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4-24 フォートタウンの子どもたち

11歳になって労働解禁されたクポとミャエルは今日も昼食選びの作戦会議をする。自由奔放なようでどこか遠慮がちなミャエルと彼を微笑ましく思いつつもずっと友人である事を願うミャエルの日常をマムの美味しい食事と一緒に召し上がれ。

白い息だ。

視界の鬱然にまあるくかかる。迷わないように申し訳程度に舗装された薄橙が敷き詰められた細かな砂利道を駆ける。

 こちらが急いだって彼が出てこないのはいつものこと。

 「ミャエル!早くおいでよ」

ばたんと扉を閉める音に続いて雪をぎゅぎゅと踏みしめる音が続く。

「クポ」

線が細く見える白いニットに洒落たオーバーサイズ気味のフロックコートを着たやつが見えてきた。僕と並走するように合流してきたやつ、ミャエルの顔は少し上向き。一戦やってきたな。

「やぁ、また新しい何かにハマったのかい」

「そうぢゃないよ。最近は筆遊び一筋さ」

 ()ねっ(ぱな)で僕より重そうな肩掛け鞄の位置調整して進む。僕と違ってズボンじゃなくてハーフパンツの下にレギンスを履いた足は、更に脚絆を巻かれてても寒そうに見える。よくあれで爪先を放る調子で走れる。

「僕はぁね、予定があるんだ。計画があるんだよ。今度フォートタウンでコンテストがあるんだ。それに提出する作品を書かなきゃならないのに文句ばっか言うんだ」

 ミャエルが(マム)にどやされた日はこれだ。ほぼ毎日言われてるけど、殊更言われた時、彼はさも何てこともないようにすまし顔をする。

「へぇ、どんなだい」

「いつもと同じさ。外に出ろ、青水晶板(プレート)ばかりいじるなって。挙句の果てに僕の至らない点を全然僕の趣味に結び付けて話すんだぜ?」

 鞄を支える手に力が入るのを見て僕はまさかと思った。

「君、もしかして青水晶板を持ってきたのかい?壊れるよ」

「平気さ。僕が普段、どんなに丁寧な手つきで板を扱ってるかクポは知らないだろ」

「もう。タウンに行くなら僕も誘ってくれよ」

 ミャエルと僕は職場が違うから退勤する時の時間が微妙にずれる。置いてかれたらたまらないや。

「僕、今日はコート買ったら紅茶店で籠りきりになるぜ。それでもいいの?」

「マザー・フラワーのとこ?別に構わないさ。僕、仕事以外はあまり興味ないし」

 あの上品な店のマザーたちは常連である僕たちには甘い。紅茶もお菓子も安いから、座ると足がつかない椅子やソファー席でも通いたくなる。

 積雪の森林の一本道をやってきた僕たちをいつもの石畳の広場が出迎える。湯気立つ屋台たちに青年(ユース)たちが群がってる。マザーたちの屋台の飾り布と同じ色のエプロンが目立って、早速僕たちは今日の昼食を考える。

「わぁ、今日も混み合ってるな。どこにする?」

 いつものことだけど訓練児(チャイルド)が枝を振り回すみたいに奔放な口の君はどこへ行ったんだい。こういう時だけ僕に回してくるんだから。

「もうすぐ大人たちが帰ってくるからビーフと蜂蜜にしよう。きっといつもより採取が多くなるから重いやつ食べないともたないよ」

「賛成、早く並ぼ」

 同じ背丈くらいの人混みをかき分けて店に着く。みんな白い息を吐きながら配給の魔法瓶を持ってる。何の面白味もない灰色に名前だけ書かれたのを、僕たちのように指ぬき手袋を付けた手で持って順番待ちしてる。

「マザー・マトマ!熱いソースをいっぱい頼むよ」

「マザー・マトマ!僕はビーフ多めがいいかな」

 ここでもミャエルは僕の後だ。

 マザーはチュウと鳴いて赤い目を瞬かせると、あったかそうなピンク色の手で僕たちの魔法瓶にビーフと甘いソースを注いでいく。鉄のお玉からとろとろと流れ落ちる暗赤色に、他のみんなのように目が釘付けになる。スパイスにヨーグルト、赤ワインとかが混じり合った匂いに耐性なんてつくわけがない。

「あぁ、もうお腹が空いてきた。うちで食べるご飯と違いすぎるのがいけない」

「いつものことだろう。ほら、あともう一つ回らなきゃ。今度は蜂蜜の香りと格闘だな」

 マザー・ミルトンの屋台に向かう。僕たちは固く締めた魔法瓶を落とさないよう握った。黄色のエプロンを着たマザー・ミルトンの白い短毛の横顔が見えてきた。みんな同じことを考えてるのかいつもより列が長めだ。

「ねぇ、いつもよりボウルが大きめじゃないか?」

「本当かい?」

 苦い分濃い紅茶に砂糖代わりに落とされる蜂蜜ボウルに二人して目を凝らす。マザーがトングで取り出した丸いトパーズの煌きは、「大きい!」。そう僕たちも大きい白い息をつくってしまう。

「あぁ、マザーはやっぱり最高だな。マムよりよっぽど僕たちに優しい気がする」

「まぁ、元々僕たちはビッグ・マザーやパピーに育てて貰ってるから。そう感じても仕方ないかもね」

 けど僕も寒いなんて頭から消えかけるくらい、順番が来るのをつい首を左右に動かして列を見てる。

「マザー・ミルトン。今日はボウル大きめなんだね」

「それなら、ねぇ。紅茶いつもより多めに入れてよ」

 ミャエルはマザー・ミルトンにはよく自分から声をかける。他のマザーより動きが少しばかり遅くて時間がかかるからその分余裕ができるんだろうね。僕のお願いにずるいと言って紅茶の追加を頼む。そんな僕たちを目を細めて見るマザー、微笑ましいと言ってるみたいだ。

 僕たちは広場を抜けると幾つの分かれ道の前まで来る。ミャエルは無言になって僕をじっと見つめてきた。

「ぢゃあ、18時にここ集合。5分経っても来なかったら伝言板に書いて行ってよ」

「分かったよ」

 僕たちが決め事をする時、ミャエルは決まってこんな反応をする。僕が決めてあげると彼はにっこりと笑って仕事場に向かっていく。

 家畜場を守る守番(アダルト)の横を通り過ぎて更衣室に入る。リーダーの青年は最年長で15歳、てきぱきとしてる人で来年には巣籠りする。僕もいつかは女子と巣に入るけど、正直ミャエルがそうなる未来が見えない。彼はとんと興味が湧かないそうで、彼のマムはそれもあってミャエルを青年らしくしたいだと思う。

 10時になって魔法瓶を開くと、湯気と香りが顔を覆う。甘いソースに漬かっててもビーフ自体は塩がよく揉みこまれて長期間保存されてる。食いちぎるために歯を立てる度に甘じょっぱい肉とこってりとした品の良い甘さが舌にのっかってくる。もう一つの魔法瓶を開くと、淹れられた時より薄色の紅茶が覗ける。苦みの強さで溶けた蜂蜜の香りがだいぶ抑えられて、ビーフと喧嘩せずに出迎えてくれる。とろりとした琥珀色がゆっくり伝って、「あー」。甘じょっぱさを苦みが攫って、新しい甘さがリセットしてくれる。

「ミャエルもお昼中かな」

 ビーフを食べると塩気がまた補給される。11歳になると労働が解禁されてマザーたちが作る格別のご飯を食べられる。青年の特権だ。


「マザーたちの作る食事は格別だね」

 ミャエルも昼食を楽しんだらしい。僕たちは集合時間に運よく数秒差で落ち合えた。

「マムたちのは徹底的に栄養管理したものだからね。仕方ないよ、必要なことさ」

 夕明りの中、フォートタウンに僕らは歩き出した。マザー以外にタウンでは大人たちが働いている。編物師を除いて最年長の大人たちが働いているからか、僕たちの歩みはゆったりでどんなに目新しい物があってもきょろきょろ見渡す真似はしない。

「まずはコートだ」

「飽きないな君は、服にはほぼ無頓着なくせにコートだけ御洒落してどうするんだい?」

「もうクポ、僕もいつまでも子供じゃないよ。最近はコート下の服にだって気を遣ってる。じゃないとせっかくのコートが映えないからね」

 こういう時だけ名前を呼ぶなんて、それが訓練児みたいだと言ったら君は顔を上げすぎた挙句転びそうだから言わないよ。

「今日はダブルのコートを買うんだ。リボンが付いたやつ」

「それって女子が着るようなものじゃないのか」

 僕たちはとっくに店の前で足を留めていたけど、いつもの調子で会話していた。

「そんなルールないし、そんなこと言うやつはコートに無頓着なやつさ」

 ガラスウィンドウの向こうのお目当てを前に立ったかと思うと、得意げに僕を振り返る。

「なんだい、そんなに楽しみなのか」

 マザーに話しかける時でさえ僕の後のミャエルのそういうノリが好きな僕は、その笑みにつられる。ミャエルに続いて一段上に置いた足に力を込めて、ぐんと身を引き上げる。

 ドアベルも無しの木枠扉を押す。僕がここに入るのは初めてだ。ミャエルは買い物に僕をあまり誘ってくれないんだ。僕がレストランのメニューで長考したって何も言わない癖に自分ばかりだ。

「いらっしゃいませ」

 彼は紳士(ジェントル)が頭を下げる前をさも平然と通り過ぎた。僕も続いていく。

「それがお目当てかい?」

 ぶ厚めだけど、どこかスリムな印象を持たせてくれそうなミルクティー色のコートをミャエルは丁寧な腕運びで両手で持つ。

「あぁ」

 もう自分が着ていく様子を想像したのか目は既にコートしか見ていない。だけどハンガーを外すと一周だけ頭を巡らせる。灰色の同じタイプに一瞬目を留めて、だけど手に持ったコートと見比べることもせずカウンターに向かう。

 先ほど挨拶してくれた紳士が頭を下げて一拍、コートを受け取った。いくらになりますと言った黒艶のオールバックが丁寧に紙に包み終わり、タイミング良くミャエルがコインをトレーに置く。

 緑革のトレーに置いたそれらを行儀よく数える間も微笑。流石娯楽商売に走ることを許された人間は違う。

「ありがとうございました」

 支払いを確認すると、最後に包みを紙袋に入れて手渡す。僕たち青年にも頭を下げて見送った。その余韻のおかげでミャエルが恰好を直すまで、僕は寒さを忘れて歩いていた。

 納得したミャエルが僕に視線をやるけど、僕は最初から君の予定に便乗する気なの君知ってるよね。

「紅茶店へ行こうか」

 紅茶店のドアベルがカランカランと僕たちの来訪を告げる。


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