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魔王編1

 

「ね、ねえ、ここはどこ?」


「わかーんない」


 幼い少年と少女が手を繋いで周りを見渡す。

 草原が広がっている。

 奥の方には森がある。


「ね、ねえ、なんか来るよ?」


「だいじょうぶ、ユカちゃんはぼくがまもるから」


「ルイスくん……」


 そんな彼らに、ゴブリンが近づいてくる。

 ゴブリンは棍棒を持っており、欲望に満ちた目で少女を見ている。


「ユカちゃんにちかづくな!」


 少女の前に、少年が両手を広げて立ち塞がる。

 ぐちゃ

 ゴブリンの棍棒が少年の顔面に直撃し、少年の顔が潰れる。

 飛び散った血が少女にかかる。


「いやあぁぁ!!」


 ゴブリンは少女にゆっくりと近づく。

 少女は逃げるが、逃げた方向からゴブリンがうようよ出てきた。

 肩を掴まれる。

 振り向くと、ゴブリンが醜悪な顔を欲望に歪めていた。


「い、いや!こないで!」


 振りほどき、逃げようとしたが、いつの間にかゴブリンに囲まれていた。

 その中の1匹が、突然大きな手に掴まれた。

 そのゴブリンは、その大きな手の持ち主、オーガに頭からぼりぼりと食べられる。

 ゴブリンは散り散りに逃げる。

 残った少女にオーガは手を伸ばす。

 しかし、オーガの手は半ばから切断された。


「大丈夫かい?」


 剣を降り下ろした姿勢から立ち上がり、美しい金髪の青年は少女に微笑む。

 少女の頬が真っ赤に染まる。


「危ないとこだったな」


 青年の後ろから大柄の男が姿を現す。


「まったく………どうせ女の子だからでしょ?」


 その後ろから茶髪の女が姿を現す。


「ち、違うよ」


 青年は慌てた感じで否定するが、女はじと目で青年を見る。

 少女はそれに何かを感じ取ったのか、女に好戦的な視線を向ける。


「あ~あ~もてもてで羨ましいっすね~」


 坊主が出てくる。

 坊主は青年を小突き、青年は少しよろめく。


「ごめんね、あそこの男の子を助けられなくて」


 青年が少女に話しかけ、少女はぼろぼろと泣き始める。


「おい、なにか来るぞ」


 大柄の男が言い、4人は周りを見渡す。

 奥の森から、オーガがうじゃうじゃ現れた。

 360度全ての方向の森から現れるので、逃げ場がない。

 オーガはどしんどしんと走ってくる。

 4人は少女を囲むように立つ。


「「「「《爆発球(ブラスト)》」」」」


 四方が爆発する。

 オーガ達の悲鳴が聞こえる。

 オーガはまだまだいる。


「「「「《爆発球(ブラスト)》」」」」


 またもや四方が爆発。

 それをしばらく続けると、オーガは殆ど全滅していた。

 そこに、ワイバーンが降り立つ。


「おいおい」


 戦慄する。

 ワイバーンは残ったオーガを食べ始める。

 好都合だ。

 金髪の青年―ロイドが無言で撤退の指示をだすと、それを赦さないとでもいうかのように、ワイバーンが頭をあげ、5人を見据える。


「戦わなきゃいけないようだね、君達には厳しいだろうから、僕がやるよ」


 ロイドが魔剣 《スネーク》を構える。

 その立ち姿に、少女は頬を染める。

 ロイドが駆け出し、ワイバーンが尾を振るう。

 ロイドが魔剣 《スネーク》を振ると、それはのびて鞭のようにワイバーンの尾を迎撃し、切り落とした。

 ワイバーンが怒り、動きが激しくなる。

 ロイドとワイバーンの死闘を、4人はじっと見つめる。

 彼らは気づかなかった。

 それを見下ろす巨大な存在に。


「いけー!!ロイ―――」


 上から、翠の炎が降り注いだ。

 それはワイバーンもロイドも他4人も全てのみこみ、炎が晴れると、そこ一帯は全て緑色の結晶になっていた。

 当然彼らも結晶になっている。

 そこにやって来たゴブリンがちょんっと結晶になったロイドをつつくと、びきびきとひびが入り、ロイドの体は破片になった。


 すぐそこに、翠の竜が舞い降りた。

 その余波だけで結晶は崩れ散る。

 ゴブリンは慌てて逃げ出す。

 竜が現れたことで、草原に近い森のモンスターは一斉に奥へ奥へと逃げていく。


 竜は丸まって目を閉じるが、急に目を開く。

 そこには、謎の存在がいたのだ。

 人型ではあるが、人間かどうかは分からない。

 黒尽くめのその存在は、そこにただ立っている。

 竜は怯え、飛び立った。


「《群獣召喚(サモンキングダム)》」


 空間が歪み、おびただしい数のゴブリンが出てくる。

 ゴブリンは途切れることなく出てくる。

 それに混じり、時々オークも出てくる。

 ゴブリンとオークは草原を埋め、徐々に森を侵略していく。

 そこに、3匹のワイバーンが飛んでくる。

 そこから、30人が地に降り立つ。

 そして高らかに宣言する。


「我ら、勇者なり!」





 ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈





「クロエ様は僕が守る!」


「ありがとうなのじゃ」


 クロエと呼ばれた黒髪の幼い少女は、肩に座る神秘的な幼女を撫でながら、上品に笑いかけた。

 男子の顔が真っ赤に染まる。


「違うでしょ?皇女様はみんなで守るんでしょ?」


「言ったはずなのじゃ。今の妾は皇女ではなく、アロース騎士学校の生徒なのじゃ」


「分かった。じゃあ、一緒に頑張ろう!クロエさん!」


「うむ」


「ねえ!あれ見て!」


 現在クロエ達がいるのは、山の中腹。

 少女が指差した先には、何千ものモンスターが同じ方向へ動いていた。


「み、皆に知らせるのじゃ!」


「分かった!戻ろう!」


「妾は残る!」


「そんな!クロエ様!」


 あれの向かっている方向は、恐らく帝国屈指の商業都市にして、クロエの通う騎士学校のある場所、アロース。

 今から対応していても、間に合わずに町が壊滅する可能性が高い。

 ならば、アロースの冒険者や騎士達が撃退出来るよう、ここで少しでも数を減らしておく。


「これは皇女としての命令じゃ!行くのじゃ!」


「くっ………分かりました」


 さて、どれ程の数を減らせるだろうか?

 幸い見える限りでは、強いモンスターは見当たらない。

 しかし、クロエは込み上げる不安を抑えられない。

 クロエの肩に座る幼女は、空を見上げて呟いた。


「えいちがとんでる」


 空には、空色の髪の少女がゆらゆらと飛んでいた。





 ∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈




「なんなのよ!この数!」


「落ち着け!よく見ろ!死んだら消えてるだろ!これは眷獣だ!」


「全てあいつがやったのか!」


「あいつを倒せば全て消える!」


 エルビオン帝国が召喚せし勇者達は、お互いに背を向けあって夥しいゴブリンやオークを倒している。

 その緑色の波の奥には、死を具現化したような存在がいる。

 彼らは、それを倒す為にこの世界に召喚されたのだ。


「あそこから召喚されてるのか」


 見ると、その存在の横に広がるように、空間の歪みがある。

 そこから夥しい数のモンスターが出てきている。

 これまで数々のモンスターを倒してきた勇者達だが、流石に今回は数が多すぎる。

 勇者30人に対し、モンスターは1万匹を越えている。


「皆さん、固まってください!一気に焼き払います!」


 眼鏡の女子の言葉に従い、皆で固まる。


「《灼炎地獄(ヘルフレイム)》!」


 彼女の帝級魔法がモンスター達を焼き尽くす。

 モンスターが消えて空いたスペースも、次から次へと押し寄せるモンスターに埋められる。

 しかし、いくらモンスターが多くても、勇者達は1人も減らない。

 皆、諦めない。

 彼らには、希望があるから。


「琢磨!」


「琢磨君!」


「琢磨!」


 聖剣に選ばれし勇者、琢磨。

 彼は炎を纏った聖剣 《アカシックギア》を振るう。


「はあぁぁぁ!!」


 すると、聖剣から炎の波動が放たれ、モンスターを焼き尽くしていく。

 その空いたスペースに、少しずつ進んでいく。

 すると突然、モンスター達が勇者達と距離を取り始めた。

 そこに、巨大な影が降り立つ。

 ワイバーンだ。


「くっ!」


 これが奴の切り札なのだろう。


「ふん」


 だが、今の琢磨にとって、ワイバーンなどさして脅威ではない。


「みんな!ワイバーンは俺に任せろ!」


 彼は、1人でワイバーンに向かっていく。


「無茶よ!」


「止めるんだ!琢磨!」


 琢磨は止まらない。


「《身体超化(オーバーフォース)》!」


 琢磨は疾風の如く駆け、ワイバーンの首を切り落とす。

 ただの中級魔法でこのスピードは出せない。

 聖剣の力を借りたのだ。


「すっご!」


「素敵~!」


 だが、彼らは思い違いをしていた。

 ワイバーンは、1匹ではなかったのだ。

 続々とワイバーンが空間の歪みから現れるのが、琢磨には見えた。


「ね、ねえ、あれって………」


 クラスメイトも気付き始める。

 皆の気力がごっそりと削られる。

 だが、琢磨は諦めない。


「あの化け物を倒せば、みんな消えるんだ!」


 黒い仮面に黒いマント、黒い袖からみえる手は、死人のように青白い。

 その死を具現化したような存在――魔王、デウスを倒せば、全てが終わる。


「そうよ!みんな!琢磨が魔王を倒すまで、耐えるのよ!」


 琢磨の幼馴染み、翔子が訴える。


「分かったわ!」


「任せた琢磨!」


 皆、琢磨を信じている。

 琢磨は仲間の想いを一身に背負い、駆け出す。


 そんな人間達を、影から見ている者がいた。

 ルリア・シルクブラッド。

 彼女は、ヴァンパイアだ。

 輝くような金髪に、整いすぎた美貌。

 黒いドレスを風に靡かせ、少女は滑稽な人間共を嘲笑する。

 人間如きが、あの存在に勝てるわけが無いのだ。

 人間は身体能力も低く、使える魔法など、高くても第5-6階梯―王級魔法。

 精霊と契約しても、精々が第7-8階梯―帝級魔法だ。

 人間は、それより上の魔法を知らない。

 故に、彼らは帝級魔法が最高位の魔法だと信じて疑わない。

 滑稽にも程がある。


「うふふ」


 人間達のその必死な表情を見ると、笑いがこらえられない。

 ルリアは、勇者達を見に来たのではない。

 魔王を見に来たのだ。

 死を具現化したようなその存在は、勇者達で遊んでいる。

 恐らく、勇者達が死んだ後、帝国を滅ぼすつもりなのだろう。


「うふふ」


 興奮で濡れてきた。

 なんと言う圧倒的な存在なのだろう。

 ルリアですら及びもつかない、絶対者。

 勇者達は、あれに本当に勝てると思っているのだから、滑稽で滑稽で仕形がない。


「琢磨ーーー!!!いけーーー!!!」


 幼馴染みの声援を背に、琢磨はワイバーンの間を駆け抜け、魔王に迫る。

 翔子の声を聞くと、無性に元気が出る。


「これでぇぇぇ終わりだぁぁ!!」


 炎の聖剣を魔王に叩き込もうというところで、琢磨の姿はワイバーンの口の中に消えた。


「いやぁぁぁ!!」


 翔子が絶叫する。

 ルリアはそんな人間を、愉悦の笑みで眺めていた。

 しかし、琢磨は不屈だった。

 ワイバーンの腹から、聖剣 《アカシックギア》が突き出る。

 そして、琢磨がそこから姿を現す。


「あら、やりますわね」


 ルリアは少し驚いた。

 多少はやる人間もいるらしい。

 だが、それは人間にしてみればだ。

 ルリアからすれば、道端の石ころに等しい。

 ルリアも少し参加したくなった。

 1発だけ、魔法を叩き込む。


「《蒼炎の不死鳥(フェニックス)》」


 第11階梯―神級魔法。

 人間の信じる最高位の魔法、帝級魔法の先の先。

 蒼い炎の鳥が、周りには一切目もくれず、翔子の体を頭から喰う。

 周りの生徒達は唖然としている。

 翔子の体は、上半身は消滅し、下半身は崩れ落ちてから灰になって風に混じった。


「………あ」


 琢磨がそれに気付いた。

 幼馴染みが、死んだ。

 ぽっかりと穴が空いたような喪失感。

 小さい頃から一緒だった、大切な幼馴染みは、もういない。

 心の奥底からどろどろとした真っ黒な感情が沸き上がる。

 それは、ただ仲の良い友達を失ったというのとは違った。

 もっともっと深い絶望、それに憤怒。

 彼は、失ってからようやく幼馴染みへの恋心に気付いた。


「………う」


 聖剣の炎が、黒く染まっていく。


「うわああああああ!!!!!」


 琢磨から、黒い波動が放たれる。

 ワイバーン達が吹き飛ばされる。

 彼は幼馴染みの死によって、聖剣を覚醒させた。


「良い剣ね」


 ルリアは、黒い聖剣に僅かに目を瞠った。

 恐らくミュルタゴラス製の聖剣だろう。


 ――これなら、あの魔法が見られるかもしれない


「うふふふ」


 ルリアは、愉悦を禁じ得なかった。


「あああああああ!!!!」


 琢磨は、何かをしたのであろう魔王へ跳ぶ。

 黒い波動が広がり、周囲のモンスターを纏めて粉々にする。

 魔王は琢磨を見据える。

 ルリアは、魔王の死人のような手に血管が浮き出るのを見た。

 胸が高鳴る。


 ――来る!


「《戯れの堕天使(ロストルシファー)》」


 魂から震えた。

 これが、第12階梯―超絶魔法。

 ルリアでさえ届かない、本当の最高位魔法。

 あらゆる魔法の頂点に君臨する、絶対的な魔法!

 魔王の背中に、漆黒の翼が生える。

 琢磨の聖剣が届くかというその刹那、漆黒の翼が1度、羽ばたく。

 そして、琢磨の体は肉片になった。

 静寂が支配する。

 勇者達は、だんだんと現実を認識してきた。

 最後の希望がたたれた勇者達は、もうやけくそだ。


「《永久の黄昏(トワイライト)》!」


 翔子が死んだ今、唯一精霊と契約している生徒、蓮が残りのマナなど考えずに帝級魔法を使う。


 ――そんなもの、効くわけがない。


 辺りが黄金色に照らされる。

 黄金の円陣が至るところに現れ、そこから黄金の鎖が飛び出すが、ルリアの予想通り、漆黒の翼が1度羽ばたくと、全てが砕け散る。

 魔王はそのまま空へ舞い上がる。

 そして、黒い彗星となって生徒達の中心に降り立った。

 あらゆる魔法が殺到するが、魔王の体に触れると、跡形もなく消える。

 そして魔王が翼をもう一度羽ばたくと、全員の体が肉片になった。

 エルビオン帝国の誇る勇者は、全滅した。




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