第92剣『レオナ単独却下』
二次試験に『鬼型魔物の群れの討伐』を選択したレオフィーナとオルフェノ一行は、オーグルの群れを追跡している遊撃手に冒険者ギルドが用意した転移の魔道具で合流をした。
月が空高く登った深夜、小高い丘からレオフィーナたちはオーグルの大移動を眺める。
「情報では三百とのことでしたが」
「それは二日前の情報ですね、徐々に別の群れとも合流していき、今日の夕方には六百は超えました」
ずっと追跡している遊撃手が最新の情報を教えてくれた。
「六百とな、それはマズイぞ」
あまりの数に経験豊富の魔法使いストニも思わず声を出してしまう。
「そいつぁ、聞いたこともない数だな、俺たちでどうにかなるレベルじゃねぇ」
同じく歴戦の戦士ギガルも余裕を失う数であった。魔物が百匹の群れを作る事さえ珍しいのにそれが六百以上、それもBランクの魔物までも混じっている。
本来群れを作る魔物は低ランクの弱い魔物のはずなのに。
長い冒険者ギルドの歴史でも、五百を超える群れなど数えるほどしか記録がない大惨事だ。
「想定より多すぎるわ、どうするのよ」
「…………」
モーリンがオルフェノにどうするか尋ねるが、彼には返せる答えが無いようだ。
「これは試験のための依頼だったが事態が変わった。君たちは降りた方がいい、すでに冒険者ギルドに伝えている。あなたたちが降りればランクAの冒険団に討伐の指名依頼がでるだろう」
「降りる?」
到着早々、依頼を辞退しろと勧められた。
それをすればレオフィーナやオルフェノたちは二次試験が失格となってしまうが、討伐に失敗した場合は死が待っている状況、遊撃手は生きていれば次の試験が受けられるだろという意見のようだ。
レオフィーナはともかく、オルフェノたちはあまりの数に怖気づいていた。
オルフェノが持つ聖剣を見たいレオフィーナであったが、オルフェノたちが降りるのであれば仕方がないと割り切り、一人で討伐しようと考える。聖剣を見せてもらう機会は今回だけではない、今は目先の目標である金貨稼ぎを優先することにした。
「ランクA冒険団への依頼は待ってください。私は依頼を継続しますので」
「一人であの群れを相手にするつもりですが!?」
「本来そうするつもりでしたので、問題ないです」
一緒に依頼を受けることになったのは、オルフェノが持つ聖剣を確認するためであり、それが無ければ何を言われようとも一人で依頼を受けていた。
「危険すぎます!!」
「私一人なら問題ありません」
オルフェノは考え直すように説得してくるがレオフィーナは聞き入れない、聞く理由がないのだ。レオフィーナには鎮也の剣として誇りがある。たかだか数百の敵を前にして逃げるなどできるわけがない。
「大群は燃やせれば楽なのだが」
それでは素材まで燃やしてしまい、売ることができなくなる。
「レオフィーナさん無謀過ぎます。考え直してください!!」
オルフェノが群れとの間に立ちレオフィーナの前を遮った。いきなりあの大群に突っ込むと思ったのだろうか、足を震えさせながらも断固たる決意を秘めて立ち塞がっている。
「いくら強くても、一人で、それも無策で行くなんて自殺行為です」
「誰が無策で行くと言った」
苦戦する相手ではないが、それでも考えなしに突っ込む気は最初からない。
素材を効率良く手に入れるためにも、作戦は必要になる。
「え、このまま突っ込むじゃ……」
「私がそんな猪に見えましたか」
レオフィーナはオルフェノの前でクルリと進路を変えて群れではなく、これまで追跡していた遊撃手の元へ。
「この周囲の地図を持っているとギルドで聞きました。群れの正確な位置はわかりますか」
「……これです」
先程、依頼を降りろと助言してくれた遊撃手は、あきらめたように群れの移動分布が書き込まれた地図を渡してくれた。
その地図には群れの現在地から進路予測までが事細かに記されていた。
今、レオフィーナたちが見ている群れは本隊のようでゆっくりと移動しているが、先行している五十匹ほどの小さい群れもいた。
本隊は先行する少数の群れを追いかけるように進んでいる。
「どうやら、先行している少数の群れが狩場を探して本隊を先導しているようですね」
「ああ、このまま進めば、後三日で一番近い村が見つかる可能性がある」
三日後、それは二次試験終了の期日でもあった。
「なるほど」
顎に手を当てて思案、どうすれば速やかに討伐できるか。
遊撃手がいる以上、今回の戦いは冒険者ギルドに筒抜け状態、無暗に巨大すぎる力は使わない方がいいだろう。となると、どこか逃げづらい地形に誘い込まなければ逃走された時に追いきれない。
「先行する集団を利用できれば、後ろの本隊を誘導はできそうですね」
地図を睨みながら誘い込めそうな場所を探す。幸い群れの進行方向には渓谷や沼地があり誘い込む場所の候補はいくつもあった。
これならレオフィーナ一人でも殲滅は可能であろう。
「なるほどの、うまく先行の進路を変えられれば後ろも付いてくるかもしれんの」
独り言を魔法使いストニに拾い上げられた。
「六百匹は無理でも、五十程度なら楽勝じゃねえか、最初は三百までなら相手にできる準備をしてきたんだからな」
戦士ギガルも雰囲気を変えるようにわざとらしく大声で乗ってくる。
「崖の先にでも誘導できたら、勝手に全滅してくれるかもしれないわね」
それは流石に都合がよすぎるだろう、神官モーリンが希望と願望を込めた願いを口にする。
「そうかモーリン、僕たちが正面から相手にする必要はないんだ」
「そうよ、依頼は群れの討伐であって、私たちが討伐しろではないわ」
依頼の抜け道を見つけたとオルフェノとモーリンが手を取り合って喜びあう。
「あなたたちは降りたのではないのですか?」
一人でやる気になっていたレオフィーナは勝手に盛り上がるオルフェノたちに訪ねた。
「ありがとうございます。レオフィーナさん、僕たちの考えが至りませんでした」
「何の話しです」
「弱気になった僕たちを勇気づけるために、心にもない事を言ってくれたのですね」
瞳をキラキラさせて手の指を組んで拝んでくるオルフェノ。
背筋にゾクゾクっと悪寒が走った。
「だから何の話しです」
レオフィーナはオルフェノに拝まれるような事をした覚えはない。
「あんな大群に一人で挑むと言ったことですよ、あれは心が折られかけた僕たちを勇者候補だと思い起こさせるための嘘だったのでしょ」
とてつもない勘違いが投下された。
「違います」
即答で否定、本気で一人で討伐するつもりであった。
「わかっています。僕はもう勇者候補である重圧から逃げたりはしません」
キッパリと否定したはずなのに伝わらない。
カナリー以上の思い込み力かもしれない。思い込みが勇者の力にでもなるのであろうか。
カナリーは冒険者ランクという看板に視野が狭くなっていたが、このオルフェノという少年は勇者候補という看板に視野を狭めているのかもしれない。
群れ討伐作戦は決まった。
先行している五十匹の群れを挑発誘導して、近くの渓谷に本隊を誘い込み片側を塞いでからの討伐となった。
モーリンは渓谷全体を崩して群れ全てを埋めてしまえと提案したが、渓谷全体を崩すなど常識的ではない上に準備する時間もなかったので却下された。
渓谷に誘い込んだあとは、用意した魔道具やストニの魔法で殲滅することになっている。
監視役も兼ねている遊撃手に確認を取ると、依頼書の通り、三百匹を討伐できれば試験クリアとのお言葉も頂いている。
ダメ元で、レオフィーナは三百を個人で討伐したいと訴えたが却下されてしまった。
「大丈夫レオフィーナさん、僕たちはもう逃げようとなんて思いませんから」
思って欲しかった。
挑発役はレオフィーナと本人の強い志願でオルフェノの二人が担うことになった。
「どうしてこんなことに」
レオフィーナはオルフェノと共に先行の群れを迂回して先回りし進路上で待ち構えていた。
ストニが立案した作戦に勝手に自分も組み込まれていることにレオフィーナは理解に苦しむ。
「行動方針を多数決で決められては逆らいようがない、まさか私自身が巻き込まれ的なお約束に巻き込まれるとは」
共同で依頼を受けてしまったので別行動を取ることもできない。
共に行動する者たちとの認識の違いがここまで足を引っ張られるとは、レオフィーナは本気で単独での殲滅を狙っていたのだが誰も信じてくれない。
「もしかしたら、マスターをいつもお約束でからかっている罰が当たったのでしょうか、帰ったらもう少しマスターに優しくしましょう」
一人で別の集団と行動を共にして気が付く、何も言わずに自分の行動を理解してくれる存在がどれだけありがたいか。
鎮也ならレオフィーナが一人で殲滅すると宣言すれば「任せる」の一言で了承してくれる。それはレオフィーナの実力を正確に理解し信頼してくれているから。
「レオフィーナさん、一緒に頑張りましょう!!」
レオフィーナと一緒の配置になってテンションマックスのオルフェノ、そのやる気に吸い取られるようにレオフィーナのやる気が下がっていく。
「戦いを前にここまで気持ちが沈んだのは初めてかもしれません」
「大丈夫です。任せてください、どんな事があっても僕がレオフィーナさんを守ってあげますから」
幻覚ならいいのだが、レオフィーナは頭痛までしてきた気がする。気持ちを沈ませる原因の中枢に心配されてしまった。
肩に止まっている鴉の六黒が頑張れと励ますようにカーと鳴いてくれた。
その声援を支えにレオフィーナはオルフェノの背中に背負われた包みを見つめる。聖剣だと思われるそれはまだ魔力を帯びた布に包まれていてその姿を確認することができない。
「もうすぐ敵が来ます。あなたは聖剣を抜かないでいいのですか」
敵が見えればオルフェノも剣を抜くはず。
あと少しだ。
せめて聖剣が鎮也の聖雷剣であるのか確認するまではと、気力を振り絞って沈んだ気持ちを浮上させる。
「まだ抜きませんよ」
しかし反ってきた答えは非情であった。
「僕の聖剣は一撃必殺なので、抜くのは戦いのラストだけです」
「た、戦いのラスト……」
まさにお約束な勇者の剣。
頭痛の次は立ちくらみに襲われた。
傾く体を六黒が激し翼を動かして支えてくれた。
「マスター、祈っていてください、私は必ずあなたの元に帰ります」
ある意味、オルフェノは過去に戦ったどんな敵よりもレオフィーナの心にダメージを負わせた存在かもしれない。




