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第85剣『咲耶の二日宣言一日目』

 ランクA昇進一次試験が終わった翌日の早朝。


 鎮也の帝都屋敷では二次試験のため咲耶が出発しようとしていた。


「それじゃ鎮也くん、ヤマトとトルナード借りていくね」

「おう、気を付けていってこいよ、期待して待ってるぜ」


 鎮也の応援こそが咲耶の何よりの力になる。


「うん期待してていいよ」


 嬉しそうに頷いた咲耶は気合を入れて手綱を握りいつもの黒い着物に緋袴をひるがえし馬車へ乗り込んだ。


「今日と明日、二日で終わらせて帰ってくるから」


 鎮也、レオフィーナ、アリア、トレイシアにネコット、そして総勢六十人の新たに加わった使用人たちに見送られ咲耶は馬車を進ませた。


 ここまでの大勢に見送られるのは初めてなので咲耶は少しだけ違和感がしたが、これからはこれが当たり前の日常になっていくのかもしれないとも感じた。


「いってきます」


 見送ってくれる鎮也たちに手を振る。


 二次試験のための準備は昨日の内に終わらせていた咲耶は余計な荷物をしょいこんでしまったレオフィーナと違い身軽である。


 用意した物は捕獲用の檻二つとそれを乗せるために馬車二台を列車のように連結させたモノ、鎮也が魔改造した馬車に屋敷にあった適当な材料で作った檻を乗せただけのお手軽さ、普通の馬なら重くなりすぎて引くことはできないだろうがトロンバトルナードなら楽勝で引くことができる。


 後はおびき寄せるエサを森の屋敷からアリアに適当に狩ってきてもらい。自分の食糧を用意しただけだ。


 内壁の門をくぐり、まだ人もまばらな大通りをトロンバトルナードがパカパカと進んでいく。


 連結馬車という奇妙なモノにすれ違う人が多少驚く程度で、問題なく外壁の門に到着すれば、咲耶と同じように今から出発しようとしている一つの冒険団がいた。


 それは咲耶と同じ一次試験を突破した冒険団であった。彼らは三台の馬車を用意してそれぞれに立派な檻を乗せている。咲耶のように連結はさせずそれぞれに御者を担当する冒険者が乗っていた。


 この冒険団の人員は六人、一次を突破した集団の中で一番頭数が多かった。


 向こうも咲耶の存在に気が付き、並走した咲耶にリーダーの男が話しかけてくる。


「よう、姉ちゃん、まさか本当に一人でこの依頼を達成するつもりなのか」

「おはようございます。ええ、一人でやりますよ」


 Bランクの魔物の捕縛程度なら、それほど難しいと咲耶は思っていない。


「ギルドに噂になってことはホントかよ」


 昨日の受付でのやり取りは噂になっていたらしい。

 あの勇者候補の青年は悪い意味で目立っていた。一度きりとはいえ依頼を一緒にしなければならないレオフィーナの心労が少しでも軽くすむように祈るばかりである。


「今回の標的、オルトハウンドに付いては調べてるんだよな」

「もちろん」


 楽な相手と分かっていても下調べもしないで捕縛に行くほど油断はしていない。


 仲間には物知りのトレイシアがいる。ギルドで一通りの調べをしてから彼女にも詳しい話しを聞いている。


 多頭犬オルトハウンド、体長は二メートルから三メートルほど、二つの頭を持った犬型の魔物であり肉食。群れで行動するときもあればハグレになり一頭で行動する時もある。


 今回の捕縛地点は帝都から馬車を全力で飛ばせば一日掛かるか掛からないかの場所、往復で二日と考えると試験期限は残り三日、実質捕縛に仕える時間は一日しかない。


「いくら姉ちゃんが強くても一人でできることは限りがあるぜ」


 当然のことそれくらい咲耶も承知している。


「姉ちゃんさえよければ俺たちが手を組んでやってもいいぜ、あんたの腕なら用心棒としては最適だからな、捕縛は俺たちがやってやる。悪い取引じゃないだろ」


 半分の善意と半分の企みといったところか、嘘はついていないが本心もすべて話していないと、咲耶のスキル『嘘探知』が教えてくれる。


「申し訳ないけど、私は一人の方が動きやすいから」

「そうかい」


 向こうも誘いに乗れば儲けモノ程度に考えていたようだ。咲耶が断ってもそれほど動揺したりはしない。


「やっぱりな、俺たちはこれで五度目の昇進試験なんだか、前にお前さんみたいなソロで簡単に試験クリアしていく奴を見たことがある。あんたはそいつと同じ匂いがするから、本当に一人でこなしちまうかもしれないな」


 過去にソロでランクAになった冒険者がいる。


 それは面白い情報かもしれない、もしかしたらその人物は聖雷剣を使用した可能性もあるから。


「でも、組まねえなら敵同士だ、こっちは数の力を使わせてもらうぜ、捕縛上限は無いといっても、相手も無限にわくわけじゃないからな!」


 男はそういうと、仲間に指示を出し馬車を加速させた。獲物は早い者勝ちだと。


 三台の馬車が咲耶の前を高速で走り去っていく。


 連結した馬車を引いている咲耶はスピードが出せないと見て、先行して咲耶より先に捕縛してしまおうと考えたのだろう。


 だがそれは間違った判断だ、速さ勝負ならトロンバトルナードが負けるはずがない。


「トルナード」


 鞭を入れることなく、名前を呼ぶだけでトロンバトルナードは加速した。


 引き離された三台の馬車に一気に追いつくと、簡単に追い抜いた。


「何だその馬車は!?」


 空の檻を乗せた馬車が、連結した異質な馬車に追い越される。


「何してる、追い越せよ!!」

「これ以上は早くならねぇよ!!」


 男たちが罵り合い、馬車を加速させようとするが、あちらはすでに最大速度であったようだ。ちょっとしたカーブで内側の車輪が浮かび上がっている。あれ以上速度を出せば横転してしまうだろう。


 男たちが悲鳴を上げながら内側に体重をかけて何とか横転をこらえている。


「トロンバ、馬車が壊れないように適当に行っちゃって」


 一方の咲耶側は、馬車のことを気遣いながらの加速であったのに、グングンと後続を引き離していった。鎮也の魔改造馬車は、見た目はボロだがカーブでも安定してクリアしていく。


「どうなってるんだ、あの馬車は」


 そのまま、休憩もはさむことなく走り続けたトロンバトルナードは急いでも一日はかかる距離を半日で走破した。






 捕縛対象がいる薄暗い森の前。


「お疲れ様」


 到着した咲耶は頑張ってくれたトロンバトルナードを労い、捕縛のための準備を始めた。


 多頭犬オルトハウンドは他の犬型魔物と同じように夜行性らしく、昼間は寝床で寝ているらしい。


 本当なら、その寝床を見つけて睡眠中に捕縛してしまうのが調教師見習いのトレイシアから聞いた安全で確実な方法なのだが、寝床を探すには時間が無さ過ぎるので咲耶はおびき寄せ作戦を選んだ。


 昨日のうちに森の屋敷の前にある森から、アリアに狩ってきてもらった牛型の魔物の肉を馬車からおろし、香ばしいタレをかけて豪快に丸ごと焼き始めた。


 ほどなくして、辺りには食欲を刺激するタレと焼肉の匂いが漂い出す。


「うん、こんなところかな、トルナードお願いね」


 いい感じに肉が焼けてきたところでトロンバトルナードはスキル『風魔法』でそよ風をおこして肉から立ち昇る匂いを森の中へと送り込んだ。


 ほどなくして犬型の魔物の群れが森の奥から姿を現す。


「討伐Dランクの牙鋏狼シザーウルフか」


 目的の魔物ではなかった、オルトハウンドよりも二回りほど小さい。


「でも、鋏型の牙は売れる素材だったはずから、鎮也くんのために狩らせてもらうよ」


 においに釣られて森から出てきた魔物たち、焼かれた肉と咲耶を発見した魔物たちは、牙をむき出しにして襲いかかってくる。


 腰を落として居合いの構えを取った咲耶はシザーウルフを迎え撃つ。神速で鞘から放たれるヤマトの刃が魔物たちと衝突する。


 こうして咲耶は日が暮れるまで匂いに釣られてやってくる魔物を片っ端から狩っていった。






「…………なんだこりゃ」


 咲耶と同じ依頼を受けた冒険団が到着したのは日が沈んで少ししてから、到着した彼らが目撃したものは連結した馬車の一台に積み上げられた魔物の素材と隣にある解体前の魔物の山であった。


「遅かったね、こっちはもうはじめてるよ」

「お、おお……」


 はじめているって何をと冒険団の男たちは思ったに違いない。


 今回の依頼は捕縛であったはずである。なのに馬車に積まれているのは大量の魔物の素材であった。


「この魔物たちは?」

「目標をおびき寄せようとしたんだけどね、釣れるのが別の魔物ばかりで」


 咲耶も当然、ずっとオルトハウンドが現れるのを待っている。


 もっとも素材確保も同時にできると考えた方法なので今の所は想定外ではない。


 ある程度魔物を倒した時点で、咲耶は剥ぎ取り作業に専念して、匂いに釣られてやってくる魔物は馬のトロンバトルナードと狼に戻ったヤマトが狩っている。


 すでに咲耶が持ってきた馬車の一台は魔核と素材だけで一杯になっていた。


「目算だけど、これだけ金貨三百枚くらいはあるかな」


 馬車に積まれた魔核にはこれから捕縛するオルトハウンドと同等の討伐Bランク級の物も無造作に積まれていた。たった一日集めた素材で得られる報酬を大きく上回ってはいるのだが、目標の金貨千六百枚にはまだまだ足りていない。


 もうひと頑張りと、新しくヤマトたちに積み上げられた魔物を解体しようとした咲耶は、ふとこちらを見たまま固まっている男たちに気が付いた。


「そっちは準備しなくていいんですか?」

「え、じゅんび? あ、ああ、準備だ、おい、準備だ」


 男たちは自分たちの目的をようやく思い出したようで、馬車から降りて捕縛のための準備を開始する。


「もう夜だし、そろそろ出てきてくれないと帰りが遅くなっちゃうな」


 咲耶は宣言通り、明日には鎮也の元へ帰るつもりでいた。


 森から大きな遠吠えが聞こえたのはこのすぐ後のことである。

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