第14剣『牧場のシスター』
あけましておめでとうございます。
冒険者集団『導く翼』のアレイは大人では通れない建物と建物の間を駆け抜け、賑わっている露天広場に紛れこみ、地元民しかわからない路地をジグザグに走り抜け追跡者の居ないことを確認してから、誰もいなくなった空き家に身を隠した。
ここはこの街の人間でもめったに寄り付かない場所、ここまでくれば安心できると、緊張を捨てるように大きく息を吐いた。
「まさか、あの店がバレてたなんて」
アレイが待ち伏せを受けた骨董店、あそこの店主である老人はモノ好きで、アレイたち身元不審な子供からも道具を買い取ってくれる数少ない店であった。
ずっと抱えていた包みを解き中の剣を見る。中央には濃い紅色のガーネットが埋め込まれている高級そうな灰色の剣。
「他にこの剣を買ってくれそうなところは……」
最低でも大金を出せるだけの財力のある店。
「ああ、くっそ! あの店以外に心当たりがない」
思いつかなかった。
低級の魔物の素材ならともかく、こんな高価な剣を買ってくれる店を他に知らない。
「最後の頼みは旅の商人か」
幸い三日後に開かれるオークションのために首都などから多くの商人が訪れている。その中にはこの剣を買えるだけの大金を持った豪商はいるはずだ。
「そんな連中とどうやって接触するか」
考えに没頭していたアレイだが、隠れている場所に近づいてくる気配を察知して外を伺う。
耳をすませば遠くから男女の話声が聞こえてくる。
「なんだあの連中は」
額に剣のような角を生やした大型の犬いや狼を連れた男一人、女二人の三人組、服装から街の人間ではないとわかる。
「豪商の護衛できた冒険者か」
自分には関係ない、このまま隠れていればやり過ごせると息をひそめるアレイであったが。
「この近くか」
男は連れている狼に尋ねると、地面の匂いを嗅いでいた狼はまるで言葉を理解しているように首を大きく頷いてみせた。
「鎮也くん、あの建物なんて隠れるにはちょっどいいんじゃない」
「マスター、足跡もあります。あそこにいそうですね」
金髪の方の女が見つけたのはアレイの足跡だった。
「俺を探しているのか?」
角を持つ狼と目が合った。
「ッ!?」
壁の裂け目から覗いていたのに、間違いなくあの狼はアレイを捉えていた。
考えるより先に体が反応、バネのように跳ねあがると一目散に空き家から飛び出す。
「何なんだあいつら、ウーゴットが新しく雇った奴らか」
匂いで追いかけてくるなんて、追跡に特化した冒険者なのか。
「このままじゃ捕まる、どこか匂いの強い所は!」
アレイは空き家に隠れることをあきらめ街の外壁方向へと逃げる。
「絶対に捕まるか!!」
足を止めることなく走り続ける。
匂いで追われるなら空き家に隠れるのは愚策。
目指すのは外壁付近にある牧場、あそこなら家畜や冒険者のテイムした魔獣などが多くいる。匂いを紛れさせ誤魔化せるかもしれない。
住宅街を抜けると家屋の並びが少なくなり牧草地帯が多くなる。
どんどん遮蔽物が無くなっていく、早く隠れなければと焦りがアレイの思考を乱す。
「くっそ!」
もう考えている時間は無いと適当に目についた牧場の厩舎へと飛び込み、積み上げられていた飼い葉へ頭から突っ込む。
「だれ!?」
これで隠れられると安心したのもつかの間、追っ手に見つかるより先に牧場の関係者の女性に見つかってしまった。
「いや、その、ごめん、今、追われてて、見逃して」
「追われてるって、あなたもしてかしてアレイですか」
「え」
名前を呼ばれたアレイが牧場関係者の女性に視線を上げると、そこには赤身のある金髪を三つ網にした紺のオーバーオール姿の優しそうな女性がいた。
「もしかしてシア姉」
「アイレ、あなた追われてるって」
シア姉と呼ばれた女性が問いただそうとした時、厩舎へと誰かが近づいてくる。
「ごめんシア姉、話は後で、シア姉も隠れて!」
「私は隠れるような悪いことはしていません」
そう言うとシア姉はスタスタと厩舎から出て行ってしまう。
「ちょっとシア姉!」
アレイは止めようとしたが、厩舎の窓から近づいてくる狼を見てしまい慌てて飼い葉の中へと深く潜った。
アレイ少年を追いかけて鎮也たちは外壁近くの牧場へとやってきた。
「あの少年、見事な逃げっぷりだな」
「足が速く体力もある。おまけに抜け道も詳しくそれをうまく活用する器用さ、あと数年もすれば優秀な冒険者になりそうですね」
レオフィーナの逃げるアレイを観察しながら高評価をくだした。
「この街の情報も詳しいだろうから、できればいろいろと情報を聞きたいね」
咲耶はアレイが貴重な情報源になるかもしれないと考えているようす。
「それ賛成、じゃあそろそろ周りに人もいなくなったし、お話を聞かせてもらおう」
鎮也たちがここまで時間をかけたのはアレイにうまく逃げられていたのではなく、聖雷剣の話になりそうだったので人気のいない場所までアレイを泳がせていたのだ。
ヤマトが牧場にある厩舎へと顔を向ける。すでに逃げ込んだ場所も正確に特定していた。
厩舎の前に到着すると、中から一人の女性が現れた。
年は鎮也たちと同じくらい、目尻が少し下がった穏やかな牧場娘さんだった。
「どちら様ですか?」
見た雰囲気と同じく、聞いた人を癒すような優しい声で訪ねてくる。声だけなら牧場の娘よりも教会などでシスターなどをやった方が似合いそうな声色である。
「俺は冒険者兼鍛冶師をやっている鎮也、後ろの二人は咲耶とレオフィーナ、同じ冒険団の仲間です」
二人を紹介した所で言葉を区切ると、裾をヤマトに下から引っ張られた。
「ああごめん、こっちはヤマト、こいつも俺の大事な仲間です」
改めてヤマトも女性に紹介する。
「これはご丁寧に、私はこの牧場の手伝いをしているトレイシア。ヤマトさんですか、とてもキレイな毛並みをしていますね」
褒められたヤマトは満更でもないようで、お座りの姿勢になり胸を張る。
「さわってみてもよろしいですか?」
鎮也がヤマトに伺うと、ヤマトは構わないと自分からトレイシアに近づいていった。
「とても賢い狼ですね、額に剣のような一角、珍しいホーンウルフですね、毛並みも見事な白銀で、筋肉もすごい、相当鍛えていますね」
「ええ、鍛えてます。磨きも研ぎも手抜きなく完璧に」
「ミガキにトギ?」
「鎮也くん」
「ああ、こっちの話です」
咲耶に注意されてうっかりに気が付く、ヤマトが刀になることを知らない人にはわからない話であった。
「それでトレイシアさん、私たちは短剣サイズの包みを抱えた少年を探しているのですが」
「その子なら、さっききた私の弟分だと思います」
ガタン、後ろの厩舎から何かが倒れる音がした。
「アレイ、こちらに出てきてください」
「ちょっとシア姉」
アレイからしたら、まさかトレイシアが隠すことなく素直に話したことが信じられないようす。
「こいつらは、アイツの仲間なんだぜ」
声はするけど姿見えず。アレイは厩舎の中から叫んでいる。
「アイツが誰かは分かりませんが、少なくとも、この方々たちは悪い人ではありません。お話だけでも聞いてあげてください」
「なんでそんなことが分かるんだよ」
「これだけキレイな聖獣を連れている方が悪人な訳ありません」
「ほう。マスター、彼女はなかなか見る目を持っていますね」
聖剣が獣と化しているのだから分類的には魔獣では無く聖獣のカテゴリーに属するが、それを軽く触っただけで判別するとは相当に魔獣や聖獣の生態に詳しくなければできない。
「もしかしたらトレイシアってテイマーなのかも」
鎮也たちがトレイシアの能力を軽く分析している間に、腕を引かれたアレイが厩舎からいやいやながらでてきた。
「何だよ、アイツらの仲間じゃないなら、なんで俺を追いかけてくるうだよ!」
初っ端からケンカ腰。
「その腕の抱えている包みの中を見せて欲しいと思ってな」
「お断りだね、なんの得にもならないのに見せてたまるか!」
速攻でお断りされてしまった。
「アレイ」
トレイシアがたしなめてくれるが効果がない。
「得があればいいのか、もしその包みの中が俺たちの探しているモノだったら、買いとってもいいぞ」
「え?」
今にも噛みついてきそうだったアレイの気配が軟化した。
「買ってくれるならいいけどよ、お前ら金持ってるのかよ、これは相当な値打ちもんだぜ」
咲耶とレオフィーナは一流の冒険者といっても通用する装いをしているが、中心人物の鎮也が薄汚れた作業着で売れてない職人のようであった。これではお金を持っていないと疑われも仕方がない。
「鎮也くん、だからもう少し服装には気を使おうって言ってるのに」
「作業着がマスターの制服であることは承知しているが、主にはもっとファッションを嗜んでもらいたいと従者として具申します」
「以後、気をつけます」
交渉をしていたら、なぜか仲間の女性陣から服装の注意をされてしまった。
「でも少年、お金はちゃんとあるから心配するな」
強引に話を交渉に戻した鎮也は、魔法のカバンから先ほどギルドで素材を売って手に入れた報酬の革袋を取り出す。
「B級魔核を売った代金だ」
「B級!!」
「咲耶とレオナはランクBの冒険者だからな」
「マジかよ」
アレイの視線が包みと皮袋の間を何度も往復する。
「わかった、兄ちゃんたちに売ってやるよ、ただし条件がある」
「言ってみな」
「教会までの護衛をしてくれ、教会に無事に帰れたら売ってやるよ、値段は教会の仲間皆で話し合って決めるから」
ゴロツキに襲われたばかりだからまた襲撃されることを警戒しての条件だろう。
「アレイ、図々しいですよランクBの方々に護衛を頼むなんて」
トレイシアはアレイがどんな相手にちょっかいをかけたのか知らない様子、護衛を言い出したのもランクBの冒険者に話を聞きたいくらいにしか思わなかったのだろう。
「別にそのくらい問題無いぜ」
「よろしいのでうか?」
トレイシアが戸惑いながら聞いてくる。ランクBの冒険者が街中を歩くだけでのことで護衛につくなど恐れ多い、普通なら絶対に受けないであろう条件だが鎮也たちにとっては聖雷剣を手に入れることこそが重要なので街中の護衛くらいなんともない。
「交渉成立だな」
「まったくアレイったら。すみませんシズヤさん、義弟をよろしくお願いします」
「こっちの都合も入ってますから気にしないでください」
「ありがとうございます。今度お時間があるときにでも牧場にいらしてください、ヤマトさんのブラッシングくらいはさせてももらいます」
護衛の依頼を引き受けた鎮也たちはトレイシアに挨拶をして、アレイの仲間が生活しているという教会へ向かった。
教会後へ向かう道中、鎮也たちはアレイ少年の話を聞いていた。本当は聖雷剣をどこで手に入れたかを聞きたかったがいきなりでは警戒されてしまうかもしれないので、てごろな話題として住んでいる教会の事などを訪ねた。
「別に面白い話じゃないぜ、教会って言っても正確には元教会、死んじまったシスターのばあちゃんが俺たちみたいな孤児を集めて育ててくれた場所なんだ」
教会に子供たちが住んでいると聞いた時点で鎮也もおおよそそんな所だろうとは思っていた。
「どこにでもある話だろ、ばあちゃんがいなくなって教会としての役目を失ったから元教会だな、シア姉も元は教会でシスター見習いをしてたんだ、俺たちの相手もよくしてくれてたし」
「ああやっぱりシスターだったんだ、それっぽい雰囲気あったもんな」
「今はいろいろな仕事をして俺たちにお金送ってくれてるよ、ホントは帝都の学校に行くのが夢だったのにそれをあきらめて」
「いい姉さんだな」
「当然だろ、あっ、おまえもしかしてシア姉に手を出そうなんて考えてるんじゃないだろうな!」
「なんだヤいてるのか」
「ヤいてねえよ、でもお前みたいなやつはだめだ胡散臭いし弱そう」
「ひでぇな、おい」
これでも元はランクSの冒険者である。
「鎮也くん、やっぱり服装は考えた方がいいよ」
咲夜が残念そうに溜息をついた。子供にまで胡散臭いといわれたことに鎮也以上にショックを受けたしまったようす。
「ところで、姉ちゃんたちがランクBってのは聞いたけど、兄ちゃんはランクどのくらいなんだ?」
「俺か、俺はランクFだぞ」
「Fって俺より下じゃないか、俺なんかランクDだぞ」
二本の斜線が入ったギルドカードを取り出して見せる。
「今日登録したばかりだからな、それも半分は身分証のためだし」
日本の運転免許みたいに持っているだけでゴールドになればいいのだけどと、どうでもいいことを考える鎮也。
「ランクFに護衛を頼んじまったよ」
鎮也のランクを知ったとたんにアレイは態度を変えた。
「いいか、二度とシア姉には近づくなよ」
「残念だったな少年、ヤマトのブラッシングの約束を交わしている。近いうちにまた会うことになるだろう」
お返しとばかりに鎮也はからかうように上から目線で先ほどの約束を切り出した。
「きったね、どう、姉ちゃんたち、こんなきたない男と別れて俺たちの冒険団『導く翼』にこない」
「今日はこれで二回目だねスカウトされるの」
「マスターの低いランクをどうにかしないと、また厄介なお約束が起こりそうですね」
咲夜もレオフィーナも子供にバカにされたくらいでは怒りもしないが、低ランクのままでいいと考えている鎮也の態度に、従者二人は納得していない。
「まあ、それは目的のついでにな、上りそうなら上げとくよ」
「なんだよ、冒険者なのにランクを上げること以上に大切なことなんてあるのか?」
あくまでも聖雷剣を取り戻すことが目的。
「それがあるんだな」
「へんな兄ちゃんだな」
アレイを先頭に鎮也たちは外壁沿いの道を進んでいくと、寂れた教会が見えてきた。
「ずいぶんとくたびれた教会だな」
「外見だけじゃないぜ、中もひどいんだ。早く直さないと冬に大雪でも降ったら間違いなく潰れちまう」
「だから危険な橋を割ったのか」
悪党から高価な剣を盗んで売ろうとするわけだ。それを知っていて買おうとする鎮也もいい性格をしているが、元は鎮也の剣である。盗まれた物に金を払って取り戻すのだからとても紳士的おこないだと本人は自負している。
「エフの兄ちゃん」
「それが俺たちの探し物ならちゃんと金は払うから、エフの兄ちゃんはやめてくれ」
「約束だかんな、もし破ったらランクDの中でも上位の俺が必ずボコボコにしてやる」
先頭にアレイは振り返り鎮也に向かって拳を突き出してくる。
「わかったよ」
突き出された拳を横へ受け流していると、進行方向から一台の帆馬車が猛スピードで迫ってきた。
雑草の多い草道で騒音は少ないが、それでも砂塵が舞っていることからかなりのスピードが出ている。
背中を向けているアレイはまだ馬車に気が付いていない、鎮也はアレイの腕を掴み道の端へ強引に引っ張りよせる。
「うわっ」
とっさに腕を引かれ転びそうになるアレイを鎮也は腕の力だけで無理やり引き上げた。
ギリギリの所で馬車をいなすことができたが、馬車の撒き上げた砂埃を頭からかぶせられた。
「今の馬車、止まる気なかったわね、私たちが避けなかったら惨事になってたのに」
咲耶が去っていく馬車を睨む。
「何をあんなに急いでたんだ」
帆で隠れ積荷が何かは分からなかったが、荷台には数人の大人が乗っていたようだ。
「おかしい、この先には俺たちの教会しかないのに」
「教会の人じゃないのか?」
「教会に大人なんていない!」
そもそもあんなまともな馬車があれば売って教会修復の資金にあてているだろう。
「マスター焼けるような匂いがします」
炎の使い手であるレオフィーナが向かう先に炎の気配が有ることを察知した。
鎮也も鼻に意識を集中されるとすぐに焦げた匂いに気が付いた。
「そんな!」
匂いの方角は教会だ。
アレイは一目散に教会へと向かって走り出した。鎮也たちもその後を追う。
教会に近づくにつれ匂いだけでなく、風にも熱さが混じりはじめ、空へは黒い煙が上っていく。
「なんだよ、なんだよ、なんでだよ!」
間違いなく燃えていたのは教会であった。
「リーザ、みんな!!」
半壊している塀を飛び越えて教会の敷地へと飛び込む、そこには震えながら固まって座り込むアレイよりも年下な子供たちと、血を流して倒れているイクスの姿があった。




