赤い世界編6
集は道場に通っていた頃、ゴミに出されていた一冊の古びた本を見つけた。
その本は、かつて“剣神”と呼ばれた伝説の仙人、天我 幻武という人物の伝記だった。
それには、零の型から奥義まで全ての技と、天我 幻武の一生が載っていた。
幻武は天才だった。
魔力量も他を圧倒し、さらにその努力も常軌を逸していた。
幻武は6歳の時にその頃の天我流の道場で最も強い、父―天我 甲武を倒してしまった。
8歳の時に天我流の道場を止め、新たな流派、天我氷皇流を創始した。
この頃“神童”と呼ばれた彼の流派へ入る者は多かった。
しかし、入るにはまず纏者でなければならず、入れた者も誰一人ついていけるものは居らず、瞬く間に天我氷皇流は彼一人となった。
幻武は一人で修業を続けた。
彼は剣に全てを捧げた。
いつの間にか彼は目で見ずとも辺り一帯の様子が手に取るように分かるようになった。
54の時、彼はその感覚を研ぎ澄ませる為、己の両目を潰した。
78の時、彼は1つの奥義に到った。
そして何を思ったのか、同年、彼は自害した。
文献によれば、常軌を逸した空間把握に、魔力が使えること。
さらに神のごとき抜刀速度がその奥義の使用条件だ。
その3つがそろえば、50%の確率で奥義が成功するらしい。
前者2つは問題なく、幻武が修羅の如く研ぎ澄まされた太刀筋で実現した神のごとき抜刀速度は、イデアで無理矢理実現させる。
条件は揃った。
あと必要なのはイメージだけ。
目を開き、そして叫ぶ。
本来なら絶対に手の届くことのないはずの技の名前を。
「天我氷皇流奥義――」
――【絶焉月花】
それは、世界を置き去りにする不可視の一閃。
そしてその事象は、否応なく引き起こされる。
――世界がずれた。
なんとも非現実的な光景だった。
集の腰の辺りの高さを境にして集を除くこの空間全てが、ぎぎぎと音をたててずれていく。
多分に漏れず、八岐大蛇もずれていく。
「ナ、何ヲシタ!人間!」
首を全て切断され、切断面を光に変えながら八岐大蛇が叫ぶ。
最初にあった威圧感はもう欠片もない。
「さあね」
その3文字が八岐大蛇が聞いた最期の言葉だった。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
目を覚ますと、一面赤い空だった。
「あの二人、結構馬鹿なのかな」
呟きながら体を起こす。
マネキン共の成れの果てと黒い体液が散らばり、酷い異臭がする。
十中八九、八岐大蛇の仕業だろう。
八岐大蛇を倒したので、もうあの悪夢は見なくなるだろう。
常にあった、何かに縛られているような動きにくさは無くなっている。
ふと違和感を感じ、左目を触る。
「良かった~」
失った筈の左目があることの安堵に、どっと倒れこむ。
「あはははははは!!!」
しばらく集の狂ったような高笑いが響いた。
「はぁ、……はぁ」
笑いすぎて死にそうな集。
こんなことで死んでしまっては洒落にならない。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
意外に空気が美味しい。
ふと先程の背中から蛇を生やした狂獣を思い出す。
あれも可能だと集の直感が告げている。
あれの名前を決める。
「【八岐大蛇】!」
そのまんまだ。
集の背中から8つの首の白い蛇が実体を伴わず、薄く光りながら生える。
しかし先程の狂獣と同じように実体化しない。
八岐大蛇が死んだことが関係あるのかも知れない。
【八岐大蛇】に自我はなく、集の思うがままに動く。
この状態でも攻撃できるのだろうか?
近くのマネキンに噛みつかせる。
そのマネキンだけは綺麗な状態だった。
しかし目が黒く濁っているので、死んでいるのだろう。
と言うか、ユーハノイスだった。
ユーハノイスの身体は【八岐大蛇】が噛み付いたところだけ綺麗に消滅した。
空間ごとえぐりとったかのように綺麗に消滅している。
他にもいろいろ噛みつかせるが、どんなに硬いものでも、あっさりとえぐりとる。
「……凄い」
思わずその神々しい身体に触れようとするが、実体化していないのですり抜ける。
「……これ、チートじゃない?」
【八岐大蛇】に攻撃は効かず、【八岐大蛇】からの攻撃は防御不可能。
まさにチートだ。
【八岐大蛇】を消す。
不気味な風が吹く。
「見ーつけた!」
頭に直接響く声にも慣れてきた。
振り向くと、ネルがいた。
いつの間にか目は再生している。
光ってはいない。
「あはは!驚いた?僕たちの力は自分の身体を再生することも出来るんだよ!」
「左様ですか」
あまり驚かない集にむっとする。
「あはは!僕はこれから君を殺すよ!」
「……なんで?」
「は?僕の両目潰したじゃん!力を解いてる時に!」
「あーはいはい」
ぶちっ
集は何かが切れたような音を聞いた。
「さっきの青白いやつやってみなよ!どうせ僕には効かないよ!」
「やだ」
「あははは!君は死ぬんだよ!」
「そりゃいつか死ぬでしょ、人間だし」
ぶちぶちっ!
耳鼻科行こうかな、と悩む集。
「あはは!イデア――解放―――」
「なるほど。イデア――解放―――」
「なっ!!」
ネルの両目と集の左目が緋色に輝き、白銀の炎が渦を巻く。
世界から音が消える。
ネルは狼狽え、後ろへ下がる。
イデアで『飛斬』を試すが、失敗。
「またか……」
「君は本当に人間なの?」
「そうだよ」
「なんでイデアが使えるの?」
「さあ?」
「とぼけるな!!」
「とぼけてないんだけど……」
「人間を見たことはないけど、有名だよ、最弱の種族ってね!」
「へー」
「絶滅したはずの種族が何故いるの?!」
「えっと……」
「しかも最弱の種族がイデアを使えるはずがない!……分かった!やっぱり君は人間じゃない!」
「【八岐大蛇】」
「当たりだね!人間な訳が………え?」
何故かネルが油断していたので、【八岐大蛇】で喰った。
欠片すら残さず喰った。
イデアを解除する。
「あいつ、馬鹿なのかな?」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
風が吹き、木が揺れる。
風でかさかさ言う枝は、突然通りすぎた青白いなにかによって切断される。
『飛斬』を放った栞に、周りの1年生が驚く。
場所は皆がよく魔力を扱う練習をする青灰学園の近くの山。
栞は明日の学戦祭に向けて魔力を扱う特訓をしていた。
他にも様々な学年の生徒がいる。
「凄いわね。一年生で『飛斬』が出来るなんて」
金髪の美少女が栞に話し掛ける。
「いえいえ、他にも出来る人を2人しってますよ」
「あら、凄いわね、その2人も。今年の1年生は少し警戒しておいた方がいいかな」
「あはは、私は1人警戒しておいた方がいいと思う男子がいますよ」
「あら、好きなの?」
「そ、そんなっ……」
「うふふ、照れちゃって」
「うぅぅ」
「いつもはその子に教わってるんですけど、今日はいないので1人で練習してるんです」
「その子に『飛斬』を教わってるの?」
「いえ、以前『飛斬』を教わりましたけど、今は他の技を教わってます」
「へー!凄いのねその子、1年生でしょ?」
「はい、本当に凄いんです。今教わってる技とか本当に難しくて、多分この学園でも出来る人はいないと思いますよ」
「それは本当に警戒しないといけないかもね」
そう言って金髪美少女はくすくす笑う。
「私は1年生の星野 栞です」
「そう、よろしく栞ちゃん。私はアリス。2年生よ。学戦祭であたったらよろしくね」
「えっ!アリスって……」
「あっ、みんなが呼んでる。じゃあね」
「あ、はい」
アリスと名乗った少女は2年生の女子達の集まる方へ行ってしまった。
栞は『飛斬』の練習を続ける。
成功率は約30パーセント。
「星野さん。僕に『飛斬』のやり方教えてくれない?」
「いいよ」
栞は違うクラスの男子に『飛斬』のこつを丁寧に教えた。
「ありがとう!これなら出来そうだよ!」
「え、そんな、いいよ」
栞の丁寧な教え方に感動した男子は目を輝かせてお礼を言う。
それに対し、栞は頬を赤らめてもじもじしながら答える。
それを視ていた他の男子達も栞に『飛斬』を教えてもらい、お礼を言う男子達に、いちいち頬を赤らめる栞。
男子の数人がそんな栞を熱っぽく見ている。
金髪の少女、アリスは女子達との会話に花を咲かせていた。
といっても、色恋沙汰ではない。
「アリスちゃん。今年の学戦祭で注目してる人いる?」
ふと入試で出会った少年を思い出す。
「え?その顔は思い当たる人がいる?」
「やっぱり去年の学戦祭トップの雷同先輩?」
「いや、1年生なんだけど」
「そんなに強い1年生いるの?」
「入試の時に負けちゃったり?」
「いや、それはないけど」
「そっかー。でも強いんだよね?」
「うーん、よく分からないのよね」
「ん?どゆこと?」
「もしかして好きな子?」
「「「え!」」」
密かに聞き耳をたてていた男子達が青ざめる。
「断じて違うわ!」
思い出すと怒りが沸々と沸き上がる。
「「「ほっ」」」
安堵する男子達。
ふとアリスは悪寒を感じた。
周囲を観察する。
女子達は楽しそうに話している。
アリスを見つめている男子達や、栞。
それに栞に集まる男子。
他にも雑談している人や、練習に勤しんでいる人。
特に変わったことは無い。
ならばと思い、上を見ると、空に黒い点があった。
点は徐々に大きくなる。
アリスを見つめている男子達もアリスの視線の先を見て、怪訝な顔をする。
点の姿が見えてくる。
「狂獣よ!」
アリスの声で一部を残して皆その場を離れる。
逃げはしない。
少し離れたところから戦闘を見守るつもりだ。
残ったのは、アリス他3年生の男子3人。
凄まじい衝撃と共に狂獣が降り立つ。
舞い上がった土埃を凪ぎ払うように背筋の凍るような咆哮をとばす。
それにも怯まず『飛斬』を飛ばすアリス。
集とは比べ物にならない位大きな『飛斬』を身を屈めて避ける狂獣。
身を屈めたところにさらに3発『飛斬』が飛んでくる。
3年生達の『飛斬』が避けられず、腕を半ば切断された狂獣の懐には既にアリスがいた。
手刀で首を切断する。
首の取れた狂獣は、光の粒子になって消えていく。
その間、たったの7秒。
栞は一瞬で終わった戦闘をきらっきらの瞳で視ていた。
「凄い!」
思わず叫ぶ。
『飛斬』の大きさもさることながら、一瞬のうちに狂獣の懐へ潜り込んだ爆発的な加速力。
それに一撃で狂獣の首を切断した手刀に込めた魔力量。
魔力量の低い栞では到底出来ない芸当だ。
もしこんなのと初戦であたったらと思うと震え上がる。
「お、俺、びびってないし」
股間を濡らした男子が栞に必死にアピールする。
田中 と言うらしい。
ピアスをしている。
栞には田中がなにを焦っているのか分からない。
気がついたら三人の男子に囲まれていた。
赤い眼鏡をかけていておかっぱ頭の男子が、伊平。
髪の短い爽やかなスポーツマン風の男子が、深海と言うらしい。
三人は互いに火花をちらす。
栞はなんだかその場に居ずらくなり、その場をあとにした。
最近よく思うことがある。
「いじめ無くなったな」
ふと漏らした独り言に思いを巡らす。
原因は愛の存在だろう。
なぜか最近話しかけてくる。
気のせいか、集に話そうとする時がやけに多い。
いじめが無くなったのは嬉しいが、しかし愛に頼らなくても、栞自身の力でいじめられないようにしたい。
「頑張るぞ」
心地良いそよ風が栞の頬を撫でた。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
とある海。
波の少ない穏やかな海。
それは微動だにせず海面に佇んでいた。
トナカイのような角が輝き、それの視界に映像が流れる。
はるか上空から地上の様子が映る。
とある山の木の少ない場所。
そこだけ若干青白い。
視点は急速にそこへ近づいていき、多くの点が見えてくる。
近づくにつれて点は人型になり、四人を除いて着地地点から少し離れる。
急速なズームアップが終わり、小枝や小石や草ばかりが映る。
次に大空を映し出し、ようやく正面を向くと、大きな三日月型の青白いなにかが
視界を埋め尽くす。
急に視点が大きく下がり、今度は黒い腕が視界を埋め尽くす。
そして視界の隅に一瞬金色のなにかが煌めき、映像が途切れる。
角の輝きが薄れ、それは音もなく海に沈んでいく。




