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4-05 偉大なる窓際に八発屋を託せ

 定年前の窓際刑事・有馬ありま天佑てんすけは、真面目で長身でイケメンで明るくて仕事のできる後輩刑事の城島じょうじまめぐるの相棒だった。

 とにかく有能な城島は、暴力団絡みの事件を次々と片付けていくが、意外にも出世欲は全くないらしい。

 そんな城島の活躍は順調ではなかった。城島の活躍が何せ多すぎる。まるで事件が彼の元に集まっているようだ。もしや城島は暴力団の内通者なのではないか。噂の果て、城島は交番勤務に飛ばされてしまった。

──そんな理不尽な話はない。


 城島には必ず輝ける場所がある。有馬の目に光が蘇った。

「もう一度、一緒に仕事をしよう。俺が何とかするさ。俺も一応、刑事だからな」

 定年も目前だが、刑事を花形だと思ったことは一度もなかった。


 レインボーブリッジを封鎖したことはないし、細かいことが気になるのが悪い癖だったこともないし、カツ丼を食う被疑者も見たことがない。

「レインボーブリッジは、封鎖しない方がいいんじゃないですか?」

 後輩刑事の城島じょうじまがにやりと笑う。


「そうだっけ? 俺、あの映画見てねぇんだよな」

「僕も見てません。公開時、僕は五歳だったので」

 有馬ありまは天を仰いだ。この相棒は息子と同い年なのか。息子と同い年の刑事に、俺はおんぶにだっこなのか。


 城島巡は若いが優秀な刑事だった。

 地味で辛い防犯カメラの解析を嫌がらない。被害者に寄り添い、丁寧に礼儀正しく聴取する。書類作成が早い。どんな小さな事件にも前向きで、弱音を吐かず、茶目っ気のあるの青年だった。


 何より有能である。

 志村署に来てすぐ、板橋区を統べる暴力団・常盤ときわ会の内部抗争が起きた。抗争を終結させたのは、抗争相手の幹部の自宅に放火しようとした常磐会の若手組員を、別件の聞き込み中に現行犯逮捕した城島であった。


「隠れていたのに、よく気付いたな」

「夜の住宅街に立ちつくす男なんて妙です。しかも我々は私服だったのに、道を尋ねたらそれだけで男は焦った。地元民ではなく何かの見張りと考えるのは自然です」


 所詮はビギナーズラック、一発屋という不名誉なあだ名が付いたが、翌年に常盤会の若頭を逮捕すると、その呼び名は速やかに消えた。


 あだ名は、二発屋になった。


「ときに八発屋、お前はなぜ俺と組んでくれるんだ」

 一発も当てたことがない有馬にとって、一発屋とは蔑称ではなく敬称だ。窓際の彼と組みたがる刑事は、人格に優れた城島の他にはいない。

「有馬さんと組むと、仕事が楽しいので。僕が小さな事件に手を尽くしても、有馬さんは怒らないでしょう」

「うまい言い方だな。出世するよ、お前は」

 城島が出世したら有馬は本物の窓際になるだろう。だが城島には出世して欲しかった。城島には志村署より輝ける場所がある。


「僕は志村署に尽くしますよ。なにせ居心地がいいですから」

 これだけ成果を出せば居心地はいいだろうが、あまりにも欲がない。

「そんなんでよく八発も手柄を立てられたな」

「僕はただ手を尽くしているだけです」

 そんなはずはない。光当たるところには必ず影あり。城島が陰口を叩かれているのを、有馬は知っていた。


 城島巡には仕事がありすぎる。普通の警察署で、そんなに大量の事件に巡り会うはずがない。城島自身が、常磐会から情報を得て捜査しているのではないか?


 理不尽な噂だが、手柄を立てる度に噂が広まる。八回も噂をされれば尾ひれもつくし、事実のように語られる。

「八発屋、さっさと出世して本庁に行け」

「今の事件が終わるまでは……」

「んなもん俺が引き継ぐわ」

 最近は常磐会の動きも穏やかだ。異動するなら今なのに。


 しかし警察組織の人事は理不尽である。

「悪いな城島。お前が優秀なのは理解しているが、お前自身のために前線から退いてくれ」

 出世どころか、城島は交番勤務となった。有馬は激怒したが、城島は一切の文句を言わなかった。


 ◆


 いよいよ孤独な窓際刑事になった有馬は無敵である。城島をなんとか刑事課に戻したかった。噂で左遷するなど言語道断。だが、打つ手もない。

 暇な有馬は、城島を刑事課に戻すべく奮起した。捜査の合間に彼の交番を訪れ、城島の勤務体制を把握する。地味な作業は、有馬には得意分野である。

「城島、刑事課に戻る気はないか」

 交番勤務中の城島を訪問し、有馬は一般市民のふりをして尋ねる。

「僕は目の前の仕事に手を尽くすのみです」

 城島はにべもない。本人が希望しなければ、異動には至らないだろう。自分はお節介に過ぎないのだろうか。有馬は悩むばかりだった。


 状況が変わったのは、城島を説得する日々の中、妙なことに気付いた時だった。

「なんなんだ、こいつの当番表は……」

 三交代制の勤務シフト。城島の勤務時間が通常より少ない。城島が上に無理を言わないと、こんな勤務にはならないが、そんな性格ではない。


 城島はなぜこんな勤務を、という下世話な好奇心が湧き、動向を追ってしまった。非番の城島を尾行した。

 有馬は度肝を抜かれた。城島が接触していたのは、常盤組の組員だった。噂は本当だったのか。上層部は噂に根拠を見出して異動をさせたのだ、と有馬は初めて気が付いた。


 三日ほど仕事が手につかなかったが、元々仕事はない。有馬は机で頬杖をつく。

 有馬が見たのは確かに城島だった。彼は黒い高級車に乗り込んだ。その高級車は常磐会の所有であると警察は把握している。

 間違いなく、城島は常磐会に出入りしている。

「定年前ってことは、俺は刑事を辞めなかったってことだ」

 休日、有馬は城島の自宅前に張り込み続けた。常磐会の本部から帰った城島は、翌日交番に出勤するため、必ず自宅に帰る。城島を尾行する必要はない。ここで待てば必ず城島と会える。


 深夜、鍵を開けようとする城島の肩を背後から叩く。振り返った七三分けの彼は、有馬の姿を認めると、難しい顔をぱっと輝かせた。

「あ、有馬さんだ」

「城島、お前……」

「見られちゃいました。ここに来たってことは、僕が裏切ったって思ってますよね」

 同窓会で旧友と会った時のような明るい口調に、有馬はおののいた。


「内通なら裏切りだがな、お前はそうじゃないだろ、城島」

「僕を疑わないんですか?」

 有馬は頷いた。久しぶりに刑事らしいことをしている。残り少ない刑事人生で、未練は被疑者にカツ丼だけになった。

「お前が内通者なら、一発屋でしまいだよ。自分たちの情報を何度も持ち出す内通者を放っておくほど、常磐会は甘くない。残りの七発は実力だ」

 一方で、城島は常磐会と関与があるのも確かだ。そこで有馬はもう一度考えた。


「お前は常磐会に潜入している。違うか?」

「僕、有馬さんが好きなんですよね。有馬さんと組むと、調子がいいんですよ。あの日、住宅街の真ん中に立つ、妙な男を見つけたのは有馬さんです。僕は気付きませんでした」

 城島は笑顔でゆっくりと首を横に振った。

「でも、常磐会に潜入はしてません。常磐会と外部組織の取引の張り込みをしていたら、一人の男が話しかけてきて。僕は本庁の刑事だと思い、符牒で返しました。それがヤバくて」


 常磐会が警察と同じ符牒を使っていた。城島は相手を刑事だと思い、逆に常磐会の男は城島を常磐会の関係者だと思い込んだ。

「しかも僕の身なりはコレでしょ」

 城島は照れ笑い交じりに、眼鏡を押し上げる。


 城島は有能で人間性に優れた警察官である。数少ない欠点といえば、インテリヤクザ顔なことであった。


「常磐会の奴だと勘違いされたのか?」

「常磐会の協力者の『先生』という者に間違われています。名前は分かりません。正体も分かりません。なぜ本物の顔を誰も知らないのか、いつ本物が来るかも分かりません。僕はノリと雰囲気で演技しています」


 有馬は奥歯を噛みしめた。城島の言い分は本当だろうか。優秀な城島なら、有馬を簡単に騙せるだろう。嘘八百の言い逃れじゃないのか?

「詳細は本庁の刑事部に聞いてください。有馬さんが刑事として問い合わせれば、教えてくれると思います」

「待て城島、この一見は警視庁の刑事部が噛んでいるのか?」

 城島は頷いた。元来饒舌な彼は、滔々と語る。


「警察の情報が常磐会に傍受されているらしく、僕が抜擢されて常磐会本部に近い交番に配属されました。非番を増やして仔細を調べていたのですが、まさか符牒も漏れていて、向こうも同じ符牒を使っているとは思わず」

「だから城島を交番勤務にしたのか!」

 城島は出世欲がない。自分の手柄にならなくても、社会のためになるとあれば、喜んで手を尽くすだろう。彼の善意を、本庁は利用したのだ。理不尽な噂を、真実に変えさせてまで。


 ぞっとした。花形の刑事とやらは、ここまで身を削らなければならないのか。ならば有馬は生涯窓際でいい。


「向こうは僕を『先生』と勘違いして、様々な情報を教えてきました。大感謝ですよね」

「お前が『先生』でないとバレたら、五体満足では帰れんだろ?」

「ええ。なので逃げ出せないんです。自宅も知られてて、いつバレるか……。逃げたいのは山々なんですが」

 いつも通り怖い顔の城島だが、いつも通り人懐っこく笑った。


「本庁は? 助けてくれないのか」

「そう簡単に助けられる状況でもないのは分かってます。僕のミスですし、自分でなんとかするつもりです」

 城島の目は完全に諦観の念を帯びていた。


「有馬さん、今日はここまでです。また、会えるといいんですけど」

「どうした?」

 早口の城島はポケットからスマートフォンを取り出して耳に当てた。どうやら常磐会から電話がかかってきたらしい。


『先生、お願いします。今日こそ、へまをやったコイツの指を落としてください』

「……手を尽くします」

 電話から漏れ聞こえた声に、城島は答えた。『先生』が物騒な役職らしいのは有馬にも分かった。


「ですが場所を変えましょう。ここは片付けが面倒で――」

 城島は電話を続けながら、目で有馬に合図を送る。何を言いたいのかは推測するしかないが、任せろ、と手帳に書いて城島に見せた。

 城島の表情が緩んだ。息子と同い年の彼が、電話をしながら目元を拭う。反対側の目から、一すじの涙がこぼれ落ちるのが見えた。


 頑張れ、と書き添えようとして有馬は手帳を引っ込める。

 これから頑張るのは自分だ。


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