第二話 魔王城の城門、違反是正します
ドン、とアルカが身の丈ほどもある巨大な魔導木槌を地面に突き立てると、周囲の空気が一変した。
「作業を開始します。エレノア様は危険ですので、安全第一、私の後ろの『作業中立ち入り禁止区域』まで下がっていてください」
「え、ええ。わかったわ」
エレノアが緊張した面持ちで数歩下がると、アルカは深く息を吸い込み、魔力を練り上げた。
「建築魔法【解体】!」
アルカが木槌を振るうと、城門を覆っていた歪な黒い外壁が、光の粒子となって綺麗に剥がれ落ちていった。
老朽化し、魔粘液で腐食していた岩肌が露出する。
「うわあ……ボロボロですね。でも、芯の石材は良いものを使っています。これなら【物質変換】で再利用可能です」
アルカは手際よく魔法陣を展開し、剥ぎ取った石材の不純物をろ過、より強固な『耐魔硬化石』へと瞬時に精錬していく。
その正確無比なプロセスは、もはや芸術の域だった。
しかし、ダンジョンの改修工事には、つきものが存在する。
ガガガガ、と不気味な地鳴りが響き、城門の奥の暗闇から、十数匹の小型魔物、ガーゴイルの群れが、不法侵入者を排除せんと翼を羽ばたかせて飛び出してきたのだ。
「ひゃあ!? アルカ、魔物よ! やっぱり残党がいたわ!」
「チッ、不法占拠者ですか! エレノア様、動かないで!」
エレノアが腰の細剣を抜こうとするが、アルカがそれを手で制した。
「これは戦闘ではありません。『建築施工における安全管理』の問題です!」
迫り来るガーゴイルの群れを前に、アルカは一切怯むことなく、魔導木槌を頭上で旋回させた。
「法第五十八条『工事関係者以外の者が、施工区域内へ無断で立ち入ることを禁ず。危険防止のため、適切な仮設囲いを設けるべし』! 建築魔法【仮設防護障壁】!」
ドゴォン! と凄まじい音を立てて、アルカとエレノアの前に、ピカピカに磨かれた『耐魔硬化石』による巨大な防護バリアが立ち上がった。
突撃してきたガーゴイルたちは、その強固な壁に次々と激突し、ベチャリと情けない音を立てて地面に気絶していった。
「きゅ、きゅ~……」
「よし、侵入者(野良魔物)の作業区域内への立ち入り制限、完了です」
アルカは汗を拭うこともなく、平然と言い放った。
「す、すごいわ、アルカ……! 剣も魔法の攻撃も使わずに、ただの『工事用の壁』で魔物を無力化してしまうなんて……!」
エレノアが青い瞳を輝かせ、惜しみない拍手を送る。
「当然です。現場の安全確保ができなければ、良い仕事はできませんから。さあ、邪魔者が消えたところで、一気に仕上げますよ!」
アルカは再び魔力を最大まで解放した。
彼女の周囲に、青く光る巨大な図面のホログラムが浮かび上がる。
それは、迷宮建築法に完全に準拠した、新・城門の設計図だった。
「【構造強化】、および【適合改修】!」
アルカが木槌を力強く地面に打ち付ける。
まばゆい光が旧魔王城の玄関口を包み込んだ。歪んでいた門扉が、ミリ単位の狂いもなく真っ直ぐに矯正されていく。風化していた基礎石には防水の術式が均一にコーティングされ、鈍い銀色の輝きを放ち始めた。
さらに、門の有効幅は従来の二倍に拡張され、緊急時の避難動線が完全に確保される。
光が収まった時――そこに現れたのは、かつての禍々しい魔王城の門ではなく、重厚でありながらも、どこか訪れる者を温かく迎え入れるような、美しく堅牢な『白銀の城門』だった。
「できた……。迷宮建築法、第一工区『玄関・城門』、すべての違反是正工事、完了です!」
アルカは魔導メジャーをシャキッと巻き取り、満足げに微笑んだ。
「素晴らしいわ、アルカ……! 本当に、あの薄汚れて恐ろしかった門が、こんなに立派になるなんて……!」
エレノアは新しく生まれ変わった城門に駆け寄り、その滑らかな石肌を愛おしそうになぞった。
「これなら、どんな強い魔法の攻撃にも耐えられるし、何より……すごく綺麗」
「ええ。これで第一歩です。これでもう、ここは『誰も立ち入れない呪われた廃墟』ではありません。法律上もまっとうな、私たちの『居住地』です」
アルカが誇らしげに胸を張ると、エレノアはふっと表情を和らげ、並んで城門を見上げた。
「私たちの、家……」
エレノアがその言葉を噛みしめるように呟く。
「そうね。今はまだ、門が直っただけ。中にはまともに眠れる部屋も、食事を作る場所もないけれど……ここが、私の、私たちの新しいスタートラインなのね」
「……私も、いつか建ててみたいんです」
「何を?」
アルカは白銀の城門を見上げた。
「誰もが驚くような、まっとうな大建造物を。この手で建てて、一流の建築士として認められるようなものを」
それは、普段の無愛想なアルカからは想像もつかないほど、まっすぐな言葉だった。
エレノアは少しだけ目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「なら、ちょうどいいじゃない。この城を、世界中が驚く場所にしてしまいましょう」
夕暮れの赤い光が、新しく完成した白銀の城門と、二人の少女の影を長く地面に引き延ばしていく。
エレノアは一歩、アルカのそばに歩み寄った。
そして、躊躇うことなく、アルカの手を両手でそっと包み込んだ。
「ありがとう、アルカ。あなたを雇って、本当に良かったわ」
「な、何ですか急に……。私は職人として、当然の仕事をしたまでです」
アルカは突然のスキンシップに、耳たぶまで真っ赤に染めながら視線を逸らした。
エレノアの手は、大貴族の令嬢らしく細くて柔らかかったが、同時に、自分の夢を絶対に諦めないという強い温もりに満ちていた。
「ふふ、照れちゃって可愛いわね」
「照れてません! さあ、エレノア様、門は直りましたが、城の内部はまだ崩落の危険がある違法建築のオンパレードです。暗くなる前に、せめて今夜一晩、安全に眠れる場所を確保しなければなりません!」
アルカは慌てて手を引き抜くと、誤魔化すように魔導手帳を開いた。
「次のリフォーム対象は、内郭の客室――いいえ、私たちの『寝室』ですね。構造ログを見る限り、雨漏りと床下のスライムが深刻な状態です。覚悟しておいてくださいよ、エレノア様」
「ええ、望むところよ。あなたの腕、たっぷり見せてもらうわ、私の天才建築士さん」




