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第42剣『乙女と裏話』

 山を登り始めてすぐは、かしましと荷台で盛り上がっていた咲耶たち三人娘であったが、山の異様な静けさに気が付くと大人しくなっていった。


「山の音がない」


 トレイシアがあまりの異常に言葉を漏らした。

 馬車から発する音以外何も聞こえないのだ。

 鳥のさえずりも、魔物の気配もない、もし馬車を止めればそこは無音の世界かもしれない。


「鎮也くん、もしかしてさっきのエッジオーグルって、この山に居たんじゃ」

「かもな」

「カナリーも気が付いたようですね、警戒して速度が落ちました」


 異常に気が付かなければ進言するつもりだったが、流石はランクAの冒険者、鎮也たちとほぼ同じタイミングで山の異変に気が付いていた。


「彼女は本当に優秀ですねマスター」

「ああ、この時代のランクAもあなどれないな」


 それからの道のりは静けさだけが永遠と続いたが、襲撃なども起こることはなかった。そこがかえって不気味さを増している。この山でギルドナイトたちはいったい何と遭遇したのであろうか。

 牧場主夫婦が馬車からプラトンウルフを放ち、一団の周囲を警戒させながら進んでいくその中にはヤマトの姿もあった。

 人の十数倍の察知能力をもっている狼たちの警戒網にも何もかからなかったのだ。


 第二も目的地である中腹のひらけた広場に到着した時には完全に日が暮れてしまっていた。警戒しながらの行軍は予想以上に時間が取られたのだ。


 ここは行方不明になったギルドナイトたちが最後に夜営をしたベース地点、彼らはここから東に向かったことまでしかわかっていない。ギルドナイトたちが使用していた物であろう、大きめのテントが二つそのまま残されていた。


『梟の暗視』そうそうに自分たちの荷物の降ろしに取り掛かり他の手伝いは一切してくれそうにないので、鎮也たちと『真紅の秩序』のメンバーでベースキャンプの周囲を調べ始めた。


 念の為テントの中に何か潜んでいないか確認するが無人であった。汚れもなくそのまま使えそうだ。


「シズヤさん、すこしテントがきれいすぎませんか」

「カイザンの話ではこれは二日以上放置されてたんだよな」


 トレイシアがテントを触ってみせる、ついさっき誰かが掃除でもしたのか砂埃も付いていなかった。


「マスター、焚火の後がまだ少し熱をもっています」

「ってことは、さっきまで誰かいた」

「そうなりますね」


 鎮也たちの接近に気が付き逃げ出したのか。


「鎮也くん、こっちには新しい人間の足跡があったわ、複数の東に向かった足跡はギルドナイトの人たちの分でしょ、その上にあるからやっぱり誰かいたんだよ、たぶん一人だと思う」

「ヤマト」


 鎮也が名を呼べば白銀色の狼がやってきた。額に輝く剣のような角が星明りを薄く反射させる。今回の合同依頼をこなすために、プラトンウルフたちがヤマトに脅えないように、移動の段階から一緒の馬車に乗せて慣れさせていた。


「シズヤさん、プラトンウルフたちも出しますか」


 馬車の中には戻って休憩をしているトレイシアの担当のプラトンウルフもいる。


「いや相手は一人だろ、それならヤマトだけで十分だ」

「君、まさかこの時間から追跡をするつもりか」


 新しい足跡を追いかけようとした鎮也たちをカナリーが止めた。


「夜営をするにも周囲の安全は確認した方がいいと思うけど」

「確かにそれはそうだが、それは君のような低ランクの冒険者がすることでない、仲間が強いからといってそれを自分の力と勘違いしてはいけないぞ」


 優しさからの忠告ではあるのだが、やはりカナリーは鎮也の力を勘違いしたままのようだ。


「足跡の追跡は私の仲間を出そう、ルーは隠密と索敵が専門分野だ」


 こちらの話しは聞かずにカナリーがルーシアを呼ぼうとするのをヤマトが体を使って遮った。


「どうしたヤマト」


 ヤマトの意外な行動に鎮也が尋ねると、ヤマトは新しい足跡を鼻で差した後に茂みへと視線を向けた。


 その場にいた鎮也、咲耶、レオフィーナ、少し遅れてカナリーとトレイシアがそれぞれの武器に手をかける。ヤマトに促されてから気が付いた、気配殺した存在がゆっくりと近づいてきていたのだ。

 足跡を差したということは、この近づいてくる人物が足跡の持ち主なのだろう。


「ここまで気配を悟らせないなんて、鎮也くん、相手はなかなかの使い手かも」

「そのようだな」


 鎮也も透徹をベルトから抜こうとして、腕にいつもの力が入らないことに気づかされる。どうやら三日の徹夜は握力にまで影響を出し始めたようだ。よく体を意識してみれば膝もわずかに震えている。


「大丈夫だ心配ない、君はさがっていなさい」


 カナリーに膝の震えを脅えと勘違いされてしまった。

 いつもいつも魔の悪いタイミングでカナリーに体の変調を目撃され勘違いされる。


 強引に下がらされた鎮也の袖をヤマトがくわえてきた。


「どうしたんだ」


 ヤマトはもう一度足跡を鼻で差す。その仕草には敵意は感じられなかった。


「もしかして知ってる相手なのか」


 ヤマトは大きく一度だけ頷く。


 この時代にきてから鎮也の知り合いはそれほど多くないし、その半数はこの場にいる。もしかしたら鎮也は鑑定眼を発動させて近づいてくる人物を見る、鑑定眼では生き物は見ることはできないが、装備品は見ることができる。そして装備している武器はとても見覚えのある武器であった。


 茂みの奥に潜む影がこちらを警戒して動きを止める。

 夜の闇のせいで、鎮也以外誰も相手を特定できなかった。


「そこにいるのイクスさんでしょ、俺です『七星剣』の鎮也です」


 鑑定眼の結果、浮かび上がったのは前に鎮也が修理したホウプソード改だったのだ。この剣を持っている人物は一人しかいない。


「シズヤ殿?」


 茂みに潜んでいた人物は気配を殺すのをやめ顔をのぞかせる。

 レオフィーナがオジロを使い明りの魔法を灯すと、そこにはイクスの姿が照らし出された。


「みなさんは救出隊の方々でしたか、警戒させて申し訳ない、私はギルドナイトのイクスと申します」


 闇に潜んでいたのはやはりギルドナイトのイクスであった。初対面の人物も混ざっていたために彼は丁寧な自己紹介をしてくる。


「どうして気配を殺して近づいてきたんだ」


 カナリーがイクスに詰問をする。会議ではギルドナイトが先行しているなど聞いていなかったからだ。


「すみません、救出隊の到着は予定では明日でしたので警戒をしてしまいました」

「一人で先行してたんですか、無茶しますね」


 イクスの行動はカイザンの指示ではなくイクスが独断でおこなったのだろうことは鎮也にも察しられた。


「仲間の事が気になって」

「このテントはイクスさんが準備してくれたんですか」


 トレイシアがきれいだったテントの疑問も質問した。


「はい、元々は自分たちが使っていた物ですが、救出隊の役に少しでも立てればと思い準備していました」


 本当は一人でも救出に向かいたいであろうが、彼は冷静で自分だけでは不可能であることをちゃんと理解していた。


「周囲の偵察はすませてあります。みなさんはすぐに休んでください、夜の番は私がしますので」

「いや、周囲の偵察をしてくれたイクス殿には明日も活躍してもらわねば、君、悪いが最初の番になってくれ、三交代制にするから、後で交代要員を出す」

「え?」


 君とは当然鎮也のことである。となると鎮也はまた眠ることができなくなるのか。


「あの鎮也くん、最初は私が……」


 咲耶が鎮也の変りに見張りに名乗り出ようとしたのだが。


「わかっていると思うが、君の仲間は明日の捜索のための貴重な戦力だ、ズルをして変わってもらおうとは思うなよ、したくはないが減額も検討しないといけなくなるからな」


 この三つの冒険団の中で最高位ランクのカナリー様が一番の決定権を持っている。これはギルドで定められたルールであり、ランクAがカナリー一人しかいないので必然的にカナリーが全体での隊長になるのだ。


「そんな、私などよりシズヤ殿の方が何倍も捜索の役に立ちますよ、見張りならわたしが!」

「イクス殿のギルドナイトとしての責任感は尊敬に値するが、あまり低ランクの者を甘やかすな、それは成長を潰す行為でもある」


 鎮也の正体を知っている者と知らない者の間には埋めることのできない、とても大きな溝が存在した。






「鎮也くん大丈夫かな」

「心配ですね」

「今回は流石にまずいですね」


 テントが二つあったため、男性と女性に分かれて使用することになった。

 見張りには最低ランクの鎮也とどうしても見張りをやると聞かなかったイクスがやっている。


「ランクを考えると、ランクFであるマスターは必ず見張りをやることになっていました、順番が最初なのは、まあよかったと考えるべきなのでしょうが」


 途中で寝てしまえば朝まで起きられないだろう、朝も起きられるかは別問題として。

 どちらにしろ咲耶たち三人娘には喜ばしい状況ではなかった。


「早く交代の時間になればいいのですが」


 トレイシアはそうこぼすが見張りは今始まったばかりだ、交代まであと三時間以上ある。

 心から鎮也を心配しているトレイシア、その姿に従者の二人は持っていた疑問を訪ねてみることにした。


「シア、一つ聞いてもよろしいですか」

「なんですか?」

「私が誘っておいてなんなのですが、私たちの誘いにずいぶんと簡単に受けたなと、理由を聞いても」


 レオフィーナが聞きたいことは冒険団への加入の話しであった。


「それは私も聞きたいかも、ちょっと判断材料は少なかったと思うけど」


 咲耶も雰囲気でトレイシアが『七星剣』に入るかもとは予想していたが、前に一度だけ会ったことがあるだけで、二度目の出会いですんなりと加入を決めたのは驚きであった。


「そのシズヤさんとは、お話しがとても合いましたし」


 それは咲耶もレオフィーナも理解できる理由であった。二人は鎮也が職人モードになっている時には話しについていけないのに、出会ったばかりのトレイシアは会話が成り立っており共に作業までしていた。

 咲耶などは嫉妬の感情がわいてきたほどだ。

 でも、それだけが理由なのだけろうか。


「えっと、その……」


 トレイシアがチラリとカナリーたちの方を確認する。このテントのいるのは三人だけではない救出隊に参加した女性陣『深紅の秩序』のエルラークを除いたメンバー全員がいる。

 自然と小さな円を作り三人が顔を突き合わせた。


「あの、これは、シズヤさんには内緒にして欲しいのですが」

「もちろん」

「口の堅さには自信があります」


 トレイシアは自分の荷物から一冊の古い絵本を取り出した。


「これは?」

「私、教会の前に捨てられたそうなんです。そして私の入っていた籠の中にこの絵本も一緒に入れられていたって」


 絵本のタイトルは『救国の英雄』と記されていた。


「救国の英雄って、昨日シアさんが言ってた」

「これが元ネタでしたか」


 レオフィーナが絵本を受け取り、パラパラと内容を読んでいくうちにだんだんと顔がゆるんでいく。


「ぷっ」

「レオナどうしたの?」


 肩を震わせ笑いをこらえているレオフィーナは答えることができないようだ、その変わりに絵本を咲耶に差しだした。


「これは笑うほどに面白い話しなの?」

「いえ、私には笑う要素は無かったです」


 トレイシアはなぜそこまで笑いをこらえているのか分からないようだ。


 咲耶も絵本を受け取り読んでみると、そこには昔話が書かれていた、鍛冶師の少年が二人の従者と五匹の獣を連れ、帝都を襲った魔王を倒す話しであった。


 これはだいぶ内容が変わっているが、鎮也たちが帝国とケンカしたときの話しだ、当時の皇帝が魔王に置き換えられている。そうでもしなければ帝国内で出版などできなかったのだろう、それでもよく出版できたなと咲耶は思ってしまうが。


 それよりもレオフィーナが笑った原因が咲耶にも理解できた、この絵本に登場する鍛冶師の少年がいかにもな勇者として描かれており、完璧超人の上に絶世の美少年となっていた。


「ふッ」


 流石の咲耶も腹筋が痙攣を起こしてしまった。


「私は小さいころからなんども、その絵本を読んで、登場する救国の英雄に憧れていました。私が調教師に憧れたのも、登場する英雄が五匹の聖獣を連れていたからです。私には剣を扱える才能なんて無いと思ってましたから、調教師になれば、いつか英雄様と出会った時に聖獣のお世話役としてなら一緒に旅ができるんじゃないかなと、それがダメでもいろいろな技能を身につけておけば、何かで役に立てるのではないかって、それなのに、まさか本人から仲間にならないかと言われたら、断れるわけがありません」


 正確には仲間に誘ったのは鎮也ではなくレオフィーナであったが、トレイシアにとっては些細な問題のようだ。


 間違いなく出会ってから一番の長がセリフを聞かされた。


 想いの内をさらけ出したトレイシアは恥ずかしさのあまり顔を隠す、その仕草はまさに恋する乙女のモノであった。そして絵本に登場する救国の英雄の仲間はみんな美女美少女でみんなが英雄に恋をしていた。


「これ形は絵本だけど、子供向けには不釣り合いな内容も含まれているような」


 俗っぽい言い方をすれば、絵本の中でもハーレムとして描かれておりトレイシアはハーレムと言われてもそれほど抵抗感が無かったのかもしれない。この世界はもともと一夫多妻制が存在するので、その辺りの倫理観は日本的な咲耶と大きくかけ離れている。


「なるほど、憧れの物語の主人公が目の前に現れたのなら、ついていきたと思うのも納得です」

「わ、私ちょっと熱くなったので夜風にあたってきます!」


 トレイシアは素早く立ち上がると、突風のようにテントから飛び出していった。


「初々しいです、出会った頃のサクヤを思い出させます」

「私はあそこまで乙女してないよ」

「いえいえ、今でも十分乙女はしていますよ」


 トレイシアが飛び出した入口から夜の風が吹き込んできた。それが頬にあたり冷たいと感じるということは咲耶の顔も火照っているからかもしれない。

 咲耶はとりあえず寝たふりをしながら、トレイシアが置いていった絵本を今度はゆっくりと丁寧に読み直すのであった。


「ほらやっぱり」


 レオフィーナは一人、理解していると頷いた。

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