕の能力だ。
甘さは元の世界にいた時の僕から買われていない証拠だ。
置いて行こう、僕はあの世界では死んだのだから。
ここにいる僕はもう、唯我正道じゃない。
異界の、この世界の
ユイガマサミチだ。
「四季・冬式 凍てつく心」
何の変哲もない宿の部屋の中、淡い光がマサミチの胸を照らす
青い光がマサミチの胸の中に溶け込み、音を鳴らす
──パキン──
この氷の対象は、僕の人を攻撃する事〝躊躇い〟とソラへの〝恋心〟だ。
愛は真心、恋は下心なんて今の僕にぴったりの言葉だと思う。
恋心といっても、僕のは〝好きと言われてその気になっている〟だけだと思う。
ソラは本気なのに僕自身がこんななのはソラの気持ちに対する裏切りだ。
僕の気持ちが偽物だとか下心だとか、そんな風には思ってないけど、多分僕の心は真ん中にはない。
いつか、いつか僕が本当の意味でソラを好きになれるまで。
僕の心の氷を溶かせるほど、熱い想いを抱くまで。
この気持ちは締まっておこう。
それが、不誠実な僕への罰になるだろうから。




