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第95剣『勇者候補の玉砕』

「レオフィーナさん」


 決意を込めた瞳でオルフェノが解体作業をしているレオフィーナの元へやってきた。


「何でしょうか?」


 近づいてきたのがオルフェノだと判明したので、腰の陽翼剣オジロにかけていた手を放す。あまりの悪寒に思わず斬りかかるところであった。


 いったいオルフェノは何用できたのであろうか。


「あ、あの、ですね……」


 何か言いたいことがあるのは明白だが、言葉を詰まらせなかなか本題を切り出さない。


「急ぎの用でなければ後にしてもらえませんか」


 レオフィーナはオルフェノから視線を外し解体作業に戻ろうとする。


「い、急ぎです、今すぐ聞いてほしい話しがあるんです」

「では急いでください」


 オーグルたちの本隊が到着する前に解体を終わらせたいレオフィーナはじらされて機嫌が悪くなる。普段ならこの程度のことで気分を害する性格ではないが、これまでのストレスとも合わさって虫の居所が悪くなっていた。


「レオフィーナさん、僕の仲間になってください」


 オルフェノは体を九十度に曲げて頭をさげ手を差し出してきた。

 まるで告白をするかのように。


「…………は?」


 レオフィーナは言われたことが理解できなかった。


 言葉の意味は当然理解できるが、なんでオルフェノが仲間になってくれと言ってきたのかが理解できなかった。


「あなたが僕の仲間になってくれれば、より多くの困っている人たちを救えるはずです。それに予言された最悪にだって立ち向かえるかもしれません。勇者候補の仲間になるには聖王国ボルケノの王様の許可がいりますが大丈夫です。僕が必ず王様を説得してみせます」


 断られるなど微塵にも思っていないオルフェノ、レオフィーナが仲間になる前提でその先の事を語り始めた。


「申し出は……ありがたくもないですが、すでに私には最高の主や仲間がいますので、お断りさせてもらいます」


 まさに百害あって一利なしの申し出、レオフィーナは即答で断れなかったことを悔やむ。

 返答するまでに間をあけてしまった。もしそれを悩んでいるなどと解釈された日には、もうどんな行動を起こしていたかわからない。


「そんな、どうして、大丈夫ですよ、あの黒髪の女性も一緒に迎えますから、バラバラになる心配はありません」

「そんな問題ではありません」


 断った理由は仲間と離れるのが嫌だとか、そんなレベルの話しではないのだ。


 レオフィーナは背筋を伸ばしてオルフェノに向かい合う。


「私には魂と刃を捧げたマスターがいます。あの人が私の全てであり、あの御方の一番星であることが私の誇りであり唯一の居場所、ですのであなたの仲間になることは空の星がすべて消滅してもありません」


 誤解など絶対にさせない、レオフィーナははっきりと拒絶を表明した。


 鎮也をサポートするために、鎮也の叔父和磨によって制作され、鎮也と共にこの異世界にわたってきて命を宿した彼女は、髪の毛一本に至るまで鎮也のためだけに存在している。


 最初は魂に刻まれた命令だから鎮也と一緒にいたのかもしれない、しかし同じ時間をすごし、聖雷剣と言う他には類を見ない最高の剣たちを共に全力で作り上げ、今では心の底から唯一無二の存在であると断言できる。


「そ、そんな、そんなに立派な人なのですか?」

「私にとっては誰よりも」


 レオフィーナの剣を握れるのは鎮也だけ。


「僕は必ず勇者になって見せます、そのマスターという人より立派になると誓います。それでもダメですか?」

「当然ダメです」


 あきらめきれないようで食い下がってくるオルフェノだが、今度はキッパリと即答できたことにレオフィーナは心でガッツポーズした。






「こっぴどくフラれたな勇者候補さまはよ」


 携帯用の干し肉を食べつくしたギガルは、指に残った塩を舐めながらオルフェノの玉砕を眺めていた。


「オルフェノの誘いを断るなんて、生意気な女」

「なんでぇモーリン、お前はあの凄腕の嬢ちゃんが仲間になるのは反対じゃなかったのか」


 モーリンがオルフェノに好意を抱いていることは誰が見ても丸わかりである。そんなオルフェノが一目惚れした相手を仲間に誘うなど、彼女にとっては面白くないだろう。


「もちろん反対よ、でもあの女の力はオルフェノが勇者になるためには必要かもしれないでしょ、だから見逃してやったのに、それを断るなんて」

「結局、何をやっても腹を立てるんだな」


 モーリンの怒りの源はオルフェノがモーリンに振り向かいことが原因であるようだ。


 魂が抜かれた動く死体のようになってオルフェノが戻ってきた。


 足元の見えていないようで、このまま進むと谷へと落下しかねない。


「ちょっと、歩くならちゃんと前見なさいよ、落ちるわよ」


 モーリンはオルフェノの手を掴み強引に自分の横へと座らせた。


「…………」


 目は開いているのに焦点が定まっていない。

 本当に生気が抜かれたかのようだ。


「こりゃ、相当ショックを受けてるな、たかが一人の女にフラれただけだろうが、そこまで落ち込むことかよ」

「たかが何て失礼なことを言わないでください!」


 慰めようとしたギガルの言葉選びが気に入らなかったようで、オルフェノはギガルに抗議する。


「わ、わるかったよ」

「彼女の美しさはこの世界のどんな女性よりも上なんだ、光る剣を掲げるその姿は、まさに地上に舞い降りた女神そのもの、姉さん以来だこんな気持ちになった相手は!」


 沈んだと思ったら、もう気持ちのメーターが上に突き破った。


「酒でも飲んだのか」

「そんなわけ無いでしょ」


 突然、レオフィーナの見た目の素晴らしさを語り出したオルフェノに、モーリンとギガルは顔を突き合わせてヒソヒソと会話をする。


「ちょっと、そこ聞いてるの」

「煩いわね、聞いてるわけ無いでしょ」

「だったら、もう一度最初から話すから今度はよく聞いておいてよ」


 聞いてないと知るやいなや、演説が最初まで巻き戻されてしまった。


「おいモーリン」

「ごめん、やっぱりお酒飲んでるみたい」

「だよな、そうでないと説明がつかんぞ」


 絡み方が完全にたちの悪い酔っ払いになっていた。フラれたショックで頭の中に変な成分が分泌されたのかもしれない。






「すまんかったの、ウチのリーダーが迷惑をかけてしまって」


 オルフェノが去ってからしばらくして、今度はストニがこっそりとやってきた。積み上げられた魔物の死骸に隠れてオルフェノたちには見えない位置取りをする。


「いえ、共同依頼を承諾した私にも責任がありますので」

「そう言ってもらえると助かるわい」


 レオフィーナが謝罪を受け入れたので、ストニはホッとしたようだ。これから相手をすることになる鬼型魔物は数が多すぎる、レオフィーナの協力なくしては乗り切れないとストニはよく理解している。


「あやつはいろいろと幸運を持っておっての、勇者候補になってからは自分の意見がほとんど通ってしまい、断られるということを忘れていたのかもしれぬ」

「私にとっては迷惑な話しですね」


 聖王国ボルケノではストニの曰く、相当に甘やかされてきたらしい。表面的には礼儀正しく見えても、中身はわがまま小僧に知らず知らずになっていた。


 それに不満を持つ者たちもいたのであろう。結果、前回受けたランクA昇進試験でオルフェノたちは妨害されている。


 だからこそ、遠く離れた帝国まで修行の旅をしながら昇進試験を受けにきたらしい。


「巻き込んで申し訳ない、ただ、どうしてオルフェノがお前さんに執着するのか、その理由だけは知っておいて欲しくての」

「理由を知っても私の答えはかわりませんよ」

「理解しておるわい」


 ストニはよっこらせと、適当な所に腰を下ろした。


「そのままでいいから話しだけ聞いとくれ」


 言われるままにレオフィーナは解体作業を続けながらストニの話しに耳を傾けた。


「オルフェノ、あやつには実の姉がおったんじゃ、気立てのよい娘でパン屋を経営する忙しい両親に変わってオルフェノの面倒を見ていたの~」

「またお約束な」


 ベタなお約束を本当にオルフェノは備えている。


「そんなある日、姉はまだ幼いオルフェノを連れて店でパンに使う果物を取りに森へ行ったときのことじゃ、魔物に遭遇してしまっての」

「その魔物に、彼の姉は」


 戦闘経験のない子供が二人、魔物に遭遇したときの末路は決まっている。


「いや、魔物に食い殺されたりはしておらんぞ、その場に通りかかった当時の勇者候補の青年に助けられてな、姉は恋に落ちて駆け落ちしてしまったのじゃ」

「……なんと」


 お約束から外れ、レオフィーナの予想の斜め上を行く展開であった。


「それからじゃ、オルフェノが勇者を目指すようになったのは」


 話しが違う、レオフィーナは先に討伐した先行していた群れを待ち伏せしている時に、オルフェノからどうして勇者候補を目指すようになったかの話しを聞かされていた。


 その時は聞く気が無くて細かいことは覚えていないが、確か困っている人を助けたいとか、いかにも勇者らしい理屈を並べていた。


「そしておぬしはどこかその駆け落ちした姉に似ておる」

「…………」


 オルフェノが口にしていた理由も志も上辺だけだと判明した瞬間であった。


「どうりで言葉に信念を感じなかったわけです。どうしてあなたは、あの少年と行動を共にするのですか?」

「勇者になろうとしたきっかけはどうあれ、他の勇者候補よりはかなりましな部類ではあるし」


 オルフェノでましな方とは、他の勇者候補はどれだけ残念なのであろうか。


「それに、ワシはオルフェノの小さいころからの知り合いでもある」


 ストニはオルフェノの実家であるパン屋の傍に住んでいたらしい。


 オルフェノが勇者になりたいと言い出した時、勇者候補になるための条件などを教えたのもストニであった。


「それだけの理由で」

「お前さんと出会う前はそれなりに勇者しておったのじゃ、今は色ボケの熱を出しておるだけ、あれだけすっぱりフラれたんじゃ、その内元に戻るじゃろう。今回の事をきっかけに心が成長してくれるとよいのじゃが」


 孫を見守る老人のようであった。


 話しが一区切りした所で、レオフィーナも解体作業も終了した。魔物の種類が多く、素材は最悪破棄になってもいいように六黒の影の中に入れ、魔核だけを鎮也から預かった魔法のカバンへと詰め込んだ。


 長い夜が終わり、あたりがぼんやりと明るくなってきた時間。


 渓谷の入り口に魔物たちが姿を現した。

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