第10剣『ようやく一本目』
金貨150枚。即金で払った鎮也は聖雷剣シリアル13『|精霊剣・風二型(エアー・エレメンタルⅡ)』を持ち店を出る。これだけの買い物をしたのにまだ手元には金貨が170枚も残っていた。
「さっきまで心配を返して欲しい」
魔核の価値が変動していたらどうしようとの心配、その心配通り魔核の価値は変動していた。ただ一つ心配していたことと違っていたのは、マイナスへの変動ではなくプラスに変動していたことだ。
「どうかしたの?」
店でのやり取りを知らない咲耶が首をかしげる。
「これだけの高額になるとは予想外だったから驚いただけだ」
売った内訳は。
人食い牛グランドブルのC級魔核一個、金貨50枚。
鍵爪鬼エッジオーグルのD級魔核百八個、金貨108枚。
鍵爪鬼エッジオーグルの鍵爪八十二個、金貨41枚。
穴倉狼モルダーウルフのD級魔核十四個、金貨14枚。
穴倉狼モルダーウルフの爪十四個、金貨7枚。
山賊スパイクバリケード討伐、金貨100枚。
合計金貨320枚。C級魔核と討伐報酬が予想よりも高かった。
「どうやら冒険者全体のレベルが下がってるみたいなの、C級クラスを討伐できるのはこの街には数組しかいないんだって」
「嬉しい誤算だな」
これだけお金が余れば、咲耶との約束通り風呂付の宿に泊まれる。
「軍資金も手に入ったし宿捜そうぜ、そこでこれからの行動方針を決めよう」
「宿ならギルド近くに良いところがあったよ」
「もう風呂付きの宿を見つけたのか」
咲耶希望の風呂付き宿、数が少なく人気があるので泊まれる場所を探すのは一苦労だと鎮也は思っていた。
「それが、この時代お風呂完備は当たり前なんだって、ギルド支部にも普通に水道の蛇口みたいのあったよ」
昔は井戸から水を汲む方式しかなかった。だから普通の宿では湯船のある所は高級な宿でも珍しかったのに。
「時代の流れか」
「これも嬉しい誤算だね」
よほど嬉しかったようで咲耶は鼻歌まじりで馬車を操り目的の宿を目指していく。
到着した宿は白い壁のキレイな建物であった。大きさはそれほどないが二階建てで一階は食堂や厨房、二階に客室が並び全部で八部屋あった。
「泊まりかい?」
「とりあえず三人が泊まれる一部屋を一泊で」
「あいよ!」
元気良い、まさに女将さんといった印象の中年女性がすばやく受付をしてくれた。
「マスター、ここはお約束を守って男女別の部屋にしようとは言い出さないのですか?」
「言い出したらどうする?」
「もちろん、お約束通りに部屋代がもったいないと進言し強引に同じ部屋に変更してもらいます」
「だから最初から一部屋にしたんだ」
時間に余裕がある時ならレオフィーナの趣味にも付き合うが、鎮也には急いで二人に話をしたいことがあった。
二人も鎮也の気持ちを察してこれ以上何かを言うことはなかった。部屋の鍵を受け取り部屋へと向かう。
用意された部屋は八畳ほどの広さがあり二段ベッドが二つの四人部屋だった。いかにもギルド推薦の冒険者を泊めるための部屋といった印象を受ける。適当に荷物を置いた三人はベッドに腰をおろし、鎮也が話を切りだす。
「二人に今後の行動方針を伝える」
行動方針、漠然としたものならいくつか決まっていたが、有る程度の情報も入ってきたので鎮也は明確に決めた。
「方針は五つだ。一つ目は情報の収集、二つ目は活動資金集め、そして三つ目と四つ目が聖雷剣の回収と使い手を探して譲渡すること」
これまでの方針はこれであった。
「そして五つ目に剣の修復を加える」
鎮也は魔法のカバンから、武器屋で買ったばかりの精霊剣・風二型を取り出した。
鞘から引き抜きその灰色に変色した刃を二人に見せる。
「さすがにこれじゃ、使い手を見つけたとしても譲渡は無理だ。だから修復する必要があり、その為には森の屋敷の工房を修繕する必要がある」
廃墟と化した鎮也の屋敷、工房も当然ボロボロで現状では使い物にならない。
「まさかここまでひどくなっているなんて」
咲耶も聖雷剣のかつての姿を知っている。灰色の刃をとても悲しそうに見つめた。
「わかったわ鎮也くん、情報収集と資金集めはレオナと二人でやるから、屋敷の修繕と剣の修復はお願いね」
「助かるよ咲耶」
「情報収集と一緒にこの街にまだ聖雷剣が残っていないかも探しておきます」
「ありがとうレオナ」
咲耶の提案にレオフィーナも賛成した。
武器屋で店主に怒りをぶつけたレオフィーナ、彼女もあまりに変わり果てた聖雷剣の姿に平常心ではいられなかったのだろう。普段は騎士のように冷静沈着なのにそれをも崩すほどの衝撃だったのだ。
聖雷剣。鎮也たちの夢と努力が詰まった最高傑作たち。
鎮也をサポートするために生まれてきた咲耶とレオフィーナ。共に旅をして協力し合い作り出した。彼女たちにとっても大切な鎮也との想い出であり絆そのもの。
「鎮也くん、工房を直すのにどのくらいかかるかな」
かかるとは時間ではなく費用のことを咲耶は気にしているようだ。
「材料費がいくらかかるか、か」
鎮也もそれについては現段階では答えられない。剣を買って残った金額はそれなりに高額だがこれで足りるかどうかは分からない。できる限り節約もしたいが、全力を出す以上工房の設備も妥協できない。
最優先目標を鎮也は工房の修理、咲耶とレオフィーナは資金集めと設定して、三人は別々に行動することにした。
鎮也は残った資金でできる限りの資材を買い込み、屋敷へ工房を直す為に戻り、素早さと技が売りの咲耶は群れる魔物を狙い、大型の魔物退治が得意なレオフィーナはギルドに張り出されている高額の討伐クエストを片っ端から受けた。
それから二週間、鎮也がほぼ屋敷に籠りっきりで作業したため何とか工房の修繕は完了した。もっともどうにか使える形になっただけで壁や天井にはまだ亀裂が走っている。
今日は朝早くから工房よりハンマーの鉄を打つ音が響いている。
聖雷剣の修復を開始したのだ。
咲耶とレオフィーナもこれまで毎日受けていた依頼を受けず屋敷へと戻ってきており、カンカンカンと響く音に耳をすませている。
二人は庭の切り株に腰をおろして作業が終わるのを待った。
「たった二週間だったけど、長かったわね」
咲耶は井戸からくみ上げた水を木製のコップに自分とレオフィーナの分を注いだ。
「確かにこれほどの長い間、マスターと会話をしなかったのは初めてかもしれないな」
コップを受け取ったレオフィーナもこの二週間を振り返る。
別行動後に鎮也と会話したのは資材を搬入する時に少しだけ。
「思った以上に何か寂しかったね」
異世界にわってからずっと一緒に行動してきた。側にいるのが当たり前、別行動しても夜には同じ場所には帰ってきていた。鎮也を屋敷に残して街に宿に泊まるなど咲耶たちにとって初めての経験であった。
「ああ、想像以上だった。雪も振っていないのに寒くも感じた」
レオフィーナも咲耶に抱いた寂しかった想いに共感する。工房を修理する資材を買う資金は予想以上に高騰していた。持ち金ではとても足りず、咲耶とレオフィーナはギルドの高額で短期で終わらせられる討伐依頼を中心に受けまくっていた。
魔物との戦闘は二人にとって苦戦するものではなかった。高ランクの魔物もいなかったし、一度の負傷もしていない、でも余裕かと聞かれればそうでもなかった。
「鎮也くんと、もう二週間も一緒にご飯食べてないね」
「私もこれほどまでに自分の感情がコントロールできないとは思わなかった」
鎮也と共に居られない苛立ちから、ギルドで一番高額な討伐の依頼を受けるさい、ギルド所員から咲耶とレオフィーナ二人で協力して討伐に向かってはどうかと持ちかけられた。その時つい職員を睨んでしまったのだ。
「マスターの剣として情けない、あの受付にはすまないことをしてしまった」
「レオナだけじゃないよ、私も多分睨んでたと思う」
それだけ二人にとって鎮也との別行動はつらい出来事であった。
だがそれも今日までだ。
とりあえずの最初の目標、聖雷剣の修繕が終わればこの別行動も終了する。
咲耶は空いたコップを手の平で転がしながら時間が流れていくのを心待ちにする。
太陽が高く登りまた沈んでいく、朝から始まったハンマー音は太陽の光がオレンジ色に変わる頃にやっと鳴りやんだ。
「終わったぞー!!」
飛び出してきた鎮也の手には星色と同じ白銀に輝く剣が握られていた。
その輝きは間違いなく鎮也と咲耶とレオフィーナが作り上げた聖雷剣の輝きそのもの。
「やったね鎮也くん」
「マスターおめでとうございます」
「ありがとう二人とも、二人のおかげでこいつを甦らせることができたよ」
過去に失われた512本の聖雷剣の内、やっと一本目が戻ってきた瞬間であった。
交易都市レフティアの中心部、豪族たちの屋敷が建ち並ぶ区画の中でもひときわ目を引く豪邸のとある一室にこの屋敷の主はいた。半分ほどが白くなったブラウンの髪の初老の男、年老いても瞳は鋭く体はまだまだ現役の傭兵としても通用しそうなほど立派であった。まさに裏組織のボスという雰囲気を漂わせている。
組織のボスは血のような赤きワインが注がれたワイングラスを片手に、お抱えの部下からある調査結果の報告を受けていた。
「やはりスパイクバリケードが捕まったという情報は事実だったのだな」
「残念ながら、討伐されしかも生け捕りにされたそうです」
「ほう、生け捕りか」
山賊スパイクバリケード。彼らが討伐にやってきた騎士団を撃退できたのはバックに武具や情報などを支援する組織が存在していたからであった。
「あの街にあいつらを生け捕りにできるほどの猛者がいたとはな」
「いえ、やつらを捕らえたのは流れ者のようです」
「流れ者か、そやつの情報はあるのか?」
「冒険者ギルドにスパイクバリケードの懸賞金を受け取りに来たのは一人の若い女性で、刀を持った長い黒髪の少女だそうです」
「一人か、それほどの冒険者なら噂になっていいはずだが」
三〇人規模の盗賊を生け捕るなど、ランクB以上の冒険者でないと不可能だろう、そしてそれほどの冒険者ならば噂に上らないほうが不思議だ。ランクBとは一流の証なのだから。
「ワシの記憶にはないな、いやいたな一人」
「ボス、心当たりが?」
「昔の話だ、今回の件とは関係無いだろう」
ボスの脳裏にある人物が浮かんだ。その者は漆黒の着物をきた夜のような女性で三日月を連想させられる刀を愛用していた。彼女の実力なら山賊を生け捕りにするなど容易だが、昔の存在だとボスは容疑者候補から除外する。
「なんでもその者は未登録であったらしく、冒険者登録も討伐報酬を貰うついでにしたようです」
「ずいぶんとふざけた者だな、山賊の集団を生け捕りにできる存在がいままで未登録とは、その後の行動はわかっているのか?」
「ライトゥスには情報員がいないため噂程度しかありませんが」
ライトゥスの鉱山が枯れてからは、裏の組織としても儲けを見込める地域ではないためあまり係わっていなかった。スパイクバリケードを援助していたのは彼らが毎月、援助以上の献上品を納めていたからだ。重要ではなかったが金づるの一つを潰されたので一応の調査をしていた。
「なんでもその女は誰とも組まずに一人でD級の魔物の討伐依頼を大量に受けているそうです」
「D級か、山賊を退治したにしては小物を狙うのだな」
一流の冒険者ならC級を無傷で倒せる力は有るはず。それをD級討伐しかしないのは自分の力に自信が無いのか。
「いえ、どうやらD級討伐でも群れる魔物を率先して狙っていたようです。それもなるべく高価な素材を落とす鍵爪鬼エッジオーグルや石英猪トパーズボアといった魔物を」
「なんだと……」
優雅にワインを味わっていたボスの表情が初めて変化した。エッジオーグルにトパーズボアは確かにD級の魔物であるが、これらは群れで移動する習性があり、中には百を超える群れを形成する場合もある。それを一人で討伐などランクBの冒険者でも不可能だと言われている。
「実力はランクA以上ということか」
「はい、それともう一人、情報では光剣使いが山賊を捕らえたというものもあり、同じ時期に現れたブロンド髪の女騎士が光る剣を操り大型の魔物を一人で討伐しているそうです。未確認ではありますがB級の魔物も討伐したとか」
「ブロンドの光剣使いだと!?」
今度ははっきりと驚愕の表情を浮かべたボス。
「その二人は共に行動しているか」
「いえそれはありません、私も初めはこの二人が協力してスパイクバリケードを補縛したのかと考えましたが違ったようです。それぞれが競うように仕事を受注しギルド支部の金庫を空にする勢いだったとか、これも噂ですが二人は仲が悪く、ギルド所員が協力してはどうかと話を持ちかけたところ忙しいからそれはできないと不機嫌な顔で即答したそうです」
「そうか、二人は仲が悪いのか、そうか、あれから百二十年もたっているのだ、そんな訳がない、それにあの二人があの男から離れて行動するなどありえない」
「この二人の噂はすでにこのレフティアまで広がっており、有力な冒険者集団はスカウトに動き出したようです」
「…………」
部下は持っている情報の報告を全て済ませたのだが、ボスからの返答が無いことに困惑したようだ。
「ボス?」
「ん、ああ、なんでもない、報告がすんだならさがれ」
「は、はい、失礼いたします」
ボスは部下が部屋を出て行った後、いやなことを洗い流すように残ったワインを口の中へと一気に流し込んだ。




