4-08 たぬっと異世界召喚! おしめぇたぬきは異世界で最強の魔獣でした
現代日本のお山に住むタヌキ(ポンコツ)は、あわや「お終い」になる寸前で、異世界へ召喚される。そしてどういうわけか、タヌキはその世界で最強の伝説魔獣タ・ヌーキーと言い伝えられ、実際にその力を使うことができた。タヌキを召喚した(半人前の)魔法使いの少女ラクーンは、タヌキを最強の魔獣と信じ、使い魔とする。はたして、タヌキは元のお山へ帰れるのか?
「異世界のオイモ、うまうま」
……帰る気はないかもしれません。
〈最強の魔獣◯・◯ー◯ーの召喚方法〉
1,以下の図のとおりに、魔法陣を描きます。
2,魔法陣を囲うように供物を並べます。
3,魔法陣に魔力を込めつつ、以下の召喚呪文を唱えてください。
4,◯・◯ー◯ーが魔法陣に現れたら、召喚成功です。次のページ(「最強の魔獣 ◯・◯ー◯ーとの契約方法」)へ進んでください。
「……ふぅ、できた。我ながら、いい出来だわ。お師匠様も天国で褒めてくださっているはず」
少女は完成した魔法陣を見下ろし、手の甲で額の汗をぬぐう。どんなに汗をかこうとも、魔法使いの正装であるとんがり帽子とローブは脱がない。
魔法陣は、何度も紙に書いて練習した。新鮮な供物を生育するのに、五年もかけた。あとは「最強の魔獣」を召喚するだけだ。
少女は分厚い魔術書を広げ、召喚の呪文を高らかに唱えた。
「オタイデ・マセタマタセ・モタフモタフ・ポタンポタコ! オタイデ・マセタマタセ・モタフモタフ・ポタンポタコ!」
魔法陣が茶色い光を帯びる。光は徐々に増していき、やがて小さな影が現れた。
「アレが……お師匠様の世界に存在する、最強の魔獣……!」
光が収束し、影の正体が明らかになる。
丸いっこいフォルムだった。全体が茶色い毛で覆われ、もふもふだ。目のまわりや耳、手足、尻尾の先は黒く、顔のまわりと胴回りには白い毛が混じっていた。
そしてなぜか、箱型の鉄の檻に入っていた。扉は開いていた。
少女は魔導書に載っている絵と魔獣とを見比べ、パッと笑顔になった。
「やった! やったわ! ついに、伝説の魔獣タ・ヌーキーの召喚に成功したわ! これで誰にも、半人前魔女だなんて呼ばせないんだから!」
飛び跳ね、喜ぶ少女。魔獣はその様子をジッと見つめ、首を傾げた。
(この子、どなたですか? ここ、どこですか? タヌキはさっきまで、お山にいたはずでわ……?)
魔獣の真名はタヌキ。現代日本のお山から、この世界へ召喚された……ただのポンコツアニマルである。
◯
召喚される数分前、タヌキは現代日本にある某お山で、短い生涯を終えようとしていた。途切れゆく意識の中、タヌキは誰にともなく語りかけた。
(どうも、タヌキです。突然ですが、タヌキはもうダメなようです。とうとう、ニンゲンに捕まってしまいました)
「……お……い……」
(山に生まれて、うん年。長いようで短い、つらいようで楽しい、やり残したことがあったようななかったような、そんな"たぬ生"でした)
「お……まえ……」
(最期の望みといたしましては、"どうか美味しく召し上がられたい"……そのひと言に尽きるでしょうか。冬も近いですからね、お鍋とかどうでしょう? じっくりコトコト煮るが良いのです)
「さ……と……出……」
(タヌキはニンゲンの血となり肉となり、ニンゲンと共に生きるのです。それが、"ジャックとニックと今日ショック"なのです。なむなむ)
麗らかな陽だまりに、意識が遠のきかけたその時、
「こらッ、さっさと出てこんかい! お前が出てこんと、罠を掛け直せんだろうが!」
猟銃を背負った老人が、タヌキが横たわっている箱罠をガタガタと揺らした。タヌキはわずかに顔を上げ、老人に寝ぼけ眼を向けた。
(おや。りょーゆーかいのおじいが、何やら騒いでおりますね。そんなお猿のように威嚇せずとも、タヌキは逃げませんよ。
そのお背中の"らいふる"とやらでタヌキを仕留めて、お鍋にするのでしょう? 悲しいですが、これも運命ですね。慌てず騒がず、受け入れますとも。タヌキは成獣なのでね、物分かりが良いのです。タヌ生、あきらめが肝心。フッ)
タヌキは目を細め、パタリと倒れる。すかさず、老人は「待て待てーい!」と箱罠の柵をペシペシ叩いた。
「なんじゃ、その妙に達観した顔は! まだお前のタヌ生は終わっとらんわ! 見ろ!」
老人は箱罠の出入り口を指差す。扉は全開だった。
「扉、開いとるじゃろ? これはイノシシ用の箱罠なんじゃ。お前さんを捕まえるためのもんじゃない。早よう出てっとくれ」
「……」
タヌキは全開の扉をチラッと見る。
たしかに、開いている。今すぐにでも出られる。老人の態度からも、タヌキをだまそうとしているわけではなさそうだ。が、
(……うーん、ちょっと何を言っているのか分かんないですね。タヌキは、タヌキなのでね。ニンゲンの言葉、ちょっと難しいタヌ)
ぐでん、とタヌキは仰向けになった。
老人に叱られるよりも、箱罠の外に出るほうがずっと恐ろしかった。サル、イノシシ、冬眠しないクマ、心ない人間などの危険な猛獣、急激な気候変動によるエサ不足、大雨に土砂崩れ……毎日、危険と隣り合わせだった。
「出ろー! 堂々と寝るなー!」
(そうだ、ここを終のキャンプ地としましょう。檻の隙間から葉っぱを集めれば、暖も取れそうです。エサは三食つきますかね?)
◯
その後も、老人はどうにかタヌキを出そうと、あの手この手を尽くした。柵の隙間に枝を入れてつついてみたり、エサで出口まで誘導しようとしたり。
だが、タヌキは頑として出ようとはしなかった。「これで何もかも終わり」とあきらめ、くつろいでいた。
(もう放っておいてくださいよ、おじい。最期くらい、安全な場所でくつろぎたいだけなんですって。ゴロゴロたのしい)
とうとう、老人の方が折れた。
「しゃあないな。先に、他の箱罠を確認してくるか」
(おや? 行かれるので?)
「いいか、儂が戻るまでに出とけよ? 戻ってもおったら、今度こそタヌキ汁にするからな?」
(あー、はいはい。たぬき汁ですね。それもありですね。たぬきは美味しく頂かれればそれで満足なのでね。いってらっさい、おじい)
遠ざかる老人の背中に、タヌキは小さな手を振る。入れ替わりに、のっしのっしと茶色い塊が箱罠へ近づいてきた。
(おや? おじいったら、ちょっと見ない間に、ずいぶん足音がたくましくなられて)
「ブモブモ」
(ブモブモ? なんですか、その鳴き声は。漂ってくる臭いまで、獣のようですね)
「ブモブモ」
(おやおや。全身毛だらけで、オマケに豚鼻! それが流行りの"いめちぇん"とやらですか? それでは、まるでイノシシ……)
「ブモブモ」
「……」
まるで、ではなかった。本当にイノシシだった。ガチのイノシシだった。
イノシシはフゴフゴと臭いを嗅ぎながら、タヌキの眼前へ鼻を近づける。その距離、およそ数センチ。そして箱罠でくつろいでいるのが、タヌキだと分かると、
「ブモー!」
「キューッ?!」
前触れもなく、突進した。箱罠はタヌキを入れたまま、コロコロと転がる。三回ほど天と地がひっくり返り、止まった。
「ブモブモッ」
イノシシは箱罠転がしにハマってしまったらしい。楽しそうに、細い尻尾をパタパタと振り、再び突進してきた。
「キューッ?!」
このまま転がされ続けては、いずれ崖から落ちてしまう。そうなれば、本当に「お終い」だ。タヌキは悲鳴を上げた。
「キュキューッ! ポポンキュー!」
(誰か助けてー! お山の神様ー! おじいー!)
そのとき、不思議なことが起こった。地面が茶色く光り輝き、箱罠ごとタヌキを飲み込んだのである。
「ブモッ?!」
イノシシは何もない場所へ突進し、危うく崖から落ちかけた。
寸前で踏ん張り、フゴフゴとタヌキの臭いを探す。まさか、箱罠ごと別の世界へ消えたとは思わず、日が暮れてもなお、その場から離れようとはしなかった。回想終わり。
◯
少女はひとしきり喜ぶと、しゃがみ、タヌキに目線を合わせた。
「はじめまして! 私はラクーン。大魔法使い、タヌマの弟子よ! これからよろしくね!」
(はぁ)
「お近づきの印に、これ! あげる!」
ラクーンは魔法陣を囲っていた供物のひとつを差し出した。途端に、タヌキの目の色が変わった。
「キュキューン!」
(そ、それは! サツマ・ノ・オイモではないですか! 食べてもいいですか! てか、食べますね!)
タヌキは本能のまま、サツマイモへかぶりつく。その様子を、ラクーンはニコニコと見守っていた。
「美味しい?」
「モキュモキュ!」
(うまうまです!)
「あなたのために栽培したのよ。この囲ってあるやつ、ぜーんぶ食べていいからね!」
(まじですか!)
タヌキは箱罠を飛び出し、サツマイモを片っ端から喰らった。箱罠に用意されていたエサはごくわずかだったので、すっかりお腹が減っていた。
日が沈む頃には、タヌキは全てのサツマイモをぽんぽこの腹へおさめてしまった。
(ふぃー、もうお腹ぽんぽこりんなのです。デザートは別腹ですけども? りんごとか、おみかんとかあったらいただきたいものですね。じゅるり)
タヌキが全てのサツマイモを食べ切ったのを見届けると、ラクーンはニンマリと笑った。だいだい色の夕日に照らされ、不気味だった。
「じゃ、これで契約成立ってことで。これからよろしくね? タ・ヌーキー」
(……たぬ?)
ラクーンが抱えている魔導書には、こう続いていた。
〈最強の魔獣タ・ヌーキーとの契約方法〉
1,捧げた供物を食べ与える(タ・ヌーキーは食い意地が張っているので、たぶん勝手に食べるでしょう)。
2,タ・ヌーキーが供物を全て平らげたら、契約完了です。
注意:契約者の願望を達成するまで、タ・ヌーキーは元の世界には帰りません。





