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魔王編2

 



 転がっている石に手のひらを翳し、集は魔法を唱える。


「《小凍(アイス)》」


 石の表面が凍った。

 今までのほんのり冷たくなるのから比べたら、大きな進歩だ。

 マナが委譲されたので、魔法の必要マナ量を満たし、その魔法の充分な効果が発揮されたのだろう。


 現在集には、30那由多の全属性マナがある。

 しかし、使える魔法は第1階梯―初級魔法《小凍(アイス)》のみ。

 集には、魔法の才能がなかった。


 サファイアドラゴンの奥にまだ先があるので少し進むと、大きな穴を見付けた。

 そこは淡く光っていないので、ダンジョンの一部ではない。

 ドラゴン達はここから出入りしていたのだろう。

 地面がぼこぼこで歩きずらそうなので、集は【八岐大蛇】で蜘蛛のようにそこを進む。

 しばらく進むと、光が差し込んできた。

 眩しい。

 外に出た。

 そこは、崖だった。


「あなたは?」


 右を向くと、絶世の美少女が浮かんでいた。

 空色の髪が太陽の光を反射し、幻想的に輝いている。

 人間とは思えないほど整った顔で、不思議そうに集を見る。

 瞳の色も空色で、服装は白いワンピースだ。


「ねえ、契約しましょ?」


 訳の分からないことを言ってきた。

 目の前の美少女は、どこかの組織の幹部なのだろうか?

 それとも、スカウトなのだろうか?

 お金が貰えるのだろうか?


「私はシンシア。精霊よ」


 初めて聞いた。

 精霊についての知識は集には一切ない。

 ただ、こんな美少女に迫られて、悪い気はしない。


「いいよ、契約しよう。俺はシュウ」


 そう言うと、シンシアはその雪のように白い手を集に向ける。


「何をすればいいの?」


「私と手を合わせて」


「分かった」


 集は、入念にズボンで手を拭いてから、そっと手を合わせる。

 何故か心臓が異様なほど高鳴る。

 手を合わせた筈なのだが、手に触れている感触がしない。


「ああ、私、実体が無いのよ」


 精霊とは、そう言うものなのだろうか?

 ちゃんと触れ合いたかったのに、残念だ。

 集の手の甲に、青い光の幾何学模様が浮かび上がる。

 マナが物凄い勢いで吸いとられる。

 しかしその代わりに、膨大な魔法の知識が流れ込む。

 しかし、それも一瞬のことで、すぐにどこかに封じられる。


「封じないと、脳が壊れるからね」


 それは、どれ程の情報量なのだろうか?

 魔法を使うときは、その魔法を検索して封印から抜き出して使うということだろう。

 この世界の、魔法という魔法が全て使える気がする。

 至福の万能感が集を満たす。

 幾何学模様が消えた。


「契約完了よ」


 手に触れている感触がある。

 間違いなくシンシアの手だ。


「………やったわ」


 手が離れる。

 残念。

 シンシアは、自分の両手を開いたり閉じたりしている。


「マナが凄い勢いで無くなってる気がするんだけど、どのくらい吸ってるの?」


「1秒間に4億よ」


「へー」


 1秒間に4億と言うことは、1分で240億。

 そして1時間で1兆4400億、1日で34兆5600億。

 余裕で足りる。


「体が、体があるわ……」


 シンシアが震え出した。


「私、この辺で走り回るわ。呼びたい時には呼んで。いつでも転移するから」


「分かった」


 シンシアは、集が来た穴へ走っていった。


「やっふーーーい!!あはははは!!」


 楽しそうな声が聞こえてくる。

 声が遠ざかっていき、聞こえなくなる。


「《戯れの堕天使(ロストルシファー)》」


 集は、取り敢えず飛んだ。




 ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈





 アロースの町に破滅をもたらすモンスターの軍団を、クロエは町から離れた崖の上から見下ろしている。

 これは自然発生の現象なのだろうか?

 帝国の勇者がこの辺りに魔王を討伐しに向かったと言っていたが、まさかこれが魔王の軍なのだろうか?

 どちらにしろ、アロースの町に被害は出させない!


「いっぱいいるねー」


 クロエの肩に座る幼女、プリムが足をばたばたさせながら言う。

 彼女は、精霊だ。

 それも非常に高位の、人型精霊。

 下の草原はゴブリンやオークで違う緑に染まっている。

 気持ち悪い。

 ここまでは登ってこれない筈なので、クロエが一方的に攻撃出来る筈だ。

 最高の魔法をプレゼントしよう!


「《眷獣召喚(サモン)》オーガジェネラル!」


 《眷獣召喚(サモン)》自体は中級魔法でありふれてはいるが、それで召喚するモンスターがモンスターだ。

 これだから召喚魔法は使いやすい。

 緑の流れの中に、大きな黒が混ざりこむ。


「《覇王の寵愛(エンペラーギフト)》」


 これは、第7階梯―帝級魔法。

 《加護(ギフト)》の最上位互換だ。

 これを、召喚したオーガジェネラルにかける。

 緑の流れは、徐々に赤く染ま……らない。

 死んだモンスター達は、光になって消えていく。

 と言うことは、このモンスターの軍団は、誰かが召喚した眷獣ということ。

 これで、自然現象という説は消える。

 魔王軍か、他国のエルビオン帝国への攻撃という説が有力だ。

 オーガジェネラルが無双している間、クロエは思案を巡らす。

 オーガジェネラルの前に、同じ位の体躯を持つ緑色のモンスターが進み出た。


「《種族名鑑定(ネーミング)》」


 ――ゴブリンキング

 初めて見た。

 どのくらいの強さなのだろうか?

 あっという間にオーガジェネラルが勝った。

 恐らくゴブリンキングとオーガジェネラルは同程度の強さだが、今のオーガジェネラルには、《覇王の寵愛(エンペラーギフト)》がかかっていることを忘れていた。


 これ以上はマナがもたないので、《覇王の寵愛(エンペラーギフト)》を切る。

 《眷獣召喚(サモン)》は、マナを消費するのは召喚するときだけなので、オーガジェネラルには引き続き戦ってもらう。

 オーガジェネラルには悪いが、ここで死ぬまで戦ってもらう。

 オーガジェネラルは疲労のためか、どんどん動きが鈍くなるが、周りのモンスター達を寄せ付けない。

 一応、危ないのでプリムには実体化を解いておいて貰う。


「《浮遊飛行(フライ)》」


 空から眺めると、より圧巻だ。

 見渡す限りモンスターの軍団で埋まっている。

 予想よりも遥かに多い。

 これは、エルビオン帝国の力だけでは足りないかもしれない。

 他の国にも応援を頼むべきなのではなかろうか?

 しかし、もしその国がこの軍団を送り込んだ国だとしたらどうなるのか?

 分からない。

 この辺りはどこの領土でも無く、どこの国からも離れているので、恐らく送り込んだ奴等以外は誰も知らない。


「《吸黒玉(ダークボール)》」


 どこからか《火炎球(ファイアーボール)》が飛んできたので、闇属性の王級魔法で対応する。

 《吸黒玉(ダークボール)》は《火炎球(ファイアーボール)》を吸収し、緑色の流れに突入すると、黒い爆発を起こして消えていった。


「《防御球陣(スフィアプロテクション)》」


 様々な角度から遠距離魔法が飛んできたので、無属性の王級魔法で防御する。

 見ると、所々にリッチやオークメイジなど、魔法を使うモンスターが紛れている。

 オークメイジはともかく、リッチはまずい。

 オークメイジが使う魔法は精々初級魔法だが、リッチは分からない。

 初級魔法しか使えない個体もいるし、帝級魔法を使う個体もいる。

 非常に厄介だ。


 予想よりも遥かにモンスターが強い。

 これは、明らかにエルビオン帝国の力だけでは足りない。

 まあどうにしろ、クロエのすることは変わらない。

 事情は騎士学校の仲間たちが伝えにいったので、対応はそちらに任せる。

 クロエはここでモンスターの数を減らすだけだ。


「нβанηθΗβ」


 リッチが何らかの魔法を使って飛んできた。

 残りのマナ量的にも、相手は出来そうもないので、クロエは逃げる。

 リッチが予想通り追いかけてきた。

 極めて厄介だ。


「助けるぜ、お嬢ちゃん」


 若い男が飛んできた。

 この魔法は、恐らく《浮遊飛行(フライ)》。

 第4階梯―上級魔法だ。

 相当に腕のたつ冒険者なのだろう。


「ギルドの要請かの?」


「そうだぜ、嬢ちゃん。他の奴等は町の手前に集合してるぜ。凄い人数集まってるけども、こりゃたぶん勝てねーな」


「すまぬが、妾はもうマナが無い。リッチは任せるでの」


 リッチを男に任せ、クロエは逃げる。

 リッチからは逃げたが、モンスターを減らすことは続ける。


「《万能素供給球(エナジーポケット)》」


 これも帝級魔法。

 “黒姫”と呼ばれるクロエは、帝級魔法を連発する。

 《万能素供給球(エナジーポケット)》は、唯一のマナを補充する魔法である。

 普段からあまり魔法を使わず、《万能素供給球(エナジーポケット)》へマナを貯めていた分を、今補充する。

 クロエの頭上に透明の玉が現れ、そこからマナが滝のようにクロエへ流れ込む。

 クロエのマナ属性は、無、重力、召喚、闇だ。

 そしてマナ量は、史上最高と名高い7億。

 正直勇者よりも強いのだが、聖剣に選ばれるのはいつも勇者なので、魔王を倒すために勇者が召喚される。

 100年に1度召喚される勇者だが、未だに魔王を倒した者はいない。

 今回の勇者も、やはり魔王に破れるのだろうか?

 クロエは魔王を見たことがないが、魔王とはどれ程恐ろしい存在なのだろう。


「なにかくるよー」


 マナは殆ど満タンになった。

 クロエの横を実体化を解いて飛んでいるプリムが、上を指さす。


「エメ、ラルド………ドラ、ゴン……」


 上を飛んでいるのは、輝くような翠の竜。

 ドラゴン種で最も高位の種とされているのは、クリスタルドラゴン、サファイアドラゴン、オブシディアンドラゴン、エメラルドドラゴンの4種。

 そのうちの1つ、エメラルドドラゴンの吐く炎の持つ特性は、結晶化。

 あらゆるものを結晶化させ、しかもその結晶は、触れるとすぐに崩れる。

 恐ろしい炎だ。


 この4種のうち、最も倒しやすいとされるのが、クリスタルドラゴン。

 クリスタルドラゴンの白い炎の特性は未だに解明されていないが、厄介な特性は見つかっていないので、倒しやすいとされている。

 だが未だに討伐例はない。


「じ、嬢ちゃん……」


 先程の若い男が、血だらけで現れた。


「これは、マジで……ヤバイぜ」


 男の胸から、赤黒いオーラを纏った骨の手が突き出る。

 リッチだ。

 腕が引き抜かれ、男の体は下の緑の流れに落ちる。

 恐らく今リッチが使っている魔法は、第7階梯―帝級魔法《獅子の黒血(ジャガーノート)》だ。

 強大な身体能力と引き換えに、理性を失う危険な魔法。

 対抗するため、クロエも魔法を行使する。


「《眷獣召喚(サモン)》ワイバーン」


 クロエの召喚魔法のストックの中で、最も強い眷獣だ。

 リッチは理性を失っているので、より距離が近いワイバーンを襲うだろう。

 恐らく今のリッチとワイバーンは互角だ。

 だが、ワイバーンを失うわけにはいかないので、ワイバーンに気をとられている隙にクロエは新たな眷獣を召喚する。


「《眷獣召喚(サモン)》バタフライ」


 大きな蝶が召喚された。

 バタフライは、リッチと同じく魔法が協力なモンスターだ。

 リッチとワイバーンが凄まじい戦いをしている。

 その内に、もう一匹。


「《眷獣召喚(サモン)》ビックアイ」


 クロエのストックの中で、空中にいられるモンスターはこの3匹だけだ。

 後の戦いは眷獣達に少しだけ任せて、クロエはマナを回復する。


「《万能素供給球(エナジーポケット)》」


 クロエがマナを回復している間、眷獣達はリッチを圧倒していた。

 ワイバーンに遠くに飛ばされた所に、ビックアイの《業(カルマ)》が当たり、更にそこにバタフライの王級魔法《吸黒玉(ダークボール)》が炸裂し、リッチのマナが尽きた所にワイバーンの巨体がリッチの骨の体を体当たりでばらばらにした。


 リッチを倒した後も、眷獣達は下のモンスターを殲滅していく。

 ただ、ビックアイだけはあまり役にたっていない。

 眷獣のうちの1匹、オーガジェネラルは、既に力尽きていた。

 ワイバーンとバタフライは無双している。

 ワイバーンは尾を薙ぐだけで多くのゴブリン達を吹き飛ばし、大きな口であらゆるモンスターを噛み砕く。

 バタフライは上から一方的にモンスター共を殲滅していく。

 もちろんクロエも加わる。


「《黒悪魔(レッサーデーモン)》」


 黒い人型の何かが顕現する。

 目も鼻も口もない。

 全身黒1色で、尻尾のさきは3角形になっている。

 真っ黒な爪が60cmほど伸びている。

 それが下のモンスターの流れに入り、暴れまわる。

 ゴブリンは瞬殺出きるが、オーガなどは難しい。

 すぐに《黒悪魔(レッサーデーモン)》は消えた。

 更にワイバーンも殺され、光になっていく。

 そこには、明らかに先程のゴブリンキングよりもやばいモンスターがいた。


「《種族名鑑定(ネーミング)》」


 種族名を見るのが恐ろしい。


「………オーガキング」


 ……強すぎる。

 この膨大な数のモンスターの中に、こんな化け物まで混じっている。

 これは、これは


 ――帝国が、滅びる


「……………」


 バタフライも光になって消えた。

 消したのではない。

 死んだのだ。

 そこには、ワイバーンの上位種のうちの1種――レッドドラゴンがいた。


「嘘……じゃろ……」


 よく見ると、後ろの方はモンスターの種類が違う。

 明らかに強い。

 オーガジェネラルに、オークキング、オーガキングにレッドドラゴン、更にグリーンドラゴンやブルードラゴンなど、化け物達がひしめいている。


「あ、れは……」


 その中に、クロエはあってはならないものを見た。

 ドラゴン種の最上位種の1つ――オブシディアンドラゴン。

 漆黒の巨体をゆっくりと進めている。


「あんな化け物が、眷獣じゃと……」


 あり得ない……

 これはエルビオン帝国だけには留まらない。

 全世界が危ない!


「あ、ビックアイ……」


 ビックアイが、リッチの魔法にやられて死んだ。



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