4-22 兄代理、召喚しました。
「何かあったらすぐに言うんだよ」
そうすれば、さも助けてくれるかのような聞こえの良い言葉を吐いて、従兄は帰っていた。
――今目の前で起きている異常に気づかずに。
人じゃないナニカが見えている女子高生のイチイは、ある日命乞いでもして見せろと詰め寄られ、やけくそで命乞いをしてみたところ。
不老不死見習いの男を召喚した。
その不老不死見習いの修業とは、「他者の願いを叶えること」だという。
「何かあったらすぐに言うんだよ」
そうすれば、さも助けてくれるかのような聞こえの良い言葉を吐いて、従兄は帰っていた。
――今目の前で起きている異常に気づかずに。
「あの男、気づかなかったね?」
明らかに人間では成し得ない破壊の跡、もはや復元することも難しくなったお札、黒く融け落ちた清めの塩。それらを生み出した人ではないナニカの一人が、苛立たし気に口を開いた。
「あれはあなたを守れない。どうして排除しないの?あの男にさ、人間の男以上の価値なんてあるの?」
そうだね。声に出さずに心の中で同意する。あれは守るなんて言うけれど、あれは私を守れない。むしろ危険に晒す。
……けれど見れないものには存在しないものでしかなく。成人済みの男の人は、未成年の子供を守れると思い込む。
だって私は高校三年の女子生徒でしかないのだから。
「あなた自分が危険だって自覚、ある?指先一つで命を容易く刈り取れるのよ?」
知っている。
幼いころからお命頂戴されてきたし、ナニカ達の言葉が私のためのものでもないことを、よくわかっている。兄がいない以上、それの妹という価値もなく、人間の女でしかないことも、身に染みて。
「ねぇ、命乞いの一つでもして見せなさいよ!今そういう状況なんだってわかってるの!?」
ナニカは私を床に叩きつけ、命乞いをしろと宣う。
普通に命を刈り取れる動作だったろうに、そうしなかった。私に、命乞いをさせたかったのだろう。そうすることで、己が願いが叶うかもしれないと考えて。
けれどその願いはかなえてあげられない。
「誰か――この異常を感知できるなら誰でもいい。
誰か助けて」
……そんな都合のいいもの、あるわけないのにね。
私は何か達の反応を見ることもなく。薄れゆく意識に身を委ねた。
ニラをとったつもりが、万能ねぎだった。
そんな言語にするには微妙な何かを感じて、ふっと目を開ければ。
部屋はそれなりに荒れているものの、身体はそれに見合う痛みを訴えてこなかった。おかしい!と飛び起きて辺りを見渡していると、「目が覚めたか」と声がかけられた。
男の人の――されど、従兄の物ではない、知らない人の声。
最悪を想定して警戒をしながら振り向けば、暗い銀髪の男の人が、ほっとしたようにこちらを見ていた。
宙に浮いていると言うこともなく、人間と同じ縮尺で、明らかにファンタジーに足を突っ込んだ様な気配はあるものの、見た目は完全に人間だ。やろうと思えば、人間に紛れて生きて行けそうだ。
つまり。
「……不審者……?」
「お前が助けを喚んだんだろうが!!!!!!!!!」
110番通報 しなきゃ。
そんなことが頭に浮かんだことが顔に出ていたのか、男が反射で声をあげた。
ノリツッコミと言うには切実で、悲鳴と言うには暗さはなく。不審者呼ばわりされたにしては怒ると言うより安心したが故の驚きで。
……私、こんな知り合いいただろうか?
「さて、状況の確認と行こうか」
身体の方も大丈夫だろうし、とある程度の距離を取って床に座った男が口を開いた。よろしくおねがいしますと頷けば、こちらこそ、と返ってきた。
なお、最初の接触から1時間は経過している物とする。あの後、念入りに体調を確かめられ、念のためにと様子見。その間ついでだからと危険物や荒れた室内の片付けが行われてた。ついでにお互い敬語はログアウトした。
気まずさのあまり、私はお茶を淹れた。
「俺がここに来た時点で、お前の意識はすでになく、一先ず目に見える危険として、あの場にいた存在を排除した。
ここまではいいな?」
「うん」
本来は呼ばれた時点で確認を取りたかったが、私の意識がなかったため、推測で動いた、ということらしい。確かに、命乞いを口にして何も見ないで意識を飛ばした気がする。
「助けを願う前、何か覚えていることはあるか?」
「……今日、父方の従兄が来ててね。元々人じゃないナニカ達には嫌われていたんだけど、今日ついに暴発した」
今日は、というか、今日も。
あまり得意な相手ではないが、ちょっと面倒な相手なので、説明できる程度には覚えている。そんなものよりずっと気にかけるべきものがあるだけで。
今日来ていた従兄は、現代物理・科学の外の存在や結果を一切感知出来ない。それ自体はおかしくはないが、それを差し引いても過剰な反応ではある。何かあるなと悟った男は、暴発した原因の心当たりを聞いてきた。
なので、告げる。
「数週間前、兄が行方知れずになってね。保護者に成り代わろうと近寄ってきている」
「おい親は」
「二人とも長期出張中だよ。秋には戻ってくるし、二人とも健在だよ」
どちらかの出張についていくこともできなくはないが、部活の都合上ついてはいけなかったので、5つ上で成人している兄が保護者代理を務めることで話が付いた。
ついていたのだ。
素直にそっちに牙を向けとけという言葉に、全力で同意した。
「……暴発したあれらは、お前にどう牙をむいたんだ?」
「従兄の排除要求。と、命乞い、かな」
「命乞い。」
何をどうしたらそうなる。そう言いたげな顔に、苦笑いが漏れる。そうだよね、普通はそうだ。
……でも、想像はつく。
「今日いたナニカ達……特に私に命乞いを迫ったナニカは、兄のことが特に好きでね。兄に帰ってきてほしかったんだと思う。妹に助けを求められれば、来てくれると思ったのかもしれない。」
「そうして助けを願ったら俺が来た、と?」
「多分」
なるほど、という男の顔には、複数への呆れと困惑がにじんでいた。ちなみに、この男を見た時のナニカ達は想定外の反応を見せたらしい。
「ところで、ここオートロックのマンションなんだけど、どこから入ったか聞いてもいい?」
「ピンポイントに、ここに召喚されたぞ。召喚術ってそういう物だろ」
「呼ぶってそっちかよ!」
本当に喚んだんだなぁ!!!
名前も知らん相手を?と思ったが、不意に知らない名前が頭に浮かんだ。それは多分、この男の名前だろう。
だが、それを口にしてはいけない、心の中で呟いてすら、いけない。
そう直感して、ガチンと音を立てて口を閉じた。
「名前、なんて呼べばいい?」
ゆっくりと息を整えて聞けば、男はいい判断だ、と笑った。
「その名前を呼んだっていいが、そうだな。ツグミ、オオルリ、チドリ、とか?」
「じゃあチドリと呼ぼうかな。」
なんでもいいは相手を困らせるセリフだからな。
既にやらかしたかのように気まずげに笑う顔に、苦笑いになり損ねたそれしか返せなかった。……何をしたんだろう。
「そっちは何と呼べばいいんだ?」
「……イチョウ、イチイ、ヒノキ、とか?」
「じゃあイチイと呼ばせてもらおうかな」
男、改めチドリはよろしく、と口にした。よろしく、と返して改めて顔を見れば。今度ははっきりわかる。
チドリは人間ではない。少なくとも、今は、完全に内部が人間ではなくなっている。
「ついでに聞くけどさ、今、人間じゃないよね?」
「元人間の、不老不死見習いだ。異世界への転移を繰り返しても耐えられる程度の強度しか持たない若輩者だ」
「そ、うなの?」
「見習いになるための下積みを兼ねた何度か転生した人間時代の方がまだ長いしな」
総人生年数300年くらい、最長享年は86。まだその年数に達していないらしいので、不老不死としては本当に若い方なのだろう。
……それはそれとして、だ。
「……私。あの命乞いであなたを召喚したようだけど、修行の邪魔しなかった?」
「してないぞ」
本当に?と思ってしまった私に、チドリはパタパタと手を横に振る。
「俺の不老不死見習いの修業は、他者の願いをかなえることだ。
イチイが助けを願い、それを俺が叶え、それを説明している今、修行しているといって差し支えないな」
「そうなの!?」
他者の願いをかなえることこそが修行。その言葉に、驚きのあまり言葉が出た。
「えっじゃあご飯を一緒に食べてほしいとかでも」
「それが願いなら、適応されるな」
誰かとご飯が食べたい。そんな些細なことを願ってもいい。
その事実に、ふっと手元に輝きが見えた気がした。ほんの一瞬しか清めてくれない塩の輝きじゃなくて、その中にしれっと混ざった鉱石のように。
「……願いが、あるのか?」
「……えっと、」
「お前は俺を世界越しに召喚し、俺を見抜き、正しく心得ている。なら、正しく願えるだろう。元々営業をかけていこうかと思っていたところだ」
塩に混ざった鉱石が見間違いじゃないかったか確かめるように目の前の銀髪を見れば、緑のきらめきが溶け込んでいる気がした。
「いい、の?」
「いいぞ。聞こう。お前は何を願う?」
そのきらめきは、見間違いではない。
目の前に降ってきた希望に、手を伸ばさずにはいられなかった。
「保護者代理を、埋めてほしい」





