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第86剣『咲耶の二日宣言二日目』

 遠くから聞こえた遠吠え、咲耶がこれまで聞いたのとは別の魔物のモノだ。


「ヤマト」


 咲耶はヤマトを呼び戻し刀へと戻した。


 鞘を帯に差し込み、得意の居合の構えではなく刀を鞘から抜いて刃を反し峰打ちの構えで待ち受け、神経をつま先に集中させ大地から伝わってくる振動で相手を探る。


 一次試験の時にも隠れているティラノレパードを見つけた地面の振動を感知する土魔法だ。


「大きい、あたりかな」


 数は先行する一頭と、その後ろから距離をあけてゆっくりと近づいてくるもう一頭。


 先行の一頭はまっすぐに咲耶へと向かってきていた。


「トルナードさがって」


 指示通りに下がったトロンバトルナードは自主的に素材や魔核が積まれた馬車の守りについてくれた。


 咲耶が戦闘態勢に入ったことで、罠を仕掛けていた男たちも動きを変えた。ある程度の設置はできたようで、彼らも捕縛態勢を取った。この切り替えの早さはさすがランクBの冒険団と言えるだろう。


 魔物の足音はもう耳で聞こえるほどに近づいてきていた。


 咲耶は気配を殺し、周囲の木々と同化して接敵する瞬間を待つ。


 だが、あと一歩、木々の間から頭を二つ持つ黒い影が見えた瞬間、咲耶よりも早く男たちが動いた。


 男たちは持ち込んだ皮の袋を一斉にナイフで破ったのだ。

 辺りには焼肉の匂いにも負けない甘い香りが漂う。


 あと一歩で咲耶の間合いに入るところで魔物は方向転換、男たちが仕掛けた罠へと突進する。


「ちょっと!」

「悪いな姉ちゃん、この獲物は俺たちがもらうぜ!」


 破いた皮袋を投げ捨てる男たち、あの皮袋に詰められていたのは魔物寄せ香と言い、咲耶たちが飛び越えた百二十年の間に開発された道具であった。


 時間の壁という、思わぬ敵に足元をすくわれてしまった咲耶。


 現れた魔物は捕縛対象である濃い灰色の毛並を持つ多頭犬オルトハウンド、してやられた形となる。


 突進してくるオルトハウンドに捕縛用の鎖を装備して待ち受ける男たち、両者が激突する直前でオルトハウンドの足元が陥没した。


 男たちの中にいた魔法使いが土魔法を使いあらかじめ落とし穴を作っていたのだ。それほど深くはなかったが転ばせるには十分、動きが止まったところで一斉に捕縛用の鎖を投げつける。


「魔力をケチるな、全力で流し込め!!」

「首を押さえろ、両方だぞ!」


 意思をもった蛇のようにオルトハウンドの体に巻き付き、動きを封じていく。


 連携の取れた動きで捕縛していく男たち、鎖はどうやら魔道具のようで、流し込んだ魔力の量で締め付けの強弱が付けられるようだ。


 さらに魔法使いがまた土を操り陥没した地面を固めて四肢を封じ、さっきのとは別の皮袋を取り出すと切れ目を入れてオルトハウンドの鼻へ投げつけた。


「おおかた痺れ薬か眠り薬ってところかな」


 あの皮袋も咲耶の知らない道具だったが、使用方法から道具の効果に当りをつけた。オルトハウンドの目がうつろになっていくことから眠り薬のようだ。


 もう、このオルトハウンドの捕縛をあきらめた咲耶は、もう一頭の方へと狙いを切り替える。


 残った一頭は気配を殺して慎重に近づいてきている。それも咲耶の方ではなく、現在進行で大捕り物をしている男たちの方だ。


「助ける気?」


 咲耶が相手の動きを推測する。どうやら当りのようで、狙いを定めた矢のように男たち目掛け一気に加速した。


「危ない!!」


 警告を飛ばすが男たちは聞く耳を持ってくれなった。


「うるせぞ姉ちゃん、コイツはもう俺たちの得物だぜ!!」


 横取りしたことに文句をつけていると取られてしまった。


「いいから、鎖を放して逃げなさい!!」

「誰が放すかよ!」


 無駄とわかっていても叫んでしまったが、やはり聞き入れてはもらえなかった。


 もう間に合わない、森から飛び出したもう一頭の多頭犬オルトハウンド、月明かりに映し出されたその姿は白い毛並の立派な体格をしていた。


 大きさは灰色の個体より大きい。


「な、もう一頭だと!」

「逃げろ――」


 白い砲弾となった白いオルトハウンドは、勢いを付けた前足で男たちを吹き飛ばす。


 さすがはランクBまでになった冒険団というべきか、ギリギリで全員致命傷だけは防いでいる。


 しかし、捕縛していた灰色のオルトハウンドも白い個体に叩き起こされ脱出さえてしまった。二頭同時に相手をしなければならなくなったが、男たちにそんな余力は残っていない。


 二頭で四つの顔が男たちを睨み付ける。


 勝敗は決した。


「……ちくしょう、ここまでか」

「結局ランクAにはなれなかったな……」


 あきらめた男たちは、気力を失い立ち上がろうともしない。


 そんな男たちの前に夜空のような漆黒の髪をなびかせた咲耶が、三日月のような刃を持つ海軍刀ヤマトを携え舞い降りた。


「そっちが、あきらめたのなら、この二頭は私が相手してもいいよね」


 取り出した赤い紐状のリボンの片側を口にくわえて、長い黒髪を肩口で一纏めにする。咲耶が本気を出す印だ。


 八つの瞳が全て咲耶に集中する。


 オルトハウンドたちも咲耶が一番の強敵だと認識したようだ。


 先に動いたのは二頭のオルトハウンド、左右から無数の牙が咲耶に迫る。それを下がるのではなく、前にでた咲耶は素早く二頭の間をすり抜けて交わす。


 先程まで咲耶の立っていた場所は凶悪な牙によって穿たれた。


「Bランクの中で上位だね」


 弾かれたように振り返るオルトハウンドたち、三メートル近い巨体なのに、動きはティラノレパード並かそれ以上であった。


 特に白いオルトハウンドの方は、もうAランクと言われても信じてしまいそうなほどの力と速さを持っている。


 今度は同時に地面を蹴って激突する。夜空の下、交錯する三つの影。


 迫る爪をやり過ごし、刃を反して峰打ちを首筋に叩き込むが意識が刈り取れない。


「二つ頭があるから、同時にやらないとダメなの」


 一つの意識を刈り取っても、もう一つが起きているため動きは止まらず、動いている内にもう片方が正気に戻ってしまう。


「やっかいだね」


 依頼内容はなるべく傷つけない事、できても一回の治療で治る程度。


 この条件がなければ決着はとっくについているのだが。


 刀使いとしての誇りから、できるなら刀による決着を付けたかった咲耶だが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。


「クレイク」


 咲耶はこだわりを捨て魔法を解禁、地面を陥没させる自分のスキル『土魔法』を使い。


「スプリンズ」


 今度はヤマトのスキル『水魔法』を使って水を沸きあがらせ陥没させた土と混ぜて即席の沼を作った。

 沼に魔力を流し込んで粘り気のある粘土へと作りかえる。


 強くし過ぎるとおぼれさせてしまうので加減が難しい。


「やっぱりだめか」


 二頭は沼の拘束を破り地面へと這い上がる。


 レオフィーナほどでもないが咲耶もまた手加減が苦手であった。人間相手なら峰打ちで十分なのだが、大型の魔物、それも一定以上のレベルを超えた魔物相手では手加減が難しい。


「しかたがないかな」


 咲耶はあまり使用したくない最終手段を使うことにした。


「鎮也くんには二日で帰るって、見栄を切っちゃたし」


 咲耶にとって自身の誇りよりも、鎮也との約束の方が大切であった。


「苦手なんて言ってられない」


 ヤマトを鞘に戻して帯から抜くと、垂直に突き立て柄に両手を添えて仁王立ちする。


「気おつけ!」


 咲耶が背筋を伸ばしたくなるような鋭い号令を飛ばすと、なんと二頭のオルトハウンドが動きを止めた、そして、後ろであきらめムードを漂わせていた六人の男たちも一斉に立ち上がり姿勢を正す。


「あ、そっちはかしこまらなくていいよ」


 楽にしていいと許しを出すと、男たちは糸の切れた操り人形にようにその場に座り込んだ。


 何故咲耶の一言でこの場にいる全員が『気おつけ』をしたか、それは海軍刀ヤマトのスキル『軍属化』を使用したからである。


 テイムダガーシリーズの元となったこのスキルは、倒した魔物などを自分の軍属化にできるスキルであり、勝負に負けていなくても、心のどこかで使い手に適わないと感じた時点で効果が発揮できる。


 対面しているオルトハウンドもこれまでの戦いで咲耶の方が実力が上だと感じ取っていたようだし、男たちは、咲耶にはかなわないと実感させられていたためスキルの効果を受けてしまったのだ。


「さて、あなたたちは私の軍門に下るか、あるいはこのまま戦い続けるかの選択肢をあげるわ。どちらかを選べ」


 できる限り偉そうにそして軍人っぽく言え、それがこのスキルを使用する上で鎮也が設けた制約であった。


 咲耶がモデルとなった作品『桜花の祀り』では祖父が軍人ではあるのだが、咲耶はどうも偉そうな軍人口調が苦手であったため、ヤマトの使用回数は多くても、このスキルはあまり使ってこなかった。


「どうする。これ以上の戦闘を望むか」


 オルトハウンドたちは迷っているようで答えが返ってこない。


「無回答は戦闘継続と取るぞ、そして次の戦闘からは私も刀の刃を反して戦おう」


 本当は戦いたくない咲耶、倒してしまっては依頼達成にはならないのだ。しばらく見つめ合い、オルトハウンドが降参するのを待ったが、そのそぶりは無い。


「ダメか」


 やはりまだ直接の決着が付いていないので、なかなか降参させるまでにはいたらない。


「仕方がない、戦闘継続と行こうか」


 何とか無傷で負けを認めさせなければ。


「あ、あの、姉さん、いえ隊長」

「たいちょう?」


 戦いを再開しようとしたら、後ろからとても恐縮した男に声をかけられた。


「意見具申します」


 振り返れば六人の男が整列して立っていた。


「え、えっと、あなたたちを軍属化した覚えはないんだけど」

「我々は志願兵であります」

「ぜひ、隊長のため力を使わせてください」


 全員が咲耶に向けて敬礼をする。


「この世界で敬礼をはじめて見たかも」


 敬礼に対してどうでもいい感想を持ってしまった。


「相手は軍門に下らずとも、身動きは取れない様子、今の内に我々の鎖で捕縛してはどうでしょうか」

「え、ええ?」


『軍属化』はあくまでも魔物相手のスキルであったはずなのだが、男たちの方が完全に咲耶の軍門に下ってしまっていた。


「でも、私は報酬が必要だから手を借りるわけには」


 協力すれば報酬を分けなければならない、金貨千六百枚が必要ないま、有難い申し出はあったが受けるわけにはいかない。


「もちろん、我々はあなたの軍門に下ったのです、報酬は全部隊長が貰ってください」

「我々はすでにランクAへの昇進をあきらめております」


 これはもう軍属化ではなく洗脳に近いのではないかと考えさせられる。


 結局無傷で捕縛するには、彼らの手を借りるのが一番だと判断した咲耶は彼らと一時的に手を組むことにした。


 これなら鎮也と約束した通りに二日で帰れるから。


「これはあくまでも一時的な協力だからね」

「「「「「「一生付いていきます(もちろんです)」」」」」」


 言葉のニュアンスがおかしい気がした。


 こうして予定通りに二日で帰れる事にはなったが、スキル『軍属化』は咲耶にとってさらに苦手なスキルになってしまった。

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