第59剣『マラナ帰還』
どうしてルーシアはイクスたちを地上に呼びに行ったまま戻ってこなかったのか、それはルーシアが階段を登り切り砦の庭へ出ると、残っていた者たちが慌ただしく動き回っていたからだ。
庭の一か所に人だかりができている。
「ルー、戻ったのか」
砦の見張り台にいたソロティアが地下から出てきたルーシアに気が付く。
「何があったの?」
「マラナが重症を負って戻ってきたんだ、いま手当を受けてる」
「なんですって!?」
なんでマラナがケガを彼女には『梟の暗視』の戦力を探るように頼んだのはルーシアである。彼女なら梟程度に発見される心配はないからと、安心して任せていたのに。
マラナのケガは、私のせいだと思ったルーシアは人だかりへと走る。
「マラナ!」
マラナはクラネットとレオフィーナの二人から回復の魔法をかけられていた。
「マラナ、どうしたの、いったいどうして!?」
「今は待て、まだ話せる状態ではない」
詰め寄ろうとしたルーシアをレオフィーナが止める。
自分のせいで仲間は重症を負った。その罪の意識がイクスたちを呼びに来たと言う目的を忘れさせてしまった。
「落ち着いてルーシアさん、まだ意識がもうろうとしてるの、回復を待って」
体がショックで平衡感覚を失った所を咲耶が手を伸ばし支えてくれた。
「マラナさんは、ルーシアさんの指示で梟を偵察していたのよね、私にも梟ごときがマラナさんにこんな重症を負わせられるなんて信じられないの、落ち着いて状況を整理しましょう」
盾使いの獣人マラナ『真紅の秩序』の中で一番の体力と防御力を持った女性、素手の格闘戦ならランクAのカナリーよりも強かった。そんな彼女がどうしてここまで、マラナ用に帝都でも有名な職人に特注で制作してもらった頑強な盾に大穴が開いていた。
咲耶の言う通り『梟の暗視』などにここまで破壊できる盾ではない。
できるとしたら、あの大事に隠していた大砲ぐらいだが、大砲を受けたのならもっと壊れていないとおかしい。
「ウーゴットの隠し財宝の中に強力な武器があるって言っていたから、もしかしたらそれにやられたのかも」
「それってもしかして、あの剣たちを奴らが手に入れた」
咲耶の顔にわずかだが怒りが浮かび上がる。
「それ、少し、違う」
ルーシアの耳に弱々しい声が聞こえてきた。
「マラナ、意識が戻ったの」
「違う、私を襲ったの、梟違う」
しゃべれるまでに回復したマラナはぶつ切りの単語で自分が見た事を報告してくる。
ルーシアと別れ、一人『梟の暗視』の追跡を続けたマラナ。山頂付近の山小屋でウーゴットの資産を奪おうとしていた梟たちが、仲間がいなくなったと騒ぎだし、周囲を探索するととんでもないモノを発見してしまう。
「なんじゃこりゃ」
山小屋の裏手には戦闘の痕跡が残っており、大量の男たちが殺されていたのだ。
「こいつら、先行隊のやつらじぇねぇか」
「ギルドナイトに返り討ちにされたんでしょうか」
梟の後を追いかけ同じ現場を見たマラナはそれは違うとギルドナイトでは無いと感じた。男たちの殺され方があまりにも惨たらしかったのだ。まるで大型の魔獣に襲われたかのような惨状だ。
しかし魔獣だとしてもおかしな点がある、魔獣が人を襲うのは殆どが食事のためである。なのに男たちはただ強力な力で倒されただけであり、食事をとった形跡がない。中には縄張りに踏み込まれ怒りで襲ってくる場合もあるが、縄張りがあるならそもそも山小屋など作らせたりはしない。
「頭ッ魔物だ!!」
惨たらしい惨状に気を取られ、魔物の接近を察知するのが遅れた梟たち。
「あいつらがやりやがったのか!!」
木々を押し分けギガントオーグルが姿を現し、続いてエッジオーグルの群れも現れる。
「アレを使え、馬車を動かせ!!」
ギガントオーグルとまともに戦って梟たちに勝ち目は万に一つもない、昨晩ギガントオーグルを倒したように、馬車に積まれた大砲でギガントオーグルを倒そうとするが、エッジオーグルに数で攻め込まれて混戦状態になる。
「何をしている、早く馬車を奴に向けろ!!」
群がるエッジオーグルをかき分け、素手で殴り飛ばしながら何とか馬車へとたどり着いたリーダーを含めた数人の男たちは土の馬を引き大砲をギガントオーグルへ向けようとする。
「テメェら雑魚を馬車に近づけさせるなよ!」
手下たちが肉の壁となってエッジオーグルの侵攻を防ぐ、彼らも生き残るには大砲に望みを託すしかないので必至であった。
「こいつが魔法の馬でよかったぜ」
普通の馬ならこんな襲撃を受けたらパニックを起こして暴走していただろう。
「俺はまだ運がいいぜ、今度こそ貴様の魔核を引き抜いてやる」
腐ってランクBの冒険団のトップを務める男、肉の壁を突破し襲ってくるエッジオーグルを払いのけ馬車の向きを変えギガントオーグルにあたるように微調整していると、突如、魔法の馬が崩れ元の土へと戻ってしまった。
「なんだよ、いったい!!」
魔法の無効化、対魔法結界に包まれたことを梟のリーダーは察知することができなかった。
「くそっが!」
こうなったら自力でと、灰色の大砲を人力で動かそうとしたがそれを妨げる存在が現れたのだ。昼の太陽の光を遮り、バサバサと翼をはためかせる黒い物体が梟のリーダーの真上に出現した。
「あ、悪魔、だと」
エッジオーグルを素手で倒せる男が恐怖で体を硬直させ、今度は上空に現れた悪魔に自分が殴り飛ばされた。
リーダーがやられて慄く梟たち、悪魔は荷台の大砲を片手でつかみあげた。男が三人がかりでやっと運べた代物を持ったまま空へと舞い上がり、梟たちに向かってその大砲をぶっ放した。
爆音と悲鳴。
もはや無傷な梟は一人もいない、生き残った者も群がる魔物群れにあらがう手段を無くし、飲み込まれていった。
その一部始終を目撃したマラナはこの非常事態を仲間に伝えるため離脱しようとしたが、マラナ自身も恐怖に支配され大きく茂みを揺らすミスをしてしまい上空の悪魔に発見されてしまった。
マラナを発見した悪魔のヘソが赤く光った次の瞬間、細い光線が放たれ、とっさに構えた盾を貫通し、その衝撃で吹き飛ばされる。盾が犠牲になってくれたおかげでマラナは命拾いしたのだ。
「それから、必死、逃げた」
マラナはたどたどしい言葉で自分が見聞きした事を伝えてくる。
体の傷は逃げる際にエッジオーグルにやられたモノだった。
「悪魔、魔物、操る灰色の剣も、持ってた」
「灰色の剣!?」
魔物を操る灰色の剣、咲耶とレオフィーナにはとても心当りのある剣であった。
「サクヤ」
「うん、やっぱりこの山にもあったんだ」
これは是が非でも咲耶たちは悪魔と対面しなくていけなくなった。
「魔物の群れ接近!!」
見張り台にて短眼鏡を覗いていたソロティアが砦に迫ってくる魔物の群れを発見し警告を飛ばしてくる。おそらくマラナが追跡されていたのだ。
「牧場主さんたちはウルフと一緒に砦の中に避難して」
ルーシアがカナリー団長不在のため臨時で指揮を取る。
牧場主夫婦は戦闘要員ではない、ギルドが依頼した捜索協力者、冒険者は彼らを守る義務もある。
「マラナも一緒に砦の中へ」
「大丈夫、回復した、戦える」
レオフィーナとクラネットのダブルの回復はマラナを健康な状態へまで戻していた。疲労感はあるだろうが、彼女が戦力になるのなら休ませておくのはもったいないと判断、ルーシアは参戦を認める。
「ソロティア、魔物種類と数は!?」
「ギガントオーグル三体にエッジオーグルの群れ、群れは多すぎてわからねぇ!」
見張り台の下と上の会話なので自然と声が張り上げられる。そのためソロティアの報告は庭にいる全員に聞こえていた。
「ギガントが三体も!!」
イクスは悲鳴じみた叫びをあげた。
「勝てるわけがない、退路はありますか」
「ちょっと無理かな、相手の数が多すぎる」
「イクスさん、落ち着いてよ。ここは幸い砦だよ、原っぱで遭遇するより防衛戦にはとっても有利な地形、確実に一体ずつ倒していけば問題無いよ」
いつもカナリーを補佐するルーシアは立派に団長の代理をこなせていた。
カナリーが先頭に立ち引っ張っていくタイプのリーダーなら、ルーシアは同じ目線に立ち支えて共に歩くタイプのリーダーであった。
「そうだ忘れてたイクスさん。あの地下室でギルドナイトらしき人たちを見つけたんだ」
「本当ですか!?」
「私はイクスさんに確認してもらおうと呼びにきたんだった」
イクスに逃げられない理由を与えて奮起を促す。忘れていたのは本当のことであるが。
「それは、嬉しい呼び出しですね」
気力は取り戻したイクスはルーシアと共に砦の柵の上の足場に移動する。
「何としても切り抜けて、早く地下室に行かなければ」
「私もカナリーがシズヤ殿たちとどうなったか、確認に行かないとな」
この場をどうにかしなければおちおち確認にも赴けない。
地上に残っていたメンバーたちは梟が襲撃してくるのはわかっていたため、この足場に投擲できる石などを積み上げそれなりに備えていた。
「それにしても梟相手の備えを魔物に使うことになるとは」
「このまま使えればいいけどね」
ルーシアには一つの懸念があった、それはこの場にいるみんなが抱いたものだろう。
この石は咲耶が魔法で作った土の人形がバケツリレーで運んだモノ、運び終わった今は、そのまま投擲要員として柵の足場に並んでいるが、マラナの話しにあった対魔法結界、もしあれを発動されたら土の人形たちはただの土に戻ってしまい投擲要員がいなくなり、咲耶やレオフィーナの魔法による殲滅もできなくなってしまう。
「砦まであと五分くらいだね」
群れを監視するソロティアが敵の到着時間を告げた。
「ルーシアさん、率直に聞きます。勝率はどのくらいだと思いますか」
「魔法が使えれば十割、もし、魔法が封じられたら、よくて三対七かな」
「そうですか」
イクスはあえてどちらが三かは聞き返さなかった。
「あの短眼鏡も魔道具なんだ、どのくらい遠くまで見えるのかな」
悲壮感を漂わせるルーシアたちとは違い、咲耶もレオフィーナも普段と変わらずの平常心でいた。
「マスターがいれば鑑定もできるのですが、あれは私たちにもあれば便利そうですね」
「オークションで買った中にはなかったの?」
「買った物の九割以上が意味不明でした」
「レオナ、次から買い物するときは、商品の確認はちゃんとしようね」
二人は魔物が訪れるまでの五分を雑談をしてつぶしていた。
まだ肉眼で魔物をとらえることができない。
いや米粒ほどの動く物体が木々の間から少しだけ見えた、きっとあれがギガントオーグルの頭部なのだろう。
「レオナ、やっぱり灰色の剣ってあれだよね」
「そうですね、悪魔の正体はまだわかりませんが、使っているのは聖雷剣、もしくは聖雷剣を核に使ったウーゴット製の魔道具でしょう」
ギガントオーグルの影が見えたので徐々に真面目な話しに移行していく、気持ちも戦闘モードに入ってきた証拠だ。
「鎮也くんが戻ってくる前に取り戻してたら喜んでくれるよね」
「当然ですね」
「今度は競争は無しだよ」
「もちろん、マスターの剣を前にして遊ぶなどするわけがありません」
二人が話している間に魔物の群れははっきりと確認できる位置まで近づいてきていた。
そして、柵の足場に並んでいた土の人形たちが一斉に崩れ出す。これで投石要員が大幅に減ることになったが咲夜たちにはとっては返って嬉しい事態だ。
「対魔法結界、向こうから来てくれたね」
マラナの話では、この対魔法結界が張られてから悪魔が現れた。つまりこの結界は悪魔が近くにいる証拠。頼みの土の人形を失い緊張する『真紅の秩序』やイクスと違い、高揚した咲耶が六黒を引き抜いた。
「この結界を作り出しているのは魔物を操る剣とは違いますね、話題の悪魔はいったい何本の剣を所持しているのでしょうか」
レオフィーナもオジロを構え戦闘態勢に入る。
マラナの話では魔物を操る剣、対魔法結界を張れる道具、強大な細い大砲、これはもう確定と考えていいだろうと咲耶は判断している。
魔物の群れの先頭が砦手前に差し掛かった、あと一歩前へ踏み出せば投石を始めるまさにそのタイミングで、上空から号砲が響いた。
風を切り裂き強大な弾丸が飛来し、砦の門を突き破った。
オーグルたちが歓声の雄叫びをあげ一気に突っ込んできた。穴の開いた門では防ぎようがない。
そして、突撃する魔物たちの上空に蝙蝠のような翼を持つ黒い悪魔が現れた。
その手には、灰色の剣がしっかりと握られている。
「あれが噂の悪魔、ようやく見つけた」
「間違いない、マスターの剣だ」
「鎮也くんの剣、返してもらうよ」
咲耶とレオフィーナは柵の足場から飛び降り、穴の開いた場所へと立ちはだかった。悪魔の元へ向かうにはこの魔物たちを殲滅して突き進むのが一番の近道。
ここに悪魔率いる魔物の群れを相手にした、籠城戦がはじまる。




