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第37剣『マルチシスターのトレイシア』

「シズヤさんでしたよね、数日ぶりです」


 落ち着いた物腰で頭を下げてくるトレイシア、元シスター見習いだけのことはあり服装は農作業着なのに清楚に見えてしまう。


「前は別の牧場だったよな」

「はい、以前の牧場は臨時の助っ人だったんです。私が今正式にお手伝いしているのはこちらの牧場です」


 アレイが言っていた、トレイシアはいろいろな仕事をして教会を援助してくれていると。


「そうだったのか」

「それで魔獣のレンタルをご希望ですか」

「ああ、冒険者ギルドから捜索の協力要請だ、えっと」


 協力要請が出てるけど、口頭だけでなくこの場合は、なにか手紙とか依頼状とかを渡すのではないか、鎮也はカンザイから何も受け取っていない、もしかしたら寝ぼけて忘れたか、念のために魔法のカバンやポケットの中などを探すがそれらしき物はなかった。


「詳しいことはこちらに、カイザン総支部長からです」


 咲耶がカイザンから預かっていた依頼状をトレイシアに差し出す。鎮也の知らないうちにあずかってくれていたようだ。本当に会議を咲耶と一緒に出ていてよかった。


「サンキュー」

「どういたしまして」


 咲耶だけに聞こえるように鎮也はお礼を言う。


「総支部長から?」


 トレイシアは受け取った依頼状を開き内容をすぐに確認した。


「行方不明者が十人以上、プラトンウルフ五匹に同行の調教師が三名ですか、依頼の難易度は推定A、かなりの高難易度なのですね」


 ランクAの依頼は殆どが指名依頼となり、ギルドの依頼ボードには張り出されることは少ない、報酬は高額だが、危険度も他の依頼に比べてとても高い。

 魔獣系の牧場は緊急時には協力すると契約を結んでいるからこそ魔獣を街の中に飼育調教する資格を与えられ援助までもされている。

 ギルドや街の上役から要請があった場合には可能な限り協力する義務が牧場側にはあるのだが。


「どう、明日までに準備をして欲しいんだけど、できそうなか」


 依頼状を渡した咲耶も急なお願いであることは承知している。


「プラトンウルフの方は問題ありません、ただ、同行する調教師の方がランクAの依頼に同行できる者となると、ここの牧場主夫婦のお二人ぐらいしか」


 ランクAに同行できる人物が二人いるだけでもすごいことなのだが、カイザンからの要請は三人とされている。


「他の牧場をあたってみるか」

「今日一日で見つけるのは難しいじゃないかな、最悪私たちの担当を無しにすれば、ヤマトに任せれば何とかなると思うけど」


 ヤマトなら調教師の帯同がなくても鎮也たちの言うことはちゃんと聞いてくれる。一緒になるプラトンウルフもヤマトの実力を見せれば逆らうことは無いだろう。


「あの、もしかしてシズヤさんたちもこの依頼に参加されるのですか?」


 どうやらトレイシアはシズヤたちのことをただの伝令役と思っていたようだが、会話の流れからそれは勘違いでシズヤたちも参加すると察したようだ。


「そうだ、俺たちも冒険団も参加することになってる」


 隠す理由もないので鎮也は素直に答えた。


「あの、でしたら私をシズヤさんたちの冒険団の担当調教師にさせてもらえませんか、まだ資格は準調教師なので基本はランクB以上の依頼には参加できないのですが、例外として冒険者集団の方たちが了承をしていただければ帯同しても良いことになっています」


 まったく予想外の申し出であった。トレイシアが準とはいえ調教師の資格を持っていたとは、そもそも調教師に資格があること自体知らなかった。トレイシアの説明によれば、野生の魔獣を捕縛して街に持ち込むことができるのは本資格を持った調教師だけで、準調教師は調教の完了した魔獣しか街の中を連れて歩けないそうだ。

 他にも準調教師にはいろいろな制限があるらしい。今回の件も務めている牧場主の承諾と同行する者たち、この場合鎮也たち『七星剣』の承諾があれば帯同できるようになるらしい。


「どうかお願いできないでしょうか」


 さっきよりも深く頭を下げてきた。


「どうする鎮也くん」


 少し困った、鎮也には何を判断基準にしていいのかわからなかったから。


 なので少し考えを整理する。

 今回の依頼はランクAの冒険者が行方不明になるほどの危険なモノ、それにトレイシアを帯同させて大丈夫なのかと心配になる。依頼状の内容を読んでいるのだから、彼女にも危険なことは伝わっているはず。

 それでも一緒にきたい理由とはなんなのか。


「いくつか質問していいか」

「はい」


 トレイシアは上げていた頭をあげまっすぐに鎮也の目を見つめ返してくる。


「危険な事はわかってるよな」

「はい、もちろんです」

「自分の身を守るすべは持っているのか」

「これでも冒険者ランクCは持っています」


 準調教師に続いて冒険者登録もしていたようだ、しかもランクCだと冒険者の中では一人前と目安とされているランクだ。見た目に反してかなりの実戦も積んでいるのかもしれない。

 いや積んでいなければランクCにはなれないだろう。


「ランクCとは驚いた、でもこの依頼はランクAですら手に置ない可能性も出ている。それでも参加したいのはどうしてだ、お金のためか」


 トレイシアが教会に援助していることは知っている。依頼状には調教師への報酬金額記載されていた。


「確かにお金のこともあります。アレイさんやリーザさんの教会の修繕もしたいと思っています。この報酬さえあれば、それができますから」


 トレイシアにとって、アレイたちの教会は自分の育った家でもあるのだ。直したいと考えるのもわからなくは無いが、それだけでは命を掛ける理由には弱いと鎮也は感じた。


「他には?」

「後は、ちょっと掴みどころにのない話しになるのですが、この依頼状に乗っていた捜索対象の山はあちらの方角ですよね」


 トレイシアが東の空を指差した。


「咲耶、わかるか」

「ちょっと待ってね」


 咲耶が地図を取り出して場所を確認すると、確かにトレイシアが指をさした方角に目的地である触らずの山があった。


「二日くらい前から、何かに呼ばれている気がすんです」


 二日前といえば、最初のギルドナイトのチームが行方不明になったとされている日だ。


「何かって?」

「わかりません、ただ、怒りと悲しみが混じり合ったような声が時折聞こえるんです。私はその声の正体が何か知りたい」

「命をかけることになっても」

「自分一人では無謀でしょう、でも今回の依頼に帯同すればその声の正体にたどりつけるかもしれません、これは私にとっての天啓のように感じられるのです」


 このときのトレイシアは牧場の作業員では無く、まぎれもなくシスターであった。

 あってまだ数時間も経っていないが鎮也にはトレイシアが嘘をつくタイプの人間には見えなかった。


「わかった、こちらとしても有難い申し出だ、いいよな二人とも」

「私はいいよ」

「マスターの判断に従います」


 鎮也の判断を二人は了承してくれた。


「ありがとうございます。この件をすぐに牧場主に伝えてきますね」


 笑顔になったトレイシアが牧場奥にある住居へと三つ網にされた長い金の髪を揺らして走って行った。






 それからすぐにトレイシアに連れられた牧場主の夫婦がやってきた。歳は五十過ぎくらいののんびりとした夫婦であった。

 これで本当に危険な仕事に帯同できるのかと心配になってしまうが、トレイシアが言うにはこれまでにも何度か経験があるベテランの調教師夫婦らしい。魔獣の準備はそのままお二人がやってくれることになり、トレイシアにとって調教師として初めての帯同だから鎮也たちとのコミュニケーションを取れと言われた。


「すごいなあの人たち」


 見た目はただの中年夫婦なのに、狼の群れがいる檻へと飄々と入っていく、二人に気が付いた狼たちは立ち上がり整列すると夫婦へ従順の姿勢を示した。完全に群れの頂点はあの夫婦だと魔物の狼が認識している。


「なんか極めたって感じだね」

「はい、私の憧れなんです」


 トレイシアは夫婦が褒められたことを自分の事のように喜んだ。


「トレイシアは調教師を目指しているのですか」


 調教師夫婦に憧れていると聞き、レオフィーナがトレイシアに質問をした。


「そうですね、今のところ有力候補の一つではありますね。私はやりたいことが多すぎて、今はとにかくいろいろなことを経験したいんです」

「その気持ちすごくわかるぞ、俺も鍛冶師になる前は結構職業で悩んだし」


 鎮也の場合、日本にいたころのゲームのキャラメイクの話しではあるが。


「鎮也さん鍛冶師なのですか、もしよろしければ今度、仕事場を見学させてもらっても」

「いいぜ、俺の工房を見せてやるよ」

「その歳でもう工房を持っているんですか、すごいです」


 トレイシアの顔が興奮して赤くなる、まるで恋に落ちた瞬間のように。


「なかなか一つに絞るのって難しいよな、選ぶ手伝いくらいはさせてもらうよ」

「ありがとうございます、参考にさせてもらいます」

「焦らず時間かけてゆっくり選べばいいさ、早急に一つに絞る理由も無いだろ」

「そうですよね。急いで一つに絞る理由はありませんよね」


 意外なことでトレイシアと馬が合った鎮也は会話が弾む。


「やっぱり、冒険者はサブとか付けられると魅力を感じずにはいられないよな」

「サブですか?」

「副職のことだよ、本業とは別にもう一つ職業に就くことを」

「なるほど」


 ゲーム時代にはわりと多かったサブ職業、しかし現実になるとなかなか本業以外に手を出す時間がない、しかし、トレイシアならやってしまいそうな雰囲気がある。


「私でしたら、シスターを本職にして副職に調教師を」

「あ、やっぱり本命はシスターなんだ」

「はい、でもシスターのままでは教会にお金を入れられなかったので」


 いろいろな仕事に手を出していたと、そうやっているうちに技能習得が趣味みたいになってしまったのだろう。その感覚は鎮也にはよく理解できた。


「ちょっといいかな鎮也くん、盛り上がっているところ悪いんだけど、そろそろ他の準備もしないと間に合わないよ」


 どこか不機嫌そうな声の咲耶に注意されてしまった。


「あ、忘れてった」


 盛り上がりすぎてすっかり目的を忘れていた。遠くから昼の十二時を知らせる時計台の鐘の音が聞こえてきた。


「出発は明日の早朝五時、急がないと寝る時間がなくなるよ」

「なんか時間に追われてるとファンタジー感が無くなるよな」


 この世界の時間も二十四時間制であり、時計も存在している。しかし鎮也は異世界っぽくないとの理由から時計などはあまり活用しないようにしていた。


「マスター、他の集団との団体行動です。しかたありません」

「わかってはいるんだけどな」

「あきらめて、私たちも時計の一つぐらい持ってないと、これから困るかもよ」

「前向きに検討します」


 鎮也は政治家のような返答をして話題から逃げた。どうも今の二人の言葉は棘があってちょっと怖い。


「シズヤさんたちは、まだ準備があるのですか」

「鎮也くんのミスで雑用をたくさん引き受けちゃったの、後は馬車の確保と食糧の調達ね、馬車は全部で五台用意してほしいって」


 確かに予定振り返れば話し込んでいる時間などなかった。

 ただトレイシアとの会話で眠気はすっかりなくなった。気持ちを切り替えて雑用を片づけよう。


「あ、あのう、言いにくいのですが、馬車はもう見つからないと思います。街の貸馬車はキャンセル待ちがもうすぐ百件になるって今朝聞きました」

「え?」


 なにそのキャンセル待ちって空港みたいなシステム。

 朝で百件なら、今はもっと増えていそうだ。


「オークション会が終わるまで馬車を借りるのは無理じゃないかと」

「なんてこった」

「食糧の方はオークション会の会場に行けばすぐに手に入りますけど」


 食べ物はいろいろな種類が大量に売っているのは知っている。旅用の保存食をそのまま買い込めば食糧の問題はいいだろう。


「マスター、馬車もオークションで買いますか」

「ああ、金持ち仕様のキラキラな高級馬車なら出品されてたな」


 カイザンに渡した黄金の球が残っていれば買えたであろうが、今の所持金では購入は無理だ。


「ごめんレオナ、私の判断であのお金は使ちゃった」

「なんと」


 カイザンに聖雷剣探しの依頼を出したことをレオフィーナへ伝えるのを忘れていた。


「気にするな咲耶、あの金があってもたった一回のために高級馬車なんて買わないよ」


 さすがにどんなに金があってもそれは無駄使いだ。


「明日の朝までに五台用意できればいいんだろ、一台は俺たちの馬車を使えば残るは四台だ」

「あの魔導馬車のこと」


 森の中で捨てられていた馬車を鎮也が魔改造した馬車が門近くに預り所に止めてある。自分たちの移動用はあれで十分だろう。


「あれを四台つくればいいんだろ、もちろん余計な機能を付けない」

「今からで間に合うの」


 時間は計っていなかったが、前に作った時は結構時間をかけていたはずだ。しかも今の鎮也は疲れている。はたして明日の朝までに四台も作れるだろうか。


「でしたら私がお手伝いします」


 話を聞いていたトレイシアが助っ人を名乗り出てくれた。


「私これでも建築士や家具職人の所にも見習いに通っていたので、簡単なことなら手伝えると思います」


 今度は建築に家具ときた、トレイシアはいったいいくつの職業をかじっているのだろうか。


「あ、ありがとう助かる」

「どういたしまして」


 人の役に立てる喜び、とでも表現したらいいのだろうか、慈悲を感じさせるシスタースマイルでトレイシアは鎮也のお礼を受け取った。

 本当に手広く手を出しているトレイシア、このままジョブを一つに絞らず、マルチに手を出し続けた方が彼女にあっているのではないだろうか。


「レオナ、私たちは食糧の買い込みに行こうか」

「そうですね」


 これが、後に聖剣鍛冶師の助手と呼ばれるマルチシスター・トレイシアとの出会いであった。

トレイシアは1章に少し登場した2章からのサブヒロインです。

現在彼女が習得あるいは経験のある職業は

・シスター見習い・調教師・冒険者・家具職人・建築士です。しかしこれだけでは終わらない、予定。

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