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第44剣『マルチシスターその2』

 時は少し遡り、トレイシアがテントを飛び出した後の時間。


 鎮也とイクスが見張りのため寝ずの番をして、ヤマトは鎮也が見張り中に寝ないように見張ってくれていた。二人と一頭は夜の寒さをしのぐためにテント近くで焚き火で暖をとり夜食のスープを作っていると、トレイシアがテントから飛び出してきた。


「シアどうした」

「シズヤさん、どうしてここに!?」


 なぜか鎮也を見て驚くトレイシア、焚き火のせいなのか彼女の顔が鎮也にはとても赤くなっているように見えた。


「どうしてって、見張りだよ、そうなってただろ」

「え、あ、ああそうでした」


 両手をばたつかせあたふたするトレイシア。


「寝ないでいいのか、俺みたいになるぞ」

「私は来る道中の馬車の中で休んでいましたから大丈夫です。シズヤさんこそお疲れのところご苦労様です」


 テントに戻るつもりはないようでトレイシアは鎮也の横に腰を下ろした。


「何か作っていたのですか?」


 トレイシアが焚き火でくべられている鍋を見つける。これは鎮也たちが夜食用に作っていた名前不明のスープである。


「やることもないし、小腹がすいたから、ある物を適当に放り込んでみた」

「食材は私が周囲を偵察していた時に見つけたモノです。毒はないことは知っていますから、安心してください」


 イクスは食べても大丈夫なことは保障するが、味の方は保障にしない。


「なにか、変わった香がしますね」

「まあ、少し失敗したかもな」


 トレイシアの優しさが目に染みる。けっして匂いのせいではない。


 鎮也は剣作りには自信はあるが、料理系は苦手であった。日本にいたころにはコンビニ弁当ばっかりだったし、こっちの世界に来てからも料理スキルが上がるようなことはしていない。ギルドナイトのイクスも料理に関しては、鎮也とどっこいの腕前であった。


 二人はとりあえず、沸かした鍋に食べれる食材をぶち込んで煮込んでいるだけだったのだ。


「まあ、あれだ、うまい食事をするより、こういったモノを食べた方が眠気は無くなる」

「そうですよね、私たちの役目は見張りですから、これは眠気対策の料理です」


 言った鎮也自身が苦しい言い訳だと感じてしまう。

 よそわれた器のスープは二人とも手を付けていない。


「ちょっと、味見していいですか?」

「あ、無理はしない方が」


 大丈夫ですと、トレイシアは鎮也の手つかずの器から少量を小指ですくってひと舐め。


「ッ! これはその……」

「正直にいっていいぞ」

「まだ、ウルフたちのエサの方が」


 鎮也とイクスの手料理は魔獣のエサに負けた。


「灰汁くらいは取った方がいいですよ」

「料理を作れる仲間のありがたみを痛感させられますね」


 イクスの仲間とは、行方不明になっているギルドナイトたちのことだろう。心配なはずだ、でなければ一人独断で先行などしない。


「これは、もうどうしようもないですね」


 イクスはやりきれない気持ちを隠すように、自分の器の得体のしれないシープを一気飲みした。


「とてもまずいです。吐き気がするほどに」


 空になった器に二杯目のスープを注ごうとする。おたまで救うだけで目と鼻に刺激臭がした、イクスの目が涙ぐんでいるのは、まずいスープの飲んだせいにしたいようだ。


「もうやめといて方が」

「いえ、不味いだけです、体は温まりますから、それに捨てるなんてもったいないことはできません」

「でしたら、私に任せてください」


 トレイシアが液体の入った小瓶を旅用ポーチから取り出した。


「それは?」

「私が作った調味料です」

「調味料まで作れたのか」

「はい、調合薬師も見習いレベルですが勉強しましので」


 また新しいトレイシアのジョブが発覚した。鎮也が小瓶へ鑑定眼を発動させる。


「――――――――――――――――――――――

【名称】無味無臭薬

【製作者】トレイシア

【分類】薬品  【レア度】☆☆(2)

【スキル】

『無味無臭』……混ぜた食材の味と匂いを消す。

【補足】

 無毒の薬品。魔獣に臭く苦い薬を飲ませるために開発された薬である。

―――――――――――――――――――――――」


(トレイシアさん、それ調味料じゃなくて薬品に分類されていますけど)


 それでも無毒と出ているし、これを混ぜればこの臭い匂いから解放されそうなので鎮也はあえて止めはしない。

 トレイシアが鍋に無味無臭薬を混ぜると、辺りを支配していた表現しがたい匂いが薄くなっていく。


「これはすごい調味料ですね」

「自信作ですから」


 もしかしたら製作者のトレイシア自身が薬品に分類されているのを知らないのかもしれない。


「これで、涙を流さないですみますね」


 あえて鎮也もトレイシアも涙の理由を指摘することはなかった。


「ちょっと待ってください、これでは味がなくなったままですので」


 また新しい小瓶を取り出す、今度は液体ではなく塩のような粉末が入っている。

 鎮也はまた怖いもの見たたさで、鑑定眼を発動させてしまった。


「――――――――――――――――――――――

【名称】味変化塩(牛肉)

【製作者】トレイシア

【分類】調味料 【レア度】☆☆(2)

【スキル】

『味変化』……振りかけた料理が少しだけ牛肉の味がする。

【補足】

 塩と牛肉エキスを魔法で混ぜ合わせ小さな結晶にしたもの、魔獣などの食欲増進に用いられている。

―――――――――――――――――――――――」


 今度は薬品ではなく調味料となっていたので、ホッとした鎮也だが、結局魔獣用であることには変わりなかった。

 しかしトレイシアが塩を振りかけ混ぜていくと次第に香しい匂いが漂ってきた。


「このままだと、ちょっと食材が大きすぎるので細かくしますね」


 無駄のない手つきで鍋の中から大きめの食材をすくいあげると、取り出したナイフで小さく裂いて鍋へと戻す。


「半生だったのもあったので、もう少し煮込みましょう」


 これが先程までの不味い料理と同じ食材なのか。

 トレイシアが調理し始めて少し、色も見た目も変わっていないのに、食欲を刺激する匂いのせいでおいしそうに見えてきた。


「ちょっと、味気ないかもしれませんが」


 トレイシアが味見のためにひと舐めして完成した。


「うん、まあまあです」


 鎮也は自分の器に入れ直された名称不明スープを一飲みすると、牛肉の味がした。見た目と味が違うのはこの際無視して、普通においしかった。


「やっぱりシアは料理人の見習いもしてたのか」


 調合薬師の見習いまでしていたので、料理人の見習いくらいもしていてもおかしくない。


「いえ、料理は教会にいたときに覚えました、下に義妹や義弟たちが多かったので、鍋で大量に作る料理は得意なんです」

「ああ、リーザやアレイたちか」

「アレイくんは、この塩を使った牛肉味の野草スープが大好きなんですよ」


 もしかしたらトレイシアが牧場で働いていたのは調教師の憧れもあっただろうが、肉などを安く手に入れ教会へ届けていたのかもしれない。


「ヤマトさんもどうぞ」


 いつの間にかに用意していた魔獣用の器にトレイシアが肉味のスープを入れてくれた。

 ヤマトはそれをおいしそうに飲み始める、わずか数秒で飲みきった、魔獣用の調味料は伊達ではなかった。ヤマトは聖獣であるが、獣の部分は共通している。


「そうだ、前に約束したブラッシングしてあげる」


 トレイシアがブラシを取り出したのを見て、ヤマトが嬉しそうにすり寄った。


「近くで見ると本当に剣のような角ですね」

「鋭いから気をつけろよ」

「はい、勉強してますから大丈夫です」

「勉強?」


 勉強とは、トレイシアは危なげなく剣の角をよけてブラッシングしていく、ヤマトは気持ちよさそうに目を細めて、トレイシアにされるがままだった。


「角はこの布で拭いていいですか」


 鎮也にではなくヤマト本人に聞く、ヤマトは問題ないと頷くとトレイシアへ角を差しだした。ヤマトが鎮也たち以外に角を触らせるのははじめてのこと、そうとうなついている。


「絵本に書いてあった通り、本当に剣のような角ですね」

「絵本?」

「こ、こっちの話です」


 それからは特に会話をするでもなく、鎮也はただヤマトにブラッシングをするトレイシアを眺めていた。

 このまま会話もなく静かな時間が続くと眠くなってしまいそうなので、話題がないか悩んでいると、昨日トレイシアが話していたことを思い出した。


「シア、昨日の話しを聞いてもいいか?」

「昨日の話しですか」

「ほら、山から呼ばれている気がするって言ってだろ」


 咲耶が参加したいと志願してきた理由の一つだ。


「それは今でも聞こえてるのか」

「いいえ、今は聞こえません」


 ブラッシングに区切りをつけ鎮也へ首を振って答えた。


「出発してから徐々に弱くなり、今日はたまにしか」

「それは、呼んでいる存在が弱ってきてると解釈できるよな」

「はい」

「呼んでいるとは、私の仲間たちでしょうか」

「わかりません、ただ人間ではないと思います」


 街にいてトレイシアは山からの声を聞いていた、馬車で半日も離れた場所まで声を飛ばすとはどんな存在であろうか、それもトレイシアにしか聞こえない、何か鎮也たちには無い素質をトレイシアは持っているのかもしれない。


「そうですか、人間ではない」


 仲間であることを否定され、イクスのまた暗くなった。今の彼はわずかな希望でも持ちたいのであろう。


「ところでシア、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」


 これ以上、この話しをしてもイクスを暗くさせるだけなので、鎮也は今回の仕事とは全く関係無い話題へと変えた。


「その小さいポーチなんだけど、見た目より物が入ってるように見えるけど」

「これですか、レフティアのオークションでたまたま見つけた魔法のポーチなんです、壊れて捨て値だったのを買って私が直しました」

「直した、もしかして魔導技師の見習いも」

「はい、オークションの時期はレフティアにも魔法技師の方がいらっしゃいますので」


 魔道具などを製作する職人魔導技師、帝都内で腕を振るう多くの魔導技師は首都ロードイリアで活動しているがレフティアにもいないわけではない。流れてくるオークション品を狙って大会前後だけやってくる者たちもいる。

 トレイシアはそんな技師たちを捕まえて雑用をひきうける代わりに短期の見習いとなっていたらしい。


「俺の持ってる魔法のカバンにそっくりな能力だな」

「私もそう思って直したんです、とても難しかったんですけど、絵本と同じ能力で、お揃いじゃないかなって勝手に思ってたんです」


 お揃い、確かに見た目もどことなく鎮也の魔法のカバンに似ていた。


「また絵本」

「え、ああ、気にしないでください、小さい頃によんだ絵本の話しです」

「そうか」


 鎮也には意味がわからなかったが、テントの中で咲耶が隠れて読もうとしていた絵本のことだ。


「でも良いなそれ、今はそんな魔道具もあるんだ、これがあれば聖雷剣の回収も楽になるよな、できれば咲耶とレオナの分も用意したいけど、シアってそれ複製できる?」

「材料があれば多分ですが、その材料が高額で」

「なるほど、でもそれなら問題無い、俺たちの冒険団は金持ち……」


 持っていた金の殆どをカイザンに渡したことを鎮也は忘れていた。所持金の残高を思い出したとたん、口の回りが遅くなってしまった。


「金持ちだったからな、すぐに材料費くらよういできるはず、だと思う」

「なんだすかそれ」


 つまり今はあまりお金が無いということ。


「もしかして、もうあの屋敷で見つけた金を使い果たしてんですか」


 イクスもカイザンから金塊のことを聞いていたようだ。


「ちょっと高額な依頼をギルドに発注したんだ」

「あの金塊で発注するなんて、いったいどんな依頼ですか!?」


 Aランクどころか伝説Sランクの依頼でも考えられない高報酬だ。普通は信じられないだろう。


「イクスさんならカイザンから説明してもらえると思うから、帰ったら聞いてみて」

「とても気になりますので、帰ったら総支部長に聞いてみます」


 ようやくイクスも雰囲気も回復して場の空気が和んだと思ったら、ブラッシングをしてもらいご機嫌に寝そべっていたヤマトが両耳を立たせ起き上った。


「ヤマトさん?」


 ヤマトは暗い茂みの先を睨みつけ唸りだした。


「襲撃か」

「まさか私が作ったスープのせい」

「いえ、このベース周囲には匂い消しの魔道具が仕掛けられています。全員でバーべキューをしても魔物はよってきませんよ」


 つまり匂いに釣られたのではなく、何らかの目的を持って近づいてきている存在がいる。


「まさかギルドナイトたちが戻ってきたんじゃ」


 イクスが希望に顔を輝かせるが、ギルドナイトならヤマトはこんな反応をしない、相手は明確な敵意を持っている。


「残念ですけど、違うようです。ヤマト敵だな」


 ヤマトは視線を茂みから外すことなく頷いた。

 イクスは歯軋りをしながら立ち上がり剣に手をかけた。トレイシアも魔法のポーチから鎮也が預けている聖雷剣、シリアル111三重奏剣(フォークスライサー)を取り出す。

 鎮也もすぐに立ち上がろうとしたが、膝に力が入らなかった。寝不足の影響で足が思うように動かなくなっていたのだ。


「うわ、嘘だろ」


 立ち上がれまいまま鎮也は茂みの奥で動く巨体を見つけた、明らかに人間のサイズではない。それにいち早く気が付いた鎮也は残る力を腹にためて叫んだ。


「敵襲ッー!!」


 言葉が終わるのとほぼ同時に鎮也の左右には、テントから飛び出してきた二人の少女が降り立つ。

トレイシアのこれまでに登場したジョブ

・シスター見習い・調教師見習い・建築士見習い・家具職人見習い・調合薬師見習い・魔導技師見習い・炊き出し料理人


まだこれが全てではない。

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