第67剣『帝都ロードイリア』
交易都市レフティアとヴッレッタ帝国首都ロードイリアを結ぶ街道は、整備され平坦な道が続いている。
もともと平原だったレフティア近郊は、ヴィレッタ帝国のみならず、東の隣国サンドゥル王国や西の海洋国アナトリヤなどとも街道が繋がっており、この立地と地形がレフティアを交易都市にまで発展させた一つの要因でもある。
いくらいい品をそろえても、往来が不便であったらここまでの進歩は無かったであろう。
そしてこのなだらかな道を活かす交通手段も開発されていた。
突進の速さなら魔獣の中でもトップクラスの猛烈牛ブルバイソンを使った猛牛車、曲がり道の多い山道や整備されていない凸凹の道では走れないが、平らな道なら馬車の十倍以上の速度が出せるため荷物の運搬時間を大幅に削減していた。
鍛冶師の鎮也、和装剣士の咲耶、軽装騎士のレオフィーナ、それに新しく『七星剣』へ加入したマルチシスターのトレイシアの四人は、その猛牛車に揺られながら帝都ロードイリアを目指していた。
目的は帝都の城の宝物庫に眠っていると思われる盗まれた512本の聖雷剣。
「過去の皇帝は鎮也くんの剣を欲しがってたから、けっこうあると思うんだよ」
「同感です。あの皇帝ならマスターの剣が売りに出されたと知れば買い漁ったでしょう」
皇帝の資金で買い占めていれば、百や二百本くらい手に入れていてもおかしくないと従者たちが鎮也に進言をする。
「問題はどうやって宝物庫を見せてもらうかですね。それに仮にあったとしても素直に返してくれるかどうか」
平民のそれも貧しい暮らしをしていたトレイシアにとって、城の宝物庫などまったく縁の無い人生を歩んできた。宝物庫への入り方など考えたこともなかったであろう。
「また帝国とケンカするのは面倒だからな、なるべく話し合いで解決したいよな」
猛牛車が跳ねるのに合わせて体を浮かした鎮也は、穏便に済ませたいと願う。
「ここでお約束が発動するなら、皇女の乗った馬車などが山賊に襲われる場面に遭遇して、かっこよく助け出したマスターが城に招き入れられたりするのですが」
こと付近を根城にしていた山賊はランクAの冒険団『真紅の秩序』の団長代理であるカナリーが退治したと言っていた。それに、トレイシアが根本的に助ける存在がいないと教えてくれた。
「今の皇族に皇女はいなかったはずです。皇帝の子息は三人、全員皇太子様ですよ」
レオフィーナのお約束は根本から潰されていた。
「なんと空気の読めない皇族でしょう、ですがシアまだ可能性は残っています。皇女がいなくても公爵令嬢ならいるかもしれません」
「権力を狙った貴族みたいな発言はやめろよ」
それではまるで、皇族に組み入ろうとする下級貴族のようだ。
「そうでした。申し訳ありませんマスター」
レオフィーナとて本気で言っていないことは鎮也にもわかっている。半分は冗談でお約束を口にしたかっただけ、たまに暴走するときはあるがレオフィーナのお約束発言は、仲間の雰囲気を明るくしてくれる。
「でも、どうしようか」
咲耶が腕を組み、む~っと考え込む。
着物にはかま姿の凛々しい咲耶が、子供っぽいしぐさをする。これは気を許した仲間にしか見せない姿、咲耶も新加入のトレイシアを完全に身内として扱っている証拠だ。
「荒事なしだと、難しいよな」
単純に宝物庫を確認するだけなら、鎮也たちが本気を出せば阻める者などいないのだが、そんなことをすれば間違いなく冒険者ギルドから抹消され、今後の聖雷剣集めに支障をきたしてしまう。
それにもし宝物庫に聖雷剣がなかったら完全にこっちが悪人だ。
過去にケンカをした時は、皇帝から仕掛けてきたので鎮也たちは身を守るために応戦したにすぎない。
「とりあえず、順序を踏んでいくのが結局一番の近道ってパターンだよな」
無理に力押しをして拗れるより、ちゃんと話し通す。
「順序って?」
「宝物庫に入ることを考える前に、皇帝に合って宝物庫を見せてくれってお願いする。もしかしたら俺たちの事を伝え聞いてるかもしれないだろ」
絵本にまで残っているくらいだ。
「ランクAの冒険者になれば皇帝に謁見できる権利があるはずですよ」
博識のトレイシアさんが、ここで鍵になる情報を教えてくれた。
「それだ」
鎮也が指をパチンと鳴らす。咲耶とレオフィーナはランクB、あと一つランクアップをすればAになれる。
「咲耶とレオナならすぐにランクAになれるだろ」
「鎮也くんが自分で昇進しょうとは思わないの?」
鎮也の実力とランクの食い違いがどうにも咲耶さんはお気に召さないらしい。
ギルドランクの話題になるとランクアップして欲しいという雰囲気を出す。
「いや、俺だっていつまでもランクFでいたいとは思わないけどさ~」
「マスター、最低ランクでも強いというお約束主人公もいますが、進んで落ちこぼれになることもないでしょう」
「別に落ちこぼれになりたいわけでもないです」
「シズヤさん、私もさすがに聖剣鍛冶師ともあろうお方が、最低ランクは似合わないと思います」
三人娘の訴えるような真っ直ぐな瞳にさすがの鎮也もお手上げだった。
「わかりました、ランクアップを真面目に考えます、冒険者ギルドについたら短時間で終わる簡単な依頼を探してみるよ」
とりあえずの行動方針が決まったので、帝都に到着した鎮也たちはすぐに冒険者ギルド本部へと向かった。
百二十年の時が経過した帝都ロードイリアは鎮也たちの想像を超える発展を遂げていた。帝都の大きさは一回り以上広がっており、かつてあった帝国を守る城壁は内壁と呼ばれ、更に外にもう一つの城壁ができあがっていた。
かつては木造であった冒険者ギルド本部も白い壁に覆われ、まるで小さな城と勘違いしてしまいそうなほど立派な建物になっている。
過去それなりに帝都でも活動していた鎮也たちだが、この時代では土地勘はまったく役に立出ず初めて訪れた街の感覚だ。
「ほへ~」
しまらない声がこぼれる。
冒険者ギルド本部の中も、継ぎ目の見えない白い壁で清潔感があり、同じ征服をまとったギルド職員たちが荒くれの者の多い冒険者たちを丁寧にもてなしている。
「想像以上だな」
「そうですね」
鎮也とトレイシアが依頼を張り出された掲示板を眺めていた。
咲耶とレオフィーナはランクAになるための説明を聞きに行っている。過去の時代とルールが変わっており、ランクAになるためには試験を受けなければいけないらしい、昔は実力を見せれば昇進させてくれたのに。
もっともランクFからEに昇進するためには試験などない三十回ほどランクFの依頼をこなせばいいだけだ。なので手頃な依頼を見繕うとしたけれど。
「……無いな」
「無いですね」
望んだ依頼が無い。
レフティアの冒険者ギルドとは比べモノにならないほどの依頼が張り出されているのに、鎮也が望んだ依頼がまったくない。
別にむずかしい依頼を探しているわけでは無い、最低ランクでお約束の薬草の採取や雑魚魔物の討伐などだ。それがまったく無い。
支部のライトゥスやレフティアには数多くあったのに、この本部にはそれ系の依頼がまったく無い。
「あの~ちょっといいですか」
「はいなんでしょうか?」
ちょうど新しい依頼書を張り出しにきたギルド職員がいたので、探している依頼が無いかを聞いてみると。
「ああ、この帝都周辺はもう薬草の群生地はありません。低ランクの魔物も人の多さに帝都周辺には寄り付かないので、その手の依頼を受けたいなら交易都市レフティアがお勧めですよ。あの都市でランクを上げてから我が本部に来られる方も多いです」
「あ、ああ、そうですか、丁寧にありがとうございます」
鎮也たちはそのレフティアから先程到着したばかり。
冒険者ギルド本部。そこは初心者がランクの上げるには難しい環境になっていた。
もっともランクFが受けられる依頼がすべて無いわけではない。鎮也が探していたのは短時間で重複可能な依頼である。解体作業の手伝い一週間、配達の補助要員二週間など、時間がかかるモノならいくらでもあった。だが、これらの依頼でランクEに昇進するには早くても半年は時間を取られてしまうだろう。
これらの依頼を受けるなら、同じ時間を使って鎮也がナイフでも量産したほうが報酬の千倍以上稼ぐ自信がある。いや確実に稼げる。
そもそも聖雷剣を探す時間も無くなる。
「ランク上げるのはしばらく保留でいいかな」
「これでは、しかたがないかもしれませんね」
ランクA昇進試験の話しを聞いてきた咲耶たちと合流、近くのテーブルに腰を下ろし事情を説明すると、彼女たちも渋々ではあるが鎮也の昇進はとりあえず保留にしてくれた。
「最初の町でマスターが冒険者登録をしなかったことがここまで響くとは」
最初の町ライトゥスで最低でもランクEにまで上がっていれば受けられる依頼の幅が広がったのだが、今さら悔やんでもしょうがない。
「どうする鎮也くん、レフティアに戻る?」
昇進するにはそれがベストではあるが、鎮也たちの第一目標は聖雷剣探しである。
「あくまでも昇進は剣探しのついでだ、このままこの帝都を拠点に活動しよう。どうしてもランクが必要になったら透徹で戻って受けるさ」
一度行った街なら透徹の瞬間移動が使えるのだ。どうしても必要になったら戻ればいい。
「まあ、しょうがないか」
不満そうな咲耶さんだが、鎮也の打ち出した方針には従ってくれる。
「それで、そっちはランクAになれそうか?」
「試験は二日後にあるそうです。タイミング的には丁度よかったですね、昇進試験は二カ月に一度だそうなので」
ランクAの試験を受けるにはランクBでなければならない、そのため試験を受けるメンバーは二カ月に一度でも三十人前後しか集まらないのだそうだ。今回を逃していたら、二カ月待たされることになっていた。
「それは運がよかったな、咲耶とレオナなら受ければ合格できるだろうから、そっちは順調でいいじゃないか」
「オイオイオイオイ!」
鎮也たちの元に周囲を威嚇するように肩を揺らしながら一人の男がやってきた。
「ずいぶんと生意気なことを言ってくれる小僧だな、オイ」
傷ついたチェインメイルを着ている筋肉質の男。歴戦の戦士を演出したいのかもしれないが、職人としての鎮也の見立てでは不自然な傷である。これは戦いでの付き方ではない自傷によるものだろう。
「穣ちゃんたちもこんな小僧をほうっておいて、オレたちと一緒に試験の対策でも話し合わねぇか」
「あんたも試験を受けるのか」
ごつい男の試験対策って何か違和感がある。
「小僧テメェ、ランクはいくつだ」
「Fだけど」
カナリーとも似たようなやり取りをしたが、この男からはカナリーの時には感じなかった敵意を感じる。言い方次第で受け取る印象がかなり変化するものだ。
「ド新人じゃねぇか、それがランクBのオレ様にずいぶんとなめた口をきくな、オウ」
「それは失礼しました。なにせ今日到着したばかりなので」
「新人の上に田舎者かよ、ホントに見込みないな小僧、帝都に出てくる前に最低でもランクEになってないと、ここじゃ冒険者としてやっけんぞ」
それはすでに身を持って痛感している。
鎮也の苦い表情にとてもいやらしい笑みを浮かべる男。それはレフティアの闇を支配していたウーゴットの部下とよく似た笑い方だった。
「鎮也くん、用事も終わったし宿を探しにいかないと」
このチェインメイルの男に気を悪くした咲耶たち三人娘が立ち上がる。
「おう、風呂付きだな」
「ガハハ~、バカな田舎者だな、この帝都の宿で風呂なしを探すほうが難しいぜ、いったいいつの時代から来たんだよ、古代人かよ」
いつの時代からきたか、百二十年前の過去からである。古代人ではないがあながち的外れではない表現だった。
しかし、鎮也が言った風呂付きの宿とは、咲耶が満足できるレベルの風呂を備えた宿の事を指している。鎮也とてこの時代には適応してきているのだ。宿が風呂付きな事くらい当然知っている。
「ホントに見込みないぜガキ、穣ちゃん、こんな田舎小僧ほっておいてオレの宿で一緒に風呂に入ろうぜ、俺はこれでもランクA昇進試験を三回も受けてるんだ。試験の時の情報を教えてやるぜ」
自慢になるのだろうか、それはつまり三回も試験に合格できなかったということだ。
「この防具の傷は、その試験の時につけられたもんだ、俺じゃなかったら死んでいたぜ」
まったく自慢にならないことを、咲耶を中心に自慢してくる。
どうやら男は咲耶を一番のターゲットに選んだようで、視線を咲耶から放さない。外見的に黒髪和装の咲耶はこの帝国でも珍しい。
レオフィーナやトレイシアも美少女ではあるが、一番目立っているのは間違いなく咲耶だ。
「なんなら、俺の冒険団に入れてやってもいいぜ、その方が昇進の可能性がグンと高く――」
「お断りします」
咲耶は男の言葉を最後まで言わせなかった。
「なッ」
信じられないといったリアクションを取る男、まさか断られることなど無いと思っていたのだろうか、男だけでなく近くにいた冒険者たちも驚いている。
「鎮也くん、みんな行こう」
クルリと背中を向けた咲耶がスタスタと出口に向かう。
「あの女、真紅の誘いを断ったぞ」
「信じられね~」
「俺が変わってほしいぜ」
などと囁きが聞こえてきた。その中で一つ気になる単語もあった。
「真紅ってもしかして」
「ほう、田舎者でもその名は知っていたか、そうよ、オレこそランクA冒険団『真紅の秩序』次期団長候補様よ」
鎮也たちはレフティアで団長代理のカナリーと出会っていたが、今度は団長候補と名乗る男と遭遇した。




