学戦祭編2
窓側の席にいる集は、遠くの山を眺めていた。
外は曇っている。
教師はゆっくりと英語の教科書を解説している。
子守唄のような教師の声に、教室の約半数が机に突っ伏して寝ている。
終わりのチャイムが鳴り、皆が起き出す。
「きりーつ、礼」
おざなりに礼をして、もう一度席に座る。
周りを見ると、欠伸を噛み殺したり、背筋を大きくそらしてのびをしたり、たむろして談笑したりと様々だ。
がらがらと扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。
彼女の姿を見て、集は出そうだった欠伸を噛み殺す。
彼女の名前は夕立 白亜。
集の初恋の相手だ。
聞いた話によると、この中学で最も人気の女子生徒らしい。
集も彼女が一番可愛いと思っている。
可愛いとも美しいとも呼べる顔立ち。少しつり上がり気味の目に、雪のような肌。艶やかな黒髪は肩まで伸びている。
スタイルは一部分を除いて完璧だ。
男子の反応は二つに分かれる。
一つは露骨に白亜にいやらしい視線を向ける者、もうひとつは、ちらちらとばれないようにいやらしい視線を向ける者。
集は後者だ。
ちらちらと視線を送っていると、目が合った。
白亜はにっこりと微笑む。
教室中の男子が嫉妬するが、集は気付かない。
集は高鳴る鼓動を抑えられなかった。
次は三時間目のはずだが、いつのまにか放課後になっている。
それに疑問を覚えない。
皆が部活へ行くなか、集は廊下を悠々と歩く白亜を見つけた。
すれ違う男子は皆振り返るが、部活へ行くためすぐに歩き出す。
集は部活へ入っていない。
時間は余っているので、ばれないように白亜のあとをつけた。
白亜は屋上に出た。
つけてきたと思われないように、時間差をつけて屋上へ出ると、入れ替わりに泣きながら男子が飛び出してきた。
白亜を見ると、フェンスに指を添えてグラウンドを眺めている。
後ろで扉が閉まり、屋上に白亜と二人きりになってしまった。
白亜が振り返ると、集と目が合った。
白亜は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにいつもの微笑みでちょこんと礼をする。
つられて集も礼をすると、白亜はもう屋上に用はないのか、集の横を通りすぎていく。
「あの……」
集は意図せず口走ってしまった言葉に後悔する。
次にかける言葉が見つからない。
白亜に届いてなければいい、そう期待したが、
「はい?」
届いてしまった。
振り返った白亜の可憐な顔を見た途端、頭が真っ白になった。
今まで白亜とは一度も話したことはない。
集が一方的に見ていただけだ。
クラスも違う。
故に、白亜は集を知らないはずだ。
集にとって白亜はテレビの中のアイドルの様な存在だ。
初恋の相手ではあるが、既に諦めている。
外から眺めるだけで十分なのだ。
白亜の世界に集が入ることはない、そう思っていた。
「えっと」
早く次の言葉を言わなくては……
そう自分を急かし続けた結果、
「好きです、付き合ってください」
集は一瞬自分がなにを口走ったのか理解出来なかった。
「ごめんなさい」
打てば響くように返ってきた返事に、集は安堵と後悔を覚えた。
集は名前を訊かれていない。
ここで、「誰?」などと聞かれていたら、その後の学園生活でこの上なく白亜と顔を合わせずらいし、噂が広まる可能性がある。
その点、今の返事は言い慣れた定型文の様なもので、今まで断ってきた返事の一つに分類され、今の一幕が白亜の記憶に残りにくいように思われた。
このまま他の拒絶の返事に紛れてしまえば、後の学園生活に何ら支障はないと集は思った。
しかし悲しいものは悲しい。
今の軽はずみな言動で集は可能性はあるグループから拒否リストへ分類されたのだ。
告白なんてしなければこのまま淡い期待を持ったままでいられたのに……
そう後悔した。
そしてなんの脈絡もなく次の日の朝。
家に帰った記憶がないが、家から登校している。
ここに疑問は抱かない。
そして瞬間移動したように教室前に移り変わる。
白亜とすれ違いそうになっている。
「おはよう」
集が挨拶すると、
「おはよう」
白亜は首を傾げながら返した。
昨日の一幕は覚えていないようだ。
安堵しつつ教室の扉を開けると、
見慣れた天井だった。
「お、おひらら」
大樹が歯を磨いている。
「なんの夢みてたっけ」
あの蛇が出てくる夢ではなかったのは確かだ。
集は起き上がりながら大きくのびをする。
磨き終わったようで、大樹ががらがらとうがいをする。
タオルで口を拭き、大樹が口を開く。
「誰と当たるかね」
「何が?」
「そりゃあ今日の学戦祭だよ」
「……へ?」
思わず大樹を凝視してしまう。
「今日?学戦祭?」
「そうだよ、だから帰ってきたんでしょ?」
「はい?」
「今まで実家に帰ってたんじゃないの?」
「……そ、そうだ。そうだとも」
「はあ、強い人と当たらなければいいな」
「そ、そうでございますね」
その後集も早急に準備を整え、大樹と共に学校へ向かう。
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掲示板に今日の対戦表が張り出されている。
試合の形式としては、まずは予選として30人ずつで勝ち残りをして、勝ち残った一人が次の本戦へ出場出来る。
そして最初にリタイアした人が、最下位、つまり退学者を決める戦い、敗者戦へ出場することになっている。
学年は考慮されない。
敗北条件は、魔力量が2割をきること、もしくは気絶すること、もしくは降伏することだ。
あらかじめ魔力を計る腕輪を嵌められ、魔力量が2割をきると赤く光が点滅してぶーぶーと音がなるようになっている。
闘技場ではダメージは魔力への負担へ変換されるので、合理的と言えよう。
ダメージは無くとも、痛みは一応あるので降伏する人やショックで気絶する人はざらにいる。
愛は左下の方に自分の名前を見つけた。
次に探す名前は無神 集。
非常にこみあっていて探しずらいが、右下の方に無神 集の名前を発見した。
「よし」
自分と当たらないことに安堵し、次に探す名前は、九条 アリス。
その名前はすぐに見つかった。
集と同じブロックだ。
「……あぁ」
集が勝ち残る確率が無くなったので、深く肩を落とす。
他は特に気にならないので闘技場へ向かった。
闘技場に全校生徒720人が集まっている。
うち690人は観客席にいるが、残る30人は
観客席に囲まれた戦闘用のフィールドに立っている。
武器を持っている者が16人、持っていない者が14人だ。
武器は剣が10人、戦斧が5人、鞭が1人だ。
均等な間隔で円になるように並ぶ。
因みに皆制服だ。
青灰学園の制服は動きやすく丈夫に設計されている。
闘技場内は静まりかえっている。
「ready」
スピーカーから女性の流暢な英語が流れて闘技場内の緊張が増す。
「fight!」
試合が始まった。
詠唱したりしなかったり様々だが、それぞれ魔力を解放する。
武器を持つ生徒は全員『纏い』を使っている。
一人が斬りかかり、それを避けた女子が蹴りを放つ。
鞭を持った女子が周りの数人をびしばし叩く。
鞭は魔力を纏っているので、痛いだけでなく、破壊力が抜群だ。
鞭が当たる度に大きな破裂音が響く。
鞭への防御へ徹している生徒達を『飛斬』が襲う。
「ぐふっ」
『飛斬』は一人の男子に当たり、数十センチ体を浮かす。
『飛斬』を放ったのは3年生の男子生徒。
彼から数人の生徒が距離をとる。
やはり3年生は忌避される。
最初に脱落した者が退学へ大きく一歩近付くのだから。
鞭を持った女子に3人の生徒が攻撃を仕掛ける。
一人は『飛弾』。
一人は剣で。
一人は戦斧で。
しかし鞭の女子は強かった。
鞭で剣を巻き取り奪い取る。
それをそのまま『飛弾』にぶつけて軌道をそらし、『飛弾』は戦斧の男子へ飛ぶ。
男子は戦斧で受け止めるが、鞭の女子が迫っており、目にもとまらぬ速さで何度も打たれる。
戦斧の男子の腕輪が赤く点滅し、ぶーぶーと鳴る。
「……ぁ」
男子は絶望した表情で固まる。
「1年4組、小池 湖印、脱落」
スピーカーから女性の声が流れる。
最初の脱落者が決定した。
これにより雰囲気ががらりと変わる。
皆今までどちらかと言えば守備的に戦っていたのが、一気に攻撃的になる。
3年生の男子の前に1年生の男子が立ち塞がる。
3年生はにやりと笑い、『飛斬』を放つ。
1年生はそれを避けて剣を構えながら3年生へ走り込む。
3年生は連続で『飛斬』を放ち、1年生はそれを何度かくらうがなんとか3年生のもとまでたどり着く。
「天我流二の型――」
1年生が加速する。
「――【遊戯咲】!」
「ぐっ!」
後ろから足を切られ、続けて腹を切られた3年生の切られた部分から魔力が溢れ出す。
そして、ぶーぶーと音が鳴る。
「3年1組、綾野 鈴矢、脱落」
「くそっ!」
悪態をつきながらフィールドを出ていく3年生。
しかしその後1年生は鞭の女子にあっという間に倒された。
その後は鞭の女子が他を圧倒し、勝ち残った。
「勝者、3年2組、紫 咲弥」
「ふーん、こんな感じか」
集と大樹はコーラを飲みながら試合を見ていた。
「やっぱり3年生には近付かない方がいいね」
「同意」
「あー、炭酸抜けてきたね」
「確かに」
「次の方、フィールドへ上がってください」
次の試合が始まる。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
深海400メートル。
真っ暗な世界に光が灯る。
トナカイの様な角だ。
音もなく漂うそれは、同族の出現に歓喜していた。
しかし、同族から信号が届いたのは一瞬だった。
出現したと思ったらすぐに信号が途絶えてしまった。
困惑するそれは、同族を求めて海中をゆっくりと移動する。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
何試合目か分からないが、愛の出る試合だ。
「お、あの子、うちのクラスのトップじゃん」
「………」
大樹が興奮しているのに対して、集は寝ていた。
あまりにも気持ち良さそうに眠っているので起こすのも忍びない。
愛はきょろきょろと観客席を見渡している。
誰かを探しているようだ。
アリスと目が合う。
気にせず目を外す。
アリスはがっくりと肩を落とした。
クラスの男子達と目が合う。
わーわーと盛り上がるが、気にせず目を外す。
これも違うようだ。
会場が静まる。
「ready」
目的の人物を見つけられず、愛は肩を落とす。
「fight!」
皆がそれぞれ戦い出す。
愛の前にはいつかの噛ませ犬、概が立っている。
「この前の1年じゃねえか」
「……あ、いつかの噛ませ犬」
「は?……だ、だだだ誰が噛ませ犬だぁぁぁ!」
概が突進してくる。
その速度、かなりのものだ。
右手に持った戦斧を降り下ろす。
力任せに見えて意外に綺麗な太刀筋だが、
「天我流零の型――」
愛が地を蹴り、地面と水平に跳ぶ。
高さは概の腰あたり。
概の戦斧の太刀筋を見事に見切り、そこに剣をそっと置く。
今更太刀筋を変えることも出来ず、戦斧と剣は激突する。
剣は戦斧の勢いをそのまま受け継ぎ、威力を倍にして愛を軸として1回転。
青白い軌跡を残して螺旋を描き、そのまま概の首を切り裂いた。
「――【螺旋鏡】」
概の首から莫大な魔力が迸り、腕輪が点滅する。
概は何が起きたか分かっていない様子だが、呆然としたままへろへろとフィールドを後にした。
「うおぉぉぉぉ!!」
会場が沸き上がる。
「私が教えた技使ってないじゃん!」
アリスが叫ぶ。
「………むにゃむにゃ」
集が気持ち良さそう。
愛の他に残っているのは11人。
いつの間にこんなに減ったのか。
どこからか『飛斬』が飛んできたので、同じく『飛斬』で相殺する。
「なっ」
声をあげたのは2年生の女子。
愛はその女子と対峙する。
その女子も剣を持っている。
距離を詰め愛が切りつける。
剣で受け止められるが、もともとこっちは本命ではない。
左手を胸の中央に据えて、『飛弾』を数発放つ。
最後に胴を横凪ぎすると、瞬く間に2年生の女子の腕輪が点滅する。
いつの間にか残っているのは愛と3年生の男子一人。
男も剣を持っている。
共に加速し、剣戟の音が鳴り響く。
数回剣を交え、離れる。
男の愛への警戒が高まる。
「君も天我流か」
「そうですね」
互いに一言。
そして無言になる。
観客席では天我流の生徒達数人が食い入るように見ている。
「次で終わりにしようか」
「はい」
同じタイミングで急加速。
すれ違い様に技を放つ。
男が放ったのは、天我流八の型【闇蜘蛛】。
七の型までとは一線を画す難易度の大技だ。
連続8回の攻撃は、その速度故にあらゆる方向から8本の剣が迫り来るように感じる。
「あれは!」
「そんな!」
「嘘だろ」
観客席の生徒達の一部が目を見開く。
しかし愛の放った技はそれをも遥かに凌駕する。
天我流奥義【龍剣伝】
それは天我流の極致。
その速度故に不可視であり、その馬鹿げた破壊力故にあらゆるものを切り裂き破壊する。
「「「…………」」」
観客席の一部が固まる。
男の剣が根本から切り裂かれ、首の下の斜めの青白い線から莫大な魔力が迸る。
もちろん腕輪は点滅している。
「勝者、1年3組、桃野 愛」
「「わああぁぁぁ!!!」」
大歓声が会場を震わせているが、その一部は無言で固まっている。
「私、教えなくてもよかったんじゃ」
アリスの独り言は歓声にかきけされる。
「………はっ」
集は起きたようだ。
そして何試合か過ぎ、おかっぱ頭――美桜の試合。
寝ぼけ眼の集はそれでもしっかりと美桜を見ている。
美桜以外は男だけだ。
「むさいなー」
大樹が不満を吐露している。
「ready」
会場が静まり返る。
美桜がにやりと笑う。
「fight!」
突然の爆発音と共に美桜の近くの生徒達が吹き飛ぶ。
「うっそ……」
観客席でアリスが立ち上がる。
今のは、『飛斬』の派生技のうち最高難度の技、『覇円』。
あれを出来る生徒をアリスは一人しか知らない。
去年の学戦祭の覇者、雷同 堅。
体調が悪かったとはいえ、アリスがこの学園で唯一負けた相手だ。
「あいつが教えたのか」
アリスが睨む先では美桜が無双していた。
遠くの相手を『飛斬』の純粋な上位互換、『翔波』を交えながら『飛斬』で魔力を削り、近くに集まると『覇円』で全員吹き飛ばす。
相手からしたら厄介なことこの上ない。
試合はすぐに終わった。
「勝者、1年3組、神楽木 美桜」
会場は愛の時と同じくらい盛り上がった。
「……今年の1年生、レベル高いわね」
次は栞の出る試合だ。
「お、しおりぃぃ!がんばれー!」
集の応援に大樹がぎょっとする。
「え?君達って、そう言う関係?」
「え?どういう?」
「その、つまり、つ、付き合ってる、とか?」
「いいや、付き合ってないけど」
「じゃあなんで呼び捨てで応援してるの?」
「そりゃあ俺がいろいろ教えたから」
「……いろいろって」
「『飛斬』とか」
「あ、ああ、そう言うことか」
「?」
向き直ろうとする集へ誰かが話しかけてくる。
「君、そう君、いやいや君だよ」
短髪の爽やかな雰囲気の男子だ。
「なんですか?」
「自分は深海 慎吾と言う。よろしく頼む」
「無神 集です」
「少し伺いたいのだが、君と星野 栞は、その、なんと言うか、ど、どういう関係なのかね?」
「クラスメイトですけど」
「そ、そうかね、ただの!クラスメイトかね」
「え、ええ、そうですね」
「そうかねそうかね、ところで自分は星野 栞と手を握ったことがあるぞ」
「左様で」
「その上、星野 栞に技を教えてもらい、一緒に昼食をとったこともあるのだ!」
「そうですかー」
そしてひとしきり自分と栞との強い絆を自慢すると、慎吾は去っていった。
「なんだったんだ?」
「さあねー」
大樹はにやにやしている。
フィールドでは栞が男子と剣を交えていた。
他には4人が残っている。
運が悪い。
その男は天我流のようだ。
剣術素人の栞は『飛斬』を交えながらなんとか攻撃を凌ごうとしているが、凌ぎきれずに魔力ががりがりと削られていく。
男の意識は半分近く戦闘を行っている他の生徒に移っていた。
そんな時、男の剣が弾き飛ばされる。
そして一瞬の間に男の首に七連撃。
『纏い』の弱い栞の剣は魔力量の多い男の魔力に一度拒まれるが、二撃目からは魔力の壁を突破して過剰ともいえる攻撃が男を襲う。
「あれは!あの時の」
「嘘、あれは無神君の……」
アリスと愛が驚愕して立ち上がる。
腕輪がぶーぶーと鳴り響く。
「2年5組、相田 正宗、脱落」
男の魔力の迸るのがたった今止んだ。
魔力が尽きたのだ。
もう少し攻撃が遅ければ殺しているところだったかも知れない。
魔力がなければこの闘技場の保護システムは作動しない。
男はあわててその場を去った。
フィールドには半球状の魔力の膜の中に、達観した眼差しをした栞が超越者のような威圧感を放っている。
「ちょっと、何あれ」
「なんだ?」
「見たことないな」
会場がざわつき始める。
残っているのは栞とあと一人。
残った一人は慎重に栞に近付くが、栞の展開する魔力の膜に触れた途端、栞の姿が一瞬ぶれる。
そして足首と胸と首から魔力を吹き出しながら、残る一人は気絶した。
「うん、凄い!」
集が大きく拍手をすると、それが徐々に伝染し会場全体が拍手喝采に包まれた。
「勝者、1年3組、星野 栞」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
私立錬魔学園高等学校、1年6組、その窓際で茶髪の美少女が物憂げにため息をついた。
「やばい、俺告白していいかな」
「だめだよ、雪白さんは隆二のもんだし」
「いいよな~隆二~」
「雪白さん!好きです!付き合ってください!」
「おいおい!言っちゃったよ」
「はぁ~………無神 集」
「ゆ、雪白さん」
「え?何?」
「その、返事は……」
「………?」
そこへ扉を開けて隆二が入ってくる。
「よお」
「ああ、おはようございます隆二君」
隆二は言い様のない違和感を感じた。
おかしい。
いつもは駆け寄って来るのに、今日は何故かそっけない。
この男のせいかと思い、睨み付ける。
「ひっ!」
男子が去っていくが、つくしはそちらに視線を向けようともせず、再び窓の外へ視線を向ける。
その物憂げな表情は、隆二がこれまでみてきたどんな表情よりも、美しかった。
「どうしたんだ?」
意図せず声が震えてしまう。
「昨日……」
「すまなかった!」
隆二はその場で土下座した。
納得がいった。
つくしがそっけないのは、昨日隆二がつくしを見捨てたからだ。
……つくしに嫌われるのが堪らなく恐ろしい。
「?……何がですか?」
惚けている訳でもなさそうだ。
「俺が昨日逃げたのは、集まっていると狙われ易いからだ」
それも一応理由の1つではある。
「ああ、気にしてないから大丈夫ですよ」
嫌みをいっている訳ではなさそうだ。
本当に気にしていないのだろう。
しかし何故こちらを向いてくれないのだろうか?
何故いつもの笑顔を見せてくれないのだろうか?
理由は分からないが、もやもやする。
なんとしても自分に意識をむけてほしい隆二は、あえて昨日の話題に触れることにした。
「昨日の怪物、騎士団が倒してくれたらしいぜ」
「え?!それは違います!」
予想以上に反応された。
「きゅ、急にどうしたんだ?」
「……いえ」
そこへ近くの男子が話に割り込む。
「昨日の怪物って何?」
「ああ、昨日映画館の近くで変な怪物が出たんだよ」
若干不機嫌そうに隆二が答えた。
「どんなー?」
「何て言うか、狂獣に角が生えたようなでっかいやつ」
「狂獣なら隆二が殺っちゃえばよかったじゃん」
「そ、それは……」
「騎士団なんか来てませんよ隆二君」
つくしのその冷やかな声は何故かよく響いた。
「いや、来ただろ?ネットでそう書いてあったし」
「一応、来ましたけど……」
「倒したのが騎士団じゃないって?いやいやそれはないだろ。流石に騎士団が動かないとあの怪物は倒せないだろ」
集の「誰にも言わないでね」という言葉を思い出す。
「じょ、冗談です」
つくしは激情を押し殺してそう答えた。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
「あ、そういえば大樹の試合は?」
「終わったよ」
「なんと!いつの間に」
「ま、まあ地味な試合だったし、あんまり気にしないで」
「結果は?」
「3番目かな」
「そんなに残ったの?」
「いや、早くやられた方から3番目」
「そうか」
「まあビリじゃなくて良かったよ」
「そうだね、次俺の試合だから応援お願い」
「うん、頑張れ!」
数分後、フィールドには集を含め30人の生徒が円状に立っている。
「きゃ~~アリス様~~!!」
「九条さ~~ん!!」
「ア・リ・ス!!ア・リ・ス!!」
やはり注目は一際目を引く金髪の美少女が独占している。
そしてアリスが密かに睨んでいるのは、魔力量の少ないただの1年生、無神 集。
「ready」
あれだけ騒がしかった会場内が嘘のように静まり返る。
「fight!」
試合開始と同時に魔力を解放するが、集は何か違和感を感じた。
どうやっても普段の2割程しか魔力が出せない。
アリスは集へ『翔波』を放つ。
かろうじて避けた所に『飛斬』が飛んでくる。
避けられないと思った集は、『飛斬』を飛ばして相殺する。
すると突然、ぶーぶーと失格の音が鳴り響いた。
誰が失格になったのかと集は周りを見渡すが、
「1年3組、無神 集、脱落」
集は自分の腕輪を見ながら固まった。
何しろ全くダメージを受けていないのだ。
たった一回『飛斬』を放っただけで魔力量が2割をきった。
「……そうか、イデアぎれの反動か」
そう、おそらくそれだ。
明日には回復しているだろうと、集は妙に納得した表情でフィールドを去った。
観客席で愛と栞は真っ白な銅像になっていた。
「ちょっと愛ちゃん、色足りなくない?」
「どうした桃野さん!誰か!誰か絵の具を!」
「栞ちゃんはどこだ!いつから彫刻に置き換わった!」
アリスは落胆と同時に安堵していた。
出来れば集ともう一度手合わせしたかったが、事前に魔力を使いすぎていたのか、すぐに脱落してしまった。
しかし、雷同 堅以外の唯一の懸念事項が無くなり、学戦祭での優勝の確率がぐんと上がったのは嬉しい。
――他の生徒は敵ではない。
本当に、話にならない程の差が、そこにはある。
現に、誰もアリスの動きを捕らえられない。
試合は一瞬で終わる。
アリスがしたことは単純。
デコピンだ。
走ってデコピンの繰り返し。
それだけで終わる程に、アリスは強かった。
「勝者、2年4組、九条 アリス」




