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第79剣『試験前のできごと』

 帝都冒険者ギルド本部所有の第一訓練場。


 二カ月に一度、この場所はランクA昇進試験のため貸切りとなる。


 あと少しで開始される試験に合わせてランクBの冒険者たちが集まり試験開始の時を待っている。その数はおよそ三十人、いくつかのグループに分かれて固まっていた。


 この昇進試験を受けに来ている者たちは殆どが冒険団ごと参加しているようだ。

 ソロは一人もいない、コンビで参加しているのも咲耶とレオフィーナだけであった。それ以外は最低でも四人以上の集団になっている。


 ここにいる全員が一流とされるランクBであり高レベルの冒険団たち、これからライバルになるであろう自分たち以外の冒険団の戦力を探ろうと牽制し合っている。


 だがそんな雰囲気を気にすることもなく、咲耶は観客席を眺め鎮也たちを探していた。


「サクヤ、一人浮いていますよ」

「ああ、うんごめん」


 咲耶は視線を客席から外した。


「これから試験です。油断していると思わぬミスを誘発しますよ」

「そうだね、今は試験に集中しよう」


 咲耶は腰に提げている鎮也から借り受けた海軍刀ヤマトを確認してから、赤い紐状のリボンを取りだし長く黒い髪を肩口で束ねる。これは咲耶が本気で刀を扱う時だけにする行為だ。


「本気モードですね」

「当然、鎮也くんのためにも落ちるわけにはいかないからね」


 そんな咲耶に影響されてレオフィーナも自身の鎧の確認をする。


 剣を振るうことを主目的にした青い軽装鎧(ハーフプレート)、利き腕である右側の肩から下は動きを重視して装甲は一切なく、逆に左側だけが防御力の高い手甲になっている左右非対称の鎧。鎮也がレオフィーナのために希望を最大限に取り入れて製作した一品モノであり、彼女の宝でもあった。


「マスターたちはまだのようですね」

「まだ来てないね。シアさんたちが一緒できてないってことは、行った武器屋で聖雷剣でも見つけたのかな」


 暴走はしても約束はほぼ守ってくれる鎮也の姿がない原因を推測する。


 今度は客席をチラリと見るだけに留める咲耶。


 客席の前列から中央まではもう埋まっている。鎮也たちが座るとすれば最後列しかないので探すのは簡単になっていた。


「そのことですが咲耶、ここには冒険者の中でも高位ランクの者たちが集まっています。そのような連中なら聖雷剣を持っている可能性があると思いませんか?」


 聖雷剣は駆け出しの冒険者が買える金額の剣ではない、買えるとすれば一流以上の冒険者、そしてここにはそのような連中が集まっている。


「そうだね、そうだよ、可能性あるね」


 どうしていままで気が付かなったのだろうか。


 進級試験は二カ月に一度、首都の冒険者ギルド本部でしか執り行われない、つまり帝国内で活動する一流と評価されるランクBの冒険者たちが集まっている。


 遅ればせながら咲耶たちは周囲の冒険者たちの観察を始めるのだが。


「みんな警戒して武器を隠してるね」

「そうですね、刃どころか柄すら見えません。出しているのは私たちくらいですよ」


 レオフィーナが同じく鎮也から借り受けた陽翼剣オジロの柄に手をかける。柄さえ見えればレオフィーナたちだけでも聖雷剣かどうかは判断できるのだが。


 他の受験者たちの多くが外でもないのに頭からすっぽりと体を隠す外套をまとっていた。


「聖雷剣探しは、試験がはじめってからじゃないとダメだね」

「それしかありませんね」


 咲耶たちが情報を探るのをあきらめると、一つの集団が近づいてきた。


「や、やあ、君たちは昇進試験を受けるのは初めてのようだね」


 なぜか緊張した面持ちの青年がレオフィーナに声をかけてきた。


「お約束パーティー」


 レオフィーナがぼそりとつぶやいた。


「何か?」

「いえ、何でもありません」


 お約束パーティーとレオフィーナが言ってしまった理由は、その近づいてきた集団が四人組で話しかけてきた青年は体こそ外套で隠しているが額には宝石がはめ込まれたサークレットに背中には豪華な装飾が施された長剣、典型的で古典的な勇者ルックであり。その仲間たちも、勝気そうな神官少女に、厳つく酒がすきそうな中年戦士、細身で初老の魔法使いと一昔前の勇者一行のようであったのだ。


「私たちに何か用か?」


 知り合いではない。

 

「え、えっと、あの」


 しどろもどろでうまく言葉が繋げない青年に変って隣にいた神官の少女が前に出てくる。


「見るからに情報も収集していないおのぼりさんが、あまりにも哀れそうだったから、オルフェノのお節介が発動したのよ!」


 神官少女がレオフィーナに噛みついてくる。オルフェノとは勇者ルックの青年のことであろう。彼女はオルフェノが別の女性に声をかけたことが気に入らないらしい。


「おいモーリン、そんな言い方はないだろ、困っている人を助けるのは当たり前じゃないか」

「オルフェノだからってこれから試験なのよ!」

「どんな時でも僕の行動は変らない、僕たちは困っている人を助けるために旅をしているんだろ」


 別に咲耶もレオフィーナも困ってはいない。


「もうしらない、勝手にしなさいよ!」

「ありがとう、やっぱり優しいねモーリンは」

「ちょっと、勘違いしないでよ、私は怒って勝手にしなさいって言ったの!」


 顔を真っ赤にして抗議する神官少女モーリン。


「これがツンデレ、実在していたのですね」


 そしてレオフィーナはこの光景を見て感動していた。知識としては知っていたが、実物を見るのは初めてであったのだ。


 咲耶方はいきなりの展開に付いて行けていない。彼らとの会話はレオフィーナに任せようと一歩下がった。


「モーリンからの許しをもらえたので改めて、僕はボルケノ聖王国から旅をしてきたオルフェノ、半年前にランクBに昇進して今日で試験を受けるのは二回目なんだ」


 ランクAの昇進試験は冒険者ギルド本部でしか開催していない、そしてギルド本部は各国の首都に一つだけ、冒険者にとって所属する国などないので、ランクBならどこの首都でも受けることができる。


 ボルケノ聖王国の名は咲耶もレオフィーナも聞いたことがないので百二十年前には存在しなかった歴史の若い国なのだろう。


「前回の試験、初めての時は、新参者への洗礼をまともに受けてしまってね。合格は出来なかったんだ」

「まわりがオルフェノの才能に嫉妬しただけよ」


 腕を組んでフンと鼻を鳴らすモーリン。


「勇者候補だからってオルフェノを目の敵にして信じられない、だいたいどうして外套で武器とかを隠さなくちゃいけないのよ、隠さなきゃ試験を受けられないんなんて自分の腕に自信がない証拠じゃない!!」


 モーリンは以前に受けた試験の時のことを愚痴っているのだが、周囲にいる外套姿の冒険者たちから睨まれる。彼らに対しても腕に自信がないと言っているのと同じことだと気が付いていない。


(巻き込まないで欲しいんだけど)


 回りの見えていないモーリンに咲耶はため息をついてしまった。


「モーリン、前のことはもういいよ、あの時はまだ実力が足りなかったんだ。ランクBになってから四カ月でランクAの昇進試験を受けるのは早すぎたんだ」

「そうですか」


 咲耶たちはランクBに昇進してからまだ一カ月もたっていないが、話したら間違いなくモーリンに噛みつかれる。


「でも僕たちは一度経験したことには変わりないからね、君たちにアドバイスをできると思うんだ。一次試験がどのようなモノか知っているかい?」

「いえ、知りませんが」


 昇進試験が一次と二次に分かれていること以外何も知らない。

 レオフィーナは隠す必要もないので素直に答えた。百二十年前にランクAになった時は試験などなかったから。


「それは、言いにくいけど自分たちの力を過信しすぎじゃないかな、君たちは二人のコンビのようだけど武器の腰の剣だけのようだね、それでは試験のクリアは不可能だよ」


 はっきりと断言されてしまった。


「どうしてでしょうか」

「一次試験は試験管の采配に任せられているからじゃ、一次では二次を受ける者を選ぶふるいのようなもの、力技だけではどうしようもない問題が出されるそうじゃ」


 オルフェノではなく細身の魔法使いが答えた。


「それに今回は道具の持ち込みが許可されておる」


 申し込んだときに咲耶たちも道具の持ち込むは自由と説明を受けていた。手で持ち込めるものなら何でもOKだと、それでも咲耶とレオフィーナが持ち込んだのはそれぞれ鎮也から借りたヤマトとオジロだけである。


 他の集団は外套を膨らませて何かを下に仕込んでいるのは明らかだ。


「これは冒険者のトップになるための試験だからの、いかなる不測の事態に陥っても対処できる能力も求められているのさ、もしかしたら、このまま一週間ここから外に出ずにすごせと言われるかもしれないの」


 初老の魔法使いの話しがどこまで本当かはわからないが、一週間という単語に二人の従者が反応した。


「それは少し困りますね、サクヤ」

「そうだね、ちょっと困るね」


 食料品など一切持ち込んでいないが、それ以上に鎮也から長い間離れると情緒不安定になるのは以前に経験して判明しているので避けたい二人、食事に関しては擬人化していればお腹がすいてしまうが、最悪、どちらかが剣に戻って交代で過ごせば一週間ぐらい持つだろう。


「もしよろしければ、僕たちの食料を分けることもできるけど」


 困ったと言ったことを別の意味で解釈されてしまった。


「ちょっとオルフェノ、それはお節介すぎるよ、彼女達も初回の洗礼は受けるべきよ!!」

「モーリン、それじゃ他の卑怯な人たちと一緒になってしまうじゃないか、僕は試験まで卑劣な手を使う人たちと同じにはなりたくない」


 かっこいいことを言っているのだが、周囲の視線に敵意が含まれ始めた。一緒にいる中年戦士は楽しそうに笑い、細身の魔法使いはやれやれと肩を落としている。


「どうぞ遠慮なく受け取ってください」


 まだ一次試験が長期戦になるとも決まってない段階から食料を差し出してくれた。

 気持ちは嬉しいが、これを受け取る理由がなかった。


「いえ、申し訳ありませんが食事に関しては遠慮させてもらいます」

「何故です、困っている人をか弱き女性を助けるのが僕の指名なんです」


 ランクBの称号を持っている冒険者に対してか弱いと言ってくるオンリーワンなワールド感を持つ勇者候補くん。


「そっちの方面のお約束勇者ですか」


 正義感が強すぎて回りが見えないタイプの自己中心者。


「そんな僕はまだ勇者になれると約束はされていませんよ、あくまでも候補の一人です」


(話しが咬み合ってない)


 褒められたと勘違いした勇者候補のオルフェノは顔を赤くして照れている。中年戦士はオルフェノの受け答えに腹を抱えて笑うのを必死でこらえている。それをモーリンが脛を蹴って怒る。彼女は神官よりも格闘家の方が性格的に向いていそうだ。


 この勇者候補集団と一緒にいるとマイナスしかなさそうなので咲耶もレオフィーナも離れたいと思い始めたのだが、開始を待っている動きのない空間では中々に離れるきっかけができない。


 そんな時、受験者用の入り口から一人の男が入ってきたのをレオフィーナが気づく。


「おや、サクヤあちらを」

「鎮也くんが来たの?」

「いえ、名前は忘れましたが知った顔が来ましたよ」


 集合時間ギリギリにやってきた参加者、それは一昨日冒険者ギルドでからんできた『真紅の秩序スカーレッド・オーダー』所属の男であった。


「たしかビンザスだったかな、そう言えば試験を受けるっていっていたよな」

「他の真紅のメンバーは受けないのですかね」


 団長代理のカナリーを除いたレフティアで会ったメンバーは全員がランクBのはず。受けていても不思議ではないが、咲耶やレオフィーナの探知には知り合いの気配はこの中にはいなかった。


 でもオルフェノから離れる口実には使えそうだと咲耶とレオフィーナはアイコンタクトを交わす。


「すまない、知り合いがいるかもしれない事を思い出した。これから探すので失礼させてもらいます」

「え? あ、あの――」


 ここには居ないルーシアたちを理由にこの場を離れようとするレオフィーナ、だがオルフェノは呼び止めようとする。


「何か」

「お名前を伺ってもよろしいですか?」


 頬を赤く染めどこか緊張した面持ちのオルフェノが名を訪ねてきた。

 モーリンは隣で頬を膨らませて不機嫌になりレオフィーナを睨み付けてきた。


「…………レオフィーナです」


 名乗られてはいたが、名乗っていないことに気が付いたレオフィーナは、モーリンの視線を受け流して名前だけを伝える。これ以上は関わりあいたくないと念を込めたのだが。


「ああ、レオフィーナさんですか、凛々しくも美しい名前ですね」

「どうも」


 伝わらなかった。


「ちょっとオルフェノ、試験前にナンパなんて余裕じゃないのよ」


 モーリンが手加減無しでオルフェノの脛のあたりを外套の上から蹴り付けた。だがローブの下には鎧を着込んでいたらしく蹴ったモーリンが足を押さえて涙目になる。


「モーリン大丈夫か!?」

「大丈夫なはず無いでしょ!!」


 試験を受ける前から負傷をしてしまったようだ。

 自分で自分の足に神官の技、治癒の奇跡を使いだす。


「レオナ、鎮也くんたちがやっときたよ」


 咲耶が客席の駆け込んでくる鎮也の姿を見つけた。レオフィーナもオルフェノたちのラブコメを邪魔しては悪いと思い、お付きの戦士と魔法使いに会釈だけにしてその場を離れる。


 ようやく勇者候補集団から離れることに成功した二人。


 客席の最後尾に鎮也たちが腰を下ろした事をレオフィーナも確認した。


「マスターの前です。無様はできません」

「もちろんよ、絶対に合格だね」


 二人はヤマトとオジロの柄を打ち合せ気合を入れた。


 受験者用の入り口が閉まり、一次試験の試験管が登場した。

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