第71剣『それぞれの夢』
「ネコット!? なんてことを!!」
主かもしれない人物に刃を向けた娘にキョットナが絶叫した。
鎮也の目の前で光剣同士のつばぜり合いが行われる。
「失礼しました」
ネコットが光剣を消し、床に膝をつくと頭を下げた。
「あなたこそ本物の聖剣鍛冶師様です」
「認めてもらってよかったよ」
これで宿を探す必要も無くなった。過去の時代のようにこの屋敷を拠点として活動ができる。
「それで自分はどのような処分を受けるのでしょうか?」
「処分?」
なぜネコットを処分しないといけないんだ。
「主であるお方に刃を向けたのです。どのような罰でもお受けする覚悟はできています」
「待ってください、娘は一族の責務を誰よりも果たそうとしただけです。どうか、どうか寛大なお心を!!」
キョットナが膝をつくネコットの前に出て額を叩きつけるように土下座をした。
「なんか、俺が悪人になった気分だ」
鎮也たちは顔を見合わせて苦笑い、この場を収めてくれるように鎮也は視線だけで咲耶にお願いをした。
咲耶が一歩前にでて質問をする。
「確認だけど、あなたたちは執事長を務めていたネコッタの子孫だよね」
顔もそっくりだし間違いないだろうが一応確認はする。
あのネコッタなら生まれてくる自分たちの子孫にも鎮也に仕えろと伝えていても不思議には感じない。彼はそれほど鎮也たちに心酔をしていた。
「は、はい、その通りでございます。私キョットナはネコッタの孫、ネコットは曾孫に当たります。祖父は死の間際まであなた様方のお帰りをお待ちしておりました。その祖父の忠義に免じてどうかネコットをお許しください」
娘を庇う父親の姿を鎮也はとれも羨ましいと感じる。日本にいたころ、鎮也の父親は愛人を作り鎮也のことはほったらかしだった。もっともあんな父親でもいなければ一族の嫌われ者の叔父と仲良くなりこの世界へ渡る機会もなかったであろう。
この世界に渡るきっかけをくれたことだけは鎮也は父親に感謝している。
「父上、これは自分が受けなければならない罰です。お下がりください」
「いや、それはできない、祖父より聖剣鍛冶師様は寛大なお方だと伺っている。心から謝罪をすれば、きっとお許しくださるはずだ」
鎮也は初めから怒っていないのだが。
「ちゃんとお許しを頂き、これから一族は総力を結集して聖剣鍛冶師様のお世話をしなければならないのだぞ」
一族の総力とキョットナが言った瞬間、わずかだがネコットの凛々しい眉が歪んだ。
(ああ、もしかして)
鎮也の中でひらめくモノがあった。
どうしてネコットがあのような無謀な行動に出たのか、キョットナが言う通り鎮也の性格まで伝わっているなら、この程度の不祥事で問題にしないこともわかっているはず。
「私はすでに一族に恥ずべき行為をしてしまいました。罰を受けなければ他の者に示しがつきません」
「し、しかし……」
口での攻防は完全に娘の方が上のようだ。
「どうか罰をお願いします」
父親を押しのけネコットは鎮也の前にでる。
(罰を与えるほどの偉い人物になったつもりは無いんだけどな~)
「罰ね~」
鎮也は考えた、ネコットの狙いはだいたい見えてきたのでどう対処するかを。
「罰の前に、こっちからも一つ質問していいか?」
「なんなりと」
「ネコットだったよな、もしかして俺がゴーレムの命令を書き換えた時から本物だと思ってなかった?」
一流のゴーレム職人なら術式を書き換えることができると理論的には可能と言っていたが、鎮也はまだ実際には成功した例がないのではと考えた。
そしてネコットは最初からそれを知っていた。
「いいえ、そのようなことはありません」
ネコットはポーカーフェイスを崩すことなく断言したが、どんなに表情をつくろってもこちらには咲耶がいるのだ、言葉に出した偽りは見逃さない。
鎮也が横目で咲耶を見ると、白い顎がわずかに頷いた。
ネコットが嘘をついているとのサインだ。
(嘘をついているか)
つまり彼女はゴーレムの命令を書き換えた時点で鎮也を聖剣鍛冶師と確信していたことになる。それなのりダンジョンに落としたり、刃を突きつけたりと鎮也の機嫌を損なう行動ばかりとった。
そこから導きだされる答えは。
「なるほどな」
鎮也はテーブルに乗ったままになっていた迷宮創造剣・二型を手に取りネコットの前に立つ。
「俺の怒りを買って追放されることを狙ったんだな」
「何のことでしょうか?」
きっと正解、確信を突いたはずなのにネコットは表情一つ変えることなくとぼけてみせる。
表情は言葉よりも多くの真実を語る時がある。彼女はそれをしっかりとわかっている。
「わるいが表情をコントロールしても通用しないぜ、俺の性格を聞いてるなら、能力も聞いてるんじゃないのか?」
ネコットはゆっくりと首だけを動かし咲耶へ視線を向ける。
「神霊刀桜咲耶。伝えられている話には嘘を見抜くスキルを持っているとか、交渉人を目指す者として羨ましい限りです」
「やっぱり追放されることを望んでたのか」
なりたい職業があるから、使用人にはなりたくないと。
「はい、その通りです。自分、いえ私は聖剣鍛冶師のお世話役としてお仕えするつもりはありません」
嘘が通用しないとわかれば、今度はまっすぐに自分の気持ちを伝えてきた。
「ネコット、何と言うことを主様の前で!!」
先程まで真っ青な顔で娘の許しをもらうために必死になっていたキョットナが、今度は顔を完熟トマトのように真っ赤にしてネコットを叱りつける。
「父上、私は前から言っていたはずです、将来の夢があると」
「お前は個人の夢のために、一族の恩人である聖剣鍛冶師様に仕えるという使命を放棄する気か!!」
過去、ネコッタがピンチの時に助けた事はあるが、一族全てを助けた覚えはない。そもそも、鎮也の知るネコッタは独り身であったはず。鎮也たちが消えてから家庭を持ったのだろう。
「ええ、その通りです。私の人生は私の物です。夢を交渉人になる望みを捨てるつもりは毛頭ありません」
「貴様、か、か、かッ!」
きっとキョットナは「勘当だ!!」と言いたいのだろうが、それはネコットの望んでいる言葉でもあるので口から出すことができないようだ。
「どうしたのです父上、言葉が途中で止まっていますよ」
キョットナにそのセリフを言わせるために誘導している。
(異世界にも勘当って言葉はあるんだな)
とどうでもいいことを鎮也は考えいたが、収集が付かなそうなので二人を止める。
「親子喧嘩はそこまで」
「申し訳ありません! お見苦しい所をお見せしてしまいました」
即座に父親は謝るが娘は謝らない。
「それで主様、私の処遇はどうなるのでしょうか?」
このまま仕えろと命じようものなら万年筆を喉に指して自害する。そんな雰囲気をまとわせて聞いてくる。
「別にいいんじゃないか夢を追いかけて」
「へ?」
ネコットが本日一番の間抜けな顔になった。
鎮也がこんなにあっさりと認めるとは思っていなかったのだろう。
だが鎮也はもともと貴族でもなんでもないのだ、想像以上に大きく作ってしまった屋敷の手入れに使用人を雇ったが、その一族全てを縛り付けるつもりは最初から無い。
「キョットナもいいんだぞ自分の好きなことして、ネコッタには昔、ずいぶん世話になったし死に目に会えなかったのが残念だけど、子孫が残っていたことはとても嬉しい、屋敷を守ってくれていただけでも大感謝だ、夢があるなら全力で支援させてもらおう」
まぎれもなく鎮也の本音である。
使用人ならまた探せばいい、ここまで忠誠尽くしてくれる人物は中々いないであろうが、百二十年もの間、残っていてくれた。そのことだけで本当に鎮也は満足であったのだ。
「そんな、めっそうもない、やりたいことはあなた様に仕えることでござります。どうかこれからもこの屋敷にお仕えさせてください」
咲耶がキョットナの言葉は本心だと伝えてくる。
きっとネコッタの教育が孫にまで影響を及ぼしているのだろう。鎮也としても新しく使用人を探さなくていいのは助かる。
「よかったですね父上、あなたの夢がかなって、それでは私も夢を追いかけさせてもらいます」
「ネコットお前はまだそんなことを!」
また親子喧嘩が始まりそうだったので鎮也が手を叩いて止める。
「ケンカはやめてくれキョットナ、俺は別にネコットが夢を見るのは自由だと思うぞ、俺だってけっこう自由にやってるし」
「けっこうどころか、完全に自由にやってるよね鎮也くんは」
咲耶がからかうようにツッコミを入れてくる。
確かにこの世界に来てから何かに縛られて行動をやめたことは少ない。極少だろう。
「交渉人だよな、その夢を叶える算段はあるのか?」
「もちろん、私はすでに副業で交渉人として活動しています。帝都で活動をしている交渉人の中でもそれなりに優秀だと自負しております」
ネコットの性格からして評価に感情による補正は入っていないだろう。客観的視点からも自分が交渉人として優秀だと自負していようだ。
それだけの経験と実績と積み上げてきたに違いない。
「副業だと許可をしていたら、本業とすり替えるとは」
「言葉だけの戦場で事前準備と己の思考が勝敗を左右する。それが交渉の場。私は交渉を勝ち取った時の高揚感が忘れられません」
自分の世界に入り近寄りがたオーラを出すネコットだが、もしかしたらこれも彼女の計算による行動かもしれない。近寄りがたいから出ていけと言わせたいのだろう。
嘘ではなく、本心を誇張して公言しても咲耶の『嘘探知』には引っ掛からない。早くも咲耶のスキルの弱点を見抜いてきた。
本人の言う交渉人としての有能さがうかがえる。
「いいじゃないか、交渉人になるのは止めないよ。夢は追いかけるモノだと俺は思うし、これまでずっとそうしてきた」
自分ややってもいいのに、他の者やってはいけないと言えないだろう。
「ありがとうございます」
「でも、一つ条件がある」
「条件ですか」
ネコットが警戒の色を見せる。
彼女は鎮也の情報を曾祖父から聞いたことしか知らない、情報がすくないから次にどう動くのか読めないのであろう。
「そんなに難しいことじゃない、俺たちは百二十年前に盗まれた聖雷剣を回収している。この屋敷にきたのも帝都で回収活動するにあたっての拠点が必要だったからだ」
「なるほど、これを返せということですね」
万年筆型の聖雷剣。光太筆強を胸ポケットから取り出したネコットは鎮也へ差し出した。表情は相変わらずのポーカーフェイスであったが、瞳の色が僅かにだがゆれた。
鎮也には伝わってくるネコットと光太筆強の間に繋がりができていることを、もしかしたら、交渉の場でこの聖雷剣が彼女の危機を救ったことがあるのかもしれない。
彼女も剣を、剣も彼女を必要としている。
(うん、とてもキレイな繋がりだ)
「いいよな、みんな」
鎮也は主語を省いて三人に訪ねた。
「もう鎮也くんの中では決まってるんでしょ」
「マスターの心のままに」
「新しい仲間、新しい伝説の瞬間ですね」
三人娘は鎮也の言いたいことをしっかりと理解して賛成してくれた。
「決まりだな」
鎮也は光太筆強をネコットの手から受け取ると、迷宮創造剣・二型と一緒にネコットの手に乗せ返した。
「あの、これは」
「ネコット、こいつらの使い手になってくれ、それが俺の出す条件だ」
「はい?」
ネコットは二振りの聖雷剣を手の平に乗せたまま、あっけにとられた。




