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第36剣『とても勘違い』

 咲耶に支えられながら大量の雑用をどう片付けようか悩んでいると、廊下の先で腕を組んだカナリーが壁に寄りかかっていた。エルラークも一緒におりカナリーに何か耳打ちをしている。


「思ったよりも早く終わったのだな、ギルドマスターとの話だからもっと時間がかかると思っていた」

「俺たちを待っていたのか」

「そうだ、面倒な雑用を引き受けてくれたことのお礼が言いたくな」


 引き受けた記憶はないがそうなっている。


「実力が伴わないことを引け目に感じての行動かもしれないが、身の丈以上の無理はするなよ、これは冒険者の先輩としての忠告だ」


 実力が伴わないとはいったい。鎮也はカナリーに一度も実力を見せていない。


「聞けば数日前に登録したばかりの新人だそうだな、今回の緊急招集も収納の魔道具を持っているからだとか」

「そうですよカナリー、そうでなければランクFの初心者なんかがこんな高難易度の依頼を受けれるはずがありません」


 カナリーの影でエルラークがニアリと笑う。どうやらこの男がカナリーに虚偽の情報を吹き込んだようだ、もっともランクFは嘘ではないが。


「いいかい少年、強力な魔道具を持って強い従者を金で雇っても、けっしてお前の強さではないぞ、自惚れるなよ」


 ひょっとしたら、先日の決闘に負けたことを言ってるのだろうか、負けたのは武器の差で腕は自分が上だと。それにまだ咲耶たちを金で雇っていると考えているのか。


「エルラークあまり新人に絡むな、彼は自分のことはよく理解しているぞ、緊急招集に呼ばれた席でずっと緊張し体を振るわしていたのだからな」

「ふるえてた?」


 もしかしたら、倒れないようにテーブルに膝をついて堪えていたとき、プルプルと体が震えていたのかもしれない。それを眠気ではなく緊張と取り違えられた。

 まあ緊急招集で眠気と戦っていたなんて誰も思わないだろう。


「今だって緊張から解放され膝に力が入っていないようすだ」

「あ、ああ、これは」

「失礼、男には意地があったな、今のは失言だ聞き流してくれ」

「いや、そうじゃないんだが」

「いいんだ分かっている。私も人の心を察するのはうとい方だと自覚しているが、男の意地くらいは理解しているつもりだ」


 とても勘違いしています。しかも訂正までさせてもらえない。これではどう説明しよと言い訳にしか聞こえないだろう。


「舞姫さん、どうですか以前の話を受ける気にはなりませんか、会議に参加したぐらいで立てなくなる男ですよ、いくらお金を積まれようと、あなたほど女性と一緒にいる価値もない男だとは思いませんか」


 以前、キッパリと断られたスカウトをめげずに再度してきた。


「その前に一つ聞きたいのですが」

「なんです、契約の内容ですかウチの提示できる条件はきっとご希望に添えると思いますよ」

「いえ、それ以前の問題で、失礼ですがあなたは誰でしょうか、以前のお話とはいったい?」


 にっこりと笑って首をかしげる咲耶、かしげた頭が鎮也の肩にのっかり鎮也との密着度がアップした。

 これはエルラークの事を本当に忘れたわけでは無く、鎮也をバカにされた仕返しでやっているようだ。


「わ、私の事を覚えていないと」

「ええ、これでも記憶力には自信がある方なので、実力があったり印象に残った冒険者は忘れないはずなのですが」


 遠まわしにエルラークは実力も無ければ印象にも残らないと言っている。

 実力はともかく、演技用の剣を聖剣と言って振り回していた姿は鎮也の中では結構印象に残ってはいるが、眠くてすぐには思い出せなかったけど。


「な、な、な」


 言葉を忘れたのかエルラークは同じ単音を連続して発している。


「なるほど、あなたがエルラークが言っていた月光の舞姫ですか、わずか二週間でランクBになったと噂の」

「短時間でランクBになれたのは運が良かっただけですよ」


 カナリーは視線を鎮也から咲耶へと移す。


「運だけでランクBになれるものか。確かにあなたはそうとうな手練れのようだ、ランクFの彼を組んでいるのは、鍛冶師の彼が生み出す剣を気に入ったからか、それとも将来性に期待してのことか、カイザンギルドマスターの隠し事を見抜く目を持っていることからも頭の切れる男ではあるようだし」

「ご想像にお任せします」


 ランクではなく鎮也本人を見て評価を下すカナリー、だが睡魔との死闘で体力を使い果たした現状では頭はいいが体は出来ていない新人と評価されてしまった。


「君も精進すればランクBには行けそうだな、それまで彼女にいろいろと教わるといい。では私たちも準備がる。明日からよろしく頼むぞ」


 けっこう思い込みをするタイプのようだ。もう否定する気も鎮也には出てこない。


「ああ、よろしく」

「ちょっと待ちたまえカナリー、彼女のスカウトを」


 ようやく回復したエルラークが立ち去るカナリーを引き留めようとするが、彼女は聞く耳を持たずすたすたと行ってしまう。


「いいか、今回の依頼で化けの皮を剥いでやるからな。舞姫や光剣と一緒の冒険団は貴様は不釣り合いだと教えてやる。ランクFが調子に乗るなよ」


 長めの捨て台詞を残してエルラークも去って行った。

 鎧が重いのかガシャガシャと耳に悪いを音を立てて、鎮也にやられてから、本物の鎧に直したのかもしれないが、あれではもう速さ自慢はできないだろう。


「俺はあの二人が同じ冒険団に居る方が不釣り合いだと思うけど」

「同感」


 レオフィーナと合流するために一階に下りれば、まだエルラークの姿はギルド内にあった。


「誰ですかあなたわ」

「な、な、な」


 こりもせずにレオフィーナを勧誘していた。そしてレオフィーナの方は咲耶と違い完全にエルラークのことを忘れているようであった。






「ああ、あの決闘の相手でしたか」


 レオフィーナと合流後、大量に引き受けた雑用を片付けるために、まずは魔獣を借り受ける牧場を目指す。その道すがらさっきの男の説明をレオフィーナにしていた。

 膝の痛みで歩みの遅い鎮也を咲耶とレオフィーナが両脇から支えている。


「こりずにまだスカウトをしてたのね」

「ホントにスカウトマンなのかも怪しいけどな」


 鎮也にはあんなやり方でスカウトを受ける冒険者がいるとは思えない。


「それだけ『真紅の秩序』の知名度が高いのだと思います。私が一階で待っている間にも、このギルドに『真紅の秩序』が来ているとささやいている者たちがいました」

「帝国でも数少ないランクA冒険団なんだよね」

「それに引き替え俺たちは出来立てのランクFの冒険団だ」

「実力は負けるつもりはありませんマスター」

「戦闘能力ならな、でも明らかに負けている部分もあるんだな」


 そう、戦えば勝つ自信は鎮也にもある。しかし、大量を雑用をこなすには鎮也たち『七星剣』のメンバーは数が少なかった。


「咲耶、やらなきゃいけないこと、もう一回聞かせて」


 会議にはいたのにその辺の記憶が一切ない。


「大きく分けて三つかな」


 一つ、魔獣を借り受け調教師への協力要請。

 二つ、三冒険団の移動用の馬車の確保。

 三つ、捜索にあたっての数日分の食糧の確保。


「こんな所かな」

「これって本来、冒険者ギルドが用意するもんじゃないの?」

「マスターそれは無理だったと思います。今日は一階の受付の人数も減っていました、雑用までさける人員がいなかったのでしょう」


 今回の行方不明者の殆どがギルドの主力メンバーであった。

 ギルドナイトは現役の冒険者ということもあり、ギルド発行の依頼の手配などはほとんど彼らがやっていたのだろう。


「ごめんね鎮也くん、止められれば良かったんだけど、否定するにも代案が浮かばなくて」


 カイザンが雑用の手伝いをしてほしいと言い出した時、どこの冒険団も了承しなかった。食糧の確保はどうにかなるにしても、オークションの開催期間中に馬車を人数分手配するのがどれだけ難しいかわかっているから。


 そんな時に鎮也が『うん』と言ってしまったのだ。

 咲耶は今のは間違えですと言いたかったが、拒否するための代案を出さない限り取り消しは不可能な空気になっていた。


「今回は完全に俺のミスだ、咲耶が気にすることないよ」

「そうですよサクヤ、もう決まったしまったことです。今私たちがするべきことは一刻も早く雑用を終わらせてマスターをベッドにお連れすることです」


 人の多い往来でレオフィーナほどの美少女がベッドに連れ込む的な発言は周囲の注目を集めてしまった。咲耶など顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 三人よりそって歩く姿はみだらな想像へとうながすには十分で、幾人かの若い男からは殺気の混じった視線を叩きつけられた。


「くそーなんだよあの男は、真昼間から女を二人も連れやがって」

「どこかに呪いの魔道具は売ってないか」

「魔道具は昨日、買い占められたよ」


 呪いの魔道具って、徹夜でいじくり倒してもそんな魔道具は一つもなかった。


「と、ともかく牧場に急ぐぞ」


 膝の痛みを無視して牧場への道を急ぎ足で歩いた。






 ようやく人目は無くなったが、鎮也の体力の方が限界に近くなっていた。


「鎮也くん大丈夫」

「まだ幻覚は見えてないぞ」

「返答がおかしいですマスター」


 牧場に到着した鎮也は入り口に座り込んだ。節々に針で刺されたような痛みが襲っている。


「レオナ、オジロ貸して」

「あまりこの方法はしたくないのですが、仕方ありませんね」


 レオフィーナはオジロを抜き、光魔法の回復を鎮也へかけた。すると鎮也を苦しめていた関節痛が徐々に和らいでいく。


「マスターこれは誤魔化しでしかありまん、後で必ず休んでくださいよ」

「俺も早く寝たいよ」

「私たちにまかせて鎮也くんは休んでも」

「この数の雑用はいくら咲耶とレオナでも二人じゃ無理だろ」

「私たちが限界だと思ったら無理やりにでも休んでもらうからね」

「了解しました」


 体は回復しても眠気が抜けたわけでは無い。

 まだ三つもある雑用の一つ目なのだ、素早く終わらせよう。鎮也は立ち上がり牧場へと入る。


 普通の牧場と違いここは柵が高く頑丈に作りになっていた。それも二重に、相手が魔獣ということもあり普通の家畜とは扱いからして差がある。


 柵の中では足の太い牛のような魔獣が群れを作り走り回り、隣の檻の中には黒い狼型の魔物が寝そべっている。


「柵の中を走っているのは、猛烈牛ブルバイソンで、檻の中の狼は黒山狼プラトンウルフだね」

「どちらもD級の魔物です」

「鎮也くん、借りるのはプラトンウルフの方だよ、追跡を手伝ってもらうんだって」


 そんな細かいことまで決まっていたのか。


「黒山狼プラトンウルフは仲間意識が強く、ウルフ系の魔物の中でも嗅覚が鋭いと聞きます。追跡にはうってつけのと言えるでしょう」

「それで何匹くらい借りればいいんだ」

「各冒険団に二匹は欲しいって言ってたから、五匹かな、私たちにはヤマトがいるから一匹少なくて大丈夫だよね」

「ヤマトに怯えないといいけどな」


 D級の魔物程度だとヤマトに怯えるのではと思ってしまう。


「大丈夫じゃないかな、ここの子たち賢そうだし」


 檻で寝そべる黒い狼たちを覗き込む咲耶、見つめ返してくる狼たちの瞳には理性のようなモノが感じられた。


「この子たちを世話してる調教師の腕がいいのかもね」

「そうですね、とてもD級とは思えない強い魂を感じます」


 D級の魔物といえど調教次第ではB級魔物を討伐できるほどに成長できると鎮也は昔に聞いたことがあった。また、調教師の世話しだいではある程度なら人の言葉も理解するようになると。


「カイザンが推薦するだけのことはあるな」


 調教師に会うのが楽しみになる。鎮也の子供の事になりたかった職業の第一位は鍛冶師だったが、第二位は調教師だったのだ。魔物を沢山従えるのも憧れていた。だからこそ、七星剣の内、自身が制作した五振りは獣の姿をしている。


 鎮也は檻の中の狼に語りかけた。


「この牧場の人はどこにいるんだ」


 狼は鎮也の言葉を理解しているようで、首だけを持ち上げ厩舎へ鼻先を向ける。やはり相当な腕の調教師が世話をしているようだ。


「ありがとよ」


 狼にお礼をいい牧場の人を探すと、厩舎の隅で飼葉を積んでいる女性がいた。


「あのすみません、冒険者ギルドの依頼できました。捜索用の魔物を貸してほしいのですが」

「はいただいま、あ」


 鎮也の問いかけに振り向いた女性は以前にアレイが逃げ込んだ先、こことは別の牧場で出会った女性、トレイシアであった。


「いらっしゃいませ、レンタル魔獣牧場へようこそ」


 意外な形での再会であったが、彼女は笑顔で鎮也たちを迎えてくれた。

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