4-03 剣の精霊と逃げの英雄
「よし、逃げよう」
そういって何もかもから逃げ出そうとする青年。
その腰に、呪いの装備のようにくっついた剣と、剣に宿った精霊。
青年を逃がさないように追いかけるメイド。
剣に選ばれてしまった呪いと、その周りで起こる、二人と一本のドタバタコメディ。たまにシリアル、いやシリアス。
「英雄? になるの? 俺が? そんなまさか…え、ホントに?」
らしいですよ、ファイト。
「よし、逃げよう」
今はおおよそ深夜。街の人間も寝静まった。
灯りもほとんどが消え、僅かな月明かりだけが辺りを包んでいる。
そもそもが、おかしな話なんだ。それこそ絶対にありえない。
「正面…はまずいか」
あの無表情メイドのことだ。俺が逃げだそうとすることぐらいとっくに理解しているだろう。
手早く荷物を纏め、装備を確かめるとドア…ではなく窓に手をかけた。
いくら深夜と言えど、あのメイドは監視をすると言っていた。なら、正面のドアぐらい見張っててもおかしくはない。
故に。ガラリと、窓を開き足を――。
「……oh」
足を、夜の闇へ旅立たせようとしたところで、目が合った。
「……えーっと、月が綺麗ですね?」
「まぁそんな。ご主人様からの愛の告白なんて照れてしまいます」
「そういうのはさ、せめてもうちょっと表情動かしてから言わない?」
「すみません、未熟なもので」
まるで人形のよう。顔が整っていることもその通りだが、その表情はぴくりとも動いていない。動かさない、というよりは元々動かすことができない、と言った方が納得できそうなぐらいだ。
そんなメイドが一歩、こちらに向かってくる。
前方にはメイド。後ろは当然、今出て来た自宅。仮に飛び込んで逃げようとしても、他の入口すら見張られているだろう状況では、脱出は不可能。袋の中のネズミになること必死だ。
「では、不肖このメイド。契約によってご主人様をしばし、拘束させていただきます」
「って、ちょっとまってまってまっt」
考え込んでいるうちに近づかれる。静止の声もむなしく顔を鷲掴みにされ、拘束されてしまった。
(って、これはちょっと…まず……)
かなりの力で掴まれているからだろうか。
意識は呑気にも、この状況の元凶ともいえる出来事を、走馬灯のように回想し始めた。
★
白を基調とした石造りでできた遺跡の奥地。普段なら人の踏み込むことがないような場所。
いつもであれば俺も、わざわざこんなところに来ることもない。
薬草採取のクエストをこなした後、いつもとは違う気配を感じ、街に帰るまでの道を外れた。そのまま、気配から遠ざかるようにしていると、ここに来てしまっていた。
だが、どうにか気配は離れつつある。このままここでしばらくやり過ごせば問題ないだろう。
―――と。
「あれ…は…」
折角だし一休みしようと、遺跡の中に足を踏み入れたその先。
神様でも祭っているかのような祭壇にある台座に何かが生えて…いや。突き刺さっているのだろうか。
「剣? こんなところに?」
近づいてよく見ると、突き立っているのは一振りの剣。
神秘的、といっても勝手にそう感じているだけだが、とにかく。そんなこの場所において、その剣だけは随分と…綺麗すぎた。
「光ってる」
周りが崩れたり、植物に覆われたりするような中。その剣だけは錆の一つもない。
ぎりぎりまで近づいてみれば、鏡のように自分の顔が映るほど。まるで、そう。何か理由があってこの場所に、後から剣を突き立てたかのよう。
例えば。何かを封印するため――。
『くぁ…』
「っ!!!」
不意に、気の抜けたような声がする。声のもとは正面、目の前の剣。
途端、体は後ろに飛びのいた。二度、三度と飛んで距離を取ってから、改めて剣を凝視する。
「誰だ!」
『なんじゃ、やかましいのぅ。こちとら寝起きじゃというに、まったく』
少年とも少女ともとれるような、高めの声。それでも不思議と長い年月を感じる口調が聞こえた後、『それ』は現れた。
人…ではないだろう。なにせ足がない。いや、よく見ればうっすらとそれっぽいものが見える。ゴースト系の魔物に近いのだろうか。それを一枚の布のような服で包んでいる。そして、剣の刀身と同様、この場所にあってなお、光り輝くような長い銀の髪。
そこまで見た所で、確信した。厄介事だ。間違いない。
そんなもの、逃げるに決まっている。くるりと後ろを向き、入って来た道を全力で走り出した。
『こんなもんかの。さて…ってどこへ行くんじゃ、ぬし!?』
後ろで何か呼ばれた気がするが、知ったこっちゃない。何が悲しくて厄介事を避けてやってきた場所で、厄介事に巻き込まれなければいけないのか。
「――ぶっ!?」
そうして後数歩で外に出られるところまで来たところで、何かにぶつかった。後ろにひっくり返りながら、改めて前を見ても何もない。
『無駄じゃ。ぬしは今、ここから出られんよ』
「ちょ、嘘だろ。なんで!?」
『なんでもなにも、ほれ。ぬしの腰を見てみぃ』
腰に目を向けると、剣。しかもこれは。すぐさま振り返って台座をにらむ。
「台座に刺さって…ない」
さっきまで突き刺さっていたはずの剣が。どうやら間違いなく、腰にあるのがそれであるらしい。
「どういうことだ、俺は契約とかもしてないし、何より触ってすらないだろ!」
『契約? 何の話じゃ?』
「これ! この剣!! お前どうせこの剣に宿った何かだろ!?」
『ふむ。察しがいいの、それでこそじゃ』
ふふん、と自慢げな表情を一つ。
『ご名答、わっちこそ魔剣デュランダルに宿りし精霊。そしてぬしはその持ち主、そして力を振るう者として選ばれたと、そういうわけじゃな』
「いらない、返す。クーリングオフ!!」
しまった、勢いでよく分からない言葉まで叫んでしまった。
『くーり…? とやらはよく分からんが、無駄じゃ。選定は既に終わっておる。ぬしが死ぬまで、わっちはぬしの物じゃ』
「嘘だろ…そんな勝手な。それに俺には強大な敵と戦うなんてことできないぞ…?」
『敵? さっきからぬしは何を…、っと来たぞ』
今度は何が、と聞く前に。
カツッ―――。
今度はまた後ろ、逃げ出そうとするのを邪魔した見えない壁、その向こう側から足音が響く。
そんな至近距離まで、気配を感じなかった。
「はじめまして、シラユキと申します。ご主人様となられたお方」
「はぇ…?」
振り返るとメイド。いや、メイドって。でもメイド服着てるし、メイド…でいいんだよな? これまた、ここには似つかわしくない雰囲気に困惑して、変な声が出てしまった。
が、すぐに警戒を引き上げる。
ここまで少しも気配を感じさせず、表情を見れば氷のような無表情。しかも剣の精霊は自分のことを「魔剣」と言った。つまりは。
「殺さないでください!! 勝手に持ち主にされただけで、俺には叶えたい望みとかこれっぽっちもないんです!!」
「はい、存じております」
「だから剣を使って世界を支配したいとか、全然…って、え?」
「ですから、承知しております、と。少し説明をさせていただけますか?」
曰く。剣は大きな力を持っているが、それは扱う者によって良くも悪くも使われ、特に魔王や世界を相手取る運命があるわけでもないらしい。優しかった人が国を滅ぼしたこともあれば、悪党だった奴が生涯剣を抜かずに平和を謳歌したこともあったのだとか。
曰く。シラユキの一族は剣と、その持ち主を見張る役目を負っているらしい。とは言っても、色々な持ち主がいたからか特に干渉はせず、あくまで不穏な動きがあった場合に対処するだけなのだとか。
「以上です。ご理解いただけましたか」
一通り喋り終えたのか、こてん、と首をかしげてシラユキが訪ねてくる。とりあえず話は分かった。分かったのだが。
「ほんとに殺されない?」
「はい、ご主人様があまりに怪しい行動をしない限りは」
「ほんとに魔王や世界と戦うことはない?」
「はい、ご主人様がそれを望んだりしない限りは」
「…ほんとにこの剣、手放せない?」
『無理じゃ。ぬしが生きている限りの』
「だ、そうです」
さっきまで少し上を浮いていた精霊が、近くまで降りてきた。そのまま、頭を抱える様を下から覗き込まれる。上下逆さまに浮かんでいるのに、髪や服は一切下に落ちていない。見れば見るほど不思議な存在だ。
「ご質問は以上でしょうか。では参りましょう」
手を差し伸べられ、立ち上がった勢いのまま、一歩。さっきは見えない壁に弾かれて進めなかったはずの場所を容易くシラユキに引かれる。壁は既に消えているらしい。そこで一度手を放し。
「願わくば、末永くよろしくお願いいたします、ご主人様」
『よろしくじゃ、ぬしよ』
片や、長いスカートをつまみ上げて優雅に。片や、欠伸交じりで呑気に。
これからを伝える声に、俺は。
「ヨロシクオネガイシマス」
そう返すのが精一杯だった。
なお、街に戻って少し。どうにかして逃げ出そうとしてシラユキに捕まったのだった。





