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その魔王城、建築基準違反です。~天才建築士の少女と没落令嬢は、最凶ダンジョンを合法の街にする~  作者: 明石竜


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第五話 地下牢を厨房に

「――冗談じゃないわ! 却下、大却下よ! いくらなんでも限度というものがあるでしょう、アルカ!」

 魔王城の最下層。湿った冷気と、かすかな鉄錆の匂いが漂う薄暗い空間に、エレノアの悲鳴に近い拒絶の声が木霊した。

 二人の眼前に広がっていたのは、太い鉄格子でいくつも区切られた、かつての『地下牢』だった。壁は黒ずんだ岩肌で覆われ、床には苔が生い茂り、いかにも「かつて誰かが絶望のなかで幽閉されていた」という陰惨なオーラをこれでもかと放っている。

「エレノア様、感情論で建築を語ってはいけません。よく見てください」

 対するアルカは、嫌悪感に顔を歪めるエレノアとは真逆に、ランタンの光を壁に当てながら、職人特有のギラギラとした瞳を輝かせていた。

「ここ、最高のリフォーム物件ですよ」

「どこがよ!? ただの不気味な監獄じゃない! 私は没落したとはいえ、元侯爵令嬢よ? こんな呪われていそうな場所で作った料理を食べたら、お腹を壊す前に精神が汚染されてしまうわ!」

 エレノアは鉄格子から一歩でも遠ざかろうと、アルカの背中にぴたりと隠れて服の裾を強く引っ張った。

 今朝、ベッドの中で密着した時の記憶がフラッシュバックし、アルカの心臓がわずかに跳ねたが、彼女はすぐにプロの顔に戻り、手元の魔導測定器を叩いた。

「いいですか、エレノア様。料理を作る『厨房』にとって、最も重要な要素は何だと思いますか? それは『水』と『熱』、そして『衛生を保つための換気と排水』です。この城の構造ログを徹底的に調べましたが、城内で唯一、上層の生活用水脈と、下層の廃水路が完全に生きて交差しているのは、この地下牢エリアだけなんです」

 アルカは木槌の柄で、足元の石床をコツンと叩いた。

「法第二十二条『多量の水を使用する調理施設においては、床面に不浸透性材料を用い、かつ、速やかな排水を促すための暗渠(排水路)を設けねばならない』。この地下牢の床を見てください。囚人の体を洗うためか、あるいは血を洗い流すためかは知りませんが、最初から完璧な傾斜つきの排水溝が掘られています! おまけに壁は分厚い天然の玄武岩。熱が外に逃げないため、理想的な『低温貯蔵庫(クーラー)』としても機能します。つまり、ここはかつての魔王が残した、最高級のキッチンスタジオの素体なんです!」

「キ、キッチンスタジオ……? 魔王がそんなもの作るわけないでしょう……」

 アルカのあまりにも斜め上なポジティブ解釈に、エレノアは呆気にとられて開いた口が塞がらない。

「場所の意味なんて、構造と使い方次第でいくらでも変えられます。つまり物件を見る時は、過去の用途に惑わされてはいけません」 

「地下牢を内見する予定なんて、普通の人生にはないのよ」

 アルカは振り返り、エレノアの青い瞳をまっすぐに見つめた。

「ここは昔、誰かを閉じ込めて絶望させるための場所だったかもしれません。でも、私たちがここを最高に綺麗で、美味しい匂いのする場所に作り替えれば――それはもう、ただの素敵な『食堂』です。そうでしょう?」

 アルカの迷いのない言葉に、エレノアはハッとしたように息を呑んだ。

 居場所を失い、世界から見捨てられた自分。

 そして、かつて悪意のために作られ、今は見捨てられた地下牢。

 アルカの言っていることは、まるで自分自身の存在すらも「新しく生まれ変わらせることができる」と言ってくれているように思えたのだ。

「……本当に、あなたには敵わないわね」

 エレノアはふっと肩の力を抜くと、悪戯っぽく微笑んだ。

「わかったわ。その代わり、少しでも監獄の面影が残っていたら、私は一口も料理を食べないからね? あなたのその誇り高い言葉、形にしてみせなさい!」

「望むところです。第三工区『地下牢→中央厨房および食堂』、適合改修工事を開始します!」


 ドン! とアルカが魔導木槌を叩きつけると、地下牢の冷たい空気が一瞬で熱を帯びた。

「まずは、この悪趣味な鉄格子と、法律違反の壁面コーティングの除去(ハツリ工事)からです!」

「建築魔法【金属解体(メタル・ディスマントル)】、および【表面清浄(ウォッシュ・クリーン)】!」

 アルカが木槌を大きく一閃すると、不気味に錆びついていた太い鉄格子たちが、火花を散らしながら次々と根本から切断され、吸い込まれるように光の粒子へと分解されていった。

 同時に、壁や床にこびりついていた百年分の苔や煤汚れが、激しい聖なる水の奔流によって一網打尽に洗い流されていく。

 ドロドロとした汚水は、アルカが指定した床の排水溝へと、信じられないほどのスピードで吸い込まれて流れていった。

「すごい……! 本当に、ただの水洗いでここまできれいになるなんて!」

 エレノアが驚嘆の声を上げる。

 さっきまで暗く淀んでいた地下牢は、ものの数分で、磨き上げられた灰色の大理石のクリーンルームへと変貌を遂げていた。

「ここからが職人の本番です。剥ぎ取った鉄格子の金属素材を【物質変換】! 最新の魔導シンクと、三口の調理コンロに再構築します!」

 アルカが虚空に魔法陣を描くと、分解された鉄の粒子がギュルギュルと形を変え、ピカピカに輝くステンレス製の美しいシステムキッチンへと姿を変え、壁際にズドンと設置された。

「さらに、法第二十五条『調理室には、外気に開放できる窓、またはこれに代わる機械換気設備を設けるべし』。

 この部屋には窓がありませんから、天井の古い魔術回路をリフォームして、強制吸排気システム(魔導換気扇)を組み込みます!」

 アルカが木槌の先端を天井の歪な魔法陣に突き立てると、禍々しかった黒い紋様が、爽やかな青い風の紋様へと書き換えられた。

 ブォン、と低い稼働音が響くと同時に、地下特有のジメジメした空気が一瞬で吸い出され、地上からの新鮮で清潔な空気が部屋を満たしていく。

「仕上げに、この冷たい石の床をウッドデッキ風に【表面変質】!」

 アルカが床を優しく踏みしめると、大理石の床が波打つように、温かみのあるオーク材のフローリングへと変化していった。

 部屋の隅には、先ほど余った木材で作った、二人掛けの小さなダイニングテーブルと椅子が二脚、ちょこんと佇んでいる。

 光が収まり、すべての工事が完了した。

 そこにあったのは、かつて誰かを苦しめた陰惨な地下牢ではない。

 王都の高級邸宅にあってもおかしくない、温かみのある、完璧に衛生的な「キッチン&ダイニング」だった。

「……信じられない」

 エレノアは、部屋に足を踏み入れ、自身の靴底が小気味よい木の音を立てるのを確かめた。

「本当に、あの地下牢が……こんなに暖かくて、素敵な場所になるなんて。アルカ、あなた本当にただの十代の少女なの? 実は伝説の宮廷建築士の生まれ変わりか何かなんじゃないかしら?」

「ただの、法律と頑丈な建物が好きなだけの職人ですよ」

 アルカは少し照れくさそうに鼻の頭を擦りながら、誇らしげに言った。

「さあ、環境は整いました。せっかくキッチンができたんです、エレノア様。何か、まっとうな温かいものでも食べましょう。王都から持ってきたわずかな保存食と、途中で私が採取した魔導乾燥肉があれば、何か作れるはずです」

「ふふ、そうね。それじゃあ職人さん。今日は私の全財産を叩いてあなたを雇った記念に、このローゼンバーグ家直伝の料理を振る舞ってあげるわ!」

 エレノアは腕をまくり、新しく完成したピカピカのキッチンへ向かって、楽しそうに胸を張った。


 数十分後、地下の食堂には、百年ぶりとなる「人間が生きるための、たまらなく美味しそうな匂い」が満ちていた。

「お待たせ、アルカ。私の特製『没落令嬢のホワイトシチュー』よ!」

 エレノアが少し誇らしげに、けれどどこか緊張した面持ちでテーブルに置いたのは、魔導乾燥肉と干し野菜をじっくり煮込んだ、湯気の立つシチューだった。

 見た目は、少しスープが分離していて、野菜の切り方もお世辞にも綺麗とは言えない。

 大貴族のお嬢様が、慣れない手つきで一生懸命作ったことが一目でわかるクオリティだった。

「いただきます」

 アルカはスプーンを取り、シチューを一口、口に運んだ。

 エレノアはまるで、自分の死刑判決を待つ囚人のように、両手を胸の前で握りしめてアルカの反応を凝視している。

「……」

「ど、どうかしら……? 王都にいた頃は、料理なんてすべて侍女たちに任せていたから、自分で火を扱うのなんて初めてで。味が薄かったり、お肉が硬かったりしないかしら……」

 アルカは黙ったまま、二口目、三口目とスプーンを動かした。

 そして、器のシチューをすべて綺麗に飲み干すと、ふぅ、と小さく息を吐いて言った。

「味付けの塩分濃度、約一・二パーセント。少し濃いめですが、今日一日中労働した私の体(構造体)にとっては、完璧な疲労回復の数値です。肉の火の通り加減も、繊維が程よく解れていて……要するに、めちゃくちゃ美味しいです」

「本当っ!?」

 エレノアの顔が一瞬でパッと輝いた。大貴族の令嬢としてのプライドなんてどこへやら、彼女は少女のように無邪気に飛び跳ねて喜んだ。

「良かった……! あなた、いつも無愛想で嘘を言わないから、もし『不味い』って言われたら、私、ショックで寝込んでしまうところだったわ!」

「嘘は言いません。本当に美味しいです。……作ってくれて、ありがとうございます、エレノア様」

 アルカが少し視線を落とし、不器用ながらも心からの感謝を告げると、今度はエレノアの方が、ランプの光に照らされてぽっと頬を赤く染めた。

「も、もう、変なところで素直なんだから。……ねえ、アルカ。次も、あなたが美味しいって言ってくれるような、もっと上手な料理を練習しておくわね」

「楽しみにしています。あ、でも、その前に明日のリフォーム計画の構造計算を――」

「ご飯の時くらい、法律と計算の話は禁止よ!」

 小さなダイニングテーブルを挟んで、二人は笑い合った。

 かつて誰かを閉じ込め、絶望を育んでいた地下牢は、今や二人が温かい食卓を囲み、絆を深めるための、世界で一番優しい「ホーム」へとその意味を変えたのだ。


 食事を終え、お腹も心も満たされた二人は、温かい魔導床暖房の効いた二人の寝室へと戻り、昨夜よりもほんの少しだけ、お互いの距離を縮めて眠りについた。

 しかし――最凶ダンジョンである魔王城の再生計画は、そう簡単にほのぼのスローライフだけでは終わらない。

 翌朝、二人が目覚めると、城の地下水脈から、さらなる「迷宮建築法違反」の巨大なトラブルが首をもたげていたのだった。

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