第40剣『新加入者トレイシア』
「遅い、奴らはいったい何をしているのだ」
お怒りマックスのカナリー様が腕を組み仁王立ちで門に背中を向けていた。待ち合わせ時間になっても現れない冒険団『梟の暗視』のせいで、鎮也たちは出発できないでいる。
この何もできない待ち時間で鎮也は再び睡魔に襲われていた。
「カナリー、エルラークも来てないよ」
団長代理補佐であるルーシアが自分たちの冒険団からも遅刻者が出ていることを知らせる。
「奴は居ない方が戦力になる」
つまり足手まといにしかならないと、本当になんで同じ冒険団にいるのであろうか。
「マスター」
「どうした」
「彼女は普段あのようにいつもツンツンしているのでしょうか?」
レオフィーナのお約束センサーにカナリーの態度がヒットしたようだ。
「緊急会議の時は、冷静で優秀な冒険者に見えたぞ、少し思い込みが激しくて生真面目そうだけどな」
「なるほど、すでにハーレム候補のチェックはおこなっていると」
「はいはいそうですね」
カナリーを見て話を振ってきた段階でレオフィーナが何を言いたいのかわかってしまったので、鎮也は動揺することなく話題を流した。今は睡魔と壮絶な格闘をしている最中、この程度のゆさぶりなどで動じたりはしない。
「マスターの反応がつれないです」
これで上手くやり過ごせたと思った鎮也だが、今回は意外な伏兵が背後にいた。鎮也たちはいつでも出発できるように全員で馬車に乗っていたのだ。メンバーは鎮也にレオフィーナ、そして咲耶ともう一人、調教師として帯同することになったマルチシスターのトレイシア。
トレイシアは今の会話を聞いて。
「シズヤさんは、カナリーさんたちにも剣を譲渡なさるのですか」
「なんでそんな話しに」
「いえ、レオフィーナさんが聖剣鍛冶師はハーレムに迎える女性のために聖剣を作ったと」
「そうですハーレム枠は五百人以上です」
「ハッア!? ゴホゴホッ!」
驚きでタンがのどに詰まり咽てしまった。
作った聖雷剣の数だけハーレムを作ったら、五百十二人もの大人数になってしまう。そんなことはありえないだろう。第一アリアにはすでに二本を譲渡しているのだ、五百十二人はすでにありえなくなっている。
「だから五百人以上と言ったのですよマスター」
「人の心を読むな」
結局ツッコミを入れてしまった鎮也。
「ナイスですトレイシア、あなたは天然系ヒロインの才能があります。その才はきっとマスターの役に立つでしょう。私のことはどうかレオナと呼んで欲しい、親しい人たちからはそう呼ばれている」
「はぁ、ありがとうございます? レオナさん」
天然系ヒロインの意味は理解していないようだが、愛称を許され受け入れられたことにトレイシアは喜びを見せた。
「仲間に引き込んでいるのは鎮也くんじゃなくてレオナなんじゃない?」
「何を言っているのですサクヤ、マスターがいなければトレイシアとの出会いはありませんでした」
確かにそれは間違えではない。
「ごめん、トレイシア、レオナもいつもはもう少し大人しいだけど、今は俺の調子が今一つだからな」
レオフィーナは普段はもっと口数が少ない女性だ。お約束のことになると暴走することはあるが、それでも同日に何度も持ち出したことはこれまでに数回しかなかった。そしてその数回はすべてが鎮也の調子が悪い時と重なっている。
「精神的にきついけど、おかげで眠気はなんとか治まったからな」
「やさしいですねレオナさん」
「やり方を考えてくれれば、もっとやさしいけどな、でも感謝はしてるよ」
いじられていた鎮也からのお礼に、不意をつかれたレオフィーナの顔が珍しく赤くなった。
「な、何を言っているのですマスター、反撃が弱い時こそ畳み掛けるのは戦術の基本です」
「これは珍しい光景ね、鎮也くんの反撃をまともに受けたレオナって」
鎮也たちの馬車で笑いがおこった。
削られていた鎮也の精神も少しだけだが回復される。
いつにも三人であったなら鎮也の反撃はできなかっただろう、慣れてしまい本音を言うのが恥ずかしくなっていたから、しかし、トレイシアが加わることにより、いつもよりも素直になれた鎮也はレオフィーナにお礼を言うことができたのだ。
「みなさんと一緒にいると、とても暖かい気持ちになれますね」
「おお、それはマスターのハーレムに加わりたいと」
「はい」
迷いなくトレイシアは頷いた。レオフィーナの言葉に若干の違和感はあるが、今回は流す。主に鎮也のせっかく回復した精神のために。
「牧場の手伝いはいいのか?」
「調教師の勉強は他でもできます。あそこを選んだのは仕送りを考えてのことでしたので、給金がよかったのです、でも今回の報酬が入れば教会も立て直せますし、リーザちゃんやアレイくんの生活も潤うはずです」
トレイシアが牧場で働く理由がなくなる。
確かに魔獣牧場を手伝いたがる人はあまりいなかっただろうから賃金が高かったのは納得できる。
本来ならトレイシアが辞めた後の働き手を探すのは難しいだろうが、牧場主夫婦にも報酬は入るんだし、さらに賃金をアップさせればすぐに代りを探せるだろう。
「咲耶、レオナ、二人の意見は」
「私は反対しないよ、トレイシアさんなら大歓迎」
「マスター、私が反対するとでも、昨晩からひそかに彼女を勧誘していたのは私です」
「だと思ったよ」
誘っておきながら、トレイシアが自分から言い出すように仕向けたに違いない。
「決まりだなトレイシア、君を俺たち冒険者集団『七星剣』への入団を許可する」
「ありがとうございます。シズヤさん、みなさん、どうか私の事もシアと呼んでください。義弟や義妹たちからはそう呼ばれていますので」
「ああ、これからよろしくなシア」
「はい、よろしくお願いします」
「ようこそ七星剣へ、私たちはシアさんのことを歓迎するよ」
「よろしく頼むシア」
こうして冒険団『七星剣』に新しいメンバーが加入することになった。
まさかの遅刻者を待っている間に仲間が増えるなんて、冒険とは本当に何が起こるかわからないものだ。
新たな仲間が加わったのは喜ばしいことである。しかし、その原因を作ってくれちゃった遅刻者たちは、いまだにその姿を現さなかった。すでに待ち合わせ時間は三〇分も過ぎていた。
「遅い、遅すぎるぞ!」
生真面目な委員長タイプであるカナリー様の限界が突破寸前である。
「カナリー、落ち着いて、合同での依頼ならたまにあることじゃん」
「他の依頼ならともかく今回に任務は行方不明者の捜索と救出だ、だからこそ開門の時間である早朝五時に待ち合わせ時間を決めたのではないか!」
「私に怒らないでよ」
補佐のルーシアが必死でカナリーをなだめている。
「すまない、だが、だが」
「わかってる、わかってるから、みんな気持ちは一緒だよ」
待ち合わせに三〇分遅刻したということは、すでに三〇分前に開門しているということ、朝一で出発していく商人や護衛の冒険者たちが怒りに燃えるカナリーを恐れビクビクしながら横を通りすぎていった。
その商人たちの旅立っていく姿を見て、カナリーは出発できない自分たちにさらにイライラを募らせていくという悪循環に陥っている。
さらに三〇分経過、これで一時間待ちぼうけさせられたことになる。
こうなればカナリーでなくともイライラが沸いてくる。
「もう待てない、もしかしたらこの一時間が行方不明者の明暗を分けたかもしれないのだぞ」
カナリーが言うことももっともだ。
もし助けを求めている者がいるなら、一刻でも早く向かった方がいいのだ。
「出発しよう、奴らは依頼放棄とみなす」
カナリーがまだ来ぬ冒険団の切り捨てを鎮也たちへ提案をしてきた。
「仕方がないか」
鎮也も他のメンバーも反対はしなかった。このままずっと待っているわけにはいかないのだ。
「人数の多い『梟の暗視』が欠けるのは、かなり痛いが」
「ここまで非常識なやつらだ、数がいても役に立つとは限らない」
「おいおい、ひどい言い草だな、捜索や調査は俺たちのもっとも得意とするところだぜ」
出発を決めたとき、ようやく『梟の暗視』のメンバーが姿を現した。
酒臭い赤ら顔の男たち、足取りもおぼつかなくなっている。
「貴様ら、まさか酒を飲んでいて遅れたのか!」
これには当然怒るカナリー、いや、カナリーだけじゃない、鎮也をはじめ先に集まっていた冒険者全員の怒りを買った。
「うるせぇな、少し遅れただけじゃねぇか、そこまで怒ることもないだろぉ」
「今回の依頼内容を理解しているのか」
怒りを抑え込んだ低い声でカナリーが問いただす。
「もちろんだ、金貨二百枚の大仕事よ、だから前祝いに一杯やってきたんじゃねぇか」
「貴様らッ!!」
こいつらは依頼の内容や難しさ、そして時間を惜しんでいる理由をまったく理解していない。
一触即発の空気に、別に遅れてきたエルラークが止めに入った。
「まあまあ、そうカリカリするなよ美しく凛々しい顔が台無しだぜカナリー、彼らは集合時間を間違えていただけなんだ、だって会議では開門時間に集合となっていたじゃないか」
この街にきて一週間と経っていない鎮也たちですら、開門時間を知っていたのに。
「この街の冒険者が開門の時間すら覚えていないのか」
「悪いかよ、俺たちはトップクラスの冒険団だ、駆けだしみたいに開門と同時に出発するようなチャチな依頼は受けてないんでね」
苦しい言い訳だ、そんな酒の匂いを漂わせながら通用する言い訳ではない。
「クズめ」
「ヘッ、帝都の冒険団はお上品であらせられますね」
『梟の暗視』のリーダーが酒臭い息をカナリーへ吹きかけた。
「下品よりはいい、どうやら貴様らには私がいくら口頭で注意しようと無駄のようだ、だが忘れるなよ貴様らの大事な報酬が私の報告一つで減ることになるのだぞ」
「何だと、テメェにそんな権限はないだろよそ者が!」
カナリーが自分のギルドカードを取り出して見せた。三本の交差したラインに星二つのシンボルが刻み込まれたカード。このマークが示すランクは、超一流と認められた者のみに贈られる。冒険者の頂点にして畏怖の対象。
「私はランクAの冒険者だ」
赤ら顔が一気に青くなった。
「合同で依頼を受ける場合、ランクの高い者の証言はギルドでは考慮される。なお且つ証言してくれるのは私だけではないだろう」
このとき『梟の暗視』メンバーは『七星剣』『真紅の秩序』の両陣営から睨まれていることにようやく気が付いたようだ。
「こうして出発の送らせている原因を作っている貴様らが、高評価を受けられるとでも思っているのか」
「チィ、早く荷物を詰め込めよお前ら!」
悪態をつきながら『梟の暗視』のメンバーたちは自分たちの手荷物と男が三人がかりでやっと担げるような巨大な荷物を馬車へと乗せた。車体全体がギシギシと悲鳴を上げている、相当に重たい荷物のようだ。
「大丈夫かよこの馬車、えらくボロだな、おい雑用!」
雑用とは鎮也の事を言っているらしい。それを理解した鎮也の従者二人組から怒気が噴出する。ただでさえ苛立たせてくる連中なのだ、ちょっとした挑発でも咲耶たちは普段より怒りやすくなっている。
「見た目は少し悪いけど、性能は保障する」
「そうかよ」
鎮也は積み込まれた荷物が気になり鑑定眼を発動させた。
「―――――――――――――――――――
【名称】隠匿の布
【分類】包装用アイテム 【レア度】☆☆(2)
【長さ】センチ 【重さ】キロ
【魔核】なし
【スキル】
『隠匿』……包んだ品の正体を隠す。
【補足】
戦時中に開発されたアイテム、鑑定スキルで運ぶ物資がばれないように隠していた。
――――――――――――――――――――」
用心深く情報を隠している。情報戦が得意というのは本当なのかもしれない。
「おい、雑用のランクF、お前はこっちの馬車の御者をやれ」
「どうして鎮也くんがそんな事をしなきゃならないの!」
鎮也が断るより先に我慢できなくなった咲耶が文句をつける。
彼女は六黒の柄に手を添える。
「俺はランクBだぜ、合同の時はランクが上の者が命令できるんだろ、この中でも一番ランクの低い雑魚に雑用を押し付けて何が悪い、それとも姉ちゃんが俺たちの御者を務めてくれるか、俺たちからしたらそっちの方が嬉しいがな」
後からきて、そうそうに荷台に乗り込んだ『梟の暗視』たちがゲラゲラと笑う。
「ほら、ささっとこいよランクF、高ランク様の命令を聞きやがれ」
これはもう話し合いにすらならない、時間もないので咲耶が実力でわからせようと判断した時、強い発言力を持った人物がやってきた。
「だったら私がお前たちに命令をしてやろう、貴様らの馬車くらい貴様らが面倒をみろ」
遅刻してきて偉そうにしている男へカナリーの雷が落ちた。ランクを振りかざし下位の者に命令ができるなら、それをやられても文句は言えまい。ランクFがランクBに逆らえないのなら、ランクBもランクAに逆らえないということだ。
「これ以上、遅らせるようなら本当にギルドへ報告をするぞ」
「クッ」
苦々しく歯ぎしりをした男は言い返すことなく、馬車の御者台へ座った。
これでようやく出発ができる。
「助かったよ」
「これ以上、足止めをされたくないだけだ」
鎮也は三日も徹夜している状態だ、目的地に到着するまで咲夜たちの優しさに甘え馬車で眠らせてもらうことになっている。『梟の暗視』たちの御者なんてやらされたら眠ることができなくなる。
あくびをかみ殺して、荷台へ移ろうとしたのだが。
「それより君は、この冒険団の最低ランクであることは変わりないのであろう、だったらちゃんと御者を務めるのだぞ、雑用をこなすのが低ランク者の仕事であることには変わりないのだからな」
「え?」
自分の馬車であっても鎮也が休めないことは決定した。
「……鎮也くん」
「……マスター」
「……シズヤさん」
いつもより心配してくれる人が一人増えた。嬉しいはずの最初の依頼は波乱含みの旅立ちであった。
トレイシア入団決定。
アリアを含めると鎮也の仲間は五人となりました。まだまだ増えていく予定です。




