第74剣『屋敷と使用人』
無事に屋敷の主として迎えられた鎮也たちは、現在の管理責任者キョットナから見せたい物があると、屋敷の地下室へやってきた。
地下へ下りる階段も掃除が行き届いており、誇り一つ落ちていない。本当に百二十年前のまま変わらずに保存していてくれたのだ。
「こちらになります」
ここはかつて鎮也が鍛冶師としてはじめて手に入れた自分専用の工房であった。ここで多くの剣を作り鍛冶師としての腕を磨いたものである。
しかし聖雷剣を作るには、ここでは不便を感じたため郊外の森の奥に工房のための屋敷を建てたのだ。
キョットナが工房の部屋を開け中へ入れば、そこも昔の鎮也が使ったままの状態で保存されていた。ただ一つだけ違った所がある。
それは奥の壁に飾られていた。
鎮也たちが探していた聖雷剣が。
それが十二振りも。
交渉のときにネコットにも言ったが、鑑定眼を使わずとも鎮也にはその剣たちを全て覚えている。
シリアル31 アクアエレメント
シリアル43 ナチュラルソード
シリアル94 アイロナー
シリアル97 カールスナウト
シリアル102 ファイアウォール
シリアル122 チャレンジャー
シリアル194 フォレストライナー
シリアル257 フドウシラヌイ
シリアル402 マグナムレード
シリアル451 フェザーフィンガー
シリアル454 グランドフィンガー
シリアル460 デュエルセイバー
間違いなく鎮也が作り出した聖雷剣たちだ。
それもみな灰色に変色していない、星色の輝きを残していた。
「祖父たちの代から必死に探し回ったのですが、百二十年かけてこれだけしか取り戻すことができませんでした」
「これだけって、十分だよ、キョットナ、心から感謝する」
十年で一振りを見つけていた計算になるが、それだって何の後ろ盾もなかったであろうネコッタたちが金貨数百枚はする聖剣を集めるのはどれだけの苦労があったのだろうか、鎮也には想像もできなかった。
特にシリアル257のフドウシラヌイとシリアル460のデュエルセイバーはレア度6である。聖雷剣の中でもさらに高レアな剣だ。普通に買えば金貨千枚は超えていたに違いない。
ネコットの副業もきっと資金集めのために行っていたことなのだろう。
「本当に感謝の言葉しか出てこないよ」
「私からもありがとうと言わせて」
「あなた方の忠誠に敬意を表します」
「ここまで集めるなんて、とてもすごいことです。誇っていいことですよ」
鎮也だけでなく、咲耶たちもお礼や称賛の言葉を贈った。
「もったいないお言葉の数々、一族の努力を認めていただきありがとうございます」
キョットナの目尻に涙が浮かんでいた。
「それに、灰色に変色していないのが最高だ」
この屋敷に付いてから、鎮也を喜ばせてくれる出来事が連続しておきている。
これまでの聖雷剣の殆どが悪人の手に渡り灰色に変色していたのだから。
「はい、私どもが手に入れた時には何振りかは灰色に変色してしまっていたのですが、曾祖父ネコッタが長年研究して十年かけて磨けば元の輝きを取り戻すことが分かりましたので」
それはとてつもない労力だ、鎮也は頭が下がるばかりである。
作り手であり雷鎚を持つ鎮也なら半日で一振りを元の輝きに戻せるが、ただ丹念に磨くという作業だけで元の輝きを取り戻すとは、聖雷剣はどんなに磨いたとしても認めない使い手が持ち続ければ灰色のまま変化は起きない。
もしかしたらキョットナをはじめ、ネコッタの子孫たちは全員が聖雷剣の使い手になる素質があるのかもしれない。
「ねぇキョットナさん、今は一族って何人くらいいるの?」
咲耶がふと疑問に思ったことをキョットナに訪ねた。
先程から一族と口にしているが、この屋敷には入ってから鎮也たちはネコットとキャットナの二人にしかあっていない。
「今の一族は老人から子供まで合わせますとだいたい六十人ほどでしょうか、みなネコッタの血を引いておりまして、この屋敷の近隣の家で暮らしております」
ネコッタは子宝に恵まれたようだ。
「この屋敷には住んでないのか」
管理をするなたその方が断然楽だろうに。
「滅相もない、この屋敷は聖剣鍛冶師様の持ち屋敷、我々使用人風情が勝手に住み着くなどできるわけがありません」
「あのネコッタなら言いそうなセリフですねマスター」
「ああ、まったくだ」
変なところで頑固だったのは死ぬまで変わらなかったらしい。
「それじゃ、許可を出すからこの屋敷を好きに使っていいぞ、俺たちだけで使うには広すぎるからな」
かつての皇帝から貰った屋敷は大貴族が暮らしても遜色ないほど立派なものである。それこそ使用人を百人単位で抱えてもまったく狭く感じないほどに、過去の時代でも使いきれず全体の半分以上が空き部屋となっていた。
「よ、よろしいのですか?」
「逆に頼むよ、俺たちだけでじゃさびしすぎる」
「わかりましった、すぐにみなに引っ越しの用意をさせてまいります!!」
言い終わるやいなや、歓喜に満ちた表情のキョットナはダッシュで地下室を飛び出して行った。
「あそこまで喜ばれるとは」
「マスター、臣下にとって主から評価されることは何よりの喜びなのです」
「そんなモノなのか」
感覚の元が現代の日本人である鎮也には、いまいち忠義を尽くすという感覚が把握しきれていなかった。
「鎮也くん、アリアさんもこっちの屋敷の呼ぶ?」
「そうだな、森の屋敷に一人じゃアリアもさびしいだろうし、使用人が一気に六十人近く増えるなら紹介も必要だよな」
どんなに使用人が増えてもメイド長はアリア、鎮也の中では不動のポジションである。
「ですがマスター、この屋敷では聖雷剣を保管しておくのはいささか心配です」
「そうですね、帝都の中では森の屋敷ほど警備力はつけられませんしね。ルードを庭に住まわせるわけにもいきませんし」
ルードとはトレイシアがテイムした幼い竜の名前である。現在ルードは森の屋敷でアリアと一緒に過ごしている。あの森なら人目を気にせずいくらでも狩りがでるので食事にも困っていない。
それに、子供でもドラゴンである。単発的にあった魔物の屋敷への襲撃もルードが住み始めてから一度もないそうだ。警備には最適な存在ではあるのだが、さすがに帝都の中に住まわせることはできない。
「ルードとは魔物か何かですか?」
地下室を出て一階へ戻るとネコットが話しかけてきた。途中から会話が聞こえたいたようだ。
「ルードは私がテイムしたドラゴンの子供のことですよ」
「ドラッ!? よくテイムできましたね」
サラっと話すがドラゴンのテイムは人が今まで成し得なかった偉業である。
「シズヤさんのおかげです」
満面の笑みのトレイシアが鞘に収まった竜交渉剣を取り出してみせる。
「やはりあなたも、聖雷剣の継承者でしたか」
それなら偉業を達成したことにも納得はできるだろう。
「正式な自己紹介をしていませんでしたね、シスター見習いが本職のトレイシアです。シアとお呼びくださいネコットさん」
この時代にきてから仲間になったトレイシアについてはネコットたちも知りようがない、トレイシアはシスター見習いと自己紹介したが、ドラゴンをテイムしたなどと本職の調教師が聞けば失業の危機である。
「シアは多彩な特技を持ってるんだ、頼りになる仲間だぜ」
「主様にそこまで言わせるとはさぞ優秀なお方なのでしょう。ドラゴンをテイムしたなどお伽噺でも聞いたことはありませんよ」
「あ、ありがとうございます」
いきなりの高評価でトレイシアは顔を真っ赤にして恥ずかしがってしまった。
「私も聖剣鍛冶師様に評価される交渉人になってみたいものです。それで話しは戻りますが、ドラゴンを帝都に連れてくるという話ですが、しっかりとテイムされている魔物でしたら連れ込みは大丈夫ですよ」
「そうなのか」
鎮也は意外に思った、魔物などの連れ込みは規制されているとかってに考えていたから。
「はい、来週に行われる剣技大会などにも魔物は必要ですから調教師が全責任を持つということで許されています」
「でも鎮也くん、さすがにドラゴンを連れまわせば騒ぎにはなると思うよ」
「だよな」
魔物の連れ込みを許可していると言っても、常識で人間がテイムできるのはBランクが限界となっている。ドラゴンの事までは想定していないはず。
連れまわさずにこの屋敷まで連れてこれないか。
「透徹で連れてくるこはできるけど」
毎回、透徹頼みでは面倒かもしれない。ルードが食事を取りに行く時は森の屋敷に帰らなければならなくなるだろうし、もっと簡単な方法はないか。
「ルード自身が瞬間移動の能力を持つと楽なんだけど」
「流石にそれは……そうだ鎮也くん、さっきの聖雷剣の中に転移能力を持った剣があったじゃない」
「お、おお、そうだった、あれを使えば個人で転移もできるな」
シリアル102ファイアウォールは転移能力を備えていた。
これの使い手なら透徹に頼らなくても、この屋敷と森の屋敷を行き来できる。
「いや、待てよ」
それでも転移できるのは使い手になった一人だけ、もっと簡単に個人でも転移できるのではないか。
「そうだ、この屋敷と森の屋敷を繋げればいいじゃん」
ひらめいた。ひらめいてしまった新しいアイディアを、どうして過去の時代にこの事を思いつかなかったのか。
「繋げるですか?」
「ああ、森の屋敷にはまだレフティアで買い込んだ未使用の魔道具が残っている。そいつを使えばできるだろ」
ネコットには鎮也が何を言っているのか理解できなかったが、長年従者を務めている咲耶たちには大凡の検討が付いたようだ。
「鎮也くん、また徹夜の作業はダメだからね」
「わかってるよ俺だって学習したし、同じミスはしないから」
徹夜を連続して、レフティアの時はとても苦労した。あれからまだそんなに日はたっていない、いくら鎮也でもそうそうに同じことはしない、であろう。
「ですがマスターは集中すると時間の概念も忘れてしまうのがいつものお約束、ほっておけばまたやらかしますね」
以前の失敗で作業に関しては信用を失っていた。
「つまりシズヤさんは、また何か作るつもりなのですか?」
「そうだよシアさん、この顔は新しい物を思いついた瞬間の顔だから覚えておいた方がいいよ、今後のために」
さすがは咲耶さん、その通りである。
今の鎮也の頭の中では屋敷同士を繋げるためのアイディアを形にする道具の設計図が高速で描かれていた。瞬間移動装置、持ち運びができるサイズにするには時間がかかってしまいそうだが、屋敷に設置するならサイズは気にしないでいいので、それほど時間をかけずに作れそうだ。
「大丈夫、今考えた設計通りに作れれば、徹夜にはならない、と思う」
「今晩は見張りが必要だね」
本人が自信が持てないのだから、しかたのない処置であった。
ネコットを加えた鎮也たち『七星剣』一行は透徹の瞬間移動で森の屋敷へと戻ってきた。
「お帰りなさいませシズヤ様」
いつどんな時間に帰ってきても同じように出迎えてくれるアリアは、今回も変わりなく入口で鎮也たちを出迎えてくれた。
「また、新しい女性の方ですね。あら、あなたどこはで、お会いしましたか」
一緒にいるネコットを見てアリアは初めて出会った気がしなかったようだ。
「アリア、彼女は交渉人のネコット。ネコッタの曾孫だそうだ」
「あのネコッタさんの!?」
アリアは両手で口を覆って驚いた。
メイド長であったアリアと執事長であったネコッタは互いに使用人たちを取りまとめる立場にいた。二人はよく鎮也が屋敷でしでかした実験の後始末を率先して片付けてくれていた。
「始めまして、私はこの屋敷でメイドをしておりますアリアと申します」
「話しは先ほど主様から聞きました。私は交渉人という立場ですが、同じ雇い主、仲良くしていただけると幸いです」
「もちろんです、今度ネコッタさんのお話しを聞かせてください」
「喜んで」
二人は固い握手を交わす。
「それでなアリア、帝都の屋敷も残っていたから、この森の屋敷と帝都の屋敷を繋げようと思ってな、扉が設置できる適当な部屋を用意してくれ」
「繋げるですか……はい、わかりました。工房や聖雷剣の保管室からは離れたお部屋を用意いたします。以前購入して使用していない魔道具を至急、リリィたちに地下の工房へと運びこませましょう」
「助かる」
一を聞けば十を理解するのが有能な使用人だと言うが、まさにアリアは鎮也が繋げると言っただけで何をしようとしているのかを正確に理解してくれた。
さらにそこから予想される万が一に対して最も相応しい答えも返してくれる。
仮に繋げた部屋が外部勢力に乗っ取られたとしても対応するまでの時間を稼ぐために、部屋を重要な場所から離してくれたのだ。
「でもシズヤ様、もう徹夜作業は禁止ですよ」
「……わかってるって」
咲耶と同じようにメイドのアリアにまで釘を刺される鎮也であった。




