赤い世界編7
集の目の前には真っ黒で大きな蜘蛛がいる。
その数ざっと300。
アポカリプス達の死体を食べている。
集に近い何匹かは食事をせずに集を警戒している。
「来い、聖剣 《スカルイクス》」
……………
………
……
…何も起こらない。
「うーん」
ユーハノイスはどのようにこの剣を出していたか思い出す。
たしか、地面に手を置いていた。
地面に右手を置き、唱える。
「聖剣 《スカルイクス》」
手のひらに何か硬いものが当たり、それを掴み引き抜くと、純白の剣だった。
蜘蛛達は食事を止め、全員が集を睨む。
「ともだーち、ともだーち」
必死に敵意がないことをジェスチャーで伝える。
しかし、努力むなしく敵意を剥き出しにしてぎちぎち言いながら集を囲むように寄ってくる300の蜘蛛。
その一匹一匹が集の腰ほどある。
「ともだーち、ね?ね?」
正面の蜘蛛が黄色い液体を勢いよく吐き出す。
ぎりぎりかわし、地面に落ちる液体。
液体が落ちた地面からはじゅーじゅー音がする。
蜘蛛達はぎちぎち言いながら今度は一斉に液体を吐き出す。
「イデア――解放―――」
集の左目が緋色に輝き、イデアが渦巻く。
音が消えた。
空中の液体も蜘蛛も止まって見える。
いや、よく見たらほんの少しずつ動いている。
八岐大蛇やネルとの戦闘ではちゃんと相手の声が聞こえたので、意識した相手の声や音だけ聞き取れるのかもしれないと思ったが、蜘蛛にはいくら意識を集中しても先程のぎちぎちが聞こえない。
謎だ。
イデアを解放した時と覚醒した時との違いがあまり分からないので、試してみる。
「イデア――覚醒―――」
すると、音ばかりか色彩が消えた。
全てがモノクロに見える。
「なんじゃこりゃ」
先程の八岐大蛇との戦闘では、背景は全て白で、八岐大蛇も白かったので気付けなかった。
解放状態だと、よく見たらゆっくりと動いているのが分かった空中の液体も蜘蛛も、今は完全に止まっている。
「すっご!てかこれでも同じスピードだった八岐大蛇ってマジ何者?」
射程圏外へ避難し、時間感覚をもとに戻す為にイデアを解除しようとするが、すんでのところで思いとどまる。
「イデア解除しなくても戻せるよね」
ネルやユーハノイスはイデアを解除せずに集と会話していた。
あの時の集と、イデアを解放もしくは覚醒した状態の時間感覚ではおそらく会話は出来ない。
ということは、イデアを解放もしくは覚醒した状態でも時間感覚をもとに戻せるということ。
どうすればもとに戻せるのか分からないが、取り敢えず、戻るように念じる。
簡単に時間感覚がもとに戻った。
モノクロだった景色が色を取り戻し、ぎちぎちとした音や、じゅーじゅーとした音が聞こえる。
イデアを解除してしまったのではという不安も、いまだ渦巻く白銀の炎をみて霧散する。
イデアの渦巻く速度はもとのままに見えるので、集の時間感覚に合わせて渦巻く速度を変えるのだろう。
そう思うと聖剣の音声も集の時間感覚に合わされている。
左手を目の前に翳すと、集の左目からの光で蒼く染まる。
ここで初めて気づく。
「あれ?右目は光ってない?」
そんなことをしているとまた液体が飛んできた。
時間感覚を戻す。
再び音が消え、色が消える。
イデアを覚醒状態から解放状態へとシフト出来るか試す。
モノクロの視界に色を与えるようイメージする。
変化なし。
次に、左眼が緋色に輝く姿をイメージする。
すると、モノクロの世界に色がつきはじめた。
そして気が遠くなるほどゆっくりと液体や蜘蛛が動き始める。
集は歩いて蜘蛛へ近寄り、純白の剣で切り裂く。
バターのように抵抗なく切れた。
体液なども飛び散らず、切り裂いた後も、蜘蛛の体はそのままの体勢で残る。
集は歩いて全ての蜘蛛を切り裂き、もとの場所へ戻った。
イデアを解除すると、ばたばたと全ての蜘蛛が崩れ落ちる。
「そう言えばどうやってこの剣仕舞おう」
うーんと頭を悩ませ、地面に剣を突き立てる。
「だめか」
そしてまた悩み、
「消えろ、聖剣 《スカルイクス》」
と唱える。
しかし何も起きない。
「どうしよう」
何も思い付かない集が剣を手放すが、剣が地面とぶつかる音がしない。
下を見ると、剣が消えていた。
「聖剣 《スカルイクス》」
もう一度剣を呼び出し、手放す。
すると地面に落ちる前に白い光になって消えた。
剣を仕舞うのはとても簡単らしい。
ぐぅ~っと集の腹がなる。
音を聞いてから空腹に気づく。
歩き出そうとしたところで、集は地面からがりがりと何かを削るような音に気づく。
よく見ると地面の一部が隆起している。
隆起した部分が動き、アポカリプスや蜘蛛の死体のある方向へ進む。
そしてたどり着くとさらに隆起し、死体達を呑み込んでいく。
「さっきのやつか!」
それは先程集が出会ったゼリー状の何かだった。
呑み込む動きで体にこびりついていた黒い土が落ち、全貌を露にする。
高さは約2メートル。
横に約5メートル。
正面から見ると1メートルの横長の生物。
顔らしき所からは二本の突起がはえ、手も足も口もない。
黒く大きなナメクジといった感じだ。
全身からねばねばの粘液を垂れ流し、地面に白く泡立った粘液の跡を残す。
全身をうねうねとさせながら移動し、その度にぐちゅぐちゅと鳥肌のたつ音を立てる。
あれにはかかわりたくない。
集は後ろを向き、耳を塞いで逃げ出した。
途中で黒い幹の木を見付ける。
木には真っ赤な林檎が実っていた。
『飛斬』で枝ごと切り落とし、枝から林檎をもぎ取る。
口を大きくあけて、かじろうとする。
しかし、待っていたかのように林檎が縦に裂ける。
そのままぱかっと開き、紫色の毒々しい牙が生え揃っているのを集へさらけ出す。
そのまま唖然としている集へとんでくるので、慌てて大きく仰け反りかわす。
放物線を描いて黒い地面に開いた面を下にして落ちた林檎は、そのままがりがりと閉じたり開けたりして地面を削るが、数秒して動かなくなった。
ふと足許が揺れた気がしたので跳び退くと、黒く長いものが勢いよく地面から生えた。
おそらく木の根だ。
この位なら【八岐大蛇】も使わず、イデアを節約したまま勝てるとふんだ集は、聖剣を呼び出す。
「聖剣 《スカルイクス》」
木に向かって走るが、進行方向から複数の根が集に向かって突き出てくる。
集はそれを一本一本右手に持った聖剣で切り裂き、剣で対応出来ないものは避けるが、全方向からの攻撃に対応しきれず、肩と脇腹に突き刺さる。
「ぐっ」
すぐさまその根を切り裂き後方へ退避する。
根を抜くと、血がどくどくと流れ出た。
『修復可能――』
「聖剣愛してる!」
『――修復許可――』
「お願い致します」
『――承認――修復開始――』
血が止まり、傷が塞がっていく。
服も修復されていく。
『――修復完了』
「どうも」
『次回から自動にしますか?』
「じゃあそうする」
『承諾』
完全に塞がると、木へと歩き出す。
「天我氷皇流 零の型【明鏡止水】」
集を囲むように一定の距離をあけて半球状に薄く魔力が包み込む。
あらゆる方向からの攻撃が薄い魔力の膜に触れた瞬間、集の体が反射的に動き、迎撃する。
「よし」
そろそろ頃合いだと思った集は、幹に攻撃を仕掛ける。
初めての幹への攻撃に驚いたらしい木は、多くの根を盾に使うが、全ての根ごと幹を断ち切る。
天我流一の型【瞬閃】。
別に口に出さなくても良い。
ようは気分だ。
格好いいということで、口に出す人の方が多い。
集が悠々と振り返ったところで、また根が襲ってくる。
切ったはずの幹はいつの間にかくっついている。
小さな動きで全ていなし、再び幹を切る。
「天我流一の型、【瞬閃】」
今度は口に出した。
しかしまた何も無かったかかのように攻撃がくる。
「なに、これ」
集は頭を悩ませながらいなし続ける。
そこに、第三者が介入した。
あのナメクジだ。
木の下が盛り上がったかと思うと、幹に沿うように上がっていく。
木は悲鳴をあげるように根を振り回す。
やがて林檎のあるところまで包まれると、木は動かなくなった。
「林檎が本体だったのか」
今頃悟る。
やがて木が全て包まれ、原油を被ったようになる。
しばらくしてナメクジ本来の形へ戻るが、大きさが先程の倍はある。
ナメクジの二本の突起が集へ固定される。
「ロックオンってことかな?」
集の顔が強張る。
動きは遅いが、いつまでも追ってきそうで怖い。
集はナメクジをここで始末することにした。
「あれには絶対に触りたくないな」
ナメクジがゆっくりと集に近づく。
「て言うか近づきたくないな」
さらに近づいてくる。
そこで思い出す。
「喰らい尽くせ、【八岐大蛇】」
集の背中に8匹の白い蛇が顕現する。
ナメクジの二本の突起のうちの一本が集の目前まで伸びる。
集はそれを【八岐大蛇】で喰らう。
突起は綺麗に消滅した。
すぐに再生する。
そのままナメクジ本体も【八岐大蛇】で喰らって削り取る。
削り取った部分はすぐに再生するが、何度も繰り返すとナメクジの質量がへっているのが分かる。
集は8匹全てですさまじい速度でナメクジを削り取る。
みるみるナメクジが縮んでいき、消滅した。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
オムライス専門店、オムオムワンダフルのカレーオムライスは他のオムライスとは一線をかくす。
大樹はこれ以上のオムライスを食べたことがない。
「ん~極上~~」
カレーのスパイシーな香りと卵のまろやかな舌触りが絶妙だ。
いつの間にか皿の上には何もなくなっていた。
「ご馳走さまでした」
お代を済ませ、ホクホク気分で店を出る。
この後は、友人数名とカラオケに行く予定だ。集とは何故か連絡がつかないので、誘っていない。
「まったく、学戦祭近いのに何やってるんだか」
「だよなー」
「え?」
「よっ!」
「おう、水瀬君」
「まだ集合まで時間あるなー」
「何して時間潰す?」
「あそこのゲームセンター寄らない?」
「そうするか」
先日観た映画のせいでぎこちなくなるかと思いきや、意外に普通に話せている。
「そういえばさー」
「何?」
「この前の映画――」
「ごほっごほっ」
「大丈夫か?」
「う、うん」
「この前の映画館で起きた≪神隠し≫知ってる?」
「え、知らない」
「報道規制されてるらしいけど、俺らが解散した後、あの広場にいた人達が突然消えたんだって」
「マジですか!」
「ネットで大騒ぎだよ。それとさ」
「うん」
「≪神隠し≫のすぐ後に狂獣でたらしいよ」
「マジか」
「それもめっちゃでかいやつ。噂によると角が生えてたらしい」
「そんな狂獣聞いたことないよ」
「だよなー、研究者の間では、狂親獣って呼ばれてるらしいよ、その呼び方が大衆にも広まってるらしい」
「へー、狂親獣ね」
そして二人はゲームセンターに入り、皆が来るまで時間を潰した。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
集はちぎれた右腕を再生した。
イデアでの治癒能力に加え、《スカルイクス》の修復機能で瞬く間に再生した。
服ごと再生し、服に染み込んだ血液も戻っていく。
イデアを魔力と同じように遠距離攻撃が出来ない。
しかしイデアにはそれに加え再生能力と加速能力がある。
特に加速能力はあまりにも凄まじい。
たとえ銃を撃たれても、歩いて銃弾に近寄り、その螺旋回転をじっくり観察してり出来るだろう。
覚醒などすれば、銃弾など螺旋回転も見えないほど止まって見えるだろう。もはや時止めに等しい。
そんなイデアの圧倒的な加速力をもってしても、目の前の竜の動きを捉えられなかった。
現在集はイデア解放状態だ。
覚醒はしない。
イデアの覚醒は解放や再生に比べてやたらに燃費が悪い。
覚醒すれば1分もたたずにイデアがきれることが感覚で分かるのだ。
しかし解放状態でも圧倒的な速さであるはずの集についてこれる生物など、少なくとも地球にはいまい。
ところがここはおそらく地球ではない。
そんな化け物とあっさり出会った。
集は目の前で今奪われたばかりの右腕をむしゃむしゃ食べている漆黒の竜へ、中距離では無類に強い【八岐大蛇】を伸ばす。
しかし、あと少しというところで竜の姿が消える。
―――これだ。
これに集はついていけない。
「速すぎる……」
正直この速さは異常だ。
この動きを除いても、竜の速さは集と同じだ。
――化け物。
しかし集はこの化け物よりも強い八岐大蛇やユーハノイスを、偶然が重なったとはいえ倒した。
それが集へどれほどの自信を与えるか。
殺気を感じ左へ跳ぶと、直前まで集のいた場所を紅蓮の業火が削り取る。
ふとまた竜が消える。
後ろから殺気を感じるが、避けられない。
イデアを背後に集め、【八岐大蛇】も8匹全てで迎え撃つ。
後ろを振り向く集へ、同心円状に放たれる紅蓮の業火が大地を抉りながら迫る。
それを8匹の蛇が空間ごと削り取るかのように飲み込み、しかしそれでも迫る業火をイデアで防ぐ。
それでも抑えきれないので、イデアを更に集めて防御力を高める。
当然面積は小さくなるので、守りきれない部分も出る。
集の四肢が全て消える。
吹き飛ばされ気絶しそうになりながらも、イデアと聖剣の修復機能を右腕に集中させ、瞬く間に右腕だけが復元する。
「《スカルイクス》!」
吹き飛ばされながらも空中に手をあて聖剣を引き出す。
目だけ動かして確認するが、いつの間にか竜はいない。
黒い玉が落ちている。
違和感を感じて下を見ると、へそから下が無かった。
腸らしきものが集の軌道に沿うように伸び、血がどばどばと吹き出る。
それでも気絶せずに、ようやく地面に仰向けに落ちる。
目だけ動かして竜を探すと、すぐ近くで口の中の肉をむしゃむしゃと食べている竜を見つけた。
竜が身震いし、目から黒い何かが落ちる。
辺りにたくさん落ちている謎の黒い玉だ。
「【八岐大蛇】」
6匹の蛇を脚として使い、蜘蛛のように立ち上がる。
「便利だな……」
呟きながら残りの2匹で竜へ攻撃するが、竜の姿がかき消えてやはり当たらない。
そうしている間にも集の体は少しずつ再生している。
「転移か」
集は目を細める。
集は突然【八岐大蛇】で蜘蛛のように移動しながら辺りを出鱈目に攻撃し始めた。
突然目の前に竜が現れたので聖剣で斬ろうとするが、竜が消えて空振る。
と思ったら右から業火が迫ってくるのでその場を離れながら業火の放たれた方向へ【八岐大蛇】で攻撃するが、すでに竜はいない。
集は漆黒の竜に翻弄されている。
――ように見える。
集の体が完全に修復された頃、周囲の黒い玉は無くなっていた。
「もう転移はできないでしょ」
両脚でおり立ち、《スカルイクス》を持つ右手に力をいれる。
竜が吼える。
大気が震え、地面が揺れる。
竜の肩の辺りがどくどくと盛り上がり、新たな頭部が顔を出す。
全く同じ頭が3つに増えた。
赤い大空を背景にした3つの頭の漆黒の竜の姿は、なんとも禍々しい。
集は【八岐大蛇】で総攻撃をかける。
竜はするりするりと避けていくが、体積が増えたことで避けにくくなっている。
【八岐大蛇】が竜の首を一つ喰いちぎる。
続けて黒い翼も喰いちぎった。
1秒もたたずに再生する。
「……うそやん」
喰いちぎり、再生する。
喰いちぎり、再生。
らちがあかない。
そうこうしているうちに、竜が例の炎を放ってきた。
集はしゃがんで前へ加速して避け、《スカルイクス》を右の首に叩きつける。
かなりの手応えと共に、首を根本から切り落とした。
1秒で再生する。
「おいおい」
これは、逃げるしかないのか……
だが、果たして逃げきれるかどうか。
その時、
――ドクン
集の内のなにかが目を覚ました。
『所有者――八岐大蛇――修正――人間――個体名――無神 集――』
あの時と同じ音声。
『――分類――聖剣――名称――天叢雲』
集は何かに導かれるように左手をつき出す。
虚空に伸ばした手のひらに、何かが触れる。
それを――引き抜く。
漆黒の刀が姿を現す。
八岐大蛇が使っていたやつだ。
おもいっきり刀の形状なのに、分類は聖剣ならしい。
右手に《スカルイクス》、左手に《天叢雲》。
現状では《スカルイクス》は要らないので、手放す。
光の粒子になって消える。
《天叢雲》を右手に持ち替え、魔力も解放する。
恐らく数秒で魔力は尽きる。
《天叢雲》が黒い瘴気を放つ。
左、右、上から竜の同じ顔が迫ってきている。
「【瞬閃】!」
天我流の技で集が唯一使える技で、真ん中の首を切り落とす。
再生はしない。
竜が戸惑ったように後ずさり、翼を羽ばたかせ始める。
「逃がさないよ」
翼を切り落とす。
また炎が迫ってくるが、魔力とイデアの併用で爆発的に加速し、懐へ潜り込む。
残りの首も全て切り落とし、脚と尾も切り落とす。
こうして集は辛くも勝利した。




