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4-07 道化公女の復讐

恐ろしき王に全てを奪われた公女は、道化にされた。

全てはただの戯れ。貶められ、弄ばれながら、貼り付けた微笑みの裏で暗躍する。

――王を引きずり下ろし、手中に収めるために。

「――歌え」

「王の仰せのままに」


 静かに命令を下す声に、大袈裟に頭を垂れて応じる。

 眩い光を放つシャンデリア、壁面など随所にあしらわれた色とりどりの宝石、豪華な食事の数々。どこを見回しても煌びやかな宴の中で、わたくしは周囲の目にひどく異質に映るだろう。

 ドレス姿とはかけ離れた奇抜な衣装。誰かにエスコートされてもいない。そして、首に嵌められた無骨な鉄の枷がいやでも目を引いていた。

 わたくしは宮廷道化師。主たる王を愉しませるためだけに生かせられた哀れな存在だから、当然なのだけれど。


「それではご静聴くださいませ。『闇の冠は腐り落ちて』」


 美しく、どこか儚げ、それでいて笑いを誘うように。

 高らかに歌声を響かせた。


 それが終焉の始まりの合図だと、王はまだ知らない。



 ◆



 宮廷道化師というのは特別な立場である。

 王に仕えてはいるが、臣下ではない。もちろん使用人でもないので身の回りの世話もしない。けれど誰よりも王の傍に在るのだ。

 しかし、わたくしはそれを名誉とはちっとも思っていない。

 今日(こんにち)に至るまでの経緯を思い返すと、なんとも珍妙な半生を歩んでしまったものだとしみじみする。


 王に召し抱えられたのは十年も前、齢十五の小娘であった頃のこと。

 今でこそ道化の身だが、見せ物小屋で働いていたわけではない。まさか自分が道化になるとは思ってもみなかった。


 小さな公国の公女の生まれ。両親である太公夫妻に大切に育てられ、兄からも可愛がられる。そんな、絵に描いたような幸せ者、それがわたくしだった。

 美貌にも恵まれており、求婚者があとを絶たなかった。いずれは良き相手を選んで結ばれると信じて疑っていなかった。


 ――流行り病により、兄が倒れるまでは。


 兄は聡明な公子と称されていた。彼さえいれば国の未来は安泰だと思われていた。その命が呆気なく失われて無事であるはずがない。

 深い悲しみと心労で太公夫妻も病に伏した。必然的にわたくしが国を背負うこととなる。


 けれどもわたくしでは、充分に大公代理の務めを果たせなかった。

 兄の代わりにはなれなかったのだ。

 必死で学び、努力しても、女が(まつりごと)に関わるべきではない等と遠ざけられ嘲笑われる。自国の貴族が頼りにならないので周辺国に支援を求めたが、誰一人として聞き入れてくれない。

 悔しかった。ムカっ腹が立って仕方がなかった。

 女であるという事実は何をしたって変えられないから、どうすればいいのかわからない無力感と言ったら。


 公国はみるみるうちに衰退していき、そして――ある時、魔の手が襲いかかった。

 最前線に立ち、侵略を行ったのが大国の王である。


 王は恐ろしかった。王はおぞましかった。

 闇を煮詰めたような黒髪と昏い瞳。漆黒のローブに包まれた身体はスラリとしているのに、握りしめた長剣から繰り出される圧倒的な武力で多くの首をもぎ取っていく。

 ベッドの上の太公夫妻にすら容赦はなく、惨劇の数々は思い出したくもない。


 王の目標は世界征服だとか世界統一だとか囁かれているが、実際のところ、単なる遊興でしかないと後に聞かされた。控えめに言って最低だと思う。

 城の片隅へと追い込まれたわたくしは覚悟を決めた。


 どうせ死ぬのなら最後に爪痕を残してやろう、と。


「お許しください。お許しください。どうか、お願いですから」


 跪き、命乞いをする。

 薄紅の双眸から美しく涙をはらはらと流し、気弱な女を演じながら。

 それで見逃してくれるのではないかという甘い考え故の行動ではない。狙いは相手を油断させることにあった。


 どれほどの時間を稼げただろう。数分だったかもしれないし、あるいは数十秒だったかもしれない。

 その後、王はポツリと呟いた。


「……城に火をつけたか」


 壁面を焼きながら侵食し、揺らめく炎。焦げ臭い匂いがあたりに満ちる。

 わたくしが悪足掻きで放った火は燃え広がって、王とわたくしを囲んでいた。


「やっと気づかれたのですね。これで貴方もわたくしも一緒に命を終えることでしょう。いかがです、嵌められたお気持ちは」

「ははははっ!」


 王が唐突に笑い出す。

 口元を思い切り歪めて、凶悪に、それでいてどこか愉しそうに。


「死を前に気でもおかしくなりまして?」

「悪くない。――そなた、道化にならぬか」


 え、と声が漏れた。

 言葉の意味を理解した直後、湧いてきたのは怒り。


 ふざけているのかと思った。けれど王は本気だった。


「余が簡単に死ぬと考えているならば、残念だがそれは否だ。部屋を壊せばいくらでも外へ行ける。そなたは愚かしく哀れの極みだが、心意気は認めてやってもいい」

「……どういうこと…………?」

「ここで首を刎ねるのではつまらない」


 生き延びさせてやると王は言ったのである。


「それとも剣の錆になりたいか? その場合は特別に残忍な方法で処し、城門に晒すことになるが」


 生きて尊厳を奪われるか、死して尊厳を奪われるかの無慈悲な二択。

 わたくしは、苦渋の末――――前者を選んだ。


 そうしてわたくしは無傷のまま城を脱した、というより、連れ去られた。

 四肢を縛られ薬で眠らされ、次に目が覚めたら、首にゾッとするほど冷たく固いものが嵌められていた。


 重量感のある鉄の枷だ。

 枷は鎖がついており、部屋の壁に繋ぎ止められている。わたくしを決して逃がさないように。

 枷が外されるのは、王が求める時のみ。

 その際の装いは王によって用意され、王の直接の監視の元、着替えさせられた。


 ――本当に、最悪な気分だった。


 腰丈まで伸びた黄金色の髪を三角帽の中に仕舞い込んで、目元には紅い仮面(マスク)を被り、唇に濃く厚く口紅を塗りたくる。赤や白の派手な衣服を纏えば、宮廷道化師の出来上がりだ。


「美しきそなたがそのような格好をするのは滑稽だな」


 褒められているのだか貶されているのだかよくわからない。


「道化よ、決して余を飽きさせるでないぞ」

「王の仰せのままに」


 歌や舞、ちょっとした小芝居など、道化の演目は多岐にわたる。

 元より公女の嗜みで芸事を習得していたわたくしは、少し修練を重ねただけで、演目を容易くこなせるようになった。

 けれど何より難しいのは恥を捨てて全力で道化に徹すること。

 なぜわたくしが道化などというものにならなければならないのか、と思う。こんなことなら殺された方がいくらかマシだった。

 それでも、せっかく存えられたのだから、今度こそ己のすべきことを果たさなくてはいけない。


 復讐してやるのだ。故郷で死した大勢のために。

 最後の生き残りとして、仮にもあの国を背負っていた立場の者として、その責がある。たとえ死した彼らが誰もわたくしに期待していなかったとしても。

 憎き王に手が届くまで、わたくしは辱めに耐え続けると決めた。



 ◆



 一年、二年、三年と、時が過ぎていく。


 わたくしはなかなか王に手を出すことができずにいた。

 刺殺やら毒殺やらを狙ってみたものの、成功した試しがない。


 王の佇まいには全く隙がないのである。背後に回ることを許さず、かと言って正面から向かっていっては敗北一択。

 それならと戯けるふりをしながら、触れるだけで死に至る毒の花を捧げれば大爆笑された。


「この国において、花を手渡す行為は求愛とされている。そういう意味で受け取れと?」


 ただ殺そうとしただけですわ、とは当然言わないし言えない。

 滅びたわたくしの国では花そのものよりも花言葉を重んじられる。ちなみに毒花の花言葉はろくなものではなかった。


 にっこりと微笑を浮かべて見せ、敵意を押し殺す。


「冗談でございますとも。求愛なんて恐れ多い」


 妃になれば手にかけやすいかもしれないが、王が是としないのは目に見えていた。

 王は妃も愛人も、それどころか側近すら有していないのである。理由を訊いてみると『煩わしいから』だそうだ。

 従ってただの道化でしかないわたくしが王に最も近くなっている。


 ――この立ち位置を活かして何ができないだろうか?


 そう考えていた矢先だった。

 いつも通り鎖に繋がれていたわたくしは、「社交界へ赴くぞ」と告げられたのは。


「社交界、ですか」


 それまで王宮で飼われていたわたくしは、初めて外に解き放たれることとなった。

 王の物であることを公に見せびらかされるために。珍しい女の道化として、後ろ指を刺され、嘲笑われるために。


 しかしそれは、わたくしにとって幸いな話だった。

 外との繋がりができれば――協力者を得られれば、反旗を翻すとっかかりとなるかもしれないのだから。


「承知しました」


 好機を得て、わたくしの口角は自然と吊り上がっていた。

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