第46剣『望まぬ記録』
頭部を失ったギガントオーグルがゆっくりと仰向けに倒れた。その巨漢のため倒せた衝撃が地響きとなって伝わってくる。
「お゛っしゃ~~!」
『梟の暗視』だけが汚い歓声をあげた。
カナリーが大量にかいた額の汗を拭い、肩を怒らせベースキャンプへ戻ってきた。
「貴様らァ! 我々が戦っていたのが見えなかったのか!」
カナリーが『梟の暗視』を怒鳴りつける。ここは怒って当然だ、一歩間違えばカナリーたちはあの砲撃に巻き込まれていたのだから。
「見えてたぜ、だから助けてやったんだろ」
「助けなど不要だった!」
「強がるなよ、決め手にかけてたじゃねぇか」
「クッ」
決め手に欠けていたのは事実であった。カナリーは悔しそうに唇を噛みしめる。
あのまま戦いを続けていても、決着はつけられなかっただろう、だから咲耶も加勢しようとしたのだ。
「ほら、礼を言ってもいいだぜ、なんら朝まで俺の腰の上で踊るか」
「ふざけるな、貴様と踊ってなんの得がある」
カナリーは卑しい隠語が通用しなかった。
「案外純真なのかもしれませんね彼女」
「レオナ、案外はよけいだろ」
カナリーの返しが想定外であったようで、梟のリーダーは間抜けな顔をする。
「まだ襲撃があるとも限らない、私たちは周囲の偵察をする。休める者は交代で休め、本番はあくまでも行方不明者の捜索なのだからな」
これでやっと休めるのか。
鎮也がゆっくりと座り込むと。
「マスター、これは嫌なパターンのお約束です」
襲撃時、ずっと支えてくれていたレオフィーナが鎮也にささやいた。それは認めたくはないが鎮也も同じ予感がしてしまった。
「君、すまないが、夜食の用意をしてくれないか」
カナリーがひっくり返っている鍋を見ての頼みごと、まだ少しだけ牛肉の香りが辺りに残っている。
トレイシアの料理は戦闘を終えたカナリーの胃も刺激したようだ。
「襲撃があった以上、ここも安全ではなくなったからな、見張りも増やそう、すまないが『七星剣』に依頼したい」
(ほらやっぱり)
やりあったばかりの『梟の暗視』には頼み辛いことは鎮也も理解できるが。
二度あることは三度あるどころか、これで鎮也の四日の徹夜が決定した。
「それじゃ俺たちはあのギガントオーグルの素材と魔核を頂くぜ、俺たちが倒したんだから文句はねぇな」
「好きにしろ」
どうでもいいと切り捨てカナリーは『真紅の秩序』の半分のメンバーを連れて周囲の偵察しに行ってしまった。
「よしゃ、野郎ども解体作業だ」
「うお~~~」
魔獣とそう変わりない雄たけびをあげてギガントオーグルの死体へ群がっていく。
「ギガントオーグルの肉は固すぎて食べられないそうですが、骨や牙は高純度の魔力を内包していて高額で取引される素材ですし、取れる魔核は当然Aクラスです」
歩く魔物辞典トレイシア先生が分かりやすい解説をしてくれた。
「まさに宝の山ってわけか」
鎮也はまだギガントオーグルの骨は素材に使ったことが無いので、一度何か作ってみたい気持ちになる。
魔力を素材自体が内包してるなら、付加する必要もないし、ギミック剣に持ってこいだ。
「ただ、問題もあるんです。先程も言いましたが肉が固すぎるので、討伐後は早めに処理をしないと骨などは内包している魔力がどんどん失われていくのです」
つまり解体が遅れれば遅れるほど、素材の価値が落ちてしまうと。
「おい、頭を吹き飛ばしたら牙が取れなくなっただろ、どうして心臓を狙わなかったんだよ」
「バカ野郎、もし魔核にあったらどうすんだ、一番高価な素材だぞ」
「牙なんてどうでもいいから、魔核を取り出すの手伝えよ、固すぎてナイフが通らねぇ」
「解体もできないなんて貧弱だなテメェ」
「だったらテメェがやってみろよ!」
ただの解体作業で喧嘩をはじめてしまった『梟の暗視』たち。
カナリーが大剣でかすり傷を付けるのがやっとだったのだ、普通の剥ぎ取りナイフで解体などできるわけがない。
「彼らAランク相当の魔物の解体経験が無いみたいですね」
鎮也たちも冒険を始めたころは解体に苦労した記憶がある。だから本来の用途とは違うが、六黒を用いた解体をしてしまうのだ。
「鎮也くん、私はナイトオーグルの解体しちゃうね、魔核だけでいいでしょ」
「悪いけど頼んだ」
咲耶は六黒を抜きナイトオーグルへと向かう。
「マスターはこちらに、さすがにこのままではまずいです」
寝不足の体調不良は限界にきている。慣れないゴーレム制作は想像以上に体に疲労を溜めていたようだ。チートの体でなければ間違いなくぶっ壊れている。
「シズヤさん、私は夜食を作っておきますね」
「悪い、頼んだ」
「はい、頑張って元気になる夜食を作りますね」
鎮也に仕事を任されてトレイシアはとても嬉しそうに夜食の準備を始めた。
そしてレオフィーナに連れられ、テントの影に移動した鎮也はオジロを使った回復魔法を受ける。それもこれまで普通の回復魔法などではなく、瀕死の重傷者でも回復するような最上位の回復魔法を受けた。
まだ頭が少しだけくらくらする鎮也だが、これで何とかカナリーたちの足を引っ張らない程度の戦闘くらいはできるだろう。
「マスター、しばらく休みますか」
「いや、夜食の準備を頼まれたの俺だし、シアの手伝いをする」
一度受けた仕事は例え押しつけらモノだとしても最後まで責任をもってやり遂げる。これは鍛冶師となった時に立て鎮也の誓いであった。
「融通がききませんね」
「自分でもそう思う」
料理には自信が全くないが、火の番くらいはできるだろう。
本当に火の番しかできなかった鎮也。
夜食はトレイシアとそうそうに解体を終わらせた咲耶がメインで作り、鎮也、レオフィーナ、そして継続して見張りに残ったイクスの三人は鍋を囲んで火を見ながら眠気を紛らわせるために適当な会話を続けるだけだった。
「おい、Fの雑魚、テメェもこっちにきて手伝えよ」
「まさか、高位の冒険者にできないことをランクFの俺にできるわけないでしょ」
「チィ!」
そんな命令口調の頼み方じゃ協力をしてくれる者などいない。
偵察に出ていたカナリーたちが戻ってきたのはそれから三時間ほどであった。『梟の暗視』たちはまだ解体作業をまだ続けている。目的の魔核はまだまだ見えていない。
「あいつらはまだあんなことをやっていたのか」
「お夜食できていますよ」
「すまない助かる」
偵察に出ていたメンバーにトレイシアが夜食を配って回る。
「うまいな、何でこの材料でこの味がでるんだ」
「隠し味です」
トレイシアが改めて作り直された夜食は、牛肉味だけのスープと違い、ちゃんと素材のうま味も引き出した上で隠し味として味変化塩(牛肉)が使われていたので格段にうまくなっている。
鍋一杯に作られていた夜食はあっと言う間に無くなった。
「それで周囲の様子は」
偵察の結果をイクスが聞く。
「他に魔物が潜んでいる様子はなかった、匂いけしなどの魔物避け魔道具も正常に作動していた」
ギガントオーグルがAランクの魔物だから魔物避けが単純に通用しなかったのか、それても別の要因があったのかはカナリーにもわからなかったようだ。
「ただ、あの魔物たちはギルドナイトたちが向かったと思われる方角からやってきていた、私たちが目指す場所に何かあることは確かであろうな」
「そうですね」
東側からこのベースキャンプにやってきたのはギルドナイトたちではなく魔物、この事実がイクスに重く圧し掛かったようだ。
「そう落ち込むなイクス殿、情報がまったくないわけではないだろう」
「え?」
偵察で手がかりを掴めなかったと言ったカナリー自身が情報はあると言う。
「あのギガントオーグルだ、あいつはギルドナイトたちの向かった方角からやってきたが、傷一つ負っていなかった、ギルドナイトの中にはランクAの者もいたのであろう、遭遇したのならあの魔物を手傷を負っていたはずだ」
確かに、イクスよりも腕が上だというギルドナイトたちが接敵していれば、ギガントオーグルと言えど無傷なはずが無い。
「そうですよ、あの人たちなら、あの魔物でも倒す実力と装備は持っていました」
自信をもってイクスは言いきった、ギルドナイトたちならあのギガントオーグルでも倒すはずだと、つまりギルドナイトたちはギガントオーグルとは遭遇していないことが証明されたのだが、そうなるとこの先にはギルドナイトたちの消息を絶つ要因を作った、それ以上の化け物が潜んでいる可能性がでてくる。
仲間の無事な可能性に喜び、気が付いていないイクスを除き、この場にいた全員が共通の認識をもった。
「人間って立ったままでも眠ることはできそうだな~」
結局、解体ができなくて騒ぎだした『梟の暗視』のおかげで交代の時間になっても休むことのできなかった鎮也は、したくも無い徹夜記録を更新した。
今やどんな状況でも眠る自信がある。
「鎮也くん、出発みたいだよ」
「お~う」
鎮也の乗った馬車が動き出す。
馬車の揺れがまるでゆりかごのように心地よい、鎮也の座る御者台には鎮也が倒れないように右に咲耶、左にトレイシアが座り、左右から支えてくれていた。
「両手に花ですねマスター」
「お~う、徒歩じゃなくてよかったよ」
受け答えが少し変になっている。
『梟の暗視』たちは鎮也のことをうらやましそうに睨んでくるが、眠くてまったく気づいていなかった。
夜明けと同時の出発、ここからは徒歩で行く予定であったが、咲耶の魔法の馬ならばまだ行けそうだとの判断から、馬車での移動となった。廃材から作られた馬車が一般のよりも幅が狭かったことが山道を進める要因にもなっている。
もちろん狙って作ったわけでない、見本がなかったので、このくらいかなと鎮也の目分量で作られた馬車がたまたまそうなっただけ。
牧場主夫婦は馬車からプラトンウルフを放って冒険者の痕跡を追跡させている。
この夫婦は昨晩の襲撃時には、すぐにウルフたちの休む馬車に入り、騒ぎ出さないように鎮めていたらしい、のほほんとした雰囲気になのに、いざという時は迅速に自分の役割をこなしている。
現在も馬車の上から五匹にプラトンウルフを巧みに操っていた。
「シアが尊敬するだけあるな」
「はい、私もいつかあんな風になりたいです」
ウルフたちはギルドナイトたちの痕跡を辿り、ギガントオーグルが木々をなぎ倒して広げた道を進んでいく、ヤマトもウルフたちに混ざって追跡に参加していた。
慎重に警戒しながら一行は山道を進んでいく。
ギルドナイトたちの足跡とギガントオーグルが通った道がまったく同じ、途中で分かれるかとも思った一行だが、出発から一時間が経過しても二つの痕跡は重なったままだった。
「シズヤさん、声が聞こえます」
トレイシアが鎮也の袖をひぱった。
「声って、例のあれか?」
トレイシアが言い続けていた、この山の奥から聞こえるという悲鳴のような声。
「はい、だいぶ近いです、この道の先から」
真っ直ぐに痕跡の続く道の先を指差した。
鎮也は両頬を叩き眠気さを払うと、道の先を視線を向ける。




