第09剣『武器屋にて、現代を学ぶ』
武器屋の戸を開けた先で鎮也とレオフィーナを出迎えたのは、それほど広くない店内に等間隔で並べられた数少ない武器たちであった。壁一面に敷き詰められていることを期待していた鎮也は肩透かしをくらう。
「思ったよりも多くないな」
武器と冒険者は切っても切れない関係、武器が少ないということは冒険者の数自体も少ないのであろう。昔は鉱山から取れる鉱石を盗賊などから守るために数多くの冒険者がいたのに、来店もあまりないのか、店番をしている中年男性はカウンターでうたた寝をしている。
鉱山が枯れたと言っていた衛兵隊長の言葉が本当の事だと実感させられる。
鎮也は鑑定眼を発動させて店の剣を見て回った。
「―――――――――――――――――――――――――――
【名称】無名ロングソード
【分類】長剣 【レア度】☆☆(2)
【長さ】120センチ 【重さ】2.4キロ
【魔剣核】魔核なし
【スキル】
『硬度強化(小)』
【補足】
帝国内の工房の多くで用いられる製造方法『鋳造』で作られたロングソード。鉄を溶かす炎に精霊の力を加えることによりレア度を2まで上げた。
―――――――――――――――――――――――――――」
「―――――――――――――――――――――――――――
【名称】無名ナイフ
【分類】短剣 【レア度】☆☆(2)
【長さ】60センチ 【重さ】1.2キロ
【魔剣核】魔核なし
【スキル】
『硬度強化(小)』
【補足】
帝国内の工房の多くで用いられる製造方法『鋳造』で作られたナイフ。鉄を溶かす炎に精霊の力を加えることによりレア度を2まで上げた。
――――――――――――――――――――――――――――」
「鋳造でレア度2までだせるようになったのか」
鋳造とは決まった型に溶かした鉄を流し込んで作る製法。短時間で量産できる代わりに完成品の品質はあまり良くなかった。過去の時代では鋳造で作られた剣でレア度2に到達した物は存在しない。
「剣自体の完成度はそれほど変わっていない、なのにレア度2ということは、流し込む鉄自体の材質を向上させたのか」
その証拠なのかスキルに『硬度強化』が付いている。
鎮也は入口近くから順番に鑑定していったが、店の奥を見に行ったレオフィーナの驚きと焦りを含んだ叫びが聞こえた。
「マスター!?」
「どうした、レオナ」
「早くこちらに!!」
これはただ事ではないと駆け足で急ぐと、レオフィーナがカウンターの奥に飾られている一振りの剣を指差していた。
レオフィーナが何故鎮也を呼んだのか理由は聞かなくても分かった。
カウンターの後ろの壁にガラスのケースに入れられ展示されているそれは鎮也にはとても見覚えのある剣であったのだから。
発動したままになっている鑑定眼が剣の鑑定結果を教えてくる。
「――――――――――――――――――――――――――――――
聖雷剣シリーズ シリアル13
【名称】「エアー・エレメントⅡ(灰色化)」
【和名】「精霊剣・風弐型」
【製作者】星尾鎮也
【使い手】未登録
【分類】長剣 【レア度】☆☆☆★(4-1)
【長さ】120センチ 【重さ】2.0キロ
【聖剣核】エメラルド
【スキル】
※封印中『雷魔法(小)』…………使い手が雷魔法を扱えるようにする(効果:小)
『風魔法(大)』…………使い手が風魔法を扱えるようにする(効果:大)
『小・身体強化』……少しだけすばやく動けるようになる。
【補足】
エアー・エレメントⅡ型。内包する魔力は雷と風の両属性を使い手に与え、すばやさを上げる身体強化をかける。スタンダードの長剣よりも刀身が若干薄いスピード型。スキルの雷魔法を弱体化させ代わりに風魔法を強化した。
正規の使い手以外の者が使い続けたため灰色化、雷魔法は封印がかかりレア度もワンランクダウンしている。
――――――――――――――――――――――――――――――」
「……なんだこれ」
やっとそれだけの言葉が喉から絞り出された。
灰色と化した聖雷剣。星色の輝きをもっていた刀身は見る影もなく、石のようにざらついた表面は切れ味の欠片も感じ取ることができない。
「な、なんなんだ、これは」
「ん、お客か」
鎮也の声でうたた寝していた店番の中年がやっと目を覚まし瞼をこすりながら大アクビをかましてくれた。客商売をする態度ではない。
「あなたが、ここの店主か?」
「ああそうだぜ」
「この飾られている剣なんだが、これはどこで手に入れられた?」
「ん? ああ、こいつは贋作だぜ」
ピクリ。今確かに鎮也の頭の血管が大きく動いた、怒り、で。
この店主は何と言った。鎮也が持てる技術と資材と時間をつぎ込んで完成させた聖雷剣を贋作だとぬかしやがった。
「一応分類は聖剣になっているらしいけど、この濁った刃の色だろ、ホントかよって言いたいぜ」
ピクリ、ピクリ、血管が別の生き物のように暴れる、いまにも暴発しそうだ。
「先代の親父が旅の冒険者から買ったもんでよ、鑑定スキルを持った行商人に鑑定してもらったらレア度3だって話だから飾ってはいるけど、やっぱりだせ~よな」
レア度3ともなれば一流の名剣レベルだ、それをこんな愚痴りながら話すとは、店主は行商人の鑑定に半信半疑のようだ。その原因に見た目が大きく影響しているのは間違いない。
「百二十年前の聖剣しか打たない伝説の鍛冶師の作った物らしいが、こんなダサい剣を聖剣っていわれてもよ、そいつホントは鍛冶師じゃなくてペテン師だったんじゃないかと俺は睨んでんだよ」
店主はパイプ煙草を取り出し口にくわえた。
ピクピクピクリ、鎮也は本気で怒ると頭の血管って本当に動くのだと初めて知った。未来に飛ばされてきてからずっと知りたかった百二十年という情報も今はどうでもいい、全力で怒りを抑えなければ、この店主を今にも殴りかかってしまいそうだ。
「あれ、マッチが切れてやがる。そこのキレイなお穣ちゃん、火を持ってないか」
マッチの箱を握りつぶしてパイクタバコをレオフィーナに見せた。
「どうだあんな剣より、まだ煙草の灰の方がキレイに見えないか」
ガハハハと山賊の頭にも引けを取らない下品な声で笑う。もう限界だった、拳を強く握り締め店主の顔面に叩きこむために振り上げようとした瞬間、店主の握り潰したマッチ箱が燃えあがった。
「アッチ!」
火を放ったのは鎮也でも店主でもない、そんなことができるのは店内に一人だけ。
「火を求めていたので燃やしたが熱かったか」
鎮也の斜め後ろにいたレオフィーナは人差し指を突き出していた。そこから小さい火魔法が発射されたのだろう。よく見ればマッチの箱だけでなく店主の前髪の先が数本だけチリチリになっている。
「何しやがる!?」
「火をくれと言ったのはそっちだろ。まだまだある遠慮はいらないぞ」
レオフィーナの周りに無数の火の球が浮かび上がる。
「ヒ~~!」
店主は持っていたパイプ煙草を投げ捨て椅子ごと後ろに倒れこむ。
「待った待った!!」
怒りで頭に上っていた血が一斉に引いていく、このままでは放火殺人をしてしまうと鎮也は慌ててレオフィーナを羽交い絞めにした。
「マスターはなしてください、この不埒者を成敗します」
「落ち着けレオナ」
「しかし!」
「いいから落ち着け、ここで暴れてもしょうがないだろ」
「…………わかりました」
鎮也のなだめでなんとか怒りを飲み込んでくれたレオフィーナが肩から力を抜く。
止めるのに必死でいつのまにか鎮也の怒りはどこかに吹き飛んでいた。怒るレオナを見て逆に冷静さを取り戻してしまった。
「な、なんなんだお前たちは」
カウンターに手をつきよろよろと立ち上がる店主。
「店主」
「は、はい!」
レオフィーナが店主を睨みつける。怒りは納めたが聖雷剣をバカにされたままでは気が済まないようで、店主に説教込みの説明をはじめた。
「あなたも武器屋の主人なら、剣を見る目を鍛えるべきだ、これほどの聖剣、帝国の騎士隊長ですらそう簡単に所持できないほどの一品だぞ」
確かに山賊が奪った騎士隊長の剣は灰色化してランクがダウンした今の状態よりも性能は悪かった。
「そんなにすごい剣なのか」
「もちろんだ、聖剣とただの剣の違いは剣自身が持ち主を選ぶこと、この剣は長い間認めない使い手に使い続けられ灰色と化してしまったのだ」
「じゃあ元は別の色だったのか?」
「当然だ、元は星の光のような白銀の輝きを持っていた。補足するなら灰色化でレア度もダウンしているのだろう、この剣の本来のランクはレア度4だ」
「レア度4!? それがほんとなら金貨100枚以上のお宝じゃないか!」
百二十年前は金貨一枚でだいたい日本円で一万であった。銀貨一枚はだいたい千円くらいで日本人には覚えやすい、これもきっと偶然ではなく鎮也の伯父である和磨が絡んでいそうだ。
百万円でお宝の剣が買えるのは現代感覚では安いかもしれないが物価が違うのでそうでもない。金貨百枚もあればこの世界では高級ホテルを貸し切りにして三年は暮らせるのだ。
店に並んだレア度1のナイフが銀貨3枚なのを確認した鎮也は百二十年前と金貨銀貨の価値はそう変わっていない、これなら前のままの感覚で買い物ができる。
「それで店主、この剣はいくらなんだ」
レオフィーナの説明があらかた終わったところで鎮也が値段を尋ねる。
「お、おう値段だな、金貨150枚だ」
店主は値段を確認するフリをして50枚と書かれた値札に素早く1を書き足した。
「言っておくが銅貨1枚もまけるつもりはないからな」
鎮也たちはまだ何も言っていない。
「おいレオナ」
「申し訳ありません」
店主の行動はとてもせこく文句を言いたいが、その前に店主にレオフィーナが剣の詳細を話さなければ値段が上がることはなかった。
ちなみに銅貨1枚はだいたい百円くらいである。
「どうする、買うのか?」
「買うよ」
「お金を払うのですかマスター、本来ならこの剣は――」
「ストップ」
鎮也は手でレオフィーナの口を塞いだ。
この剣はマスターの物、彼女はそう言いたかったのだろう。それは鎮也にも当然わかっている。盗まれた剣を金を払って取り戻すなど、悔しい以外のナニモノでもない。
「マスター!」
レオフィーナは手を払いのけて抗議してくる。
「ここは押さえてくれ、駄々をこねてもどうしようもない」
百二十年前に盗まれた物だから返してくれと言っても、誰も納得してくれないだろ、それが高額の聖剣となればなおさらだ。
「う~~」
納得はしないが、鎮也の意向ならとレオフィーナは口を閉じてくれた。
「話はまとまったか?」
「ああ、買わせてもらう」
この場で買わないと、店主の性格からしてどこかに売りに行ってしまいそうだ。
「ただサイフを持った連れが後からくるからそれまで待ってくれ」
ギルド支部の場所からこの店はそう離れていない、咲耶が到着するまでたいした時間はかからないだろう。
「マスター」
レオフィーナが鎮也の袖を引っ張りながらささやく。
「もし換金した金額が150枚より少なかったらどうするんです」
「あ」
考えていなかった、金貨の価格が昔と変りなかったのでそこまで考えが至らなかった。魔物の魔核っていくらで取引されているのだろうか、あの賞金首にはいくらの懸賞金がかけられていたのか、鎮也の頭の中では答えの出ない計算が延々と繰り返えされる。
「昔の相場だとC級の魔核は金貨10枚前後、D級の魔物は金貨1枚から2枚くらいだろ」
D級の魔核が一個金貨2枚で売れたなら百個以上あったんだから余裕で200枚は超える。だがもし金貨1枚だったら、素材と賞金次第では足りなくなる恐れが。
流石にあれだけの数の素材と衛兵が恐怖するほどの山賊の賞金なのだから金貨40枚以上にはなるだろう。合わせれば約150枚、これなら足りるはず。
しかしこれはあくまでも昔の買い取り価格での計算、現在の取引相場が分からない以上、皮算用でしかなかった。
もし、魔物が大量発生して魔核の値段が下がっていたら。
もし、山賊の報奨金が銀貨数枚だったら。
もし、もし、もし、鎮也の思考がどんどんとマイナス方向に傾いていく。
「マスター、サクヤが来ました」
考え込んでいた鎮也がレオフィーナの声で店の窓から到着した馬車を発見する。
「鎮也くん暴走しなかった?」
馬車をとめ店に入ってきた咲耶の第一声がそれであった。
「いや暴走したのは俺じゃなくてレオナの方だが」
「え?」
「マスターその話は今は関係ないでしょう、サクヤそれでいくらになりました」
まさかストッパーが逆に暴走したとは言いにくいレオフィーナがさっさと話題を変える。
「全部で金貨320枚になったよ」
「へ?」
鎮也の手にどっかりと重たい革袋が置かれた。
中には大量の金色に輝く硬貨がぎっしりと詰まっていた。




