第68剣『真紅の内情』
「『真紅の秩序』の団長候補?」
ギルド本部から出ようとしていた咲耶の足が止まる。
「そうよ~、このビンザス様は帝都でも五つしかないランクAの冒険団『真紅の秩序』の最有力次期団長候補様よ」
最有力とはさっきは言っていない。
咲耶が反応してので言葉を付け足したようだ。
「そんなつなぎのダサい小僧は捨ててよ。オレ様とこいよ嬢ちゃんたち、オレ様はこの帝都じゃかなり顔が効くんだぜ、今持っている剣より数段上の最上級武器だって揃えられるぜ、そいつがあればランクAなんて楽勝だぜ、オイ」
ブチ、ブチ。
(あ、やべ)
二か所から血管が切れるような音が聞こえた気がした鎮也、錯覚だと思い込みたいが、咲耶とレオフィーナ、従者コンビから怒りの赤いオーラが立ち込めるのが鎮也だけに見えた。
「そうですか、私はレフティアで団長代理をしている女性と出会いました。少し思考の固い所はあったけど、私はあの団長代理の方が次期団長はお似合いだと思ったよ」
咲耶は比べるのも失礼だと盛大にため息をついてみせる。
「なんだと、オレ様が石頭のカナリーより下だと言うのか」
鎮也をけなした相手に咲耶は容赦などしない。
「それは自分でわかっている事でしょ」
咲耶には嘘探知スキルがある。ビンザスが自分自身でカナリーより下だと思っているのだろう。だから必要以上に声を荒げる。
そこにレオフィーナも追い打ちをかけた。彼女もまた容赦などしない。
「真紅ということはルーシアとも知り合いですね。彼女とはこの帝都でも会う約束をしていました。おすすめの宿を知りたいので呼んできてください」
お前は、団長代理補佐のルーシアより格が下に見えると遠回しに言ったのだ。
鎮也がランクFなのは仕方がない、この場所でランクAなんて簡単になれるなどと発言したことにも問題があっただろう。しかし、だからと言って鎮也がけなされて黙っているほど従者コンビは大人しくない。攻撃されれば反撃もする。
「この剛爆のビンザス様をつかいっパにしようってのかオイ!?」
「はい」
即答、容赦のなさすぎるレオフィーナであった。
(そろそろやめてあげてください)
何故か鎮也まで怖くなってしまった。
「田舎から来た小娘どもが調子に乗るなよ!」
ビンザスが殴りかかろうと拳を振り上げると、左右から咲耶とレオフィーナの手刀がビンザスの首元に突きつけられた。
音も無く神速の動き、この場で彼女たちの動きを捉えることができたのは鎮也だけだろう。
「動きが遅すぎるよ」
「本当にランクBですか、せいぜいランクCの動きです」
二人があと少し指を突き出せば、爪先が喉に刺さる。
ビンザスが青い顔になり数歩下がってしりもちをつく。
「行こう鎮也くん、シアさん」
従者コンビは互いに取り出した布の指先を拭いながら歩き出す。
「あ、ああ、そうだな、シア」
「は、はい」
咲耶たちの進行方向にいた冒険者たちが慌てて退き出口までの道ができあがった。
鎮也たちが冒険者ギルドから出て行ったあとビンザスは体を小さくしてその場を移動した。
「くそ、あの小娘ども、この剛爆のビンザス様をコケにしやがって」
ギルド本部の二階に設けられた部屋と入る。この帝都ロードイリアの冒険者ギルド本部では上級冒険団用に打ち合わせをしたり小休憩できる小部屋を専用に貸し出していた。鍵付きの収納箱もあり、依頼遂行中の間、貴重品を預けておくこともできる。
「くそが!!」
ビンザスは荒れた感情を叩きつけるように扉を閉めた。
「ちょっと、あんたのバカ力でそんなことしたら扉が壊れるでしょ」
「昇進試験を受けるのだろう。それまで力を温存しておいた方がいいんじゃないか」
ビンザスに文句を言ったのは二人の女性、遊撃手のルーシアと大剣使いカナリー、この部屋は『真紅の秩序』に貸し出されたモノ、メンバーである彼女たちがいても不思議ではない。
「何荒れてんのよ」
「下で無礼な田舎者がいただけだ。オレ様をコケにしやがって、あのつなぎの小僧、次にあったらただじゃおかねえ」
鎮也は殆どなにもしていないが、何故か仕返しのターゲットは咲耶たちではなく鎮也に定められていた。
「つなぎの小僧って、もしかしてシズヤ殿たちのこと」
ルーシアはレフティアであった鎮也の姿が脳裏に浮かんだ。鍛冶師である彼はいつも作業着姿であった。
「もしかして他には、女性が三人くらいいた?」
「ああいたぜ、顔はいいのに無礼な連中が、ちょっと動きが素早いからって簡単にランクAになれるって抜かしてやがった」
つまり現在はランクBということ、つなぎの小僧にランクBの女性、人数もあっている。間違いなく『七星剣』の面々だとルーシアは確信する。
「帝都には来るかもって言ってたけど、もう来てたなんて」
「なんでぇ、ホントに知り合いだったのか」
ビンザスは真紅にメンバーに知り合いがいると言っていたのはハッタリだと思っていたようだ。
「まさか、あの御方たちに失礼なことしたんじゃないでしょうね!!」
ルーシアがビンザスのチェインメイルを掴みあげる。
「何が失礼なことだ、失礼なのはあの小僧ども方だ、せっかくオレ様が最高の武器を揃えてやるって言ったのによ」
「なッ!?」
よりにもよって何てことを、ルーシアがチェインメイルから手を放して震えだす。ビンザスの性格はルーシアも把握している。下心丸出しで咲耶たちをナンパをしたのだ。その上で無知な行動をとった。
伝説の鍛冶師一行に、持っている剣をけなすなど最大の屈辱だろう。
「あの御方たちに武器を紹介するなんて、なんて身の程知らずなことを…………」
ルーシア、カナリー、ビンザス、この部屋にいる三人の中でルーシアだけが鎮也のことを聖剣鍛冶師だと知っている。
「あんた、すぐにシズヤ殿たちに謝罪してきなさい!!」
「なんでオレ様がそんなことしなきゃならないんだよ!」
「あんた、どんだけバカなことをしたと思ってるの、真紅を潰すつもり!!」
鎮也たちを敵に回せば『真紅の秩序』は壊滅してしまう。
なにせ皇帝から謝罪を引き出した人たちだ。ランクも当時は唯一のランクSを獲得した冒険団。真紅とは実力も格も違いすぎる。
「もういい、私が謝ってくる!」
そう言い残し、ルーシアは猛ダッシュで部屋から出て行った。
「なんでぇたかがランクFの小僧ごときで取り乱して」
「本質を見る目を持たなければランクAにはなれないぞ、あの少年は確かにランクFではあるが鍛冶師としての腕は一流だ、繋がりを作っておきたいルーシアの気持ちはよく理解できる」
もしルーシアがこの場に残っていれば、見る目を持つのはカナリーもだろとツッコミを入れられていたであろう。伝説の聖剣鍛冶師に剣を修復してもらってなお、ランクFと信じて疑わないのだから。
カナリーは帝都に戻ってから何度目になるかわからない大剣磨きを始めた。
「また磨いてるのかよ」
真紅のメンバーではすでに見慣れた光景になりつつある。レフティアから帰ってきたカナリーは暇ができればこうして鎮也に修復してもらった剛剣ダイベルク改の磨きをしている。
この大剣を使うようになってからは、これまであった焦りが収まってきており、前団長のような貫禄がでてきたと真紅の女性陣は思っている。
「もしかして、さっきの小僧がお前らがずっと話していた鍛冶師の小僧なのか」
レフティアから帰還して一週間と少し、カナリーたちは食事時になるとよく鎮也たちの話題に花を咲かせていた。
「そうだろうな、彼にはランクBの仲間がいた。彼女たちが昇進試験を受けにきたのだろう。私も後で挨拶に行くとしよう、改めてこの剣のお礼をしたいしな」
顔が鏡のように映る刃、折れた繋ぎ目などまったくわからないほど完璧に修復されている。
「刃物を見てニヤつくな、きもいぞ」
「お前はもう少し心にゆとりを持て、そんなことではまたランクAを逃すぞ」
「うるせぇぞカナリー」
ビンザスが怒りの形相を浮かべ拳で壁を殴りつけた。
この男にとって取り損ねたランクAに関することは禁句となっていた。
「先代の腰ぎんちゃくがお零れでランクAになったからって偉そうに次期団長候補様に説教をするんじゃねぇ」
「私たちはお前を団長候補などと認めていない」
ビンザスが団長候補だとは少なくとも真紅の女性メンバーは誰も認めていない。それを認めているのは男性陣だけ、今の真紅の団員は全部で十六人、ランクAの冒険団としては一番少ない冒険団であった。
男女比は八対八、カナリーを団長に押す女性陣とビンザスを団長に押す男性陣で人数は拮抗していた。
「自分の方が団長に相応しいってか、ランク以外はオレ様の方がすべて上だってのによ、今度の試験でランクAになったら団長はオレ様だ、テメェは真紅から追い出してやるからな」
「そんな勝手が許されるはずがない、これ以上、団長たちが作り上げた『真紅の秩序』の誇りを汚すな」
「冒険者は実力がすべてだ、力があればなんでもできるんだよ」
「そこまで言うなら、その力を見せてみろ」
カナリーが大剣を磨く手を止めて立ち上がりビンザスを睨みつけた。
「いいぜ、試験前の肩慣らしだ、久しぶりの勝負といこうぜ」
「望むところだ」
磨きあげられた剛剣ダイベルク改がカナリーの闘志に答えるようにキラリと光った。
「さて、宿をどうやって探すかな」
「すみません、私も帝都には来るの初めてで」
博識のトレイシアもさすがに帝都の宿屋の情報までは持っていなかった。
冒険者ギルドを出た鎮也たちは今日の宿を探して帝城へと続く石で敷き詰められた大通りを歩いていた。聖雷剣を探しに武器屋へも行ってみたいが、先に足場を固める必要がある。
「これからの活動拠点だからね、妥協はしたくないよね」
ギルドの受付で聞いてくればよかったが、変な男にからまれて何も聞かずに出てきてしまった。
「マスター早めに夕食を取ってその店で聞いてみますか?」
「それがいいか」
他に案もない、レオフィーナの意見でいこうと適当な食事処へ入ろうとしたら。
「ちょっとそこにお兄さん」
ローブを深くかぶって顔のわからない小柄な少女に呼び止められた。
「俺に何かようかな?」
「探し物してるでしょお兄さんたち、わたしが占ってあげましょう」
年齢は十二才くらいだろう少女がローブの下から水晶球を取り出した。
「わたしこれでもよく当たるって、帝都の一部じゃ有名なんだよ」
帝都の局地的有名人と遭遇した。
「へ~面白いね、鎮也くん占ってもらわない」
咲耶が少女に興味をしめした。これまでの言動には嘘がないのであろう。
つまりよく当たるというセリフも嘘では無い、少なくとも本人は本気でそう思い込んでいる。
「ありがと黒髪のお姉さん、じゃ占うね」
少女が掲げた水晶が薄っすらと青白い光を纏う。その光は鎮也が雷電鍛冶を行うときに発せられる雷の色に似ていた。




