第二十話 一枚のこと
三日目の朝、雪が降っていた。
昨日までは晴れていた。今日は、窓の外が白く煙っている。宿の女将さんが、今日の午後の便は微妙かもしれないと言った。
「明日にされますか」
「いえ、今日出ます」
決めていた。取材は昨日で終わっている。
朝食は、昨日と同じ献立だった。焼いた魚と、味噌汁と、漬物。女将さんは向かいに座って、雪の話をした。
三日で、この宿の朝の形を覚えてしまった。ストーブの音も、窓の曇り方も、廊下の板の鳴るところも。
宇津良町では二泊、波名島では二泊、柊野町でも二泊だった。二日か三日いて、覚えたころに出ていく。それを一年近く繰り返している。
覚えたころに出ていくから、どの町のことも、少しずつしか知らない。
祖母は、四日か五日いる人だった。波名島のハルさんが、そう言っていた。あの人、急がん人だったから、と。
朝食のあと、私は部屋でスマホの写真を見ていた。
一昨日撮った、社宅街の跡の写真だった。雪と、基礎の四角い輪郭と、一列の足跡。三枚撮ってあった。
祖母は、撮っていない。
「足跡、確認。撮影せず」
そう書いてあるだけで、理由は書いていない。
理由を考えるのは、この二日間ずっとやってきた。答えは出ていない。ただ、昨日あの人に会ってから、一つだけ思いついたことがあった。
思いつきなので、確かめようがない。祖母はもういない。
それでも、思いついてしまうと、それが正しいかどうかとは別に、頭から離れなくなる。
これまでの土地でも、祖母は書かない選択をしてきた。椋坂町は白紙だった。宇津良町は見取り図に丸を打っただけで、意味を書かなかった。
どちらも、書かなかった理由は分からない。分からないまま、私は自分の足で歩いて、自分の言葉で書いた。
今回は、少し違う。
白紙でも丸でもなく、「撮影せず」と書いてある。しなかったことを、わざわざ書いている。
書かないのではなく、書かなかったと書く。その差は小さいようで、たぶん小さくない。
昨日、あの人は言った。
この町を出た人間はたくさんいる。みんな、それぞれの理由で戻ってくる。私だけじゃない、と。
十年、二十年で入れ替わりながら、誰かが毎年歩いている。誰も申し合わせていない。町に残った人から見れば、毎年、誰かの足跡が雪の上にある。
その「誰か」が、誰なのかは分からない。
分からないままでいることに、この町の噂は成り立っている。
もし私が写真を撮って、それをどこかに出したら、どうなるか。
写真には、一列の足跡が写っている。撮った日付も、場所も分かる。あの人の話と並べれば、これは誰の足跡かが特定できてしまう。
そうすると、その足跡は、あの人一人のものになる。
何十年も入れ替わりながら続いてきたものが、一人の男性が父親の命日に歩いた跡、という一枚に固定される。
たぶん、それが起きる。
祖母がそこまで考えたのかどうかは、分からない。分からないが、撮らないと決めた人の頭の中に、似たものがあったとしても、おかしくはないと思った。
椋坂町のことも、思い出した。
あの町では、ばらばらだった十いくつの話が、一冊の本に一本化された。書いた人に悪意はなく、読み物として整えただけだった。それでも、整えられた一つだけが活字になり、町の記憶がそちらへそろっていった。
一枚の写真は、たぶん、あれと同じことをする。
たくさんあったものを、いちばん通りのいい一つに固定してしまう。固定されたものは、丈夫だ。人の記憶より丈夫で、そして、元に戻せない。
手帳を開いて、そのことを書いた。
「撮影せずの理由(推定)。写真は撮った日と場所を特定する。特定されると、複数人が入れ替わりながら続けてきたものが、一人の行為に固定される。断定不可」
断定不可、と書き添えた。宇津良町のときと同じだった。
書いてから、スマホの写真をもう一度見た。
消すかどうかを、しばらく迷った。
消せば、祖母と同じになる。撮らなかったのと同じことになる。
だが、私はもう撮っている。撮ったものを消すのは、撮らなかったことにはならない。撮って、見て、それから消したという事実が、こちら側に残る。
祖母は、撮らないと決めた。私は、撮ってしまった。
同じところに立とうとしても、もう立てない。
私は、写真を残すことにした。
そして、手帳にもう一行足した。
「写真三枚、保存。公開しない。理由は上記」
公開しない、と書いておけば、あとで自分が迷ったときに読み返せる。祖母のノートには、そこが書かれていなかった。撮影せず、とだけあって、なぜかは書いていない。
書いておけば、次に読む人は、迷わずに済む。
あるいは、迷うところまでは同じでも、私がどう決めたかは分かる。
宇津良町で、私は初めて自分から書いてよいかを尋ねた。あのとき奥さんは、名前は出さないで、とだけ言って許してくれた。
書くことも、書かないことも、どちらも選べる。選べるようになったぶん、選んだ理由を残す責任が出てきた気がする。
祖母は、理由を残していない。
残していないから、私は毎回、自分で考えることになる。それが不便なのか、それとも祖母の親切なのかは、まだ決めかねている。
午後の便は、出た。
雪は降り続いていたが、風がないので大丈夫だという。駅まで女将さんが送ってくれた。傘は差さなかった。この土地の人は、雪では傘を差さないらしい。
「また来られますか」
「来ます」
即答してから、少し驚いた。波名島でも、同じことを言った。あのときは自分でも意外だった。今回は、言う前から分かっていた。
「冬以外にも、一度来てみたいです」
「夏は、なんもないですよ」
女将さんは笑った。
「草ばっかりです。社宅の跡も、草に埋もれて何も見えません」
「じゃあ、雪の上でないと、跡は見えないんですね」
言ってから、自分の言葉に引っかかった。
夏には、何も見えない。基礎の輪郭も、足跡も。
雪が降って、はじめて何かが見えるようになる。この町の噂が冬の話であるのは、たぶん、そういうことだった。人が減っても、建物がなくなっても、冬になれば雪の上に跡が出る。
残っているから見えるのではなく、見える季節が来るから、残っていたことが分かる。
これは、この町だけの話ではない気がした。
常世谷では、村がなくなってから何十年も経って、私が訪ねたときに初めて、数の合わない墓のことが表に出た。柊野町では、噂が忘れられかけたころに私が行って、古い層が出てきた。
どこも、私が行くまでは誰も掘り返していなかった。
私が行ったから見えたのだと思っていた。そうではなくて、見える季節に、たまたま私が居合わせただけなのかもしれない。
祖母のノートに書かれた順に歩いているというのは、祖母が見つけた季節を、二十年遅れでもう一度なぞっているということでもある。
「ホーム、寒いですよ」
女将さんが、そう言って先に戻っていった。
列車の中は暖かかった。
窓が曇るので、手袋で拭いた。拭いた先から、また曇る。
祖母のノートのコピーを開いた。
笹内町のページ。日付が二つ。数行の記述。「足跡、確認。撮影せず」。そして「一月。来訪者名簿を閲覧」。
そのあとに、白いページが二枚。
その先で、また字が始まっていた。
「新潟県・汐待町。海沿いの旧道。海から上がってくるものについて、取材予定」
海から上がってくるもの。
書き方が、これまでと少し違った。誰が、とも、何が、とも書いていない。ものについて、とだけある。
祖母は、いつも型をはっきり書いていた。夜の道で追われる。子どもに問いかける。坂の上で客を乗せる。道が終わらない。雪の上の足跡。
今回は、ものについて、だ。
窓の外は、まだ白かった。もう少し行けば、雪は減っていくのだろう。
私は、コピーを閉じて、膝の上に置いた。
次は、海だった。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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