第52剣『真紅の女性たち』
鎮也たち『七星剣』と分かれたカナリーたち救出隊本体は、ギルドナイトたちの痕跡を辿り山の奥へと進んでいた。先方して牧場主夫婦が放ったプラトンウルフが匂いを追ってくれている。
ベースキャンプで合流したイクスは『梟の暗視』の馬車に同乗させてもらっていた。女性しか乗っていないカナリーたちの馬車には乗りづらかったらしい。
カナリーの操る馬車はプラトンウルフの直ぐ後に付き一行の先頭に位置している。
「ねぇカナリー」
「ルー、仕事中は団長代理と呼べ」
「頭固いな~、ねぇ団長代理様」
呼び方を言いなおした『深紅の秩序』団長代理補佐のルーシアが話しかける。
「洞窟のとこに彼らだけ置いてきてよかったの」
「サクヤ殿、レオフィーナ殿の戦力が抜けるのは痛いが、洞窟の調査も必要ではあった、サクヤ殿の魔法が有ればそれほど時間をかけずに調査できるだろう」
調査が終わればすぐに追いつける。そうカナリーは考えているようだ。
実質咲耶の魔法は百人の労働者以上の働きができる。
「それにあのお二方は、少年を休ませたいようであったしな、無理をして付いてきてはいたが顔色も悪かった、昨日の襲撃が相当こたえたのであろう。出発前に連れてくるなと強く忠告しておくべきだった」
カナリーの鎮也への勘違いは相当に強くなっていた。
「休ませたいって所は同感だけど、脅えてる様子はなかったな、私にはただ眠いだけに見えたけど」
「あたいもそう感じた、何かものすごい眠たそうだったよな」
二人の会話に乱入してきたのは馬車の荷台に乗っている同じ『深紅の秩序』のメンバー弓使いソロティナであった。薄いグレーの髪のポニーテールが馬車の振動で揺れている。
不敵な笑みはいい加減な性格に見えるが、彼女は昨夜の襲撃から警戒レベルを一段階上げており、昨日から片時も弓から手を放していない。冒険団が敵と接触した時、真っ先に攻撃を仕掛けるのが彼女の役目なのだ。冒険団の先制を担う者としてカナリーもルーシアもソロティナを信頼している。
「徹夜明けってあんな感じだよな」
「それは昨夜の騒ぎで眠れなくなっただけだろう。どんな時でも眠る時は眠り体調管理をするのも冒険者として大事なしごとだ、彼は未熟でそれがまだできていないのだ」
鎮也の不調の原因が眠気だと知ってもバッサリと切り捨てるカナリー様。
「団長代理、それはちょっと酷い」
「何が酷いのだクラネット」
今度は魔法使いのローブを纏った小柄な少女がカナリーの意見を否定した『深紅の秩序』最年少魔法使いのクラネット。自分の身長とほぼ同じ長さの杖を握り荷台の後方に座っていた。
「彼に見張りを言い付けたのは団長代理、それから襲撃があった。彼は最初から休めていない、それにこの馬車は手作り、きっと雑用を押し付けられて徹夜で作ったんだと思う」
魔法使いとは博学な者が多い、クラネットも例にもれず冒険団の頭脳的役割についていた。彼女はレフティアのオークション会開催中の馬車の入手の難しさを理解していたのだ。
緊急の依頼で馬車が用意できていないと聞き、彼女だけは最初から徒歩を覚悟していた。鎮也の頑張りでその覚悟が無駄になったが『真紅の秩序』の中で馬車を用意してくれた鎮也たちに一番感謝していたのはクラネットであった。
「それじゃ彼は二日も徹夜したことになるのか」
カナリーは馬車の事情までは把握していなかった。クラネットに指摘され鎮也に申し訳ないことをさせたと反省する。
「恐らく、出発の朝から眠そうだった」
それなのにカナリーは鎮也へ御者を務めるようなことも言っていた。
実際はその時点で徹夜三日目であった鎮也、流石にそこまでは誰もわからない。
「それは彼に悪いことをしてしまったな、言ってくれれば良かったのに」
「団長代理は返事も聞く気なかったんでしょ」
ルーシアは思い込みで暴走するなと注意をしているが、こればかりは性格なのか、なかなか改善されていない。
「この馬車、丈夫、頑丈、壊れない」
最後に唯一会話に加わっていなかった長身の犬耳の獣人女性マラナが口を開いた。彼女は自身が持つ一メートル以上の盾を持ち上げてみせる。
カナリーの全身鎧と並び、盾使いである彼女の装備も相当な重さであった。特にマラナの盾は自身の身長に合わせた特注品であり、重量は一般の同サイズの盾の倍近くはあった。
「この馬車、作る、職人、腕上手」
砂漠の部族出身であるマラナは、共通語が苦手で片言しか話せない、しかし口から出る単語は明確で意思疎通は問題無くおこなえていた。
「マラナの言う通りだね、気が付かなかった」
馬車の事を指摘され、ルーシアが改めて乗車している馬車を意識してみると、とても高性能であることがわかった。
「山道の悪路だって言うのに、車輪が外れることなくしっかりしてるし、カナリーとマラナがフル装備で乗っても軋み一つしなかったよね」
外見がボロだから気が付かなかったが、カナリーたちがレフティアまで乗ってきた馬車よりも丈夫ではないか、前の馬車はマラナの盾をのせれば車体は傾いていたのだから。
「この依頼が終わったら、この馬車譲ってくれないか交渉してみない」
「あたいも賛成」
「「賛成」」
カナリー以外のメンバーが全員賛成に手を挙げた。
「彼とはコネを作っておいて損はないと思うよ、カナリーじゃなかった団長代理」
「ルーもみんなも、やけにあの少年の肩を持つな、たかがランクFの新人だぞ」
徹夜をさせ無理をさせたことは反省しても、やはりカナリーの中では鎮也への評価は高いモノではなかった。
「カナリー団長代理がランクに拘って本質が見えてないだけだと思うよ、あの人の行動を見てれば相当な人だってわかるもん」
カナリーはたしなめたつもりが、逆にルーシアにたしなめ返された。
どうやらカナリー以外のメンバーは鎮也が只者ではないと薄々感づいていたようだ。
「そうでなかったら、通り名持ちの二人が付き従うわけないじゃん」
「確かに私もあの少年の未来性は感じた。しかし、現段階で新人であることには変わりない、身の丈に合わない高評価は驕りを生むぞ」
自分の判断基準は曲げられない。
「まあ、それでこそカナリーって気もするよ」
カナリーのランクに拘る理由を知っている仲間たちは、これ以上は何も言わなかった。
冒険団『真紅の秩序』のメンバーは。
団長代理で重剣士カナリー。
団長代理補佐でもある遊撃手ルーシア。
ムードメーカーの弓使いソロティナ。
最年少で博学の魔法使いクラネット。
最後に無口な獣人の盾使いマラナ。
で構成されている。他にも帝都に残り別の仕事こなしているメンバーとスカウトマンのエルラークがいる。
カナリー以外のメンバーは全員がランクBではあるが、冒険団としては総合でランクAと認定されている。この救出隊唯一のランクAの冒険団リーダーとしてカナリーが必要以上に気を張っていることも仲間たちは理解していた。
カナリーが無理をし過ぎないように注意しようと、御者台に座るカナリーには気付かれないようにルーシアたちはアイコンタクトを交わした。
それからしばらく進むと、次第に草が高くなり、馬車で進むのが難しくなっていく、そして先頭で痕跡を追いかけていたプラトンウルフの足が止まった。
これは追跡が不可能になったわけではなく行く手を伸びた雑草が覆い、これ以上は馬車での行軍が無理だと判断したため牧場主夫婦がウルフたちを止めたのだ。
「ここからは徒歩で行くしかないな」
カナリーたちが馬車を降りる。普段ならここで馬を外して逃げられないようにと、留守の間に魔物に襲われないように上級の冒険者たちは結界を魔法や魔道具で仕掛けるのだが、この馬は咲耶が出した魔法の馬、待てと命令するだけで逃げる心配も襲われる心配もない。
「荷物を降ろせ、ここからは徒歩だ」
カナリーは後続の馬車にも指示を飛ばす。牧場主夫婦は素直に降りてくれたが、出発する前から問題ばかり起こしてくれた『梟の暗視』がここでもからんできた。
「ちょっと待てよ、俺たちは荷物がでかいんだぜ、このまま馬車で移動させろ」
荷物がでかいとは、昨晩ギガントオーグルを倒した大砲の事を言っているのだろう。ご丁寧に布をかぶせて後生大事にしている。
「人数だけは多いんだ、分担して運べばいいだろう」
「それじゃいざという時の対応が遅れるじゃねぇか」
山へと到着する道すがらも夜襲を受けた時も、もっとも遅れて反応した集団が抜けぬけと良く言える。これではカナリーの言葉に嫌味が混じってもしょうがない。
「では好きにするといい、もっともここから先は馬車では通れそうにないぞ」
「へん、テメェの目は節穴だなランクA様よ」
梟のリーダーはスタスタとカナリーの脇を通り抜けると、茂みの一カ所を持っていた剣でかき分けてみせた。その先には馬車が通れる程の幅がある道が続いていた。
高い茂みで道が覆い隠されていたのだ。
カナリーはまったく気が付くことができなかった。後ろの馬車に乗っていた男は気が付いたのに、先頭にいた自分が気が付かないんてとカナリーにはショックの大きい出来事であった。
「この道から行くぞ」
「ま、待て、まだその道をギルドナイトたちが通ったかわからないではないか、痕跡の残るルートから外れるわけにはいかないぞ」
ギルドナイトたちもカナリーと同じようにこの隠された道に気が付かなかった可能性もあるのだ。
「だったら、そこのウルフに聞いてみればいいだろ」
プラトンウルフたちが改めて痕跡を探ってもらうと、すべてのウルフがその隠されていた道に反応を示した。ギルドナイトたちもこの道を通ったのは間違いないようだ。
「ほら見ろよ、探索は冒険者の基本だぜ、よく周囲を観察しないからこの程度の道も見つけられないじゃないのか、お偉いランクA様、ちゃんとランクに見合う仕事はしてくださいよ」
梟のリーダーがカナリーを小馬鹿にし、馬車に乗ったままの『梟の暗視』たちがゲラゲラと笑った。
「夕べのギガントオーグル戦でもたえして役に立たなかったし、お嬢ちゃん、あんたホントにランクAなのか?」
ピクリとカナリーの肩が震える。
何も言い返すことのできないカナリー。
肩をぶつけて梟のリーダーは通り過ぎ自分たちの馬車と戻っていく。
「さあ出発するぞ」
カナリーの指示も待たずに『梟の暗視』の二台の馬車が動き出し、カナリーたちを追い抜いて一行の先頭に立った。
その後ろ姿をカナリーは悔しそうに見つめ、握りしめた拳がわなわなと震えていた。
「カナリーじゃなかった団長代理、何してるのほら、私たちも行くよ」
最後尾になってしまった『真紅の秩序』の馬車をルーシアが動かし、立ち止まっているカナリーを盾使いのマラナが荷台へと引っ張りあげた。
「……すまない」
馬車はそのままルーシアが操り、カナリーは荷台でうつむいたまま仲間たちに謝罪する。
「もっと、仲間、頼る」
「マラナ」
「そうだぜ団長代理、代理になったばかりで気張るのはいいけど、何でも一人でしょい込むなよ」
「ソロティナ」
向かいに座る弓使いのソロティナもカナリーを励ました。みんなカナリーが代理だというプレッシャーと戦っていたこともちゃんと理解してくれていた。
「みんな、感謝、する」
カナリーの目元にキラリと一粒の星が光った。
「マラナさんみたいなしゃべりになってる」
これも励ますためだろう、普段はおとなしい魔法使いのクラネットがカナリーにツッコミを入れる。
馬車の雰囲気が少しだけ明るくなる。
「団長、少しは落ち着く時間をあげたいところだけど、状況はどうも不気味な感じになってきたんで、ここいらで意見交換しない」
全員がカナリーに話しかけた所を見計らい、御者台のルーシアが真面目な話し合いをしようと提案した。代理の文字を省いたのはカナリーはもう大丈夫だと判断したからだろう。
「賛成、情報、整理する」
「このタイミングがベストだと思います」
マラナとクラネットが意見交換に賛成した。
「あたいももちろん賛成、最後尾になってちょうどいいよ、あいつらに話し聞かれる心配もないし」
前方のあいつら『梟の暗視』たちを睨むソロティナ。
「ただでさえ難しい依頼だってのに、腹の中まで問題が出てきた」
「ソロティナ、それはどういう意味だ」
「おいおい、しっかりしてくれよ団長、いつものあんたなら気が付いてただろ、あの梟どもの行動が明らかに怪しいって」
ソロティアが人差し指をカナリーの鼻先に突きつけた。
「まったく、団長なんて肩書で無理やり自分を変える必要なんてないんだよ、誰もカナリーが団長になるの反対してないんだから」
「エルラークは反対したがな」
「誰だそれ、そんな奴の事なんてどうでもいいんだよ」
「そうそう、ソロティナの言う通り、そんなどこの誰とも知らないインチキスカウトマンにカナリー団長を反対できる権利はない」
「エルラーク、敵、必ず倒す」
「ダメですマラナさん、ここでその話しは」
クラネットが二台前の馬車を指差す、そこには『梟の暗視』のメンバーと何かを飲み交わしながら周囲の警戒もせずに駄弁っているエルラークの姿があった。
「そういえば、参加してたんだった」
ルーシアは本当にエルラークの存在が視界に入っていなかったようだ。
「聞こえていないと思いますが、警戒は必要です」
「ってあいつら酒飲んでねぇ」
ソロティアがあきれた声をあげる。
『真紅の秩序』の女性たちがエルラークを見る目はとても冷たく同じ冒険団の仲間に向ける視線ではなかった。
「今はあやつの事は置いておこう。すまない話がそれたな、確かに意見交換は必要なようだ」
ここまで不用心な梟たちにカナリーも違和感を覚えた。仲間たちが気が付いた事を聞くためにエルラークの存在を一時的に思考の外へと追いやった。
『梟の暗視』たちが何かを企んでいる。それは『真紅の秩序』の女性全員が抱いた疑いであった。
真紅の秩序メンバー紹介回でした。
人数が増えると書くのが難しいですね、でもやっぱり冒険者パーティーは4~6人くらいが基本だと思うんですよ。
次回もカナリーたちレオナに鎮也のハーレム候補としてロックオンされた少女たちの話でいくつもりです。




