第二十五話 決めた人
朝は、凪いでいた。
障子を開けると、波の音の間隔が戻っていた。一昨日の晩に高くなり、昨日はまだ低いところが残っていた音が、今日は一つずつ離れて聞こえる。
荷物をまとめた。四泊した部屋は、来たときとほとんど同じ形をしていた。
一階へ下りた。女将さんは帳場にいた。
「今日でしたね」
「はい。一時十二分の列車です」
「それなら、ゆっくりで大丈夫ですよ。まだ間があるすけ」
女将さんは、時刻表を見なかった。この駅に停まる列車は、覚えていられるだけの数しかない。
勘定を済ませてから、私は軍手を出した。
昨日のうちに洗って、窓辺で乾かしてあった。差し出さずに、下駄箱の上に置いた。
女将さんは、それを見た。見て、何も言わなかった。
長靴は、三和土の隅に寄せたままになっていた。
四日前、この人は鍵を渡す途中で手を止めた。一秒か、二秒だった。あれが何だったのかを、私は確かめていない。
確かめる機会は、いくらでもあった。今も、ある。
聞けば、たぶん答えてもらえる。答えれば、この人が決めたことになる。決めるのはこの人で、決めさせるのは私だ。
私は、鞄を持ち上げた。
「お世話になりました」
「気をつけて」
女将さんは、戸を開けてくれた。旧道のことは、最後まで聞かれなかった。
宿を出て、海沿いの道へ回った。
潮の匂いが、着いた日より薄い。
海の色は、昨日より戻っていた。茶色が抜けて、灰色になっている。それでも、底の見える海ではない。
魚屋の前で、女の人が二人、立ち話をしていた。片方の自転車の荷台に、段ボールが載っている。
すれ違うときに、声が聞こえた。
「昨日は、ずいぶん上がったろう」
「上がったねえ」
それだけだった。二人はそのまま、値段の話に移った。
私は、少し歩いてから足を止めた。
昨日の朝、あの道の上には三人いた。誰一人、その言葉を口にしなかった。今朝、そこにいなかった人たちが、使っている。
順番が逆のような気がして、逆ではなかった。
あの言葉は、済んだあとに出てくる。目の前にあるうちは、要らない。要るようになるのは、無くなってからだ。
無くなったから、話せる。話しても、もう何も起きない。
私は、歩き出した。
笠原さんの家の軒下で、大根が二本減っていた。
声をかけると、すぐに出てきた。
「発たれるんですね」
「はい。お礼を、と思って」
上がってください、とは言われなかった。私は三和土に、笠原さんは上がり框に立ったままだった。
「昨日は、ありがとうございました」
「いえ」
半纏の袖に、手を入れている。一昨日、茶の間で湯呑みを持ち直したときと、少し似た手つきだった。
「皆瀬さん」
「はい」
「決めました」
私は、鞄の持ち手を握り直した。
「本間さんに、話します」
やかんの音も、ストーブの音もしない。玄関は寒かった。
「あの人は、もう決めてある人だすけ」
「はい」
「あの人に言っても、あることにはならんでしょう」
私は、うなずいた。
うなずいてから、自分の理解が少し遅れていることに気づいた。
昨日、この人は言いかけた。私はそれを止めて、決めてからで、と言った。決めた結果が、これだった。
話す相手は、私ではなかった。
理屈は通っていた。本間さんは、もう決めてある。決めてある人に渡しても、その人に決めさせることにはならない。二十年黙っていたものを置く先に、これ以上の相手はいない。
私は四日前にこの町へ来て、今日発つ人間だった。
がっかりしているのかどうか、自分でも分からなかった。いちばん聞きたかったものが、手から離れた。それは分かる。分かったうえで、順番としては正しいと思った。
「港まで、ご一緒してもいいですか」
笠原さんが、顔を上げた。
「本間さんにも、お礼を言っていくつもりでしたので」
「そうですか」
笠原さんは、奥へ声をかけて、それから上着を取ってきた。
港には、二十五分ほどで着いた。
つないである船は、四艘だけだった。昨日は、一艘も出ていなかった。
本間さんは、三つ目の小屋の前にいた。木の箱を洗っていた。ホースの水が岸壁の上を流れて、縁から落ちている。
顔を上げて、私と、後ろの笠原さんを、順に見た。
「今日、帰ります」
「そうですか」
「いろいろ、ありがとうございました」
ああ、とだけ言って、手は動いていた。箱の底を、たわしで擦っている。
一つだけ、聞いておきたいことがあった。
「本間さん」
「はい」
「いつ、決められたんですか」
たわしが、箱の縁で一度引っかかった。それだけだった。
「あんたくらいの年でしたよ」
それ以上は、言わなかった。私も、聞かなかった。
水の音がしていた。
決めたということは、決める前に、決めなければならないものがあったということだ。それが何だったのかを、私は聞かない。聞けば、この人はたぶん五十年ぶりに、それを口にすることになる。
笠原さんが、一歩前に出た。
「本間さん。少し」
本間さんが、ホースの水を止めた。
私は、鞄を持ち直した。
「上で待っています」
そう言って、坂を上がった。
坂の途中で、一度だけ振り返った。
二人は岸壁の際で向かい合っていた。笠原さんが何か言い、本間さんが聞いている。
本間さんの手は、動いていなかった。
たわしを持ったまま、腿の横に下げている。この人の手が止まるのを、私は前にも見た。三日前、この港で祖母の同行者のことを尋ねたときと、昨日、朝の道で一度。どちらも、すぐに動きだした。
今度は、止まったままだった。
声は、聞こえなかった。
聞こえるところに、立たなかった。
坂の上に低い塀があった。鞄をその上に置いて、海を見た。
昨日、私は書かないことを選んだ。その日のうちに、それを逃げ道だと思った。書かずにおけば、決めなくて済む。ずるいと知ったうえで、そうした。
今日は、聞かないことを選んだ。
形は、昨日と同じだ。中身が違う。
昨日の書かないは、決めずにいるためのものだった。今日の聞かないは、決めたあとのものだ。それに、昨日の分は取り消せる。書き足すのは、いつでもできる。
今日の分は、取り消せない。
私は昼過ぎの列車で発つ。この坂を下りて二人のあいだに立ち、何のお話ですかと聞く機会は、今日で無くなる。
取材としては、損だった。二十年、誰にも言われなかったことが、五十メートル先で今、言われている。それを聞かずに、私はここに立っている。
損だと分かって、離れた。
立派なことをした気は、しなかった。昨日ずるいことをした人間が、今日はぎりぎりで間に合っただけだった。
決めれば、そこから長くなる。昨日、本間さんはそういう言い方をした。
笠原さんの長いのは、今日から始まる。
十分ほどして、笠原さんが坂を上がってきた。
上りきったところで一度立ち止まり、息を整えてから来た。
何を話したかは、言わなかった。
私も、聞かなかった。
二人で、上の道を戻った。海は左手にあった。
途中で、笠原さんが言った。
「私はね、ずっと、聞くほうのことばかり考えてました」
「聞くほう」
「静さんに聞けたのか、聞けんかったのか。そればっかりです」
道の先を見ていた。
「言うほうのことは、考えたことがなかったです」
私は、黙って歩いた。
「見んかったすけ、言うものが何もない。ないと思ってました」
「昨日、できたんですね」
「できました」
聞く相手は、いなくなった。言う相手は、まだいた。二十年のあいだ、この人が勘定に入れていなかったほうだ。
道が下りにかかるところで、私は足を止めた。
「笠原さん」
「はい」
また来ます、と言おうとした。
言葉が、途中で止まった。
祖母は、それを言った。言って、来なかった。この人は二十年、それを覚えていた。覚えていたということは、待っていたということだ。
この旅の途中で、私も一度、自分からそれを言った。南の島の、堤防の上でだった。あのときは、言えば何かが繋がる気がしていた。
言えば、この人が待つ側になる。
口に出したものは、あるものになる。この町で教わったのは噂の話だと思っていた。約束も、同じだった。言わずにおけば、この人は誰も待たなくていい。
私は鞄を開けて、手帳の後ろを一枚破った。
住所と、電話番号と、名前を書いた。
「これを」
笠原さんが、受け取った。
「決まらなくても、かまいません」
「はい」
「言うことが出てこなくても、いいんです。私のほうは、いなくなりませんから」
笠原さんは、紙を二つに折った。折って、半纏の内側に入れた。
それだけだった。
列車は、二両だった。
海側に座った。ボックス席を一つ、私だけで使うことになった。
町を出るとすぐ、線路が海に寄った。窓の下を、堤防が流れた。
四日前、この海を初めて見たときは、どこまでが海でどこからが空か分からなかった。今日は、境目に線が引けた。
手帳を開いた。
日付を書いて、その下に二行書いた。
「旧道、通行止め。海側に崩落の危険あり。地元二名の同行を得て、徒歩二十分」
「聞き取り、三件。いずれも『上がっている』の語を使用。それが何であるかは、記載しない」
祖母と同じ言葉を、また使っていた。海側に崩落の危険あり、のところだ。三日前は書いてから気づいた。今日は、気づいていて書いた。
二行目を、もう一度見た。
祖母は、ここをこう書いている。
「それが何であるかは、両名とも言及せず」
同じことを書いたつもりで、書いていなかった。
祖母の一行は、相手のことだった。二人が言わなかった、という事実の記録だ。祖母自身がどうしたのかは、入っていない。
私の一行は、私のことだった。聞いて、見て、そのうえで書かない。誰が黙ったかではなく、私が決めたことが書いてある。
どちらが正しいのかは、分からない。
三行目のところで、ペンが止まった。
祖母は、ここに要再訪と書いた。
同じ言葉が、浮かんではいた。昨日の朝、私はこれに別の読み方を見つけている。決めずに置いておくための再訪。その一行があれば、今日は決めなくてよくなる。
書かなかった。
書けば、また来ると自分に言うことになる。自分に言った分は、いつのまにか相手にも言ったことになる。二十年前のあの日、祖母は本当に来るつもりだったのだと思う。つもりだったことと、来なかったことは、両立する。
三行目は、空けたままにした。
鞄から、祖母のノートのコピーを出した。
汐待町のページの次をめくった。白紙だった。その次も、その次も。
これまでは、白いページの先に、必ず次の町の名前があった。白紙の枚数を数えて、それから地名を読む。読めば、行き先が決まった。
今度は、読むものがない。
コピーの束を膝の上で揃えて、そう思った。
行き先を決めてくれる人が、いなくなった。
四日前の晩に気づいたときは、それを困ったことだと思っていた。
今日は、別の言い方ができる。
決めるのは、私だ。
決めた人は、そのあとが長いんです。
あれは忠告ではなかったのだと思う。そういうものだ、と言っただけだ。
東京へ帰る。
去年、実家の荷物はずいぶん片づけた。取材ノートと呼べるものは、あの一冊だけだ。あのとき私は、そう思った。
思っただけだった。全部の引き出しを開けたわけではない。
別のノートがどこかにあるのか、それとも祖母は書くのをやめて二十年歩いたのか。四日前の晩に二つ並べて、そのままにしてある。
帰って、開けていない引き出しを開ける。
何か出てくるとは限らない。分からないから、確かめる。今日決めたのは、そこまでだ。
一つ、思い出したことがある。
岐阜の柊野町には、私はノートを読まずに入った。祖母が何を書いているかを知らないまま駅を出て、商店街の端から順に聞いて回った。読むのは夜でいい、と決めていた。
たどり着いたのは、その日の夕方だった。狙って行き着いたわけではない。総菜屋で聞いた一言が、たまたまそちらを向いていた。
それでも、聞いて回っていたから、その一言が耳に入った。
ノートが終わっても、行くところが無くなるわけではない。祖母が決めてくれなくなっただけだ。
線路が、海から離れはじめた。
堤防が消えて、家の屋根が入り、そのうしろに畑が来た。海は、家の切れ目からしばらく見えていた。
トンネルに入った。
抜けると、窓の外は山だった。木の北側に、雪が薄く残っている。
海は、もう窓になかった。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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