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4-21 MONSTER LEAGUE BASEBALL SHOWDOWN

【この作品にあらすじはありません】

「...ストライク」

 幾分迷いの混じった声と共に、球審の右手が上がった。ボールを確信していた俺は驚いて振り返り「え?」と声を上げる。

「入っておったよ、ストライクだ。ワンボール、ツーストライク」

 そう言いながら、球審は露骨に目を逸らした。

「ぎりぎりな。そう、ぎりぎりだった」

 この爺さん、ちゃんと見てなかったろ。心の中で唾を吐く。

 球審役の村長は今年で七〇歳になるんだっけか。そういえば信用ならない判定が多い。これはある程度、こちらでストライクゾーンを広げて対応するしかなさそうだ。

 いつものルーティンでホームベースの外の縁にバットの先端で触れ、そこからボール一個半遠くの地面に触れた。短い腕を目一杯に伸ばしてようやく届く場所だ。

(ここまでは振る。これより外でストライク取られたら、もう知らん)

 バットを掲げ、先端をピッチャーに向ける。相手と目が合った。こちらを侮っているらしく、にやにやと口元が緩んでいる。

(高めは肩の高さまで。低めもワンバン以外は対応。まさかワンバンしたクソボールをストライクに取られることはないだろう)

 深呼吸をひとつ。よし、来い!

 バットをぐいと引いて構えを取る。カウントはワンボール、ツーストライク。ピッチャー有利の追い込まれた形だ。だが、それがどうしたというのだ。

(いいなあ……、この緊張感)

 思わず口角が吊り上がった。マウンド上のピッチャーの眉間に皺が寄るのもよく見えている。春風が頬を撫でた。新緑と土の匂いが心地良い。俺は今、野球をやっている!

 サイン交換に相手はなかなか首を縦に振らない。三度首を横に振り、四度目でようやく頷いた。腕を振りかぶって投球モーションに入る。俺もそれに合わせて足を上げ、トップを固定する。さて、何を投げてくるか。


 内角のストレートだった。しかし、これは──。

(当たる!)

 打つつもりで一歩踏み込んでいたから、反応が遅れた。顔面すれすれのところをボールが通過する。「ボール」と球審のコール。さすがにストライクを取られることはなかった。まあ、当たり前か。

 俺はピッチャーを睨みつけた。相手は帽子を取るどころか、人を馬鹿にしたような嫌味ったらしい笑みを顔に貼付けている。

(こいつ……、わざとか?)

 鬼妖精という種族は陰険な性格をしていると聞いていたけど、悪意を持ってビーンボールを投げてきたのなら噂通りの連中だ。

 大きく息を吐く。それでもむかつきが収まらない。いかんな、これは。良いパフォーマンスを発揮できる精神状態じゃない。

「タイムお願いします」

「あ? え? タァイム」

 間延びした調子で村長が両手を上げる。俺は左バッターボックスから離れ、ゆっくり大きくバットを振った。二度、三度と繰り返し感触を確かめる。


 今の状況を整理しよう。今は三回裏の攻撃、二死走者なし。お互い無得点ながら、まだ出塁すらないうちのチームに対し、相手は三本のヒットと二個のエラーで出塁していて、どうにも流れが悪い。九番打者の俺は初打席で、カウントはツーボールツーストライク。相手の配球はのらりくらりと外角を三球続けて、内角へのビーンボール。

 ここまでおさらいして、八人の打者に対して相手バッテリーの攻め方はほどんど外角一辺倒だったことに思い至る。およそ三十球のうち、内角はさっきのビーンボールを入れておそらく三球だったはず。

 俺はちらりとマウンドに目をやった。プレイが中断したことに苛立っているのか、ピッチャーは顔を顰めて右手のボールを弄んでいる。分かりやすい奴だ。

 しかしあのピッチャー、顔と性格はともかく、コントロールはいいらしい。

(次も外と見ていいか……?)

 内角の見せ球のあとに外角を攻めるのはピッチングのセオリーでもある。果たして相手がそれを知っているかどうかは怪しいものだが、内角を続けてくることはないと思えた。山勘ってやつだ。

 俺は球審に一礼し、再度バッターボックスに足を踏み入れた。柔らかい足場を踏み固め、ホームベースの角に二度バットを乗せるルーティンを繰り返す。ツーストライクで後がない状況だけど、俺は敢えて外角に狙い球を絞った。

 ピッチャーが振りかぶる。左足を上げて前に踏み込み──サイドハンドの右腕からボールが放たれた。

 どんぴしゃ!

 予想通り、外角へのストレートだ。速くはないけど、かなり際どいコースだ。ベースの端をかすめるストライクゾーンぎりぎりの球。目一杯踏み込んでバットを振るう。芯を喰った。会心の当たり。強烈な打球が三塁線に飛んでいった。俺の手からバットが離れ、脚は一塁へ駆け出し──。

「ファール!」

 塁審が両手を挙げた。くそっ、切れたか!

 目をやると、ボールは勢いよくファールグラウンドを爆進していた。今の打球がフェアなら二塁まで確実に行けた、いやレフトの動きと肩なら三塁だって狙えただろう。今の自分にはあの打球コースが一番長打になりやすい。狙ってもう一度打つのは難しかった。けれど、打てないボールじゃあない。


 マウンドの鬼妖精の顔から笑みが消えた。大きな吊り目をさらに吊り上げて、俺を睨んでいる。

 ふん、今の打球を見て本気になったか。ここからが本気の勝負だな。

 俺はバットを拾い、一旦ネクストバッターサークルへ向かった。

「どうした、ルース? まだアウトにはなってないぞ」

 人懐っこい笑顔を浮かべて、次打者のカービーが両手を広げた。

「カービー、ロジンを取ってください」

「ああ、そういうことか」

 カービーが足元のロジンバッグを拾い、手渡してくれた。バットのグリップをそれで叩き、滑り止めの粉を塗す。

「惜しかったな、あと三センチだった」

「いや、十センチでしたよ」

「そんなに? 間を取って六センチ……キリがいいから五センチにしておこう」

「いいですよ。でも、ファールはファールです」

 グリップの感触を確かめながら、思わず笑ってしまった。外れたのが三センチだろうが十センチだろうが、結果は変わらない。どれほど強烈な打球だろうとファールラインを割ったならファールだ。でも、おかげでリラックスできたかな。

「打てるぞ。がんばれよ、ルース」

 打席に向かう背中に、カービーの声が届く。俺は振り返った。

「打ちますよ。だから、ホームに返してくださいね」

「おう、任せとけ」

 カービーが親指を立てる。言ったな? 約束だぞ。


 三度首を横に振ったピッチャーがようやく頷いた。

(スライダーだな)

 鬼妖精の決め球がスライダーだという情報は耳にしていた。この試合でもこちらの主軸打者に対しては数球投げている。タイミングは合わせられるはず。スライダーを待って、ストレートならファールにする。

 ピッチャーが脚を上げたと同時に、俺もテイクバックの動作に入る。脚を下ろすタイミングを同期させ、リリースと同時に体幹に溜めていた圧をほんの僅か解放してやる。こちらへ向かってくるボールが横滑りの回転をしているのが見えた。

 予想通りスライダー! ドンピシャ!

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