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第43剣『テント内交渉』

 トレイシアがテントを出て行ってすぐ、寝たふりをして咲耶が隠れて絵本を読んでいるとカナリーが話しかけてきた。


「貴公たちの冒険団は仲が良いのだな」


 咲耶が寝ていないことはバレているようだ。


「普通だと思いますけど、仲が良くなければ一緒に冒険団を作りませんよ」

「そうだな、愚問だった」


 カナリーの顔が僅かに曇った。


「だが、仲良しなだけでは冒険団としてやっていけなくなる場合もあるぞ」

「どういう意味ですか?」


 咲耶は絵本を汚さないように丁寧に閉じると体を起こした。レオフィーナも当然起きてはいるが、他の冒険団の対応は嘘探知スキルを持つ咲耶の役目となっている。


「そのままの意味だ、仲が良くても実力に開きがあれば、冒険団全体が危険にさらされる可能性もある」

「それってもしかして鎮也くんのことを言ってるの」

「そうだ、聞けば貴公たちは個人でランクBだそうだな、外の彼はランクF、これは明らかにまずい状況だ」


 頼んでもいないのに、カナリーは咲耶たちの関係を悩んでいるようだ。


「どこがですか、鎮也くんは先日冒険者の登録をしたばかりですからランクが低いのは当たり前なんですけど」

「っと言うより、マスターが冒険者になってからこれが初めての依頼ですね」

「なんだと、だったらなおさら危ないではないか、すぐに彼を街に返すべきだ」


 鎮也を気遣う優しさは咲耶にも伝わってくるのだが、どうにもややこしいことになってきた。


「いえ、それは大丈夫です」

「どこが大丈夫なものか、これはランクAの依頼だぞ、本来ならあのランクCの調教師も同行させるべきではなかった」


 物事の判断基準を自分の中に一つだけしか持っていない人物との会話はとても疲れるものだと咲耶は知っている。カナリーの場合、判断する基準が冒険者ランクしかないのだろう。はたして鎮也が強いと言っても信じてもらえるか。


「先ほどの件だってそうだ、敵かもしれない存在を前にして膝が震えていたぞ、本人は気が付いていないようだったがな」


 イクスとの遭遇の時のことを言っているのだろう。その震えは間違いなく寝不足からきたものだ。だがカナリーに寝不足と説明しても体調管理もできないのかと一括されるだけだろう。


「彼を高難易度の仕事に参加させるには早すぎだ、これは彼のためにはならない。そこで一つ提案なのだが」

「提案?」

「冒険団の仲間が貴公たち三人なら言い出し辛かったが、幸い新しい仲間もできたのだろう」


 トレイシアの事である。彼女が新たにメンバーに加わったことは出発時に一応伝えていた。


「これを機会に一度別れてみるのはどうだ、君たちは冒険者ギルド史上最速でランクBに昇格した優秀な冒険者だ、足を引っ張る存在のために失うには惜しい人材だ」

「それは、もしかして勧誘のお話ですか」


 咲耶の声のトーンがわずかに低くなる。


「気分を害したのなら謝る。確かにこの話は勧誘も含まれている」

「だったら鎮也くんを出汁にしないで、直接言ってきなさい」


 過去、咲耶がもっとも嫌いであった勧誘、それは鎮也をけなし、一緒にいるのが相応しくないとのたまわる連中であった。


「サクヤ、興奮してきています。心は熱くとも頭は冷静に、それがマスターの剣としてありかたです」

「……うん、そだったわね」


 咲耶は小さく深呼吸して心を落ち着かせる。


「すまない、どうやら彼とあなたたちとの間にはとても強い絆があるようだな、不快にさせてしまったことを謝罪する」


 カナリーは姿勢をただし、自分よりもランクの低い冒険者に頭をさげた。過去に経験した勧誘と違い、悪意や欲望などが感じられない分、咲耶も対処に困ってしまう。


「分かればいいのです。ただ私たちの前でマスターをさげすむ物言いは気分を害させるだけですよ」


 咲耶の変わりにレオフィーナが答えた。


「どうやら、そのようだな」


 分かってくれたのかと思ったが、そうでもなかった。


「だが、私の考えは変わらないぞ、仲良しの集まりでは冒険団は務まらない。いつかきっとランク差による軋轢が生まれるはずだ。そうなっては大切にしている絆まで失うぞ」


 勧誘がまだ続くようだ。

 頭が固い。過去にカナリー自身が絆を失った経験があるのかもしれない。だがそれを自分たちにも当てはめないで欲しいと咲耶は願う。


「私たちの冒険団はほとんどが女性で構成されている、あなたたちも決して居心地は悪くないはずだ」

「私たちの冒険団も女性は多いので大丈夫です」


『七星剣』のメンバーは鎮也以外全員女性だ。


「同じ冒険団にいるだけが仲間の有りようではない筈だ、彼の本職は鍛冶師といっていたな、だったら彼に店を持たせるのが君たちの夢なのだろう」


 今度は夢を勝手に決められてしまった。

 カナリーは自分の考えが正しいのだと完全に思い込んでいる。


「だったら、彼の店を帝都ロードイリアで出すのはどうだ、『深紅の秩序』が全面的にバックアップする。そうすれば小さな店くらいひらけるはずだ。貴公たちは彼との繋がりも残り何の問題もない、そうではないか?」

「いや、問題大ありですから」


 鎮也や咲耶たちの目的は盗まれた五百十二本の聖雷剣を探すことであり、そもそも鎮也が店を持ちたいとは思っていないことを咲耶もレオフィーナも知っている。


「鎮也くんは冒険者のままでいいんです」

「どうして、そこまで冒険者に拘る。実力の無い者は生き残れない職業だぞ」

「鎮也くんはこれまで冒険者登録をしなかっただけで、ずっと一緒に旅をしてきました。実力での差はありません」

「ではなぜ、今になって冒険者登録をした」


 寝不足でふらふらの鎮也しか知らないカナリーは咲耶の証言をまったく信じない。


「身分証の変わりに必要になって」

「身分証だと、彼は身分を証明する物を何一つ持っていなかったのか、鍛冶師なのだろ、師匠の元から離れているなら、その筋から保障くらいあるだろ」


 もともとゲームで培った技能で鍛冶師となった鎮也には明確な師匠はいない、過去の時代に共同制作した仲間はいるが、この時代まで生き残ってはいないだろう。


「えっと、鎮也くんは独学で身に着けたから師匠はいないかな」


 聖剣鍛冶師のことを隠したまま鎮也を説明すると、とてつもない不審者になってしまうことに今になってようやく咲耶は気がついた。


「独学、それは見よう見真似ではじめたということか、それで鍛冶師を名乗るなど自惚れが過ぎるのではないか、シズヤなどという鍛冶師、私は聞いたことが無かったが、ルーはどうだ」

「え、私?」


 いきなり話を振られた『真紅の秩序』団長代理補佐のリーシアが驚きの声をあげる。


「寝たふりをしてこちらの話を盗み聞きしていたのは知っている。いいから答えろ、私たちの中ではお前が一番の情報通だろう」

「まあそうだけど、えっと鍛冶師のシズヤだっけ、どこかで聞いたことがあるような、無いような~」


 ルーシアは二本の人差し指をおでこに当てて自分の記憶を探っていく。


「紹介しよう彼女はルーシア、仲間からはルーの愛称で呼ばれている。彼女は人の数倍の記憶力を持っていてな、特に冒険団に必要な情報なら依頼先の地図から帝都内の宿の質や代金、有名な武器屋、道具屋その売り物の価格差まで記憶している。当然のこと一人前と認められた鍛冶師の情報も含まれている」


 どうやら勧誘のためにルーシアの技能をアピールポイントとして伝えたいらしい。


「ん~なんかモヤモヤして出てこないな~帝国で有名な鍛冶師は全員記憶しているはずなんだけどな」

「一人前と認められた鍛冶師ならすべて記憶しているルーですら覚えていない、彼はまだ鍛冶師と名乗るのも早すぎるのではないか」


 現役の鍛冶師で検索しているから出てこないのだろう、過去に存在した最高の鍛冶師と検索をかければきっと一発で出てくるはずだ。


「マスターで鍛冶師を名乗れないなら誰も鍛冶師を名乗れなくなるのでは」


 レオフィーナがカナリーに聞こえないようにつぶやく。


 鎮也は世界で唯一レア度7の聖剣を作った男だ。ちなみに帝国内でもレア度3を作り出せれば一流と呼ばれている。


「鎮也くんが世界一の鍛冶師だよ」


 咲耶は言ってからしまったと口を閉じたがもう遅い。


「ほう、世界一とは大きく出たものだな、では聞こう、彼も最高傑作は?」


 世界一なら、その腕で生み出された剣は当然世界中に知れ渡っているはずだと、カナリーは聞いてくる。当然知れ渡っているだろう、トレイシアが持っていた絵本にもしっかりのその剣の名前は登場している。

 その剣とは――。


「私です」

「私だ」

「…………は?」


 答えに理解できなかったカナリーが間抜けな声をだす。


「「あ」」


 条件反射で答えたしまった咲耶とレオフィーナもまた間抜けな声を出した。


「あなたたちが彼の最高傑作だと?」

「ああ~と、それはですね」


 どうやり過ごそうか、頭を悩ませているとテントの外から鎮也の叫び声が聞こえてきた。


「敵襲ッー!」


 思考を瞬時に戦闘モードへと切り替えた咲耶とレオフィーナはカナリーが反応できない速度でテントを飛び出した。

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