ルシウスから始める魔法分類学 第二限
乱雑に積み上げられた本が、陰惨な雰囲気を益々加速させるのか、薄暗い部屋は酷く恐ろしい雰囲気であった。机の上には相も変わらずフラスコがあり、ホムンクルスがプカプカと気持ち良さげに浮かんでいる。
「やぁやぁきたねー」
「本日もよろしくお願いします」
ラビンスキーは面接官に挨拶するように腰を直角に曲げた。ルシウスは嬉しそうにフラスコを眺めながら、机上の雑多な資料を掻き集めた。ラビンスキーはルシウスの何かを隠すような仕草に違和感を覚えながら、気づかないふりをする。
「何かご都合の悪いものでも?」
ルシウスが席に着くなり、ビフロンスが尋ねた。ルシウスは扉を確認した後、顳顬をつつきながら笑う。
「僕の研究は異端中の異端、禁忌にも触れかねないからねぇ。人間の体とかを使うわけじゃないけど、バレたらやばいやばい」
「もう言っちゃってますけど……」
ラビンスキーが呆れながら言うと、ルシウスは一層嬉しそうに笑う。
「はっはー、ユウキの友達だしヘーキヘーキ。ささ、授業を始めよう」
ラビンスキーは乾いた笑いを上げたが、(それ以前に一人の八等官なのですが……)という言葉はなんとなく心の隅に留めておいた。
「さて、法陣術を学ぶ上で基礎となる部分を学ぼう。まずは、魔術の形式に関する事から」
そう言ったルシウスは指を弾く。同時にあちこちから書籍が浮かび上がり、そこから数冊が机の上に移動した。ラビンスキーが呆気にとられている間に、ルシウスは書籍のページをペラペラとめくりながら、なにやらぶつぶつと呟き始めた。ラビンスキーはしばらくその様を眺める。最近はルシウスの奇行にある程度慣れたのか、思考回路以外は概ね理解できるようになっていた。ぶつぶつ呟くのは大体探し物をしている時である。蜘蛛の巣に配慮するように優しく本を退かしながら、乱雑に什器を退かす様は非効率甚だしい。もっとも、研究資料だけはどこにあるのか把握しているようで、迷いがない点については同じ仕事人として感心するところではあった。
「魔法には様々な分類法があるが、前回はその作用による分類だったね。これはいざ魔術を使うときには重要だが、魔術はこの区分を理解しなくても利用できる。もっとも、法陣術を使う場合や高度な魔術回路を必要とする場合には、理解が必要だけどね」
ルシウスはそう言って前回提示した資料をペラペラと流していく。ラビンスキーは目を左右に動かし文字を追いかけたが、次々に流される資料を理解するには些か速すぎた。ラビンスキーがしょぼしょぼした目を瞬くと、ルシウスは楽しそうにくつくつと笑いながらごめん、ごめん、と切り出した。
「さて、法陣術とは、動産、不動産、その他形状化が可能なあらゆる技術・記録に一定の領域を指定・包囲し、その範囲内に文字、数字、記号、図形を用いて現象を表象する魔術回路を構築し、魔術回路を発動させる術式全般を指す。定義はわかったかな?」
「ちょっと待ってください……」
ラビンスキーは頭を抱えてルシウスを静止する。ルシウスは口を尖らせたが、そのまま暫くは何も言わなかった。
暫くしてラビンスキーが顔を上げると、ルシウスは既にフラスコを凝視していた。彼は暫くは首を左右に揺らしてフラスコを恍惚とした表情で眺めていたが、ラビンスキーの視線に気がつくと、1つ咳払いをした。
「いいかな?」
ラビンスキーは黙って頷く。ルシウスは満足そうに微笑んだ。
「うん、うん。わかると思うけど確認しよう。まず、指定・包囲された範囲内に術式の全てが存在する必要がある。そして、魔術回路を構築するから、魔法を発動する回路ができていなければならない。また、それを発動させる必要があるから、発動条件が無ければならない。よって、法陣術と定義するには最低限3つの条件が必要だ。第一に指定、包囲をする「法陣」、詠唱や直感に該当する「魔術回路」、そして最後に発動するための条件、難しく言うと「魔術解」或いは「現象解」、つまりトリガーだね」
ルシウスはラビンスキーに目で理解を確認する。ラビンスキーは隣の書籍がうずうずとしていたのを一瞥したあとで頷いた。
「うん、うん。ここまでくればあとは魔術回路の勉強、トリガーの勉強ができれば完成だ」
「あの、質問、いいですか?」
「ん、許可するぅ」
「魔術回路とか、直感とかって何ですか?」
ラビンスキーが尋ねると、ルシウスは一瞬ぽかんとして、少し顎をさすり、ぶつぶつと呟きなから周囲を見渡す。やがてビフロンスと目があうと、腹を抱えて笑いだした。
「いやぁ、そうだったそうだった。ラビンスキー君は学生じゃないじゃないかー。ごめんごめん、ビフロンス君」
「はぁ……」
突然話かけられて一瞬体を浮かしたビフロンスは、苦笑いで返した。ぴしゃん、とフラスコの中のホムンクルスが動くと、ルシウスは一層愉快そうに体を反らした。
「いやぁ!子供は親を見て育つとはよく言ったものだね!かわいいなぁ、くそぉー」
一通り騒いだ後、ルシウスは深呼吸をして姿勢を戻した。
「……失礼。魔術回路っていうのは、魔法を発動させる際の手段の事だよ。魔術回路という言葉は一般的じゃないけど、法陣術が直感にも詠唱にも該当しないから、便宜上区分したものだ。それぞれ魔術の発動方法に由来するものなんだけど、直観は反射的に魔法を使える魔法生物が、詠唱は思考によって現象を構築しなければ魔法を使えない魔法生物が使うことが多い。当然だけど、知能の高い魔法生物ほど、詠唱に傾きやすいよね。時間はかかる分複雑な現象を発現できるものだ。魔術回路なら、もう、物理的に実現不可能な事象はほとんどないと思うよ。その分大変だけどね。今は、これくらいわかればいいんじゃないかな?」
「何となくわかりました」
ラビンスキーの言葉に、ルシウスは少し悲しそうに眉を垂らしながら微笑む。
「わかりました」
「言い直さなくていいよ。僕が適当に説明しちゃったんだし……」
教会の小さなベルがこだまするように高い音を鳴らす。それを追うように荘厳な鐘の音が周囲に響き渡る。がやがやと学生がひしめく音が窓の向こうから微かに聞こえてきた。
「ここまでにしようか」
「はい。有難うございました」
ラビンスキーは深く頭を下げる。ビフロンスが扉を開く音がして頭を上げると、ルシウスは既に机の上のフラスコを凝視していた。その背中は酷く猫背で、最早、他のものを寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
ラビンスキーはその背中をじっと見つめながら、部屋を後にする。薄暗い廊下を照らす蝋燭が、酷く眩しく映った。
「……お腹、空きませんか?」
ビフロンスは気遣うように上目遣いでラビンスキーに呼びかける。
「え、あ、あぁ、うん」
二人は長く憂鬱な廊下を歩き始めた。時折顔を見せる目に染みるような陽光と歓談は、ラビンスキーの目を酷く痛めつけていた。
ルシウスが出ると頭が痛くなります。




