第十三話 壊された城門
「――よくもまぁ、私の許可なくそんな不細工な傷をつけてくれましたね。施工主(エレノア様)が泣いてしまうじゃないですか」
もうもうと立ち込める白煙の向こう側。
アルカは手にした魔導メジャーを地面に叩きつけるようにして、怒気を含んだ低い声を絞り出した。
そこは、二人が最初に直し、この魔王城が「まっとうな居住地」であることの象徴だった、あの美しい『白銀の城門』の前だった。
しかし今、その白銀の門扉は大きく歪み、表面の耐魔術式は無残に引き裂かれ、黒い焦げ跡が痛々しく刻まれている。
エレノアの旧敵である王都の貴族が、ついに実力行使に出たのだ。
「魔物を住まわせている不法占拠地であり、人類を脅かす危険なダンジョンである」という大義名分を掲げ、私設の重装冒険者兵団を差し向けてきたのである。
門の前には、赤い外套を身に纏った屈強な男たちが、巨大な破城槌を構え、下卑た笑みを浮かべて並んでいた。
その中央には、一人だけ黒鉄の重装鎧をまとった大柄な男が立っている。兵団の隊長らしい。
「おーおー、没落令嬢のお遊びかと思えば、ずいぶんとまともな門を作っていたもんだ。だが、これでお前たちの違法な身隠し(街ごっこ)も終わりだ! この魔王城は王都のガルトナー侯爵家が没収する!」
その男が色めき立って剣を突きつける。
「……その破城槌、左右の荷重配分がずれています」
「何だと?」
「そのまま振ったら先に車軸が折れますよ」
「黙れ!」
「あと安全帯も付けてください」
「攻め込まれてる自覚あるのか!?」
アルカのすぐ後ろでは、エレノアが悔しさに唇を噛み締め、ミナや商人たち、そして西側城壁のゴブリンたちが怯えたように身を寄せ合っていた。
「アルカ……、ごめんなさい。私の因縁のせいで、あなたが命がけで直してくれた大切な門が……」
エレノアが涙を浮かべてアルカの作業着の袖を引く。
しかし、アルカはゆっくりと振り返ると、いつもの無愛想なプロの顔の裏に、かつてないほどの激しい「職人の怒り」の炎を宿して微笑んだ。
「エレノア様、謝る必要はありません。法規上、建造物の破壊活動は『器物損壊』であり、現場の安全衛生を著しく脅かす重大な『労働災害リスク』です。……それ以上に、私が施工した一等品を、あんなセンスの欠片もない破城槌で傷つけられたことが、職人として我慢なりません!」
アルカは巨大な魔導木槌を引き抜き、地面に力強く突き立てた。
「第十一工区『白銀の城門・防衛および緊急リアルタイム修復工事』! これより強行施工に入ります!」
「突撃ぃ! 門ごと中の有象無象を叩き潰せ!」
隊長の号令とともに、重装兵たちが破城槌を担いで猛然と突進してきた。
「建築魔法――【仮設防護土留め(ライニング・ウォール)】!」
アルカが木槌を打ち付けると、地面から厚い石材の壁がせり上がり、破城槌の直撃をガガァン! と凄まじい火花とともに受け止めた。
しかし、敵は王都の正規の装備を持つ兵団だ。
数人がかりで魔導爆弾を壁に投げつけ、アルカの作った防護壁を次々と爆破していく。
「チッ、火気の使用違反ですね……! 構造計算が追いつかない……!」
連日の心労と、一人で城全体の魔力を回している疲弊のせいで、アルカの額から冷や汗が流れ落ちる。
防護壁にピキピキと亀裂が走り始めた、その時だった。
「――アルカお姉ちゃんを、いじめるなー!」
叫んだのは、魔族の少女ミナだった。
彼女は小さな蝙蝠の羽を精一杯に広げ、アルカの前に立ちはだかると、自らの小さな角から魔力を放ち、崩れかけていたアルカの壁へとダイレクトにパスを繋いだ。
「ミナ!? 危険です、下がって――」
「下がるわけないでしょう! この街は、私たちの家なんだから!」
次に声を上げたのは、エレノアだった。
彼女はドレスの裾を大胆に破り捨てて動きやすくすると、自らの膨大な魔力を剥き出しにして、アルカの背中に両手をそっと添えた。
「ローゼンバーグの魔力、全部持っていきなさい、アルカ! 私たちが帰る場所は、私たちが守るのよ!」
それだけではない。
「ゴブゴブ!(俺たちの長屋を踏みにじるな!)」
西側城壁から、ゴブリンの職人たちが手作りの木製盾を持って次々と駆けつけ、敵の放つ矢を命がけで防ぎ始めた。
「おい、俺たち商人だって、この最高の商店街を潰されてたまるかよ! 資材なら馬車に山ほど積んである、全部使え、建築士の姉ちゃん!」
人間の商人たちまでもが、馬車から大急ぎで臨時の補強用木材や石材を現場へと運び込み始めた。
人間、魔族、亜人、商人、そして領主。
かつて孤独だった魔王城の空間に、立場を超えたすべての住民の「この場所を守りたい」という意志が、巨大な構造となって結びついたのだ。
「……みんな」
アルカの測定器が、城全体の住民から流れ込む、測定不能なほどの「クソデカ感情(魔力エネルギー)」を検出し、視界が真っ青な光で埋め尽くされた。
「――素晴らしい。これほどの強度(絆)があれば、どんな構造計算だって成立します!」
アルカは涙を拭い、再び魔導木槌を天高く掲げた。
「全員による共同施工、および緊急リフォームを開始します! 【総力・適合改修】!!」
ドゴォォォン!! と魔王城の歴史上、最も激しく、最も美しい光の柱が城門一帯に爆発した。
商人たちが運んできた木材が、ゴブリンたちの手によって瞬時に削られ、エレノアとミナの魔力によって、アルカの建築魔法へとダイレクトに変質していく。
歪んでいた白銀の門扉が、ミリ単位どころかナノ単位の狂いもなく超高速で再構築され、以前の十倍以上の厚みを持つ『ダイヤモンド硬化耐魔城門』へと劇的ビフォーアフターを遂げていく。
「法第百十五条『住民の安全が脅かされる一級非常事態においては、防衛構造物の耐火・耐衝撃等級を臨時に最大値まで引き上げることが認められる』!」
アルカの叫びとともに、城門の表面に、虹色に輝く絶対防御の魔導障壁が完全に定着した。
「な、なんだこれは!? 門が、門が勝手に再生していくぞ! それどころか、どんどんデカく、頑丈になっていやがる!」
突撃していた重装兵たちが、見たこともない光景に恐怖して足を止める。
そこへ、新しく完成した最強の城門が、ガチィィィン!! と完璧な噛み合わせの音を立てて、完全に閉鎖された。
直後、敵の破城槌が門に激突したが――。
キン、と高い金属音が響いただけだった。
破城槌の先端の鉄塊は、ダイヤモンドの門扉に傷一つ触れることなく、逆にその凄まじい反動エネルギーによって、木っ端微塵に粉砕されて吹き飛んだ。
「ぎゃああぁっ! 腕が、俺の破城槌がぁ!」
「ひ、避難経路がない! 後ろが詰まっているぞ!」
驚愕し、パニックに陥る敵の兵団。
アルカは門の上壁へとエレノアと共に駆け上がると、眼下の敵に向かって、凛とした声で言い放った。
「法第百十七条『敷地内への無断侵入、および施工物の破壊行為に対しては、即座に相応の法的措置(強制立ち退き)を執行すべし』! ……エレノア様、仕上げをお願いします!」
「ええ、喜んで!」
エレノアはアルカの隣で、最高の笑みを浮かべて杖を掲げた。
「我が領地を汚す不届き者たちよ、この城の温泉スライムたちの『廃水』と一緒に、王都まで綺麗に流されなさい! ――【大排水】!」
城門の下部から、ゾーニングしたスライムの排水路が一斉に開放され、凄まじい勢いの「温泉廃水の鉄砲水」が敵兵団を直撃した。
「うわああぁっ! なんだこのピンク色の生暖かい水はー!」
「流される、流されるぅー!」
武器も防具もすべて流され、敵の重装兵団は、文字通り綺麗さっぱりと魔王城の領地外へと押し流されていった。
静寂が戻った荒野。
新しく完成した、虹色の輝きを纏う『白銀のダイヤモンド城門』が、夕暮れの光を浴びて神々しくそびえ立っていた。
「勝った……。私たちの、勝ちよ……!」
エレノアがその場にへたり込み、安堵の涙をこぼした。
ロビーからは、ミナやゴブリンたち、商人たちが「やったぞー!」「アルカお姉ちゃん万歳!」と、割れんばかりの歓声を上げて飛び出してきた。
アルカは木槌を背中に収めると、へたり込んでいるエレノアの前に膝をつき、その泥で汚れた白い手を、そっと両手で包み込んだ。
「お怪我はありませんか、エレノア様」
「ええ……、ないわ。あなたのおかげよ、アルカ」
エレノアは涙を拭うと、愛おしさを堪えきれないといった様子で、アルカの首筋に両腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
二人の肩が、お互いの激しい鼓動を伝え合う。
「ありがとう、アルカ。あなたがいてくれたから、私たちは誰も失わずに、この『家』を守り抜けたわ」
「いいえ、エレノア様。今回は、私一人の力じゃありません」
アルカはエレノアの背中に手を回し、周囲で笑い合う住民たちを見渡した。
「ミナも、ゴブリンの皆さんも、商人の皆さんも……みんながこの城を『自分の家』だと思って、一緒に建ててくれたから、この門は直ったんです。……この城はもう、ただの冷たい廃墟じゃありません。みんなの想いが詰まった、本当の『町』になったんですよ」
「……ええ。本当にそうね」
エレノアはアルカの胸の中で、優しく微笑んだ。
初めて「みんなで建てた」この城門。
それは、この魔王城が世界の誰からも奪えない、強固なコミュニティ(理想の街)へと完全にリフォームされたことの、何よりの証明だった。




