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その魔王城、建築基準違反です。~天才建築士の少女と没落令嬢は、最凶ダンジョンを合法の街にする~  作者: 明石竜


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第十五話 魔王城を、町にする日

「――これより、世界意思(システム)直轄・迷宮建築法第百二十一条に基づく、【ダンジョン解体認定および都市再認定】の最終現地審査を執り行う」

 魔王城のエントランスロビーに、地響きのような、重々しく厳格な声が響き渡った。

 声の主は、空間の裂け目から突如として現れた、全身を白銀の甲冑で包んだ巨躯の人物――世界意思の遣いである『絶対審査官』だった。

 その手には、あらゆる構造物の嘘を暴き、真実の数値を記録するという、巨大な『黄金の測量杖』が握られている。

「……ついに来ましたね、エレノア様」

「ええ。私たちのこれまでのすべてを、あの堅物そうな鎧男に見せつけてやりましょう!」

 アルカは首から魔導測定器を下げ、エレノアは凛と胸を張って、審査官を迎え入れた。

 審査官は、冷徹な仮面の奥から二人を一瞥すると、まずは足元の床へと黄金の杖をコツン、と突き立てた。

「第一審査。基本構造および防衛設備の適合性。……フム、この城門(ファサード)は」

 審査官の視線の先にあるのは、住民全員の魔力と資材を結集して改修した『白銀のダイヤモンド城門』だ。

「法第百十五条に基づく非常時最大耐衝撃等級をクリア。さらに、不法侵入者に対する『温泉廃水を用いた人道的な自動強制立ち退きシステム』が完全に構築されている。……構造、防衛能力ともに、一級都市の城壁基準を大幅に超越。――合格(パス)」

「よしっ……!」

 アルカは小さく拳を握った。

 命がけで積み上げてきた実績の「総決算」が、今ここから始まったのだ。

「続いて、内部インフラおよび生存環境の審査へ移行する」

 審査官は冷酷な足音を響かせながら、城の奥へと歩みを進めた。


 審査官の巡回(インスペクション)は、そのままこの魔王城の「復興の歴史」をなぞるロードマップとなった。

「第二審査。居住区画の防湿・防寒性能」

 案内されたのは、『二人の寝室』だ。

「法第六条適合。魔導床暖房の出力レベリングが完璧であり、冷え性の居住者に対する熱環境配慮が極めて手厚い。……合格」

 審査官の言葉に、エレノアが「私のことね」と顔を赤くしてアルカを小突く。

「第三審査。衛生および調理環境」

 続いて、劇的ビフォーアフターを遂げた『地下牢の厨房・食堂』。

「法第二十二条適合。かつて絶望を育んだ監獄を、オーク材のフローリングと最新のステンレスシンクによってクリーンルームへと完全変質させている。場所の意味の反転(リフォーム)が見事である。――合格」

 キッチンからは、パン屋が焼いた香ばしい匂いが漂い、審査官の鼻腔を微かにくすぐった。

「第四審査。公衆衛生およびろ過設備」『温泉スライム大浴場』。法第七十四条適合。本来なら強酸性の危険泉を、温泉スライムをろ過槽へ適切にゾーニング(区画隔離)することで、弱アルカリ性の美肌の湯へと完全無害化。さらに天井の天窓による排気能力も申し分ない。……合格」

 ガラスの向こうで、ピンク色のスライムたちが「きゅー!」と整列して審査官にアピールしていた。

「第五審査。人道的生存権および多文化共生区画。『西側城壁・下級魔物居住区(アパートメント)』。法第百二条、および百五条適合。コボルトの肉球に配慮した柔軟なコルク床の施工、および共同暖炉による集団暖房。魔物を排除せず、まっとうな非戦闘系住民として社会構造に組み込んでいる。――合格」

 住宅の窓からは、ゴブリンの職人たちが手作りの工具を掲げて、審査官にドヤ顔を決めていた。

「――付帯確認。コボルトの肉球に対する床材配慮……極めて良好」

「そこも審査するんですか!?」

「当然である」

「やっぱり当然なんですね……」

「第六審査。商業流通インフラ。兵舎跡地に作られた『屋内商店街(魔王城モール)』。法第九十条適合。各テナントに一時間以上の耐火性能を持つ二重魔導炉をビルトイン。人間の商人と魔族、亜人が円滑に交易を行うための平滑なテラコッタ床。完璧な動線計画である。……合格」

 かつて二人だけで凍えながら過ごした廃墟の日々、そして増えていった大切な仲間たちの笑顔が、アルカの脳裏を駆け巡る。

 バラバラだったすべてのパズルが、今、世界意思の審査によって、一本の「理想の街の設計図(グランドプラン)」へと美しく繋がっていく。

 その圧倒的なカタルシスに、エレノアは胸を熱くし、アルカの作業着の裾をそっと強く握りしめた。

「――最終審査を行う。住民登録状況の確認」

 すべてのエリアの視察を終え、再び中央ロビーへと戻ってきた審査官は、テーブルの上に広げられた『魔王城住民登録書』へと、黄金の杖から眩いスキャン光線を放った。

「人間の商人、三十名。西側城壁のゴブリン、四十二名。魔族の少女ミナ。および、領主エレノア・フォン・ローゼンバーグ。……そして」

 審査官の仮面の奥の瞳が、最後に書き加えられた名前を捉えた。

「――天才建築士、アルカ。現在の戸籍、旧魔王城・領主館。生涯をここに捧げる住民登録を確認した。総有効住民数、基準値をクリア。……よって、都市再認定のすべての要件が満たされた」

「やった……! やったわ、アルカ!!」

 エレノアが歓喜の声を上げ、アルカの首筋に飛びついた。

 ロビーの陰で見守っていたミナや商人たち、ゴブリンたちからも、「うおおおぉっ!」「町になったぞ!」と、割れんばかりの地鳴りのような大歓声が沸き起こる。

 これで、王都の汚い貴族たちがどんな法律を持ち出そうとも、この城を没収することは絶対にできなくなったのだ。

 しかし――絶対審査官は、歓声に沸くロビーの真ん中で、ピクリとも表情(仮面)を変えなかった。

 それどころか、彼は黄金の杖をドゴォン!! とこれまでで最も激しく床に打ち付け、周囲の歓声を一瞬で静まり返らせた。

「……これにて審査は終了、この建造物は正式に『一級特区都市』として世界意思に常時保護される。――だが、登録者アルカ。お前に、監査官としての【最後の問い】を投げかける」

「最後の、問い……?」

 アルカはエレノアを自身の背後に庇いながら、一歩前に出て審査官の威圧感を受け止めた。

「お前は、この世界の歴史上、類を見ない『建築魔法の超天才』だ。その腕があれば、王都はおろか、大陸全土に不滅の神殿や、天を突く巨塔をいくらでも建て、未来永劫その名を歴史に刻むことができたはず。……なぜ、それを捨てた?」

 審査官の声は、穏やかな、けれど職人の魂の根底を揺さぶるような問いかけだった。

「なぜ、名誉も富も、すべての職人が焦がれる栄光をも捨てて――この、世界の最果ての没落令嬢の隣に、お前のすべての技術と人生を縛り付ける道を選んだ? 職人としての本当の『家』、本当の『到達点』は、本当にこの狭い魔王城の中で事足りるというのか?」

 審査官の、重く、鋭い問いかけ。

 ロビーにいるすべての住民が息を呑み、アルカの言葉を待った。

 エレノアもまた、不安と、けれどそれ以上の深い信頼を込めて、アルカの背中を見つめていた。

 アルカはゆっくりと、自分の首に下がった魔導測定器を外した。

 そして、それを腰の工具ベルトへと収めると、審査官の冷徹な仮面を、真っ直ぐに見つめ返した。

 その瞳には、もはや数値も計算も必要としない、一片の曇りもない確固たる「本音(こたえ)」が宿っていた。

「……審査官様。あなたの言う『職人の栄光』が、歴史に名前を残すための冷たい巨大な石碑(ハコモノ)を建てることだと言うのなら、私はそんなもの、最初からいりません」

 アルカは穏やかに、けれど城全体へ響き渡るような凛とした声で言った。

「私が王都の工務店を干されていた頃、私の技術は誰にも理解されず、ただの便利な道具として値踏みされていました。あの頃の私は、中身の空っぽな、ただの違法建築と同じだったんです。……そんな私を見つけ出して、私の作った壁を、門を、心から信じて『暖かい家』に変えてくれたのは、そこにいるエレノア様なんです」

 アルカは振り返り、エレノアの青い瞳を見つめて、最高の笑顔を浮かべた。

「私がいくら頑丈な建物を建てても、そこにエレノア様がいて、みんなが笑って『ただいま』って帰ってきてくれなければ、それはただの死んだ石の塊です。……私の建築魔法は、この人が夢見た『誰もが受け入れられる優しい街』を形にするために、世界意思から授かったもの。この人の隣こそが、私の技術が完成する、世界でたった一つの『最高の現場』なんです!」

「アルカ……!」

 エレノアの目から、溢れんばかりの幸福の涙がこぼれ落ちる。

「……フム」

 アルカの迷いのない、クソデカ感情(職人のプライド)を叩きつけられ、絶対審査官は、仮面の奥で小さく、満足げに口元を緩めた気配がした。

「建物の本質は、石の高さではなく、内に息づく温もりであるか。……職人アルカ、お前の設計思想(こたえ)、見事である」

 審査官は黄金の杖を天に掲げると、最後の光を城全体へと放射した。

「これより、旧魔王城のダンジョン登録を完全抹消。新都市名――【ローゼンバーグ・ホームティア】を正式に世界意思の台帳へ記録する。……生涯を誓い合った若き建築士と領主よ、この街の未来を、美しく建て続けるが良い」

 その言葉を最後に、白銀の監査官は光の粒子となって、静かに空間の彼方へと消え去っていった。

 直後、城内は文字通り、人間の商人、魔族、ゴブリン、すべての住民が入り乱れる、割れんばかりの大歓声と祝祭の渦に包まれたのだった。

「アルカ! アルカァッ!!」

 エレノアは涙も拭わずにアルカの胸へ飛び込み、その細い首筋に両腕を回して、全力で抱きしめた。

「街になったわ! 私たちの街になったのよ! もう誰にも、ここは奪えないわ!」

「ええ……! おめでとうございます、エレノア様。いいえ――私たちの、最高の領主様!」

 二人は多くの住人たちに囲まれながら、お互いの温もりを確かめ合うように、いつまでも、いつまでも強く抱き合い続けるのだった。

 かつて誰も住めないと言われた最凶の魔王城は、少女二人の絆によって、世界で一番温かい、誰もが帰ってこられる「本物の街」へと、完全に劇的ビフォーアフターを遂げたのだった。

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