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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
一章 都市衛生問題
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金貨は持たざる者の下に滴らず

「あぁ……密輸ですね、これは」


 ビフロンスはくしゃくしゃになった紙を広げて呟いた。その隣からぼさぼさの寝癖を潰すように髪を掻く男が顔をのぞかせている。


「教会通して密輸とは、とんだ権力者だねぇ」


 ローテン・アルバイテは酒の匂いで包まれていた。ラビンスキーは安くて度の強い蒸留酒をちびちびと飲む。厨房からは、油物ののしかかるような臭いが煙に乗ってやってくる。


「密輸かぁ……」


 ラビンスキーは湿った唇を震わせて呟く。騒々しくなりつつある店内では、布を首にかけるコボルトや、強面のオークが既に出来上がっているようだった。


「ルシウス先生は何故ここに!?」


「だってぇ~、ユウキがいないと寂しいんだよ~。今までよく一人で研究室にこもってたなぁ、って」


 ルシウスはへらへらと笑いながら水を飲む。ラビンスキーが視線を下に向けると、ルシウスの腰元には立派な皮製の銭袋が提げられていた。財布の紐が緩むと、ユウキはどんな顔をするんだろうか、ラビンスキーは何となくそんなことを思っていた。ビフロンスは書類を丁寧に折りたたみ、胸のポケットに仕舞った。


「シゲルについてですが、やはり特例法による転生ではないようです。あちらの名簿には名前はないようでした」


 ルシウスが店員に何かを頼んでいる。ラビンスキーは真剣な眼差しでビフロンスを見た。


「勇者シゲル。冒険者ギルド「マッツォ・ニーア」の棟梁、一時聖十字会の軍曹を務め、プロアニアの建国に寄与した。「マッツォ・ニーア」とは、西の言葉で自由組合を意味します」


「自由組合……?」


 ラビンスキーの脳裏にはまた別の名前が浮かんでいた。権威ある者達が、自らの特権をより幅広く、そして有意義に使おうとする、そんな様が脳裏をよぎる。


 隣の席のタオルを肩にかけたコボルトがよろめいて、椅子の倒れる騒々しい音が雪崩のように響いた。オーク達が楽しそうに笑う。倒れたコボルトも恥ずかしそうに頭を掻いて笑った。ルシウスは隣席のコボルトの一部始終を眺めていたが、突然、あっと声を上げた。


「勇者といえば、青い鎧の子供が金貨の両替詐欺しようとしてたなぁ」


「えっ」


 ラビンスキーは思わず声を上げた。しかし、数瞬の内に冷静さを取り戻し、咳払いをする。


「シゲルは……青年でしたね」


「人違いかもしれないけど、そうじゃないかもしれないよ」


 ルシウスはお湯を啜る。立ち上る湯気が顔を避けるように渦巻き、空に霧散している。ラビンスキーは霧散する湯気のあとを追うように、ルシウスの方を凝視する。ビフロンスは静かに書類に目を通しながら答えた。


「そうですか……。少し、心当たりが出てきました。もう一度調べてみましょう」


「精霊の類かもしれないよねぇ」


 ルシウスは体を左右に揺すりながら、楽しそうに言う。ラビンスキーはビフロンスに説明を求めるように視線を送った。ビフロンスはラビンスキーに顔を見せないまま呟いた。


「ありえない話ではないですよね……。異世界転生も、僕らとは異なる何らかの異能であるとすれば可能です。シゲルのバックにあるものを、調査しなければ」


 ラビンスキーは恐れからため息を吐く。彼が懸念しているのは、シゲルのことは勿論、マッツォ・ニーアの事もである。自由組合という言葉からは、嘘か誠かわからない噂が飛び交う、そんな底の知れない集団のように思われた。一気に胃が重くなり、この中で一番質素な食卓のはずが、酷く重たい食事のようにも思えた。


「御安心ください。我々悪魔は、基本的に人間社会に極力干渉しないようにと言われております。地獄の理と人の理に対する不安分子を排除すること、今回はその目的で動いているだけです。貴方とは、一切関わりがありません。身の安全は保障いたしますよ」


 ビフロンスは顔を下ろしたまま言う。ルシウスがからかうように笑う。


「あっちがどう思っているかだけどねぇ」


 机上のフィンガーボールは、酷く寂しそうに三人を見上げていた。ビフロンスの注文した湯気の立つ茜色のスープ、ルシウスの注文した砂糖をふんだんに使ったいかにも甘そうなデザート……。ラビンスキーは順番に視線を動かす。最後には、フィンガーボールと目が合い、そこにはくたびれた四十肩の男の姿が映っていた。


「ふぅ……こっちの暮らしは、刺激ばかりで胃が痛い……」


 ラビンスキーが呟くと、ビフロンスとルシウスは顔を見合わせる。ラビンスキーは、失言でもしてしまったかと口を結ぶ。それを見た二人は示し合わせたように微笑んだ。


「これから、どんどん、忙しくなるねぇ」


「えぇ、ラビンスキーさんも、くれぐれも、お体に気を付けて」


 ラビンスキーは首をかしげる。ビフロンスはスクランブルエッグを絡ませるようにしてスプーンで掬った。ルシウスは指で優雅にデザートを頬張る。


(明日は、仕事だなぁ……)


 ラビンスキーは華のない、質素な温野菜を口に運ぶ。茹でただけの野菜は、どこかに土の匂いがこびりついているようだった。

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